幼馴染の家のトイレに入ったら、美少女がいたので、とりあえず一緒に暮らすことにした
藤丸新
第1トイレ え、私がツッコむんですか?
「こんにちは!」
「……え」
トイレに入り、鍵を閉めたところで、いきなり美少女に、声をかけられた。
水色に染まっている髪の毛は、絵の具のように濃く、ペンキの入ったバケツを、頭から被ったんじゃなかろうかってくらいの色合い。
高校二年生男子の平均よりも、少しだけ低い身長の俺と、ほぼ変わらないくらいの背丈。
そして、手には、小さなテニスボールが握られていた。
「……いや、なんでテニスボール?」
「ツッコむところそこですか!?」
「あ、そうだった。警察を呼ばないと」
「ちょっとま、待ってくださいこら!」
俺は慌てて鍵を開けようとしたが、なぜかぴくりともしない。
「……閉じ込められた」
「知りませんよ!閉じ込めてません!そんな特殊能力ないですから!」
「いやいやいや。どう考えてもお姉さんの仕業でしょ」
「神に向かってお姉さんとは失礼な!」
「え。神様なの?」
「知りませんよ!」
「なんなんだ……」
状況の、確認。
俺は今、幼馴染の家にお邪魔している。
実家から梨が送られてきたから、分けてあげると言われ、取りに来たのだ。
なんやかんやくつろいでいたところ、尿意を催して、トイレへ。
……入ったら、この美少女が、待ち構えていた。
「もしかしてあれですか。トイレの神様的な」
「ちょっと古くないですか?」
「知ってるんだ」
「なぜかはわかりませんが、知ってます!」
「あの……。そろそろ自己紹介をしてもらえると、助かるんだけど」
「……それが、好評につき、記憶喪失でして」
「ちょっと好評につき、の意味がわからないけど」
いや、見たことあるか?この手の展開で、トイレが初登場のキャラクター。
「あの、そもそも俺、トイレしたいんだけど」
「ちょっと冷静すぎないですか?もうちょいミステリー感出していきましょうよ」
「その髪の色でミステリーは無理でしょ」
「髪の毛の色関係なくないですか!?」
「人間か、そうじゃないかくらいは、はっきりしといてもらえると、ありがたいんだけど?」
「もし仮に、私が人間ではないと宣言しても、あなたは今と同じように、落ち着いていられますか?」
「多分いかなる言葉が飛んできても、尿意が勝ると思うよ」
「尿意に負けたんですか私は!」
今気づいた。この人、めっちゃうるさいわ。
これだけ騒いでれば、そのうち綾ちゃんが気が付いてくれそう。
綾ちゃんというのは、俺の。
「実は私……、人間じゃないんですよ」
「キャラクター紹介してる時に、喋り始めないでもらえるかな」
「何の話ですか!」
俺の幼馴染で、それこそ記憶が無いくらい小さい時から、一緒にいる関係性だ。
「あ、終わったから。どうぞ続きを」
「もう!もうもう!こんなはずじゃなかったのに!」
「いや、記憶喪失なら、どんなはずだったか覚えてないでしょ?」
「そうですけど!だから何でそんなに冷静なんですかね!怖くないですか?トイレに入ったら、いきなり知らない女の人がいるんですよ?髪の毛が水色で!」
「人間だったら、犯罪的な意味で怖いけど、人間じゃないしなぁ」
「人間じゃないことがプラスになるなんて展開あるんですね!?」
「あの、トイレ狭くて、声が響くんで、やめてもらっていいですか?」
「あ、はい」
とりあえず、閑話休題。
「今ここでは、三つの事件が起きてるんだよ」
「はい」
「まず、俺の尿意がそこそこピンチという事実」
「はい」
「次に、鍵が故障したという事実」
「……はい」
「最後に、トイレに入ったら、面識のない、しかも人間じゃない女の人がいたという事実」
「私の存在、トピックとして、一番最後なんですね……」
「ちょっと弱いよね。ただ急に出てきただけだし。『私は声に呼ばれてやってきたの……』とか、『成功した!まだ世界が崩壊する前ね!』とか、あるなら、もう少し順位も上だったと思うんだけど」
「あの、これだけ言わせてください。トイレにいきなり現れた私の方が、ツッコミに回ってるのって、おかしくないですか?」
しかし、開かないなぁ、鍵。
この家、去年リフォームしたばっかりなのに。
