第7話 蒼月長石(1)

12月24日。

午後。

日本。

聖メサ・ヴェルデ学院高校の礼拝堂にも、一際大きなモミの木がお目見えした。

今日は、恒例のクリスマス礼拝のある日だ。

合唱部の面々は、本番のためにツリーの飾り付けをなおしていた。

ツリーはちょうどパイプオルガンとは反対の方向に立てられていた。

モミのいい香りがあたりを包んでいる。

それを胸一杯吸い込みながら、綾那はかわいらしいオーナメントをひとつひとつ付けていた。

「これで、よし、と」

「綾、これも」

美咲が、下からソリに乗ったサンタのオーナメントを差し出した。

小さな脚立にのりながら、綾那はそれを受け取った。

「うん。」

立つ位置をちょっと移動して、違う枝にオーナメントの紐を引っかけた。

その上に立ち、美しくなったツリーを見上げるようにして綾那は言った。

「見違えるようになったわね」

「…そうね」

さしてそうも思わないようなふうで美咲は言った。

綾那はそんな美咲にちょっと腹を立てた。

「ちょっとぉ、みっさ。もう少しうれしそうに言ったらどうなのよ」

「あら、わたくし、そのつもりで言いましたわよ」

あまりの抑揚のない声に、綾那はがっくりきた。

高校に入ってからの付き合いとはいえ、やはり変わり者である。

そんなことは気にも止めないのか、美咲はマイペースだ。

「そんなことより、今日は金曜日ですわ」

脚立を押さえながら、美咲が淡々と言っている。

「そっか。早く終わらせて、準備室に押し掛けねば。週に1回の大事な活動日だもの」

にっこり笑って綾那が言った。

「誰に会いたいんだか…」

彼女に聞こえないほどの小さな声で、美咲はつぶやいた。

「え、何?」

「いえ、なんでもありませんよ。もう、よろしいんでしたら、脚立を片づけませんか?」

「待って、今降りるから」

「・・・・」

美咲は無言で手をぱっと放す。

はしごはグラグラを横揺れを始めた。

「きゃあ!急に手を放さないでよ!!」

バランスを崩した綾那が落ちそうになった。

「あら、わたくしとしたことが…失礼」

そう言いながら、美咲は再び脚立を手で押さえた。

「もう」

ちょっとふくれ顔でスカートを手で押さえながら、綾那はぴょんと床に飛び降りた。

それを確認すると美咲は、それをたたみ始めた。

綾那もそれを手伝う。

二人で両端を持ちながらまるで消防士が移動するように、通路を進みながら礼拝堂をあとにした。


脚立を倉庫に置くとすぐに、作業が終わったことを先輩の3年生に報告した。

夕方の礼拝時間の確認をされ、遅れないようにね。と一声掛けられた。

二人は鞄を持って、調理室へと向かった。

廊下を歩きながら綾那と美咲は話していた。

「今年のクリスマスは、家に帰らないの?」

「まだ、どうしようか迷っていますわ」

聖メサ・ヴェルデ学院高校は、全寮制の学校である。

生徒は全員寮生活を義務づけられている。

その寮は、年末年始の一週間だけ閉鎖されることになるのだった。

気の早い者は、冬休みに入ったと同時に、家に里帰りするのだ。

「豪邸でのパーティーでしょうに。楽しみじゃないわけ?」

綾那が美咲の方を見ながら言った。

美咲は、ある財閥のお嬢様である。

この学院は、良家の子女が通う由緒ある学校なのだ。

歴史のある女子校である。

「父の事業の関係で集まってくる訳もわからないおじさん達に愛想を振りまくことが楽しみだとでも?」

綾那にはそう言われたくないとでも主張するように、美咲は不機嫌そうに言った。

「そんなふうには言っていないわよ」

美咲は髪を後ろに払いながらこう言った。

「もっとこう、こぢんまりとアットホームなクリスマスを祝いたいですわね。」

「あらあら、財閥のお嬢様らしくない台詞ね」

「綾にはわかりませんわ、このつらさが……」

「ふーん。」

綾那は気のない返事を返した。

「そういう綾は、帰るんですか」

「そうね、27日は帰ろうと思ってるけど。別に絶対じゃないし」

それを聞いて、美咲は手をたたきながらこう切り出した。

「じゃあ、わたくしもその日に帰りますわ。送らせてくださいね」

「えー。いいよ、リムジンのお出迎えは。電車でいくから。それにしても、何で、学校のすぐそばに自宅があるのに、みっさは寮に入ってるんだか不思議よね~。」

「決まってるではありませんの」

(あなたがいるからですわよ。)

