第20話 絆(2)

12月25日。

午後。

SF、バークレー。

ディアス、ノーマ、キースは家族そろって墓地に赴いていた。

一人一人が思い思いの花束を手に持っていた。

ラシスの命日。

家族がここに集うのは毎年のことになっていた。

「あら?」

ノーマが驚いたように声を上げた。

その声の方向を見ると。

「まだ、誰かがあののことを忘れずに訪れてきているのね。」

そうつぶやきながら彼女は涙ぐんだ。

ディアスもノーマもその事実に驚いた。

こんな事はここ数年無かったからだ。

亡くなってから数年は友人達が訪れることは数多かったが、1年また1年と経つうちにそんなこともなくなっていった。

7年という月日は、彼女の死すらも忘れさせるほどの月日だった。

もう、家族が訪れる以外は…。

それなのに、ラシスの墓石に供えられた白い花束。

白いカサブランカと白いカラーの花束。

キースは心の中で驚いた。

3日前に供えられていた花束が、変わらず、いやなお生き生きとそこにあり続ける姿に。

みずみずしいその花からはよい香りが辺りに漂っていた。

「よかったわね、ラシス。一体、誰が来たのかしら?」

母ノーマは娘にやさしく話しかけた。

答えが返ってくるはずのない娘に。

逆に父ディアスは険しい表情で、何も言わずにその花束を凝視していた。

その雰囲気にキースはただならないものを感じていた。

「さ、私たちもここを花で一杯にしましょう」

ノーマのその一言で家族は墓前を花で飾った。

春の陽射しのように色とりどりの花に彼女の墓石は彩られた。

まるで娘が生きているように話しかける母の姿も憮然としている父の姿もキースにとっては悲しいものだった。

両親の姿に違和感を覚えていた。

ボタンを掛け違えたように、歯車が狂っていくように何かが違っていた。

どうして?

何が?

誰が?

キースは心の中で一人の人物の名前を思い浮かべていた。

しかし、それを両親の前で口にすることはできなかった。

ただ静かに姉の墓石を見つめるしかなかった。



12月27日。

午前。

日本。

テルミヌスのあるビルの4階。

音もなくドアが開いた。

何も荷物が入っていないように見える軽そうなドラムバッグを肩にかけながらバーンは玄関で靴を脱いでいた。

臣人が家にいないことを期待していた。

今、彼に会うのは気が引けた。

「おう、戻ったのか?」

部屋の奥から臣人の声がした。

「…………」

バーンはちょっと返答に困りながら、バッグを玄関先に下ろし、帽子のついたこげ茶色のハーフコートを脱いでいた。

500mlペットボトルに入ったミネラルウォーターを手に持った臣人がダイニングへ続くドアを開けながら顔を出した。

「おかえり」

「……ただいま。」

何の気なしに声をかけたつもりの臣人は、ちょっと驚いた。

いつものバーンなら返事は返ってこない。

こんなに素直な言葉が返ってきたことに違和感を覚えた。

そんなことを言うとまたバーンがいつもの鉄面皮に戻りそうな気がしたので、気づかないふりをしてダイニングに戻った。

バーンも臣人の姿が消えてしまってから、自分の口に手をあてた。

今までの自分は、こんなに素直に言葉を返したことが無かったことに気がついた。

(どうしたんだろう?)

自分自身の行動に対して不思議に思った。

自室のドアを開けてとりあえずコートと荷物を動かした。

きちんと整理された部屋。

ベッドとサイドテーブルしかないがらんとした生活感のない部屋。

南向きの窓からはいる光はSFの光とは違っていた。

レースのカーテンを通してとはいえ、明るく強い光ではなかった。

その明るさが、ここが日本であることを信じさせてくれた。

夢ではない、現実だと。

バーンはラティのネックレスをいつもの場所に置いた。

ベッドサイドにある四角いテーブルの上に。

スタンドのすぐそばに。

まるで自分のすぐそばに、手の届く場所で彼女の存在を感じていたいように。

(ラティ……)

生きていた頃の彼女を思い出してみた。

今でもはっきりと思い出せる彼女の姿。

年月が過ぎるごとに鮮明になっていく、彼女との想い出。

そのひとつひとつが自分にとっては何にも代え難い宝物だった。

SF。

あの日以来、2度とその地を踏むことはないと思っていた。

同じようにあの湖のあの場所も。

(なぜ、今になって?

