第635話 黄泉3



 機械種イザナミの朱石が隠されていると思われる『大社』。


 それは超高層ビルにも匹敵する巨大な柱で支えられた空中神殿………いや、空中神社。

 

 そして、その正面入り口から下へと伸びる、これまた巨木に支えられた木造………のように見える階段。


 軽く見積もってその長さは1km以上。

 幅は20mを超えそうな程に広く、何千人が一斉に登れそうな造り。


 現実に存在している神社ならば、間違いなく観光名所となったであろう。


 見る者を圧倒する荘厳さ。

 おどろおどろしい空と相まって、本当に神が住んでいそうな雰囲気が醸し出されている。




「敵は…………いないようだな」



 

 念のために隠されたモノを暴き立てる『掌中目』を両手に持ち、辺りを見回してみるも反応は無し。


 少なくとも見える範囲で姿を隠した……、若しくは姿を消した敵はいない模様。




「んん? あれは………」




 ふと見つけたのは、天空の社へと続く階段の前に並べられた直径2m近い大釜。


 何百人分のお米が一度に炊けそうな大きさ。

 それが4つ、まるでお寺にある線香立てのように等間隔に並べられている。


 中から湯気が立ち昇っており、どうやらナニカを煮ている様子。



「嫌な予感…………、でもなあ………」



 これがホラー映画なのであれば、人間が煮込まれていても不思議ではないが。


 でも、階段の前に並べられている以上横を通るしかない。


 恐る恐る警戒しながら近づいてみると中身は…………


 

「あれ? これは…………、マテリアルか?」



 意外や意外。

 釜の中身は黒い粒粒。

 茹だった湯に沈められているのは、久しぶりに見るカード内に収納されていない生?のマテリアル。

  

 真っ黒な色合いの1個1個が1cm角の四方形体。

 それが底の方に敷き詰められ、なぜかお湯で茹でられている様子。



「なんじゃこれ?」



 マテリアルをお湯で茹でるという意味の分からない設備。

 一体何のためにここに置かれているのであろうか?



 マテリアルはこの世界の万能燃料、兼、共通通貨だ。

 この世界の経済を回している最も重要な物資と言っても良い。


 通常、マテリアルカードの中にデータとして収納されているが、このように現物として外に現出させることもできる。

 当然、大釜の中のマテリアルを掬ってマテリアルカードに収納することもできるが…………



「…………やっぱり罠だろうな。でも、こんな怪しい場所で、こんな端金に手を出す奴なんているのか?」



 6つの大釜の中のマテリアルはかなりの量だが、それでも全部合わせても1万Mに届かないであろう。

 日本円にして100万円未満。

 

 マテリアルに困窮していた半年以上前ならともかく、今なら無視しても良い程度。

 余計なリスクまで負ってわざわざ手を出すまでも無い額。


 しかも、お湯のように見えるが、実は強酸かもしれないのだ。

 手を入れた瞬間、融かしてしまうような罠の可能性もある。

 

 ただでさえ、湯気が濛々と立ち込めるほど茹だっている。

 こんな所に手を突っ込む奴なんていない。

 『火中の栗』を拾うようなモノ…………


 

「……………待てよ。マテリアルを煮る? ……………ひょっとして、コレ、『黄泉戸喫よもつへぐい』か?」



 ふと、思い出した日本神話における黄泉の国の伝承。

 

 黄泉の国で煮炊きした食物を食べた者は現世に戻れなくなるという逸話。

 またギリシャ神話でも似たような話があり、冥界で出されたザクロを食べたペルセポネは1年の内4ヶ月は冥界で過ごさなくてはならなくなった。


 即ち、このマテリアルに手を出すと、この世界から出られなくなったりするようなペナルティを負う可能性が高い。

 

 この世界に煮炊きするような食物は無く、ブロックを煮ても水に溶けるだけ。

 その代わりのマテリアルということであろうか?

