第5話 誓い
「
サキのほうを見ながら、大柄な少年ジェンゴが老人に聞く。
「ここに残しておくのも酷だな。それに、先ほど標的の子供が逃げるのを阻止してくれた礼もある。我々はこれから仕事の結果を依頼主に報告し、成功報酬を受け取るために王都に向かう。君を送っていくこともできるが、どうするね?」
王都に行けば母に会えるかもしれないと思い、サキは同行させてくれるようにお願いした。
***
王都に向かう馬車に揺られながら、少年たちに
老人はそれをみて、ほうという表情をしてサキに尋ねた。
「娘よ、君は文字が読めるのかい?」
「いいえ」
「では、なぜ木片を元通りに並べられたのだ?」
「それは、覚えていたからです。字は読めないけれど、この模様の印がこの順番に並んでいたことは覚えていたのでその通りに並べなおしただけです」
老人は興味を持った様子だ。 そのとき、反対側から来た馬車とすれ違った。頭はサキに尋ねる。
「そのまま振り返らずに答えてくれるかな。今すれ違った馬車に乗っていたのは何人だ?」
サキはなぜそんなことを聞くのかという表情で答えた。
「五人です」
「はしごを積んでいたが、何段のはしごだった?」
「八段です」
「灰色の服を着た男が乗っていたが、その男が手にしていたものは?」
「その人は何も持っていませんでした」
老人は満足そうにうなずいた。
「もうひとつゲームをしよう」
老人は銀貨を何枚か投げて握る。
「何枚だ?」
「五枚」
もう一度袋から何枚かの銀貨を取り出し、放り投げて握る。今度はさっきよりずいぶん多い。サキは老人が一枚も落とさずに片手で受け止めたことに驚いた。老人はたずねる。
「何枚だ?」
サキは思い出すようにしばらく目を閉じ、目を開いて答える。
「十一枚」
「いや、十枚だろ」ジェンゴが口を挟む。
「一枚投げずにいたのがあるわ。それも合わせると十一枚よ」
「当たりだ。君はよい目をしているな」
老人が満足そうに、にやりと笑った。
***
その頃、王太子は王都の北に領地を持つ子爵、レナードの城にいた。
王太子はレナードから両親の死と叔父の戴冠を知らされた。ライオネルは父サルアンに宴の席で毒を盛られ殺されかけたため、やむなく謀反の挙に出ざるを得なかったと喧伝しているらしい。謀反を正当化するための出鱈目だ。父がそんなことをするはずがない。王太子は悲しみと怒りのあまりレナードが提供する食事に手をつけなかったが、レナードに散々諭され、漸く食事をとりはじめた。
レナードが王太子に聞く。
「ところで殿下、首飾りはどうされました?」
「ああ。ある娘に渡したのだ」
王太子はサキに首飾りを渡した経緯を説明した。
「それで、行商人にはここに向かうように言ったが、まだ来ていないのですか?」
「はい。我々は馬を飛ばして来ましたから追い越したかもしれませんね。
来たら行商人には金を渡し、娘を匿うようにしましょう。もしかしたら城下まで来ているかもしれません。
部下に捜させましょう」
「ありがとうございます」
あの娘は無事だろうか。あの行商人はちゃんとここへ向かっているのだろうか。
それからまた両親を殺した叔父のことを考えた、必ず復讐を果す……そのために今は力を蓄えねば。王太子の頭の中はそのことで一杯だった。
だから少年がゴブレットに水を注ぎに来たとき、王太子はすぐには気付かなかった。少年が水を注ぎ終えかけたときに漸く王太子は少年を一瞥し、息をのんだ。似ている。鏡に写る自分の姿に。瓜二つとまでは言わないが、背丈も、体格も、紙の色、肌の色も。
「ぼ……僕に……似ている……」
「はい。私が拾って育ててきた子供です。将来あなたの影武者にするつもりで育ててきました」
「当家は、いわゆる没落貴族でした。お父上が再興に力を貸してくださり、今の当家があります。貴方のお父上には返しきれない恩義があるのです。その恩にわずかにでも報いるためこの子をあなたの影武者として育て上げ、お父上に献上するつもりでおりました。それはもはや叶いませんが、貴方のためにこの子を役立てることはできるでしょう」
「王都の北に向かって逃げたことは敵方に知られている、早晩、僕がここにいることは気付かれるのではないか」
「はい。貴方が生きている限り、叔父上は貴方を追いかけてくるでしょう。しかし、それについては私に策があります」
レナードが穏やかな表情を崩さずに驚くべきことを口にした。
「貴方は死んだことにします」
***
その日の深夜。レナードは部屋に先ほどの子供と二人でいる。レナードの右手にはナイフが握られている。子供は虚ろな目をしている。
「このような機会のためにお前を育ててきた。今こそ、恩義に報いるときだ」
「はい」
レナードはナイフを子供の左脇腹に突き立てる。子供は苦痛に目を閉じ、呻く。暖炉の火が揺らめく……
***
それから半月後、王宮の謁見の間で、諸侯に囲まれたレナードが玉座に座るライオネルにひざまずいていた。
戴冠したばかりの新たな王ライオネルは、すでに諸侯の恭順を取り付けていた。しかし一部の貴族は、サルアンの推定相続人である王太子が亡くなっていない限り、彼こそが君主であるとしてライオネルに臣従の礼を取らずにいた。歴史上まれにみるほど円滑に成功したライオネルの王位簒奪劇において、唯一の失策が王太子を取り逃がしたことだった。当然、ライオネルは王太子が逃げたという王都の北を徹底的に捜索するように命じていた。
そんなとき、レナードから、領内の村で王太子を発見し捕らえようとしたが、王太子は火をつけて自害したという内容の手紙が届いた。王太子の遺体はレナードの手元にあるという。レナードはライオネルを新たな王として認め、遺体も差し出す準備があるという。ライオネルは早速遺体を持って王都へ来るように命じた。
ひざまずくレナードの傍らには布に巻かれた何かが置かれている。
「見せてもらおう。ウェンリィの亡骸を」
玉座のライオネルは表情を変えずに言う。
遺体を包む布が剥がされ、遺体の顔が晒された。体格は確かに王太子のもののように思われる。しかし、顔は全体的に黒く焼けて崩れ、原形をとどめていない。
「これでは本人か判らないではないか!」
諸侯がざわつきはじめた。密偵頭が口を開く。
「王太子殿下の脇腹には傷があります」
その言葉を受け、レナードがさらに布を剥ぎ、遺体の上半身を晒す。
「王宮医、確認せよ」
ライオネルの命令し、王宮医のホランドが子供の遺体に近づき、子供の体を調べる。遺体は上半身の半分が焼けてしまっていた。傷のある左半身も大部分が焼けていた。しかし焼けただれながらも、傷跡ははっきりと見て取れた。
「この傷は確かにウェンリィ様のものに間違いありません」
王宮医のこの一言で疑念は晴れた。
「これからは余に忠誠を誓い、余のために働くか?」
ライオネルの問いにレナードが答える。
「はっ」
「よし。褒美をつかわそう。下がってよい」
レナードは一礼して下がる。
その場の誰も気が付かなかったが、謁見の間を後にするレナードの口元には笑みが浮かんでいた。
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