第6話 弔詞(3)

胸ポケットに入れていた携帯が鳴った。

キースは走らせていた自転車を歩道に寄せて止めると、携帯を取り出して通話ボタンを押した。

「はい?…いいよ、気にするなって。適当にやってるから。ああ」

通話を終えて、短いため息をついた。

(急ぐ理由がなくなっちまった…)

携帯のプライベートウィンドウで時間をチェックする。

(結構あるな。どこで時間を潰していこうか?)

姉ラシスの顔が浮かんだ。

もうすぐ命日だった。

(姉さんの墓参りしてから行くか)

そう思いたつと再びペダルに足をかけてこぎ始めた。

自転車は徐々にスピードを上げた。



自宅から少し離れた所にある林に囲まれた墓地。

自然に守られるようにある小さな墓地。

週末毎に礼拝へ行く教会ではなく、普段は人があまり寄りつかない場所にある教会。

キースは自転車を止めると降りて、手で押しながら姉の墓所に近づいていった。

墓所はいつもと変わらず人の姿などなかった。

ただ、いつもと変わらず静かに時が過ぎていった。

キースは大きな木の下に自転車を止めた。

スタンドを立てて、固定する。

背に背負っていたバッグを下ろし、ハンドルに引っかけた。

そして歩きはじめた。

姉ラシスの墓所はその場所から20M程行った所にある。

視線をその場所に向けた。

いつもと同じ白い墓石が目に入ってきた。

毎年この時期になると足を向ける場所。

あの日、12月25日。

姉の訃報を聞いた時は、さすがに自分も信じられなかった。

耳を疑った。

その前日から行方不明になっていた姉ラシス。

一体何処で何をしていたのかと、まんじりともせずに一晩過ごしたそのあとに警官が二人やって来た。

彼らから真実を告げられた時、それを聞いた母は泣き崩れた。

父は血相を変え、すぐ車に乗り込むとその警察署を目指して飛び出していった。

自分は、家で母を支えていることしかできなかった。

(姉さんが貫いた想い。

自分の命を懸けてまで貫いた想い。

誰が一番姉さんの想いことをわかっているんだろう?

Dad?

Mom?

それとも…?)

そんなことを考えながら歩いていくうちに、誰かとすれ違った。

人がいる気配はしなかった。

誰もいないと思っていた墓地で人とすれ違ったことにキースは驚いた。

振り向きざまにその人物の顔を見た。

やわらかそうな金髪に、蒼い眼、ダークブラウンのハーフコートを着た細身の男だった。

自分の方を一瞥もせずに、ただ前を向いて歩いていった。

そこから足早に歩いて去っていくその後ろ姿をキースは何も言わずに見送った。

(誰だろう? こんな日に?)

不思議に思わざるを得なかった。

(このひとも誰か大切な人を亡くしたんだろうか?)

クリスマスも近づいたこんな日に、墓地にいる人物に。

キースは気を取り直して、歩きはじめた。

姉の墓所にたどり着いて、彼は再び驚いた。

墓前に供えられた白い花束が風に揺れていた。

あたりを見回した。

他のどこにも誰かが来た形跡はなかった。

とするとさっきの男が供えていった花なのか?

姉の関係者?

友達?

それにこの花。

カサブランカとカラーの花束。

姉がとても好きだった花。

その事実を知っている人物?

キースは花が供えられた墓前にしゃがみ込み、その花束を手に取った。

そのすぐそばに、墓石に残っていた数カ所の染みを見つけた。

空は晴れわたっている。

雨が降ったわけではない。

キースは直感的に涙のあとだと思った。

(まさか!?

あいつが?

今すれ違ったやつが…!?)

そう思って墓所の入り口に目を向けるが、もう彼の姿はなかった。

(誰だったんだ?…姉さんの知り合いなのか?)

キースは持っていた花束をまた静かに供えなおした。


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