 

 罠としては非常に悪辣。

 しかし、こんなあからさまな罠に引っかかる奴なんていないと思うけど。


 

 とにかく、ここはさっさと通り抜ける方が良さそうだ。



 立ち並ぶ大釜の横を通り抜け、天空の社まで続く階段に足をかける。



「何段あるんだよ? 金毘羅さんの階段昇りより長そう………」



 元の世界の身体なら、途中で何回も休みを入れなければ昇り切れないであろうが、闘神である今の俺なら全速力で走り抜けることも可能。



「おっと、これも念の為………」



 再度『掌中目』を両手に持ち、これから昇る階段を調べてみると………



 100m昇った辺りから、両端がぼんやりと光る部分が等間隔に並んでいる。

 ナニカが隠されており、近づくと飛び出して来る仕掛けになっているのであろう。

 

 おそらくは位置的に機銃が付いた自動タレットの類。

 それが階段を登ろうとする者を銃撃するに違いない。



「機銃程度ならどうにでもなるが…………」



 また、そこから少し進んだ地点でも階段の踏み面部分が広く輝いている。


 その範囲から、これまたナニカが飛び出して来るのか?

 それとも古典的な落とし穴であろうか?


 だが、罠があると分かってもここから俺にできることは無い。


 俺には罠を発見できても対処ができる能力が無いのだ。

 だからここは力技で通り抜けるしかない。




 ダッ!!!

 

 

 『掌中目』を七宝袋へと収納。

 瀝泉槍を手に、一気に階段を駆け抜けようとする俺。




 そして、ちょうど反応があった場所に差し掛かった時、




 バタンッ! バタンッ! バタンッ! バタンッ!


 ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!




 階段の両端から予想通りの自動攻撃用タレットが飛び出し、銃口から粒子加速砲を放ってくる。




 バチッバチッバチッバチッバチッバチッバチッバチッ……… 




 しばらくは携帯バリア発生装置の電磁バリアが防いでくれていたが、タレットが立ち並ぶ区域の3分の1くらいで、耐えきれなくなり消滅。


 流石に亜光速で飛んでくる粒子加速砲を躱すのは不可能。

 1,2発なら、銃口の向きや発射のタイミングを見て射線上から逃げるという手段もあるが、ここまでの数だとどうしようもない。



 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! 

 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! 



 良いようにハチの巣にされてしまう俺。

 何十という光弾が俺の身体を滅多打ち。

 

 ただし、何の痛痒も無いから無視して進むだけだけど。



 俺が着こむパーカーの表面で弾ける光の粒子。

 膨大な熱量が発生しているはずだが、俺にとっては涼風程度。


 眩い光が少々うっとおしく、前が見えにくいくらいだろうか………

 

 


 そして、自動タレットが設置された区域を難なく突破し、少し進んだところで、





 バタンッ!!





 階段の踏み面が一斉に消失。

 階段に5m四方の大きな穴が開いた。


 ちょうど俺の足元部分。

 翼の無い身であれば、そのまま100m以上も下へと落下するしかないのだが………



「『猿握弾』!」



 バンッ!



 すぐさま足元に『猿握弾』を発射。

 準備していたこともあり、ほぼノータイムでの行動。


 空間凝固剤で空間を固め、そこを足場としてジャンプ!

 さらにもう一段空中ジャンプを行い、落とし穴の向こう側へと楽々着地。


 階段を駆け上る途中の落とし穴という回避困難な罠を難なくクリア。




「ふう………、次は一体どんな罠なのやら…………」



 

 

 ほっと一息つきながら、ボヤキを口にすると、俺の耳に重たい響きが幾つも届く。


 思わず音の方向を見上げれば、





 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロッ!!





 上から一抱えもありそうな鉄球が転がり落ちて来た。

 しかも鋭いトゲトゲが付いたタイプ。

 それがタイムラグをつけながら何十個も。


 


「いい加減にしろ! 風雲た○し城じゃねえんだぞ!!」 

 

 

 

 我慢ならなくなり、怒鳴り声を発するが、当然ながらクレームは受け付けてくれない模様。

 このままアトラクションを楽しむしかないようだ。




「クソッ! ロクな国じゃねえな! ここは………」




 機械種ヨモツイクサのパレードに八雷神の大行進。

 倒しても倒しても復活する機械種イザナミ相手のモグラ叩き。

 ジェット気流によるジェットコースターに、紐無しバンジージャンプ。

 最後はギミック満載のアトラクション。


 もう、ここは黄泉の国ではなく、夢の国ではなかろうか?


