第16話 召喚(2)
あの時もそうだった。
俺を変えるために、鎖につなぎ、薬を使い、そしてこの場所に魔族を召喚した。
あの司祭。
モーゼス・マイヤー。
術者とはいえ、一人の人間が背負える量の『力』じゃなかった。
いくらサポートでシスター達を従えていたとしても召喚された魔族は半端な数じゃなかった。
それだけの『力』が俺に向けられた。
何をしたかったんだろう?
俺をどう変えたかったんだろう?
悪魔にか?
それとももっと別の何かにか?)
急に強風が湖の方から吹いてきた。
彼のやわらかい金髪を天空へ向けてかき上げた。
冷たい風だった。
(ラシス。
俺に向けられたはずの『力』が君を貫いた。
俺を庇うように俺の前に立ちはだかった、君。
何の躊躇いもなく走り込んできた、君。
あの時の君の目が忘れられない。
どうしてそんな目を……。
たった一度、俺の名を呼んで、息を引き取った、君。
死ぬのは君じゃなかった。
つらい思いをするのは君じゃなかった。)
哀別の表情が彼に現れていた。
今までの彼からすると考えられないような顔つきだった。
普段は表情など微塵もでないからである。
無表情でいることが当たり前になっていた。
しかし、この場所に立ち、この場所で起こったことを思い返すうちにバーンの顔には表情が少しずつ表れ始めていた。
感情が表情を作っていた。
(……彼女が亡くなったという事実は、もう動かしようがない。
彼女の魂も……あの時)
彼女の身体を貫いた魔族達は彼女の『魂』を食い尽くした。
かけらも残らないほどに、一瞬で。
右眼が見た彼女の最期。
その刹那、バーンは自分の本当の『力』に目覚めた。
バーンはぐっとコブシを握りしめた。
(でも、信じたくない。
あきらめたくない。
1%でもいい。
もし、
もし……も、可能性があるのならそれを信じたい。)
意を決したように眼を開けた。
(
バーンはその図形の外側に立ち、東を向いて、何かを唱え始めていた。
「Ol Sonuf Vaorsagi Goho Iada Balata. …Lexarph, …Comanan,.. Tabitom. Zodakara, eka; zodakare oz zodamram. Odo kikleqaa, piape piaomoel od vaoan….」
魔法陣が光を帯び、次第に輝いてきた。
バーンは儀式を開始した。
「…光のうちに住まい、何人も近寄れぬ至高の壮麗よ、
…密儀と想像もつかぬ深みと恐るべき静寂をたたえる者よ。
われ汝に祈願す…。
汝、シェキナーにしてアイマ・エロヒムなる者よ、
汝を称え、また、ヴェイルを通過せし者を助けんがために行う儀式において、……我にまなざしを注ぎたまえ」
バーンは手には白い帯が2本ついた棒のようなものを持っていた。
それを前に出しながら、空中に何かの印形を描く。
星のようにも見えるし、そうでないもののようにも見えた。
低い、はっきりした声で呪文の詠唱は非常に遅い速度で続けられた。
「われ汝に懇願す。
汝の大天使ツァフキエルをわがもとに遣わしたまえ。
…さればわれ、さらに高次なる神聖の業をなすこと可能とならん……」
バーンは金色の右眼で、床に描かれた図形に囲まれている場所を凝視していた。
そこに、図形の中央に何かが現れるのを待っていた。
彼が待ちこがれている何か。
いや、誰かを。
「すでに不可視に入りたる者に永遠の壮麗の輝光をもたらす力を授けたまえ。われを高めよ。
さればわれは神聖なる使者となり、
死によりてこの地の領域を去りたるラシス・シセラ…に、高次なる天球の平安と調和をもたらす者と…ならん。」
バーンはラティを召喚しようとしていた。
7年前に亡くなった彼女をこの場に呼び寄せようとしていた。
一筋の希望をかけて。
『魂』の召喚。
天界にあろうと、魔界にあろうと『魂』が存在すれば、バーンはそれを召喚することができる。
右眼の力、『魅了眼』によって。
7年前の、あの時の贖罪を果たしたかった。
ひと目でいい、彼女に逢いたかった。
(どんな姿でもいい。そんな形でもいい。俺は…君に……)
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