20.悪魔と声の主 -悪魔視点-
くすくすと笑う声がする。
くそ。身体が上手く動かねぇ。
うっすらと重い瞼を開ける。よく見ると倒れた位置から動いていない。一体どれだけ意識を失っていたのだろうか。気がつけば辺りは気絶した時よりも明るい日の光に包まれていた。どうやら一晩経ってしまったらしい。運良く俺を追っかけてきた奴らには見つからなかったようだ。
周りを見渡してみると、声の主と思われる人はいない。見えるのはよくある路地で見るものばかりだ。
上半身をゆっくりと起こし、壁に背を持たれるように座った。やがて意識がはっきりとしてくると聞こえる声はより鮮明になる。
声の主は増えつづけているのに、姿は誰一人として見られない。
「誰だ…」
緊迫とした雰囲気の中を壊すように想像とは大きく違った返答が返ってくる。
『だぁれ?』
『ぼくたちってだぁれ?』
『しらなーい』
『しらないのー』
『のー』
口々に聞こえる声は子供のような少し甲高い声だった。
『しっててもおしえなーい』
『なーい』
『ないのー』
聞こえる声は10を軽く超える。
姿が見えないのは《姿隠し》という魔法を使っているからかもしれない。それの逆魔法である《姿見》という魔法を放ってみる。
酷く傷ついた身体と底をつきそうな魔力では、範囲が狭く、1度しか使えないだろう。だが、ここで殺されるのは真っ平ごめんだ。
「なっ……」
魔法を放ったにも関わらず誰一人として姿を表さない。
姿隠しの魔法は犯罪として、多く使われていた事からほとんど国の法律で禁止されている。その魔法を教えることも犯罪としてみなされる。
だが、俺にとっては暗殺者として教えられた技術の一つだった。
そのため姿隠しについては一般人よりも詳しい。
それに自慢ではないが、魔法の失敗は、暗殺者として活動するようになってから1度もない。
姿が見えないのは想定外だった。
『みえないよー』
『むだだよー』
『むだむだー』
喋り方が妙に幼いのが気にかかるが、こいつらの正体はもしかしたらという推測が思い浮かぶ。
だったら余計に厄介かもしれない。
「俺を…殺すのか……?」
『なんでー?』
『どうしてー?』
すると、ある声が俺の傍に近づき大きくなった。
『のろいをとけるのー』
「お前らが呪いを解けるってことか?」
食い気味に身を乗り出す。あいつから受けた左腕の傷が痛むがそんなのを気にしてる暇はない。
俺の命はきっとあと数日、いやもしかしたら数時間しか持たないかもしれない。
生きるために食い下がる訳には行かなかった。必ず復讐しなければいけないのだから。
『ぼくじゃないよ』
『わたしでもないー』
『とけないよー』
『ないなーい』
複数の声が飛び交う。最初の方はあまり気にはならなかったが、甲高い声達が俺の周りをうろちょろしながら聞こえてくるのには頭が痛くなる。
「すまんが…誰かひとりが喋ってくれ。大勢で聞きにくいし……頭が痛くなる…」
『えー』
『ひどーい』
『そーだぞー』
『ひどいよー』
声達はわーわーと自分勝手に発言していく。声達の煩さは余計に酷くなる一方だ。頭痛が増していく。
「あー…もうわかった…すまなかった。」
『ゆるしてあげるー』
『しょーがないなー』
声達とそんなことを話してる間にあいつらに受けた傷の痛みは酷くなる。痛みの中心を見るためマントの胸元を覗くと、そこはあの時俺の足元に浮かび上がった魔法陣と同じ模様がしっかりと紅く刻まれていた。
「それで……俺の呪いを解いてくれるのは誰なんだ?」
『おんなのこー』
『かわいいのー』
声達の話は一向に止まず、呪いの痛みに耐える俺をお構い無しにと続ける。
『かみがねーふわふわなのー』
『さらさらだよー』
『まっしろなのー』
『おめめはねー』
『あおだよー』
『ちがうちがう!!あかだよー』
『あおー』
『あかー』
どこかのふたつの声が目の色は赤か青かで喧嘩を始めた。色んな文献で呼んだ事はあるがこいつらはこんなに幼いものなのか?