 ジェットコースターとバンジージャンプは自分でやったことだけど。




「…………………もう無理やり突破するしかないな」




 もう一度瀝泉槍を握り込み、雪崩のように落ちてくる鉄球を睨みつけ、




「オラオラオラオラオラッ!!」




 瀝泉槍をブン回りながら、真っ向から突撃を敢行。


 転がり落ちてくる鉄球を力技で弾き飛ばしながら階段を駆け上がる。



 ザンッ! ボカンッ! ゲシッ! 


 ダンッ! ドカンッ! バシッ!

 


 瀝泉槍で断ち切り、拳で殴り飛ばし、足で蹴り上げる。


 避ける時間が勿体ないとばかりの真正面からの特攻。


 この限定された空間では軍隊ですら押し流されかねない鉄球の雪崩も、俺にとっては然したる妨害にもならない。


 ただひたすら上へと昇る。

 階段を5段飛ばし、時には10段飛ばしで進んでいく。



 

 そして、ようやく辿り着いた天空の社。


 広大な敷地に建てられた本殿は、古の神を祭るに相応しい偉容を誇る。


 おそらくこの中に俺が目指す朱妃の晶石が隠されているのであろう。 


 だが、その前には社を守る守護兵たる軍勢が……………



 

「金鞭よ! 焼き尽くせ!」



 バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!



 七宝袋から金鞭を取り出して叫ぶ……と同時に、眩い紫電が雷鳴と共に発生。


 さらにその紫電が俺の目の前で膨れ上がり、稲光を纏った雷竜と化す。



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!



 落雷を何十と束ねたような雷撃を放ちながら、敵対する軍勢への蹂躙を開始。


 爆雷音が轟き、雷光が閃く。

 あっという間に、社前の広場が雷電地獄へと早変わり。


 右から左へと竜身が軍勢の中を横切っただけで、機体ごと爆発していく機械種ヨモツイクサ達。


 一瞬だが、その武装もやや上等そうに見えた。

 ひょっとしたら機械種ヨモツイクサの上位機種だったのかもしれないが、俺の宝貝の前には誤差でしかない。

 50機以上はいたはずの軍勢は瞬く間に電撃に焼き尽くされ、融解した鉄くずと変わる。



「これで………出し物は終わりかな?」



 金鞭を収納しながら、戦場跡を横切り本殿の入口へと向かう。


 途中、『掌中目』で辺りを確認するも、隠されたモノは無い様子。



「さて、鬼が出るか蛇が出るか…………」



 本殿の扉を開け、中へと侵入。


 社内で待ち構えていたモノは…………






 言うなれば、黒い衣装を纏い、黒い槍を構えた男神……の形をした人型機種。


 『神』と断じた理由は、その身体から発する威圧感があまりにも強大だから。


 明らかに強者の風格。

 神でなければ魔王だろう。

 しかし、魔王ほどの邪さは感じない。

 おそらく名の知れた神………、槍を持つことからそれなりの腕を持つ武神に違いない。

 

 やや気になるのはその身を縛る鎖や首輪、足輪が付けられた姿。

 その鎖の先は床に固定され、明らかにこの場に留まるように拘束されている。


 纏う衣装は古来日本式であり、明らかに高貴な身分を示しているはずなのだが、装着された拘束具がまるで奴隷扱い。

 果たしてその意味は何なのであろうか?

 

 チラリと男神の背後を見れば、その奥へと続く扉が見える。

 どう見てもそこが俺の目的地。


 この場にいる以上、機械種イザナミの従機であり、その晶石を守る最後の守護神であるはず。

 

 なのに、この酷い扱い………

 自分の最も大切なモノを守らせていながら、決してここから逃がすまいとする執念を感じる。

 

 この機械種の正体は?

 日本神話を鑑みるに、伊邪那美に関係した男神など、その夫である伊邪那岐ぐらい………




 ギシギシギシ………




 鎖を鳴らしながら一歩前に進み、俺を睨みつけてくる男神。

 黒い槍の穂先をこちらに向けながら、威嚇するような構えを取る。


 その目の光はやや鈍い赤。

 緋色を濁したような色。

 暗褐色とも言えるその色合いは、臙公に近い光に思える。

 

 だが、間違いなく臙公であった闇剣士よりも上位。

 

 おそらくは、機械種イザナミの従機の中でも特別機。

 先に戦った形代とよく似た存在ではなかろうか………

  


 

「…………………」




 油断なく無言で瀝泉槍を左手で構える。

 

 穂先を下へ。

 視線は前へ。

 右では腿の近くへと。




 互いに獲物は槍一本。


 俺としては槍を持った相手と戦うのは初めての経験。


 しかし、宋の国の大英雄である岳飛には、数々の戦場を巡り、強敵とぶつかり合った幾百もの経験が存在する。


 たとえ相手が武神であろうが、決して引けを取るものではない。


 そして、俺の闘神スキルを合わせれば、その『武』は地上最強のモノとなる!