あの場所に赴いてしまったんだろう…?

君が俺を呼んだんだろうか…?)

今回の渡米をもう一度思い返してみた。

7年目にして思いたった渡米。

あれ以来初めての渡米。

もう一度、彼女の死と向き合おうとした渡米だった。

(…変わってきている…のか!?俺も?)

自分自身の心を、その変化を自覚したバーンは少し驚いた。

(少しずつ、少しずつ……前を向かなきゃならない。

わかってる。

いつかは前を向いて歩き出さなくてはならないと。

だからといって……君を忘れるわけじゃない。

自分の犯した罪を忘れるわけじゃない。

それでも、俺は…『答え』を探しながら生きていくしかないんだ。

あったはずの『答え』を…もう一度探しながら。

もうないのかもしれない…『答え』を。

でも………

いつか君に逢いたい。

逢えることを信じて。

信じて進む以外に、俺にはきっと。

君に逢うことも謝ることも…これしか…

君に謝りたい、心から。

そう思いながら、償いの方法を探しながら進むしかないんだ)

「ラティ…」

そう呟いて、彼はそこに立ち尽くし沈黙した。

バーンはドアを開けて廊下に出た。

そして、ダイニングへと向かった。



レンジの上のケトルが白い湯気を上げていた。

臣人はコーヒーを入れる準備をしていた。

ダイニングテーブルにはマグカップが2つとフィルターがセットされたデキャンターが置いてあった。

臣人がレンジの火を消そうと背中を向けて立っている所にバーンが入ってきた。

「コーヒー、飲むやろ?」

そう言いながらも臣人は背を向けたまま彼の方は見なかった。

無言でバーンは椅子を引き出して座った。

臣人は臣人で、バーンはバーンでお互いの顔を見るのが少しつらかった。

何をどう話そうか、切り出そうかと思っていた。

熱くなったケトルを手に持って、臣人はテーブルの方に向き直り、お湯を注ぎ始めた。

辺りにはコーヒーの香りが漂ってきた。

その様子をバーンは頬杖をついて見ていた。

と、いつもと変わらずヘラヘラしながら家事をする臣人の顔がやつれていることに気がついた。

「はいよ。」

なみなみとコーヒーが注がれたカップをバーンの前に置いた。

左手にはケトルを持ち、右手にカップを持ち、自分もそれを飲みながら流しに行くとシンクの中にあった洗い物をしようと腕まくりを始めた。

バーンの真向かいの椅子に座ろうとはしなかった。

今回の渡米のことも聞こうとはしなかった。

何事もなかったように、そこには家事に専念しようとする臣人がいた。

バーンもコーヒーを飲み始めた。

熱いコーヒーを。

臣人の思いを聞くようにバーンはゆっくり飲んでいた。

水音が響いた。

鼻歌を歌いながら、臣人が食器を洗っていた。

「……臣人、」

急にバーンが声をかけた。

「んー?」

「やつれた……な」

「ああ、これか」

濡れた手をタオルで拭き、手で頬を押さえた。

バーンの方に振り返ると苦笑いをした。

「お前がおらん間に、食あたりしてしもうて、もう大変やったんや。やっぱり、ひとりだとあかんな。食事作るのも手ぇ抜いてしもうて、このざまや」

「………」

それが嘘だとバーンにはわかっていた。

臣人は臣人で自分と同じように『何か』をしていたに違いなかった。

そう確信した。

「……そうか」

「それはどうでもええんやけど、もう大変やったでぇ。劔地達が『クリスマスパーティーしましょう!!』って。あいつらあきらめが悪うて」

ピンポーン。

突然ドアベルが鳴った。

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