ふたつの声の喧嘩を仲裁せずに、あっちでやって。と他の声達の声が加わる。
『さっきあったこだよー』
『あってたあってた』
『うそじゃないよー』
『ぼくたちうそはつかないもーん』
白銀の髪に赤と青にもとれる瞳…紫…か?
俺が思い当たる少女は1人しかいなかった。
だが名前もわからなければ、どこにいるのかもわからない。今まで培った知識を元に考察する。
少し見ただけだが、あまりにも綺麗な所作だった。所作には育ちが出る。どこかの貴族か?
この国にも暗殺依頼で数度来たことがある。
この国の白銀の髪を持つ貴族といったら、侯爵に1つ、伯爵に2つ、子爵に2つある。
瞳の色はそこまで気にしていなかったためわからない。
「その子の名前はわかるか?」
『しらなーい』
「どこの子だ?」
『わかんない』
声達に女の子のことを聞くが知らぬ存ぜぬで返される。
くそっ…ひとつひとつ回るしかないか……
虱潰しに探すよりは少しでも情報があるだけましだった。
しかし、行動に移そうにも魔力も体力もない。
「なぁ、治癒魔法かけられるやつはいるか?」
『はいはーい』
複数の声があがる。そいつらに治癒魔法をかけてもらおうと思った。呪いが軽くなるとかという訳ではないが、今負っている傷を治し、体力を回復するのにはいいだろう。
「悪いが、かけてくれないか?」
『なんでー?』
『どうしてー?』
どうやらかけられるやつはいるか?という質問に返答しただけのようだった。
『どうしてかけなきゃいけないのー?』
「女の子を探す体力がなければ、魔力もない。そのためには治癒魔法で、回復する必要があるんだ。」
『そーなのー?』
『だからー?』
呪いを解く方法を教えてはくれたが、手伝う気はさらさらないようだ。
人間の前に姿を表さないことで有名なこいつらは扱い方、元よりなぜ見えないのか、どうしたら姿を表すのかすらもわからない生き物なのだ。
「どうすればいい。俺に何を求めてる?」
『しんでも、いきてもどっちでもいいんだもん』
『ただ、おもしろそーだったからー、ねー』
『ねー』
幼い声は俺を苛立たせる。
「もう一度聞く、俺が呪いを解くためにはどうすれば協力してくれるんだ?」
『どうしよう』
『どうしようねー』
『そうだ。まもってくれるー?』
守る?こいつが守って欲しいものはなんだと言うのだ。今までの会話を聞いて思ったことがある。こいつらはただの興味でしか動かない。
そんなこいつらが守って欲しいものというくらいだから相当なものなのだろう。
こいつらだって、相当だ。どの人類よりも強い。本気を出せばこの大陸全土の森を枯らすことだって、海に沈めることだって出来るのだから。
守るか…俺にとっては実にめんどくさい要求だった。そんなことに縛られてたまるか。俺にはやらねばいけないことがある。しかし、言う通りにしなければ俺はここで死ぬのだ。
ならば、今ここでだけ肯定すればいい。後で、どうとでもなるだろう。
「わかった。で?守って欲しいものとはなんだ?」
『あのこだよー』
『さがしてるこー』
『ころさないー?』
『ぜったいころさないー?』
「あぁー、約束する。」
そうというと、数人の声達は一斉に俺の周りを取り囲む。声しか聞こえないので、何となく取り囲んでいる気がしたというのが正しい。
身体が軽くなる。傷が塞がり、魔力も十分に回復した。
こいつらにとってあの少女はどれだけの存在なのかは疑問を持たずにはいられなかったが、あえて何も聞かなかった。どうせ教えてはくれないだろう。
余計なことに首を突っ込むのもごめんだ。
直ぐに俺は呪いが解けるという女の子を探そうと家々の塀や屋根を伝い、貴族の住む場所へと向かった。
暫くすると先程まで騒々しかった声はなく、気配もなくなっていた。
声の主達はどこかへと消えた。
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