『定風珠!』




 心の中で命じ、この社内の空気を薄くさせてから………


 


「行けっ!」




 手にした瀝泉槍を男神に向かって投擲………すると、同時に、


 右手をレッグホルスターへと伸ばし、『高潔なる獣』を引き抜いて、



 ドンッ!

 ドンッ!

 ドンッ!



 神速の抜き撃ち3発。

 

 …………と並行して、先ほど瀝泉槍を投げ放った左手を胸ポケットへと伸ばし、




『莫邪宝剣』!




 七宝袋から莫邪宝剣を抜いて、光の剣を顕現。


 そのまま右手に持ち替え、即座に前へと足を一歩踏み込み縮地を発動。




 タッ!

 タッ!

 タッ!



 僅か3回の踏み込みで、敵の至近に到達。

 

 

 そして、俺が莫邪宝剣で切りつけると、時を合わせたように……、



 ザクッ!!!



 投擲した瀝泉槍が敵、機体の胸中央へと突き刺さり、



 ザンッ!!



 莫邪宝剣が煌めいてその首を刎ね飛ばした。




 

 ちなみに、『高潔なる獣』の銃弾3発は全部外れた模様。










「おっかしいなあ~」



 塵とかした男神の亡骸から瀝泉槍を拾い上げながら呟く。



「まさか、全弾外すとは………、これじゃあ、『槍』『銃』『剣』の同時並行攻撃にならないぞ」



 莫邪宝剣を七宝袋へと仕舞い込み、高潔なる獣をレッグホルスターへと収納。


 

「せっかくアニメをヒントに思いついた必殺技なのに…………」



 技に名を付けるなら『ヒロストラッシュX』であろうか?

 でも、全然『X』は関係ない。

 やはり、ここは漢字で統一するか。

 一文字ずつ取って、『奥義 獣莫泉』とか………



「んん? ………………いや、別に俺は強敵と技を競いたいわけじゃないからね」



 手にした瀝泉槍から少しばかりの小言が飛んでくる。

 折角凄腕の武人との勝負だというのに、奇襲っぽい技で仕留めたのがお気に召さなかった様子。


 だが、あれはアレがベストなのだ。

 

 敵は拘束具で行動範囲を絞られていて、しかも背後を抜けられるわけにはいかないから基本あの場を動かない。


 ならば捌き切れない程の多重攻撃で仕留めるのが適切。

 まともに槍で打ち合って、削り合うのは時間がかかるだろうし。




「…………おや? 槍だけが残ったのか」




 塵の山の中に残る槍の柄が目に入る。


 手を伸ばして引き抜いてみれば、いつの間にか色が黒から銀色へと変化していた。


 長さ1.8m。

 瀝泉槍と比べて穂先が広い造り。

 柄には宝玉が幾つも埋め込まれており、そこに渦を巻くようなデザインが施されている。

 いかにも宝槍といった外観。

 美しいだけでなく、何かしらの特別な能力を秘めているかのような雰囲気。



「へえ? ご大層な槍だな…………、まあ、俺には瀝泉槍があるから、要らないけど」



 瞬殺してしまったが、まともに打ち合えば強敵であっただろう。

 そんな強敵が残した武具なのだから、きっと名のある発掘品であるに違いない。



 残された槍を七宝袋へと収納。

 そこから奥へと進み、おそらく俺の目的物があろう部屋の扉の前に立つ。


 これまた念のためにと『掌中目』で罠が無いことを確認して扉を開けると、




「………………あった」




 そこは神社の奥宮。

 日本式で彩られた神を祭る為の祭壇。


 しめ縄、紙垂、鳥居、鈴………

 

 日本人である俺にとってなじみ深いモノばかり。

 

 そして、その奥に飾られた拳大の晶石。

 