「聞いてますか?」
「あぁごめん。何?」
「私、そこそこ重要なキャラクターだと思うんですよ。会話の一つだって、無視したらいけないような気がします」
「よくやるんだよね。序盤のチュートリアルを、○ボタン連打でスルーしちゃって、結局最初からやり直し~みたいな」
「え、ゲームと同じ扱いなんですか私」
「ダメだ。開かない。お姉さん。ちょっと開けてみてくれない?」
「そのナチュラルにお姉さん呼びが定着してる感じも不快なんですけど……。まぁいいです。見せてください」
ちなみに配置的には、お姉さんが便座の奥。俺が入り口という状態。
そこから入れ替わって、俺が便器の向こう側へ……。
……これ、横からできるよな。
「あの、お姉さん。しばらくこっち見ないでくれる?」
「ちょっとおいこら。なに考えてるんですか?」
「テニスボール一旦置いたらどう?そんなんじゃ鍵開かないよ?」
「ズボン降ろしながらアドバイスしないでくださいよ!バカ!」
「あ、お姉さん知らないでしょ。バカって言う方がバカなんだよ」
「言ってる場合ですか?いいからズボン上げてください!」
「交換条件だよ。お姉さんがテニスボールを置いたら、俺はズボンを上げる」
「何の意味があるか、わかりませんが……」
お姉さんが、テニスボールを床に置いたことを確認してから、俺はズボンを上げた。
そして、床を転がろうとするテニスボールを、便器を避けながら、拾い上げる。
「簡単に離すってことは、武器じゃないみたいだ」
「当たり前ですよ!」
「当たり前かどうかわからないじゃないか。記憶ないのに」
「くぅ……。記憶がないせいで、あらゆる方面からマウントを取られているのが、気に食わないですね」
「おーーーい。聖ちゃん?いつまでおしっこしてるの?」
「綾ちゃん!」
扉の向こうから、綾ちゃんの声が聞こえた。
俺はお姉さんを押しのけて、扉を叩く。
お姉さんがなにやら恨み言を呟いたが、無視ということで。
「綾ちゃん!扉が壊れた!」
「ちょっともう聖ちゃん。リフォームしたばかりなのよ?」
「あと、トイレに女の子がいた」
「それはどうでもいいわね」
「どうでもいいわけあるかい!」
「あ、お姉さん。今、綾ちゃんと話してるから、黙ってもらっていい?」
「くそぅ……」
「綾ちゃん、どう?開けられそう?」
「うん。開けるわよ?」
バキャ!
いや、グチャかな。
そんな音を立てながら、扉に穴が空いた。
飛び散るはずの木くずたちは、綾ちゃんの魔法によって、おとなしく一か所に集まり、後の掃除も楽な状態に……。
「ふぅ。助かったよ綾ちゃん」
「聖ちゃん。心配したのよ?心配という言葉の使用例として辞書に載るくらいにはね」
「ごめんごめん」
「え、い、いや。なんですか今のは。扉が……」
「あら。可愛い女の子じゃない。水色の髪の毛で、主人公と結ばれるヒロインって、私は見たことがないけれど」
「い、いきなり失礼かましてきますね。なんなんですか本当に……」
「綾ちゃん。俺まだ、おしっこしてないんだけど。扉が壊れたら、できなくない?」
「それは困ったわね。じゃあ聖ちゃん。二秒で直すから、とりあえず出てきてくれる?」
「うん」
「ほら、水色ちゃんも」
「そんなだっさい名前で呼ばないでくださいよ」
なんて、文句を垂れつつも、トイレから脱出したお姉さん。
なるほど。地縛霊の類ではなさそうだな。
そして、トイレの扉が、綾ちゃんの力によって、元の形に戻っていく。
掃除すらいらなかったわ。便利な世の中になったもんです。
「じゃあ、俺は当初の予定通り、してくるから」
「気をつけてね?私、ここで待ってるわ」
「いや、そこの水色トイレちゃんに、お茶でも出してあげてよ」
「あら。水色トイレちゃん。お茶飲めるの?」
「その水色トイレちゃんってやめてくれますか?屈辱的すぎるので」
「じゃあ、本当の名前を教えてちょうだいよ」
「……思い出せません」
「俺が出すもんだしたら、多数決で決めようぜ」
「何もかも下品ですね!」
こうして俺は、ようやくトイレに入ることができた。
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