愛されなかった少女は溺愛王太子についていけない

小端咲葉

1.前世の記憶

『リリアナ・ペトル・ヴァランガ』

これが今世の私の名前。


ヴァランガ侯爵家の長女に生まれ、そして私には誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶があるということ。


こことは違う日本という国で生まれ育ち、享年17という若さで去った。

特に死んでしまいその世界に未練があるというわけでもないが、前世の記憶が今の私の足を引っ張っているのは確かだ。記憶を思い出したのはつい先日の5歳の誕生日の次の日。私は高熱を出し、物凄い吐き気と頭痛に襲われ気絶した。目を覚ましたのは倒れてから3日後のこと。目が覚めると私に前世の記憶があった。



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「リリアナ様。お身体の方、大事ありませんか?」


そう私に優しく声をかけてくれるのは、私付きの侍女ニケだった。ニケは私と仲良しの侍女で私が3歳くらいの頃わがままで私付きにしてもらった。


「大丈夫だよ。」


悟られように、今まで通り笑顔で答える。

記憶を取り戻すまでの私は誕生日を喜び、活発で無邪気に走り回る侯爵令嬢と名ばかりの5歳の少女だった。

それも、記憶が戻る前までのこと。目が覚めてから数日ほど部屋にひきこもっていた。記憶で混乱しているのか、あまり気分は良くない。もう少し前世がまともなものだったら、こんなこともなかったのだろうか。

今世の両親は物凄く優しいし、私を愛してくれていた。分かっている。5歳までの私がちゃんとそれを理解している。あの日から何度も顔を出しては抱きしめてくれるし、優しい言葉も沢山かけてもらった。ただ、自分が受け入れられないだけ、ただそれだけだ。




私はちゃんと愛されてる。今回は…大丈夫…



私が思いを巡らせているとニケは私の身の回りの世話を一通り終えたらしく、ティーカップにホットミルクを入れた。


「リリアナ様。奥様がお見えですよ。」


ニケに声をかけられ部屋のドアを見ると母様が私の方優しく見ていた。


「リリ。おはよう。気分はどう?」

「母様、だいぶ良くなりました…」


リリと言うのは私の愛称だ。

母様は私の頬にそっと触れてくれた。


「あの人もすごく心配していたのよ。リリに何かあったら嫌だと仕事に行くのも躊躇って…」


父様は私がまた元気になるまで私の傍にいると仕事を休んでいたようだが、とうとう部下に仕事に戻ってきて欲しいと懇願され、今日こそはどうしてもということで仕事に行ったようだった。確かに父様はパッフェルト王国第一魔法騎士団団長であるので、父様がいないとほとんど手が回らない。


「ごめんなさい。」


私が謝ると母様は優しい声で、謝らなくていいのよと言ってくれた。


「リリ、もう少し元気になったらまた、みんなで一緒に食事を取りましょうね。」

「…はい。」


それからあまり声に活気がない私を気遣ってか、母様は他愛のないことを私に話してくれた。しばらくして、母様も用があるからと、私の額にキスをし部屋を出ていった。


母様が出ていくと母様と私の様子を見ていたニケが冷めてしまったホットミルクを変えようと私の傍に来た。


「よかったですね。奥様がいらしてくれて。リリアナ様も少し顔色が良くなったようですし…今晩当たりは一緒に食事を取られてはいかがですか。旦那様もいまかいまかと待ち望んでおられます。」

「そうだね。ずっとこのままも良くないもんね…」


そう。今の私はあの時の私ではない。

ただあの時の記憶を持っているだけ。今の私はリリアナなのである。愛されなかったあの時とは違うのだ。だったら今を精一杯生きよう。


「ニケ。私、今日は父様と母様と食事するよ。」

「まぁ、それはお二人共喜ばれますね。久しぶりですもの、素敵なお召し物をご用意させて頂きますね。」


嬉しそうにするニケを見ながら不安を抱きつつも少しずつ記憶とともに今世の現実を受け入れようと決めた。

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