 赤より明るく、朝日のごとく輝く、その色の名は『朱』。


 緋王の緋石と対を成す朱妃の『朱石』。


 

 

「………………………やっぱり、見つけて終わりとはいかないか」




 その周りを取り巻く、ナニカを封印でもしているような、しめ縄の囲い。

 

 薄く七色に輝くヴェールに閉ざされているような光景。

 

 それは紛うこと無き、中の『朱石』を守るための結界。


 しかも、以前、ベリアルを封じていた『多重次元牢』と同等のモノ。




「最後の試練は『謎かけ』ってか?」




 祭壇の前に置かれた晶脳器。

 そして、あからさまに並べられた書物の山。

 

 ここで文献を調べ上げ、正しい暗証番号を打ち込まないと『多重次元牢』を解除できない仕組みになっているのであろう。

 

 戦闘力だけでなく、頭も良くなくては、『朱』に触れることすら叶わないということか。


 あのくそいまいましい機械種イザナミめ!

 らしいと言えばらしいのだが、どこまで理想が高いのであろうか?

 本当にトコトン、アイツとは相性が悪い!


 

 だけれども…………………





「知るか! そんなもん!」





 朱石に向かって吐き捨て、七宝袋から『倚天の剣』を取り出して、





「俺は推理小説でも推理せずに読むタイプなんだよ!」




 

 有無を言わさず、俺は『倚天の剣』にて『多重次元牢』を切り裂く。




 ヨシツネでも、ベリアルでもどうにもならないという『多重次元牢』。


 だが、天すら切り裂く『倚天の剣』の前では紙切れ同然。

 

 たった剣の一振りで『多重次元牢』は切り裂かれて崩壊。



 そして、遮るモノが無くなった朱石に手を伸ばし、



 グイッ!!



 台に固定されていたようだが、構わず引きはがした瞬間、


 



 ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!





 どこかで女の悲鳴が上がった。


 それは間違いなく断末魔。


 それも先ほどまでやり合っていた機械種イザナミの声での。





「……………やったか?」




 

 つい、呟いてしまったフラグ臭いセリフ。

 

 白兎がいればすぐにツッコンで来ただろうが、あいにく、ここは俺1人。



 しばらく、様子を伺いながら立ち尽くしていると、辺り一帯にナニカが軋むような音が聞こえ始める。


 それは過去、何回も聞いたことがある異空間が崩壊しようとしている予兆。


 つまり、この異空間を作り上げた機種が滅んだ証…………




「……………なるほど、引きはがしただけで倒せたのか」




 手の中の朱石を見つめながら、ポツリと呟く。


 最悪、機械種イザナミを倒すために、朱石を砕くことも考えていたのだが、どうやらその必要は無かった様子。


 だが、今までの激戦に継ぐ激戦の終わりかと思うと、余りにもあっけない最期。


 しかし、俺としては最良の結果。

 これで初めて朱石を入手することができたのだから。




「さて、この異空間が崩壊する前に脱出しないと………」



 

 すぐさま皆の元へ帰らなくてはならない。

 

 この世界に一緒に来た廻斗と輝煉を除いた面子を七宝袋へ収納。


 緋王クロノスを倒した時と同じように、『倚天の剣』での『空割り』で世界を切り裂いて脱出。

 これが最も確実、且つ、素早い異空間からの脱出方法。

 


 けれども、その為には………………




「………………え? ひょっとして、俺ってもう一度、同じ手段で空を飛ばなきゃならないの?」















 ドスンッ!!



 空から着地するなり、地面に倒れ込む俺。



「主様!」

「我が君!」



 慌てて駆け寄って来るヨシツネとベリアル。



「主様! お怪我は?」


「……………皆は無事か?」


「はい! 無事です。敵が突然、崩れ出しまして………」


「良かった…………、おええええっ!! うえええっ!」


「主様! どうされました?」


「ううう…………、何で俺ばっかり、こんな目に…………、うええええっ!」



 地面に顔を伏せ、さめざめと泣き崩れながら、なんども嘔吐を繰り返す。


 出てくるのはもう胃液と唾液だけ。

 もう体力も気力も残っていない。

 

 皆の無事だけが心配の種だったのだ。

 それが大丈夫だと分かったから、気力の糸がプチンと切れてしまった。

 