「?」

「…いえ」

「なに?」

「なんでもありませんわ」

「?」

綾那は、美咲が何を言わんとしているのかわからなかった。

気を取り直して違う話を振った。

「そういえば、みっさは、気づいたかしら?」

「何をです?」

綾那は、今、頭に浮かんだことを美咲に告げた。

「オッド先生って、ピアスしてるじゃない。しかも、片方だけ」

「そうでしたかしら?」

全く関心がないと言ったふうに美咲が言った。

「そうよ。ええと、確か、こっちだから…」

綾那は自分の指で左右の耳に触れ、思い出そうとしていた。

バーンがしていたピアスの位置を。

「左側だけの片ピアスよ。」

「………」

「なんか白っぽいような、青っぽいような不思議な色の石のピアスをつけているのよ」

「随分目ざといですね」

「そう?この間、授業で質問したときに気がついたの。何かキラッとしたから」

「綾らしいですわ」

「現役女子高生としては、勘ぐりたいわね。片ピアスの意味を」

「いいではないですか。片ピアスだろうと、両ピアスだろうと」

「そんなことはないわよ」

「随分こだわりますね」

「だって気になるじゃない」

「オッド先生だって、結構いい年なんですから、『彼女』がいるんじゃありませんの?」

「え~!?」

「何か?」

「いい年って、まだ23歳でしょう?」

「そう考える方が自然ですわ」

「でも、だとしたら普通、両ピアスじゃないのかしら?何で、左側だけなんだろう?」

首をかしげながら、綾那は本気で悩んでいる。

そして、考えられる一般的な可能性を列挙していった。

「片思いとか?」

美咲は、綾那の顔を横から見ていた。

「それとも?」

「男色家?」

綾那の言葉のあとに間髪おかずに、淡々と美咲が言った。

それを聞いて、綾那は真っ赤になってしまった。

「こら!!何ていうことを言ってるのよ、みっさ」

「感じたままを言っただけですよ。どう見たって、オッド先生と臣人先生って親しすぎますもの。四六時中一緒にいますし」

「それはちょっと語弊があるんじゃない。授業中まで一緒にいる訳じゃないし…」

美咲の発想はどうしてこう極端から極端なのだろうか。

「何かある感じがしませんか?」

それでも淡々と表情を変えずに突っ込む美咲に綾那も思わず反撃してしまった。

「しないわよっ!!」

「どうしてそうムキになるんですか?」

今度は逆に自分が美咲に突っ込まれてしまった。

「…はあ……」

何を言っても無駄な気がして、綾那は反論の口をつぐんだ。

美咲を言い伏せることに労力を遣うのは嫌だった。

仕方なく、また違う話題を振った。

「そういえば、今日、オッド先生の姿を見てないような…」

頬に人差し指をあてながら、考え込んだ。

「昨日もいませんでしたわ。1組は、冬休み最終の授業が自習でしたもの」

口ぱくだけ、しかも抑揚のない声で美咲はチェックした。

「今日の3組は、オッド先生の授業がないからわからないわ」

「臣人先生はいましたわよ。」

「そう。オッド先生、どうしたんだろう?風邪でもひいたかしら」

「臣人先生に聞けば、その辺はわかるんではありませんか?」

「それもそうか」

妙に納得した。

臣人はまるでバーンの影のようにいつもそばに寄り添っているような気がした。

あの二人はなぜ同時期にこの学院に来たのだろう?

祥香の事件でわかったこと。

彼らは教員ではないということ。

臣人は『本業』と呼んでいたことが、彼らの本当の仕事であるはずだ。

なぜここにいるのだろう?

綾那はそんなことを不思議に思いながら歩みを進めた。

(そんなことは、どうでもいいじゃない。昔のことをとやかく詮索するなんて…。今は私たち同好会の顧問の先生たち)

「あ~あ、クリスマスかぁ」

綾那は、ちょっと大きな声で何かを残念がるように言った。

彼氏でもいれば、その人のために思い出に残るようなことを計画したり、プレゼントに心を砕いたりするのだろうが綾那にはそんな人はまだいなかった。

「アットホームか。パーティーしたいね」

「三月兎同好会の発足6ヶ月を祝って、クリスマスパーティーというのはどうですか?」

「そ、それ、グッドアイディア!!臣人先生とオッド先生に頼んでみようよ。」

綾那は手を叩いて喜んだ。

美咲の方を指さして、よく言ったと言わんばかりだ。

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