第629話 朱妃3



「はあ……………、ハズレかや…………」



 天を仰ぎ、途方に暮れた様子の朱妃。

 誰に聞かせると言うわけでもないのだろうが、ひたすら残念そうに独白を続ける。



「かの暴威を振るいし『空』が地に堕ちた。これは各地に散りばめられた試練に打ち勝ち、謎を解いた英雄がこの地に現れたと考えるのが自然じゃ。そして、臙脂の公子が1機、橙の伯士が2機も妾の庭に入り込み、なにやら罠を張ってナニカを待ち構えているような素振り……………」



 じっと己の枯れ木のような骨だけの手を見つめながら、悔し気に表情を歪め、



「絶対に気になるじゃろうが! その英雄が『空』を制した勢いを以って、妾の首を狙いに来たのかと思っても不思議じゃなかろう! おまけに赤爵どもの罠が事も無げに食い破られた! これは、妾が待ち望し、威風凛然たる異人(まろうど)が訪れたに違いないと…………、なのに、なのに………」



 ギリギリと歯を食いしばり、胸の内から吹き上がる怒りを噴き出すように声を絞り出す機械種イザナミ。



「現れたのは、ただの凡夫。どこをどう見ても、英雄らしさが塵程も見当たらぬ三下じゃ! 『空』を打倒した主役は来ず、妾の目の前に現れたのは、運良く赤爵を討っただけの三文役者…………、待ち人が訪れたかもしれぬと舞い上がり、居ても立っても居られそうになく、最下層からこの階層まで駆け上がってきた妾の気持ちを考えてみるが良い!」


「知るか! そこまでボロクソに言われるほど、酷い顔しとらんわ!!」



 朱妃から散々悪口を叩かれ、我慢しきれなくなり言い返す。


 だが、返って来たのは更なる罵倒。



「其方の顔はあまりにも普通過ぎるのじゃ! 特徴も無い平坦な顔つき! 今まで苦労などしたことも無いような腑抜けた表情! 敵を前にして闘争心の欠片も感じぬ覇気の無さ! まるで戦場に紛れ込んだ一般観衆では無いか! これならまだ戦意溢れる醜男の方がまだマシじゃ! ………異相も良い! 強面でも良い! それは個性じゃ! 常人と異なるから異人(まろうど)だというのに…………、なんじゃ、その、目立つところが無い平凡な風体は! 少々腕の立つ雰囲気を出していても、内面に秘める輝きがまるでゼロ! 期待外れも良いところじゃ!」


「『のじゃのじゃ』うるせー! お前こそ、骸骨のくせに、人の顔や雰囲気に文句を付けるな!」


「フンッ! 妾の顔は確かに物々しい髑髏じゃが…………」



 俺の言葉を鼻で笑うと、なぜか、両手を左右へと段差を付けてピンと伸ばす機械種イザナミ。


 何をするかと思いきや、その場でクルッと一回転。


 そのまま続けて日本舞踊のごときゆるりとした舞いを披露。

 

 驚くほど揺れない重心。

 定規で計ったような美しい挙動。

 真円を描く見事なターン。


 ただそれだけの動きが俺の視線を吸い寄せる。

 着物の裾がフワリと舞い、振袖が棚引く蝶のような舞い。

 その外見が気にならなくなる程の華麗な身振り。

 不覚ながら一瞬だけ天女の姿を幻視。


 内から溢れる気品と気高さが輝かしいまでに目に映る。

 身に纏う衣装も手伝ってのことだろうが、それでも骸骨とは思えぬ見事な立ち振る舞い。



 そして、一通り踊り終わると、こちらを向いて嘲笑うような口調で、



「どうじゃ? 髑髏姿も捨てたモノではあるまい。少なくとも其方の顔より印象に残る相貌と言えよう。さらにこの身に宿す高貴な魂があれば、顔に皮膚や肉が無くとも、このように人の視線を引き付け、民草を魅了することも可能。外も中も凡庸でしかない其方には逆立ちしたって無理であろう?」


「ぐぬぬっ!」



 当て擦って来るイザナミに対し、歯噛みしかできない俺。



 クソッ!