 着地した時に瀝泉槍を手放してしまったこともあるだろう。


 今の俺は極度疲労とほっとした安心感で、もう泣きじゃくる子供状態。



「もう嫌だぁ。もうおウチに帰るぅ。外になんか一歩も出たくないぃ………、うえええぇっ! おええええっ!」


「我が君! しっかりしてよ! ほら、まだやることが残ってるでしょ」


「ううう…………、分かってるよぉ。分かってるけどぉ…………、ヒック、ヒック………」



 ベリアルに抱き起こされ、鼻をグズグズ鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がる。


 少し顔を上げて周りを見渡せば、心配そうに俺を見つめてくる仲間達の姿。


 皆一様に俺のことを気遣ってくれている様子。

 

 天琉も、廻斗も、玖雀も………

 

 いつも明るい表情を曇らせ、不安そうな顔で見つめてくる。



 ああ、イカンなあ。

 あんな顔をさせてしまっては…………



「そう……だな。早く、脱出しないと………」



 マスターとしての責任感で以って、何とか気力を奮い起こす。


 正直、もうこのまま倒れ込みたいぐらいにしんどいが、俺がやるべきことはまだのこっているのだ。

 倒れるのはそれからでも遅くは無い。



 しばし、肩で深呼吸。

 また、吐きまくったせいで痛めてしまった喉は、仙丹を作り出して治療。


 俺の乗り物酔いも仙丹で治せれば良いのだが、どの部分を治す仙丹を作れば良いのか分からず結局作り出せなかった。


 俺の仙丹も万能ではない模様。

 若しくは、俺に医学の知識があれば、作り出せたのかもしれないが。

 


 

 少し休んだのち、ヨシツネとベリアルに対し、これから行うことの詳細を確認。



「ヨシツネ、ベリアル。前と同じ方法での脱出で構わないか? 外への被害は大丈夫だろうか? 前回、暴竜が作り出した異空間を切り裂いた時は、周りが酷いことになったからな」


 

 異空間を裂いたところから内側に吸い込まれそうになった記憶が蘇る。


 このまま外に出れば、そこは地下35階の大広間である可能性が高い。

 もし、前回のような現象が起きるなら、何か対策を行う必要がある。


 

 しかし、2機の答えは問題無しとのこと。

 


「ハッ! ………ここは異空間の中でも最も外側に位置します。多少傷を入れたぐらいでは外への影響はほとんどありませんでしょう」


「そうだね。前と状況が違うと言うこともあるよ。空の守護者の時は機体の中に異空間を造っていたから。今回は創界制御で造られた普通の異空間だし」


「普通の異空間って、なんだよ? …………まあ、被害が無いのなら良しとしよう」



 ヨシツネとベリアルからお墨付きをもらったので、早速、『倚天の剣』を取り出そうとした時、



「……………………そう言えば、機械種イザナミの機体はどうなった?」



 ふと、思い出した、手に入れた朱石の機体の方。

 

 機体が残っているなら確保して、朱石を入れたら元通り。

 

 2つもある蒼石準1級でブルーオーダーできれば………………



 だが、俺の期待も空しく、



「ああ、アイツ。突然、叫び出して隙を見せたから、全部燃やしちゃったよ」


「あああああああああああああああああ!!」



 あっさりと答えるベリアルに、その場でしゃがみ込んで絶叫する俺。



 そりゃあ、さあ………

 その可能性は考えなくも無かったけどさあ……



「あははははははははははっ!」


「何、笑ってんだ! ベリアル!」


「だって………………」


「チィッ! まあ、いい。どのみち、俺と相性悪そうだったからな」


「そうだよ! 相性抜群の僕がいるんだから!」



 とても良い笑顔を向けてくるベリアル。

 そのまま額物に入れて飾っておきたいほどの華やかさ。

 漫画やアニメなら周りに花が咲き乱れそうな程。


 しかし、そんな良い笑顔は俺の心を苛つかせただけ。

 

 流石にカチンと来て、俺の体調が悪く無かったら一発ぶん殴ってやるのに……とか思っていると、ヨシツネが口を挟んで来た。

 


