第21話 絆(3)
ピンポーン。
突然ドアベルが鳴った。
臣人は怪訝そうな顔で、玄関の方へ急ぎ足で歩いていった。
サンダルを引っかけ、チェーンを外し、鍵を外してドアを開けてみた。
パンッパンッ!!
その途端にクラッカーの2連発。
臣人は目が点になっていた。(とはいってもサングラスで見えもしないが、)
「お誕生日おめで…あれ!?」
ドアベルを押していたのは綾那と美咲だった。
満面の笑みでクラッカーの紐を引っ張っていた。
が、よくよく見ると彼女たちのお目当ての人物が目の前にいないことにようやく気がついた。
「バーン先生じゃない。臣人先生じゃないですかっ」
大声で叫んでいた綾那は残念そうに呟いた。
臣人は紙テープだらけになってしまった頭を手で払った。
「悪かったなぁ、バーンでのぅて!!」
今になって怒りがこみ上げてきた。
「それにしてもいきなりはないんやないか?劔地と本条院??」
二人を睨むように見ていた。
「えっへっへ~。こうなったら意地でもパーティーさせてもらいますよぉ、臣人先生」
Vサインをしながら綾那は不敵な笑いを浮かべた。
「まさか押し掛けてくるなんて思わんかったでぇ。よくわいらの住んでるとこがわかったな。調べたんか?」
臣人の言葉に綾那の顔色が変わった。
「そ、それは企業秘密です」
どもってしまった。
それとは逆にまるで何かを誇示するように美咲が言った。
「造作もないことでわ…」
「みっさっ!!」
綾那は美咲の暴言がこれ以上ひどくならないようにと必死だ。
「はーん。財閥の力を使ったわけかいな」
臣人は顎に手をあてながら、意地悪でもするように突っ込んだ。
これ以上責められると分が悪いので、綾那は本題を振った。
「そんなことより、バーン先生は戻ってきてますか?お誕生パーティーをしましょうよ、臣人先生!!」
「!? そんなことまで調べたんか?」
バーンの誕生日を知るはずのない二人がそれを知っていることに非常に驚いた。
「だめですかぁ?」
甘えるような声を出し、今度は上目遣いで訴えてきた。
そんな色気はどうでもよかったが、バーンのことを思うと臣人は『うん』とは言えなかった。
この時期の彼はできるのなら誰にも会いたくはないはずだからだ。
そっとしておいてやりたかった。
想い出の中のラシスと過ごす時間を邪魔したくはなかった。
「んー、バーンはなぁ…」
その騒ぎを聞きつけてバーンも玄関にやってきた。
「臣人……」
彼の姿を確認するなり、綾那は臣人を無理矢理に押しのけて玄関の中に入り、バーンの前に立った。
「あ、バーン先生!!おかえりなさい。こっこれ、何も言わずに受け取ってください」
そう言いながら、20cm四方の四角く薄い包装紙で包まれたものを差し出した。
バーンは何が起こっているのかわからず、戸惑った。
「お誕生日おめでとうございます! 気に入るかどうか不安ですけど、二人で選びました。よかったら使ってください」
プレゼントです!と再び差し出した。
「…………」
そんなバーンの様子を見て、綾那はにっこり笑いながらこう続けた。
「クリスマスって特別な日ですもの」
「…………」
「誰かのために何かしたいじゃないですか。例えそれがどんなに小さな事でも…お誕生日と重なっているならなおさらですよ」
それを聞いて、ようやくバーンが重い口を開いた。
「……そうか」
「ね、バーン先生」
真っ直ぐ彼を見て微笑む綾那から、プレゼントを受け取った。
綾那の手からバーンの手にそれが渡った。
「…ありがとう。気を遣わせた……な」
プレゼントは渡したから、さあ次よ!!とでも言うように捲し立ててきた。
「お料理や飲み物も買ってきましたから、よかったら一緒に召し上がりませんか?」
「ビールはもとよりドン・ペリもありますわよ」
美咲も紙袋の中から、深緑の瓶を出してみせた。
それを振っている。
飲みたいでしょう?と誘っていた。
「おまえら未成年のくせに!! ったく、どうあってもわいらの家に上がり込む算段してきたなぁ」
臣人は思わず頭をかかえた。
この二人の行動力には頭が下がった。
「え~、ダメ~?」
なおも食いさがった。
臣人とのやりとりを見るに見かねたのかバーンが声をかけた。
「臣人……」
「?」
「リリスに連絡して、テルミヌスを貸しきってもらわないか」
臣人は驚きを隠せない様子で彼を見た。
こんな事を言い出すなんて初めてのことだった。
「バーン、」
バーンが人と騒ぐことなど今まで見たことの無かった。
パーティーを自分からしようと言い出すことも。
その姿勢の変化に驚いた。
「いいだろう、たまには」
いつものように表情は動かない。