 なんか屁理屈並べ立てられて、最期は勢いで負けた気分だ。

 何とか言い返してやりたいが、あいにく女相手に口喧嘩で勝てる気が全くしない。


 

 確かに、俺の中も外も平凡そのもの。

 日々流されるままに生きて来たと言っても過言ではない。


 正義も貫けず、悪にも徹せない、消極的中立。

 大望を持たず、現状のままでいることを良しとする無精者。

 

 ただ、偶然にも手に入れた『闘神』と『仙術』スキルが強大なだけ。

 機械種イザナミが言うように、俺単体では、到底英雄にはなり得ない凡人でしかない。



 だが、会ったばかりの人類の大敵たる朱妃にここまで言われる筋合いはない。


 されど、俺に言い返す言葉も思い当たらず、心外だとばかりに睨み返すしかできない。


 口で勝てぬなら、実力を以って黙らせてやるぐらいしか…………





 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!




 

 そんな時、大広間全体を震わせる轟音が響いた。


 距離を挟み睨み合う俺と朱妃の間を裂く様に、怒れる竜の咆哮が轟いたのだ。



 大広間の端に吹き飛ばされたジャビーが身を起こし、周りに集う機械種ヨモツシコメ達を振り落としながらその巨体を震わせている。

 護衛の任を果たせず、ただ吹き飛ばされた己の不甲斐なさを打ち消さんと反撃の姿勢を見せる。

 

 一踏みで自動車を踏み潰しそうな巨大な四肢。

 全身を薄紫色に染める強靱な竜麟。

 首長竜のごとき長い首と長い尾。

 両目の青い光を激しく輝かせ、その怒りの矛先を朱妃へと向ける。


 1m以上はある顎が僅かに開き、牙の間から紫色の炎が見え隠れ。


 それは竜種の必殺技とも言える竜の吐息、ドラゴンブレス。

 先に放った衝撃波ではなく、炎系のブレスである模様。


 ただし、その不自然な色から、何やら特殊効果がありそうな攻撃。

 果たして、遥か格上の相手に通用するモノなのであろうか?




「ふむ?」




 先ほどは一顧だにしなかった機械種イザナミがほんの僅かに反応。


 と言っても、気にもしないそよ風が、少々煩わしいだけの強めの風に変わった程度。


 ややつまらなさそうに指を一本ピンと立て、自分に敵意を見せる竜へと指の先を向けようとした時、




「ジャビー! 駄目! 今すぐ戻りなさい!」




 アスリンから悲鳴に近い叫び声が飛ぶ。

 ジャビーへの攻撃の中止と即帰還の命令。


 すると、ジャビーは一瞬、不服そうに鼻息を鳴らすも、マスターの命令を忠実に守る。




 

 ビュンッ!!





 次の瞬間には、俺達の陣営へと空間転移。

 アスリンを庇うような位置に巨竜が帰還。



「ふおっ!」

「うあっ!」



 ドローシアとニルが思わず驚きの声をあげる。


 味方とは言え全長9mもの竜種の機体だ。

 突然一軒家が現れたようなモノ。

 驚くのも無理はない。


 

 だが、これで図らずも、大広間での戦いは一旦、仕切り直しとなった。



 俺と輝煉、機械種ジャバウォックのジャビーが最前衛。

 その後ろにアスリンチームと機械種デュラハンのデュラン。

 そして、レオンハルトとその従機3機が揃う。



 対する朱妃、機械種イザナミは100機近い機械種ヨモツシコメを左右に並ばせ、最奥で待ち受けるような陣形。


 構図は間違いなく勇者パーティVS魔王の軍勢であろう。


 しかしながら、俺達は勇者パーティでもなく、単なる足止め要因にすぎない。


 元々、時間稼ぎだけのつもりが、いつの間にか機械種ヨモツシコメの軍勢とガチの真っ向勝負になってしまっているだけなのだ。

 途中、出張って来た朱妃が加わったが、俺達の役目はほぼ完了していると言っても良い、


 すでに先行隊を逃がしてから20分以上。

 時間稼ぎとしては十分。


 あとは、目の前の一団からの追撃を掻い潜り、どうやってこの場を離脱するか。


 だが、当たり前のことだが、俺達が逃げれば敵は追いかけてくる。


 動きの遅い機械種ヨモツシコメならともかく、あの訳の分からない移動を見せる朱妃から逃げ出せるとは思えない。


 通常であれば従属機械種を囮にするという方法もあるだろうが、敵は俺達の想像をはるかに上回る超々高位機種。


 アスリンやレオンハルトの従属機械種など一蹴するだろう。

 唯一、時間を稼げそうなのは輝煉だけ。

 しかし、俺に自分の仲間を犠牲にするつもりなんて欠片も無い。



 ならばここで取り得る手段は…………

 

