12.望んだ婚約者(仮) -王太子視点-

「それで、彼女に何があったんだ?」

「あぁ、リリのこと?」


アレクは彼女をリリと親しげに愛称で呼んでいるみたいだった。仕方の無いことだが、無性に腹が立つ。


リリ…か……早く私も君を愛称で呼びたい。



「あぁ。そうだけど……いつの間に愛称で呼ぶような関係になったんだ?」

「ん?ついさっきだよ。ていうかアル、リリのこと知ってたの?」

「ヴァランガ侯爵の令嬢ということは。それよりも何があったんだ?」


どうやら彼女はメイドに手をあげた令嬢に注意をしたらしい。彼女の優しさでメイドを助けてあげたいと行動したんだろうけど、何かあったらどうするつもりだったのだろう。私はそこに居ない。君を助けてあげられない。君が怪我したら元も子も無いのに。

それにおまけに体調まで崩したと言う。

ああ、君はどこまで……はぁ…心臓に悪い…


次の日から私はヴァランガ卿の騎士団にほぼ毎日顔を出すようになった。

以前もアレクに誘われ通っていたが、それよりも更に多い頻度で通い始めた。別に剣の練習でもなく、アレクの様子を見るでもなく、彼女との婚約についてヴァランガ卿を説得する為だ。

きちんとヴァランガ卿の仕事に差し支えないように行動しているため、父上には何も言われなかった。

もちろん、私自身の仕事も欠かさずやっている。


3ヶ月程通いつめたところ、父上が私の姿に呆れたのか、可哀想に思ったのか何なのか、ヴァランガ卿に彼女に会わせて貰える様に取り計らってくれた。王族にしか分からない番を求める気持ちを汲んでくれたのかもしれない。私の《できるだけ早く》の一言で明日時間をとって貰うことができた。


早く会いたい。


彼女という番を見つけてから、日常生活が変わった。あれ程色のなかった日々は彼女を思うだけで彩って見える。日に日に積もる思いは異常なものだった。


______________________________



「それでは殿下。無礼なこともあるとは思いますが、目を瞑って下さるようお願い致します。」

「もちろん。私が無理を言ったので、気にしないよ。」


むしろ彼女に不敬を働かれようと、それはそれで気を許してくれてるみたいでむしろ歓迎だったりする。


「執務で約束の時間より遅れている。急いで行こう。彼女も待っているはずだから。」


彼女が待っている客間へと足を動かす。

向かう途中で、ヴァランガ卿が真面目な顔をして話しかけてきた。


「殿下、ひとつだけよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「娘の事で少々。」

「聞くよ。」

「ありがとうございます。…私は先に申し上げていた通り、娘の幸せが1番でございます。殿下が私に仰ってくれた、娘のことだけをという言葉で今回の婚約に関しては納得致しました。ですが……殿下の申し出に…娘は応じるかどうかはわかりません。私は娘に自由に選択肢というものを与えてあげたいと考えております。無理矢理の結婚はさせたくは御座いません。……ですので、せっかくの御縁ですが、辞退もやむを得なくなることになる可能性もございます。……そこの所だけは何卒、ご了承ください。」

「あぁ、わかってるよ。無理強いはしない。」


無理強いはしない上で、彼女に私を選ばせる。

断られても食い下がる気はないけどね。


「殿下こちら部屋でございます。」


部屋の前にいた衛兵にドアを開けてもらう。

そこに居たのは紛れもない私が婚約者に望んだ彼女だった。

いつ見ても変わらない愛らしさは私の心を擽った。

やっと会えた衝動で早足になる。

胸の高鳴りを抑えきれず、そのまま彼女の前に跪く。なんの躊躇もない。ただただ、愛を乞う様に。


「初めまして。我が愛しい姫。私はパッフェルト王国王太子アラン・ペトル・ド・フォン・パッフェルトと申します。こうして貴女に出会えたことが何よりの幸福です。この度は私と婚約してくれてありがとう。」


あ、婚約はまだしてないんだっけ?

まぁ、いいか。どうせ君は私の婚約者になるんだから。


そう考えているとヴァランガ卿に水を指された。


「殿下。失礼ながら、我が娘とはまだ婚約は完了していませんよ。」

「固いこと言わないで頂きたい。卿も納得してくれたはずでは?」

「娘の気持ちが優先ともおっしゃいました。……リリ挨拶を。」


ヴァランガ卿に促され彼女が礼をとった。

お茶会で仕草が綺麗だと思ったが、やはり礼をとる仕草もとても綺麗だった。


「初めまして、王太子殿下。リリアナ・ペトル ・ヴァランガと申します。私こそ殿下にお会いでき、光栄なことと存じます。」


彼女の挨拶が終わると私は彼女の手をそっと握り、手の甲にキスを落とす。


困惑している彼女も可愛かった。

目が少し泳いでるよ…。


その可愛さに思わず顔が緩んでしまう。

そのまま立ち上がり、彼女に近づく。彼女と私との間に数センチの隙間も許したくはない。


長かった…やっと…やっとだ。

3ヶ月短いようで長かった。けれど彼女のためなら私はどんなことだって耐えられよう。


「やっと会えた。もう離さないよ、私の番。」


愛しい彼女を見つめて少し赤く染まった頬を撫でる。きょとんとした顔がよりいっそう彼女の可愛さを引き立てていた。


ああ、もう。可愛いなぁ。

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