けれど、雰囲気が変わっていた。
「ま、お前がそう言うんなら。ちょっと待てや」
臣人は携帯を取りだして、店に電話をかけ始めた。
何回かのコールのあとリリスが電話口に出た。
二人で何やら話し込んでいる。
心配そうにそれを見守る綾那と美咲。
それとは対照的にバーンはそのみんなの様子を嬉しそうに見ていた。
こうやって誕生日を祝ってもらうなんていつ以来だろうと思い返した。
両親とも健在であった頃、あれは9歳のクリスマス。
家族そろって祝った最後のクリスマス。
その翌年の秋、両親は飛行機事故で帰らぬ人になってしまった。
それが自分の記憶にある最後の誕生会。
「ええとさ」
臣人の声にバーンは我に返った。
「やったぁ!臣人先生、ありがとう」
手を叩いて、飛び上がって綾那は喜んだ。
「…じゃ、行くか」
テルミヌスは彼らが住んでいる
バーンも靴を履こうと一歩踏み出すと、臣人が腕を上げてそれを止めた。
「ストーップ!おまえは、あと20分くらいここで待機しとれ」
「?」
なんで?という意外な顔で臣人を見た。
綾那と美咲は臣人のひと言に真っ先に気がついた。
「! さっすが臣人先生!!」
当然よ当然というように、もう一度バーンを後ろに押し戻した。
「主賓はあとから来ると相場が決まっとる。準備ができたら、家電鳴らすからテルミヌスに降りてこいや。な、バーン」
臣人がウィンクしているような気がした。
「…………」
バーンはそんな臣人を黙って見送るしかなかった。
「さ、行くでぇ。劔地、本条院。荷物ひとつ残らず持てよぉ」
「臣人先生も少しは手伝ってくださいよ」
「わいは高級な酒以外はもたん」
「とんだけちんぼですわね」
臣人の胸ににドン・ペリの入った袋をドンッと突き出しながら、美咲が無表情で言った。
「何とでも言えや」
そう言いながら、臣人は部屋の外に出た。
「じゃ、先に行ってま~す。バーン先生」
綾那は買ってきたフライドチキンやらピザやらを抱えて立ち上がった。
ドアを閉めながら、臣人はバーンの方を見てふっと嬉しそうに笑った。
バーンが少しずつ変わっていっていることがわかって嬉しかった。
渡米していたここ数日の間に何かあったのだと思った。
バーンによい変化をもたらすようなことが。
そんな臣人の顔を見たバーンもまた自身に起きている変化に戸惑っていた。
綾那と美咲の思いが温かかった。
そして、自分の手に残されたプレゼントも。
玄関に独り立ち尽くすバーンは赤と緑の2色のリボンをほどいて、包装紙を外して中を見てみた。
それは落ち着いた色合いの木製のフォトフレームだった。
小さなカードがついていた。
それを手にとって読んでみた。
『いつもいつも迷惑ばかりかけてすいません。
(また怒られちゃうかな?)
怖いこともあったけど、それ以上に先生と過ごした今年はとても楽しかったです。
来年も懲りずに、臣人先生と三月兎同好会の顧問でいてください。
あやな&みさき』
と、丸い字で書いてあった。
バーンはプレゼントを持ったまま、自室へ戻った。
ベッドサイドに腰を下ろすとそのフォトフレームをサイドテーブルの上、ラティのネックレスのそばに立て掛けた。
それを並べてしばらく見ていた。
何も入っていないフォトフレームと銀の小さな十字架がついたネックレスを。
25日、深夜。
湖のそばの洋館で起きたことを思い出していた。
奇跡にも近い、あの出来事を思い出していた。
バーンはつぶやいた。
素直に自分の思ったことを言葉にした。
そこに誰かがいるように。
誰かがすぐ隣に座って、聞いていてくれると信じて。
「……もし、俺を必要としてくれる人がひとりでもいたら、その人のために生きていってもいいんだろうか……俺は?」
今も耳に残る彼女の声。
懐かしい彼女の声。
彼女の死後7年目にして受け取った彼女の想い。
24歳になった自分が受け取った18歳の彼女の言葉。
何度も何度も心の中で繰り返した。
『17歳のお誕生日おめでとう……。大好きよ、バーン』
彼女への恋しさは募るばかりだった。
どんなに自分が変わっていっても、彼女への想いを変えたくはなかった。
それが自分の本心だったから。
バーンがどんなに償いたくても、償うべき相手はもういない。
生きていくことは罪悪だとしか思っていなかった自分が変わっていっている。
(生きていく…こと。俺が……?
それは
だとしたら…?)
「ラティ……」
彼女の名を呼びながら、バーンは静かに眼を閉じた。
すべてはルーンの導きのままに…
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