 


「アイツを倒すしかないか」


「ヒロッ! た、倒すのか、朱の妃アケノキサキを…………」



 俺が呟いた言葉にレオンハルトからの驚きの声。



「人の手に負える者ではあるまい! それにアレはダンジョンの主。それを倒してしまえばダンジョンが潰れるぞ!」



 珍しく焦ったようなレオンハルトの声調。


 もちろん、レオンハルトの言いたいことも分かる。

 

 『巣』であれば、『主』が倒されたら『巣』は崩壊する。

 ダンジョンの『主』が倒されたという前例を聞いたことはないが、おそらく『巣』に準じる形になる可能性が高い。


 流石にバルトーラの街の資源でもあるダンジョンを潰せば大変なことになる。

 俺だって、街に迷惑をかけたいとは思っていない。


 しかし、先ほど機械種イザナミの口から『迷宮主』を紅姫に譲ったという言葉も出てきた。


 もしかすると、この場合は……………



「おい、イザナミ! ちょっと聞きたいことがあるんだが…………」



 分からないことは当人に聞けば良いとばかりに質問。


 すると機械種イザナミはあっさり自分を倒してもダンジョンは潰れることは無いと明言。



「すでに『迷宮主』ではないからの。じゃから妾はどこに行こうが自由じゃ。今までは活性化の度、紅姫を地上へ送り出しておったが、この度の活性化では妾が外に出る番じゃ。お前達を片付けた後は、400年ぶりに外の空気を満喫してやろう」


「なるほどね。つまり、お前を倒しても問題無い上、さらに、ここで絶対に倒さなきゃならないってことだな。元々そのつもりだったんだ。今更の話だが…………」


「…………………ほう? 随分と舐められたモノよな。臙脂の公子を倒したぐらいで妾を倒せると思っておるのかや?」



 俺の言葉に朱妃の雰囲気が一変。

 口調にザラッとした不機嫌さを練り込み、不遜なる人間に疑問を呈し、


 

「未だかつて、ダンジョンの主を務める程の『朱』が、人の手によって倒されたことは無いぞ。そして、気高き妾が凡庸なる其方に情けをかけることも無い。ただの塵芥として処分するだけじゃ」



 遥か超越者の宣言。

 それと共に振り撒かれる威圧感が俺達の肝を潰しに来る。

 スンッと大広間全体の室温が5度以上も下がったような体感に襲われる程に。



「臙脂の公子を下したことで図に乗り過ぎたようじゃな、三下。その程度で己が英雄に成れると思うたか? 其方ごときが妾………『朱』に拝謁することすら不相応だと言うのに………のう?」



 こちらを見やりながら、両目の朱の光をキラリと瞬かせて一瞥してくる機械種イザナミ。


 ただ、その仕草だけでゾクリとする悪寒が背筋を走る。

 冥界の女王の眼差しは、見つめられるだけで魂が凍り付くかと思うくらいに冷たい。 



 ブルッ……… 



 俺の背後でレオンハルト達が僅かに身じろぎ。

 朱妃から発せられた威圧感に必死で耐えようとしているのが分かる。



「さて? やってみなくちゃ分からないだろ? 何事も初めてはあるもんさ」



 そんなレオンハルト達を勇気づける為にもわざと陽気な声を出し、不敵な笑みを見せながら瀝泉槍を構える。



「世の中、全部が全部、英雄が回しているんじゃねえよ。むしろ常人の精一杯の努力が今の世を作り上げてんだ」



 左手に持ちし瀝泉槍の穂先を敵へと向け、

 右足を軽く曲げて前に、左足を突っ張るように後ろへ、 



「お前が俺を三下と呼ぶなら…………、お前はその三下の手によって滅べ………」



 顔は真正面。

 視線は敵へと。



「輝煉。皆の守りは任せた」



 カツンッ!