「主様! ここに機体の一部だけ確保しておりますが?」


「ヨシツネ? ………それは?」


「機械種イザナミの髪です。ちょうどベリアルが焼却する際、上手く切断できましたので亜空間倉庫に収納しました」


「ふむ?」



 ヨシツネが手の平に置いて差し出して来る艶やかな黒髪の束。

 ちょうど後ろ髪の部分をスッパリと切断したようで、その長さは1mくらい。

 ヨシツネの刀の銘である『髪切』の名の通り、見事女神に髪を切り落としてくれた模様。



 黄泉の主宰神たるイザナミの髪か。

 それだけでかなりの価値がありそうな感じ。

 もしかしたら仲間達の改造部品に使えるかもしれない。



「よくやったぞ、ヨシツネ」


「ハッ! 光栄です」



 『朱石』を入手し、『発掘品っぽい槍』も『黄泉の国の女王の髪』も手に入った。


 苦労した分に見合うとは思えないが、それでも、お宝が手に入ったことは喜ばしい。



 さらに、ほんの少し気力が戻って来た所へ…………



 フッ………とナニカが現れたような気配。



 思わず気配がした方へと視線を向けると、





「…………………何これ」





 何の予兆の無く、唐突に俺の前に現れたのは、





「宝箱ですね」





 いつもの冷静な口調で答えを返してくるヨシツネ。





「…………………何でこのタイミング? いや、それよりも…………」





 出現した宝箱は3つ。


 正確に言うと1つは中量級機械種用倉庫。


 宝箱2つのうち、1つは1.5m×1mくらいの武具が収められていることが多いタイプ。

 

 そして、もう1つの宝箱………………というか、

 

 巨大な箱というか………、

 長さ2km以上の建造物というか………

 

 


「でけえ」



 ただ、それしか感想が出ない。



「あい! 前にラピュタが入っていたのより大きい!」

「キィキィ!!」



 手を取りダンスを踊りながら喜んでいる天琉と廻斗。



「ギギギギギッ!」

「凄いチュンッ!」



 いつの間にか、浮楽と玖雀が混ざり、輪になって踊ろう状態。



「ふえええ………、やっぱりウチのマスターは凄いガオ」

「本当に………、仕えがえのあるマスターですね、ドラ」



 2機並んで感想を述べる辰沙と虎芽。



「うむ………、めでたい。益々マスターの領地が広がりますな」

「え? あれは何なんでしょうか?」



 ホームが広がることを喜ぶ豪魔。

 何のことだか分からず目を丸くする刃兼。


 

 皆が騒ぐのも無理はない。


 そう。

 それは空の守護者を倒した時に出現した『空中庭園』が入っていた時と同じ馬鹿デカイ宝箱。

 ならば、入っているのは『空中庭園』と同じタイプの発掘品であろう。

 しかもその大きさはパッと見であるが倍以上ありそう。


 以前、胡狛に『空中庭園』を調べてもらった時、似たような発掘品が他にもあり、互いにドッキングできるような仕様になっていることが判明したのだ。

 

 だとすると…………



「まさか…………、いや、詮索は後にしよう」



 

 辺りに響く軋み音が大きくなってきた。

 これ以上、脱出を遅らせると、崩壊に巻き込まれる可能性がある。


 あの巨大な宝場も気になるし、中量級機械種用保管庫の中身も気になるのだが、確かめるのは地上に戻ってからになるだろう。


 何しろ、宝箱の罠を調べて開封してくれる白兎や胡狛がいないのだから。





 出現した宝箱を全て七宝袋へと収納。

 

 さらに廻斗と輝煉以外の仲間達も同様に。


 

 そして、今度こそ『倚天の剣』を引き抜いて精神を集中。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ………




 まだ少し時間の余裕はあるのだろうが、それでも、不気味に響く音が俺の心を削ってくる。


 『空割り』は精神を研ぎ澄まさねば使えない。

 だが、俺の心を支えてくれる瀝泉槍が無く、たった一人でこの恐怖に立ち向かわねばならないのだ。


 今の俺は気力・体力ともに最不調。

 まだ、緋王クロノス戦の後の方がマシであろう程。


 しかし、この場に至り、もう泣き事なんて言っていられない。

 だから、必死に気力を奮い、挫けそうになる心を焚きつけて、『倚天の剣』へと仙力を注ぎ込む。



「キィ………」



 廻斗から『大丈夫?』との心配げな声。



 カツンッ!