 甲高く響く蹄音。

 輝煉の意気込みが良く分かる。



「廻斗は…………、まあ、このままでもいいか」


「キィ!」



 俺の首後ろに張り付いた廻斗が嬉しそうに鳴き声をあげる。


 俺の背後を守ってくれているのだ。

 大した重量でもないから構わないだろう。



「ヒロ! まさか、本気で………無茶だ!」

「無理しないで! いくら貴方でも………」



 レオンハルトとアスリンから制止の声。

 

 傍から見れば完全な自殺行為にしか見えないだろうが………



「大丈夫、任せろ。三下には三下の意地があるんだよ」



 振り向かずに2人へと言葉を返し、

 



「定風珠! やれ!」




 左腕に嵌められた『定風珠』の力を発動。


 俺から朱妃へと続く一直線上の大気を薄くさせ、


 右足を軽く上げ、一歩だけ踏み込んで…………『縮地』。




 

 フッ……


 


 

 その瞬間、俺の身体は通常の時間軸から解放された。


 思考加速と連続した『縮地』による超加速状態。


 朱妃との距離、約30mを瞬く間に駆け抜ける。 



 いかに超々高位機種とて、重量級程の装甲を持たない中量級。

 しかもどう見ても近接型には見えない仕様。

 どれだけその元ネタである神話を手繰っても、とても殴り合いが得意な機種とは思えない。


 おそらくは後衛機種。

 攻性マテリアル術を得意とする砲撃型、若しくは、妨害系のマテリアル術に秀でた干渉型。

 さらに、恐ろしく隙の無い空間転移を使いこなすことから、空間制御にも秀でているはず。

 

 だとすれば、離れた状態で攻性マテリアル術を連打され、空間攻撃を打ち込まれることが一番ヤバい。

 

 今ならば、敵はこちらを侮り、甘く見ている状態。


 その隙を突き、向こうから仕掛けられる前に仕留める!

 折角の100機に昇る配下を盾をして使わず、横に並ばせたのがお前の敗因だ!






 左右に立ち並ぶ従僕のごとき機械種ヨモツシコメ達の間を駆け抜けながら、最奥に佇む機械種イザナミに向かって一直線。


 まさしく玉座に佇む魔王へ挑む勇者の心境。

 

 左手に槍を。

 胸には勇気を。

 目には溢れんばかりの闘志を燃やし、機械種イザナミへと躍りかかる。


 縮地を繰り返して敵の目前へと迫り、あと1歩という所まで来て、




 んん?




 防御行動を見せようとしない機械種イザナミの姿に違和感を察知。


 こちらの急接近にも焦りを見せない余裕の態度。


 そして、その周囲にフワリと浮かぶ黒い霧状のナニカ。


 それは生き物のように蠢き、蛇のような動きで鎌首をもたげ、



 

 ブワッ!




 いきなり目の前で大きく広がり、超スピードで接近してきた俺へと齧り付く様に飛びかかって来る。


 まるで黒い液体をぶちまけられたような光景。

 到底回避することは不可能な広がり。




 シャンッ!!!




 だが、慌てず騒がず瀝泉槍を一閃。


 どのような攻撃であれ、俺の瀝泉槍の前には切り裂かれるのみ!


 黒い霧はあっという間に真っ二つに引き裂かれ…………

 



「げっ!」




 切り裂いたと思ったソレは、意外な程の粘力を見せ、瀝泉槍の穂先にベッタリと絡みついて付着。


 さらに、そのまま粘液状の生き物のような動きで移動を開始。


 穂先から柄へと。


 柄から俺の手へと。



「何だ? これ………、クソッ! 離れろ!!」



 ブンブンと腕を振り回すが、蛇のように巻き付き離れようとしない。


 さらに手から腕へと辿り着き、俺を縛り上げるかのように身体全体へとその触手をスルスルと伸ばす。

 そして、そのまま生きている鎖のごとく、俺の身体をギュウギュウと締め付けてくる。


 まるで黒いスライムに縛られる少年の図。

 

 これが美少女ならエロチズムを感じさせる構図だが、そのモデルが俺だから全く以って嬉しくもなんともない。




 ギュギュギュギュギュ………




 俺を縛り上げる粘体から軋む音が響く。

 どうやらこの黒い粘体の正体は砂鉄のようだ。

 大量の砂鉄を生み出し、磁力で操作しているのであろう。

 


 元々日本神話でのイザナミは大地の神。

 砂鉄も磁力も大地が作りあげたと言うべきモノ。

 イザナミの名を持つ朱妃が扱うに相応しい能力。


 いわば、砂鉄の重量と磁力の引き合う力を組み合わせた圧殺術。

 

 そこに囚われた俺は万力で全身を締め付けられる哀れな犠牲者であろう。

 常人であれば、一瞬でグシャッと潰されるような圧力なのだ。



 しかし、あいにく俺の『闘神』スキルの前には何の障害にもなり得ない。


 この程度なら、このまま戦闘を続行しても何の問題も…………




「ぎゃあああああ!! 服の中に………、ちょ、ちょ、ちょっと止めて!」



 

 胸の中にあった勇気や溢ればかりの闘志はどこへやら。

 恥も外聞も無く、気持ち悪さに耐えきれずに思わず叫ぶ。


 俺を取り巻く砂鉄が服の中に入り始めたのだ。

 まるで生き物のように動きながら、袖や襟元、裾から中へと侵入してくる。




「ひいいいいいいいいいいっ! なんかモゾモゾ動いてるううううううう!!」




 砂鉄が俺の服の中に入り込み、なにやらゾリゾリと動き回っている。

 まるで大量の虫に集られているような感覚。

 

 何とか服の中から掻き出そうとするも、砂鉄一粒一粒が意思を持っているかのように動き回って回避。

 どれだけ手足をバタつかせても、俺の身体から離れようとしない。 



「ホホホホホホホホホホホホッ!! 三下には相応しい様よのう! 愉快愉快!」



 まるで1人奇妙な踊りを踊っているかのような俺の姿に、機械種イザナミは大笑い。



「其方の着ている服はなかなかの品のようじゃが、中に入り込まれてはどうしようもあるまいに。ホホホホホホッ! 肌を削ぎ、肉をえぐり出してやろうぞ」


「このクソババアッ! エゲツナイ手を使いやがって! 変態か、お前は!」



 機械種イザナミの嘲笑う声に対し、俺が口汚く罵ると、



「ふむ? まだそんな減らず口を叩けるとはのう…………、では、女にモテなさそうな其方に、踊りの相方を用意してやろう。ホレ、妾には劣るが美女ばかりじゃぞ。選ぶが良い」



 そう機械種イザナミが宣った途端、



 グオオオオオオ………

 ギエエエエエエ………

 ブオオオオオオ………



 左右に立ち並んでいた機械種ヨモツシコメ達が、口々に呻き声を漏らしつつ一斉に俺へと飛びかかってきた。

 

 顔面が醜く焼けただれたようなデザイン。

 地獄から彷徨い出てきた亡者のような様相。

 完全に俺の視界がゾンビパニックで占められた。

 



「ひええええええええええ!!! 勘弁してくれ!」




 悪夢のような怒涛の展開に思わず悲鳴をあげてしまう。




 俺の心と体が大ピンチ!

 

 身体に纏わりついた砂鉄に苦慮する中、さらに亡者のごとき黄泉醜女に集られたら、俺の精神力が多大なダメージを負うことになる。

 おまけに砂鉄塗れでは身体のキレも鈍くなり、本領を発揮できない状態。

 

 

 とにかく、この場は一旦離脱しないと……………



 だが、ゾンビのように襲いかかる機械種ヨモツシコメはもう目の前。

 

 四方八方から来る敵を前に、縋るように瀝泉槍を前へと掲げて………

 


 


「キィッ!!!」





 そんなピンチに、背中の廻斗が一鳴き。




 そして、続いたのが、





 パンッ!!!





 両手を打ち鳴らす甲高い響き。

 神社で鳴らされた鹿威しの竹の落下音のごとく澄み切った音。

 耳にするだけで心が浄化されるような清らかな調べ。



 すると、周囲の機械種ヨモツシコメ達の動きがピタリと停止。

 全機ではないが、少なくとも俺の周囲5m内の敵の動きが止まった。


 まるで時間が静止してまったかのように。

 まるで驚かされて立ち竦む猫のように。


 さらには、俺の身体に張り付いていた砂鉄も力を失い、サラサラと落ちていく。

 肌に張り付いていた砂鉄が袖や裾から零れ落ちる。




「キィ~~!」

『天兎流舞蹴術、【兎騙し】!』




 俺の背中で廻斗が技名を告げてくる。

 どうやら相撲の戦法の一つ、『猫騙し』を模した技であろう。

 どのような理屈か分からないが、機械種の動きを止め、砂鉄を動かしていた磁力を霧散させた模様。




「廻斗? …………お前もいつの間にか、白兎染みてきたなあ……」


「キィ?」


「いや、助かった!」



 白兎に続き、廻斗も混沌に染まってきたことに、若干、戦慄を覚えつつ、この場を離れようとする俺。

 