 輝煉から俺を激励するような蹄音。



 

 2機に少しだけの勇気を貰い、最期の気力を燃やし尽くす。


 

 ただ、一振りするだけで良い。

 ただ、自分に残った全てを乗せて、剣を振るうだけ。



 帰るんだ! 

 俺は皆と一緒に、あのガレージへと帰るんだ!


 すでに俺のホーム。

 俺の家と言っても良い、皆との楽しい記憶が残るあの場所へ…………





 

「空よ! 割れろ!」






 スィンッ!!





 真っ直ぐ振り下ろした剣閃は…………





 見事空間の壁を断ち切り…………





「キィッ!!」

 ブルルルッ!




 廻斗の鳴き声と輝煉の嘶きを聞きながら、その場に力尽きて倒れ………




「キィキィ!!」


 グイッ!



 バッと飛び出してきて俺を支えてくれる廻斗。


 そして、俺が捕まりやすいよう横に並ぶ輝煉。


 

 2機に支えられながら、俺は一歩ずつ足を進め、緑色に輝く切り裂いた空間の狭間へと身を躍らせた。











「あ………、ヒロッ!」

「ヒロ!」



 男と女の声が俺の鼓膜に届く。



「無事か?」

「ああ、ヒロ………」



 どうやらレオンハルトとアスリンのようだ。

 俺が突然、何もない所から出てきたことに驚き、慌てて駆けつけてくる。


 また、その背後にニルやドローシアが騒ぐ声が聞こえる。

 どうやら皆も無事であった様子。

 これで何もかも上手く行って大団円と言えるだろう。




 俺は何とか異空間からの脱出を果たした。


 廻斗に支えられ、輝煉にしがみついていた俺だが、現実世界に戻れたことでほっと一安心。



 ああ……………

 帰って来れた………………

 あとは、ダンジョンを出て、家に帰るだけだ…………



 そのままフッと力が抜け、その場で倒れ込んでしまう。



「ヒロッ!」

「ヒロ!」



 俺の身体を抱き起し、顔を覗き込んでくる2人に対し、



 史上初かもしれない、ダンジョン主であった朱妃の討伐を成し遂げた俺が返した言葉は………………



 



「おウチにかえりゅ………………」





 それだけを言い残し、ガクッと床へと突っ伏した。








『新たな仲間候補』

ご意見募ります。

再開後に仲間になるかもしれない機種になります。

投票ではありませんが、ご意見を参考に検討したいと思っております。

ご感想にて書き込みをお願いします。

※全然違う機種になる可能性もあります。

 ご了承ください。



①機械種パラスアテネ

神人型 朱妃上位クラス・前衛寄りのバランス型

攻守に優れたタイプ。戦術にも優れ、まさに知勇兼備。

万能防具『イージス』と戦場観測ユニット『ニケ』を保有。

また味方勢への強力なバフが使用可能。

ただし、ギリシャ神らしく傲慢・独善且つ、激情家。

仲間にするとベリアルとの激突必死。

レベルの低い仲間は丁稚扱い。

『馬になりなさい!』が見られるかも。

必殺技は『アテナエクスクラメーション』



②機械種イシス

神人型 朱妃上位クラス・後衛型

魔術師と治癒術士を兼任。魔術師系としては最高峰。

百発百中の投擲武器を保有。射手としても優秀。

戦略・謀略に長けた策謀家。外面は優しいお姉さん。

表面上、誰とでも仲良くできる(ベリアルを除く)が、女性陣は完全に掌握される。

秘彗の完全上位互換。

活動を停止した機種を復活させることができる権能持ち。



③機械種タキヤシャヒメ

レジェンドタイプ・バランス型

デバフと得意とする魔法戦士。薙刀と投擲武器で戦う。

戦術もそこそこ。巨大骸骨の従機を保有。

戦闘になれば猛々しいが、普段は物静かで大人しい性格。

積極的に皆と交流するタイプではなく、少し距離を置いた中立を好む。

そのせいか、あのベリアルともそれなりの関係を築くことができる。

また、ヨシツネとの相性が良く、連携技ができる可能性も。




※ストックが切れましたので、書き溜め期間に入ります。

ダンジョン編はこれにて終了です。

白兎達につきましては再開後の閑話で触れさせていただきます。

その後の本編はダンジョン脱出から数日経った所から始める予定です。


1ヶ月後に投稿を再開致します。

よろしくお願いします。

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