 廻斗曰く、ビックリさせただけなので、効き目はほんの数秒程。

 また、騙し技故に二度目は効き目が弱くなるらしく多用は禁物とのこと。


 


「とにかく、一旦退却!」




 闇剣士の時のように瞬殺とはいかなかった。

 奇襲が失敗したなら下手に拘ろうとせず、もう一度仕切り直すのが吉。


 すぐにでも動き出しそうな機械種ヨモツシコメの間を、槍を振り回しながら駆け抜ける。


 立ち並ぶ彫像のように動かない亡者達を切り伏せ、急ぎレオンハルト達の方へ舞い戻ろうとするが…………




「げっ!」




 去り際に機械種イザナミをチラリと振り返ってみれば、先ほどとは比べ物にならない量の砂鉄を生み出し、こちらへ放とうとしている姿が目に入る。


 一斉にぶちまけられたら大広間全体が砂鉄に埋まってしまいかねない量。


 しかも、あの全てが磁力により自在に操作されるとすれば、飲み込まれたら完全にアウト。

 服の中どころか体内にまで侵入されてしまうかもしれない。


 さらには、このまま後ろに行かせたら、後方いるレオンハルト達も全滅。


 到底、先ほどの廻斗の『兎騙し』程度では止められないだろう。


 ならば、ここで俺が防ぐしかない!




「定風珠!」



 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!




 腕輪に嵌められた定風珠を使い、部屋中の空気を集めての風圧で対抗。


 津波と化してこちらを飲み込もうとしていた砂鉄の波が、大広間を駆け抜ける突風によって押し留められる。


 

 血を啜り、肉を磨り潰す砂鉄の津波。

 磁力で操作される金属の砂は流動体であり金属そのもの。

 柔軟性と重さの両方を兼ね備える凶器。


 対するは宝貝により生み出された超自然現象の暴風。

 ダンジョン内では在り得ない程の超ジェット気流。

 俺の意に従い、パーティを守る盾となる。



 互いに押し合う黒い津波と激しい気流。

 大広間を2分する砂鉄と風の激突。


 流動体であるがゆえに風圧をモロに受ける砂鉄の津波。

 だが、運動場並みの広さを持つ大広間とはいえ、限定された空間内では『定風珠』はその力の全てを発揮できない。


 故に拮抗状態。


 砂鉄の津波を押し付けようという機械種イザナミと、

 

 暴風を吹き付ける俺との勝負がしばらく続き、




 シュルルル………



 

 俺の見ている前で、砂鉄の津波の一部が変化。

 砂鉄を棒状に固め先端を尖らし、一角獣の角のごとき槍へと形成。


 その数、二十以上。

 津波の中からミサイルが突き出ているかのような光景。




「ぐっ! あれは風では無理!!」



 

 先端を尖らせた槍は正面からの風では防ぎにくい。

 空気抵抗をほとんど受けない上に、重量もそこそこだから、一定上の速度で撃ち出されたら、質量の無い風では止められない。


 

 

 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!

 バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ! バシュッ!


 


 一斉に発射された砂鉄の槍。

 それは俺や俺の背後にいるレオンハルト達に向けての一斉掃射。


 吹き付ける突風を物ともせず、真っ直ぐこちらに向けて飛んでくる槍は………




 カツンッ!!


 バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!!!

 



 突然、俺の目の前に現れた輝煉。

 即座に得意の電磁バリアを張り巡らし全弾防御。

 

 砂鉄の槍は電磁波の障壁に遮られ、

 激しく火花を散らし、けたたましい炸裂音を響かせつつ、槍の形状を保てず崩壊。


 


「輝煉………、サンキュ、助かったぞ。混天綾では間に合わなかったかもしれん」


 ブルルル………



 取り出しかけていた混天綾を七宝袋へと仕舞いながら、輝煉へと感謝を示す。

 

 すると輝煉はお澄まし顔で『お気になさらず』とばかりに嘶きを返す。



 混天綾を広げるにも時間を取られるから、いきなりの広範囲攻撃を防ぐのは難しいのだ。

 やはり防御においては広範囲をカバーできる輝煉の電磁バリアは頼もしい。




「んん? 砂鉄の波が引いていく………」




 どうやら『定風珠』による風の防壁の突破を諦めたらしい。

 輝煉が出てきたことで、砂鉄の津波では俺に打撃を与えるのは難しいと判断したようだ。


 引き潮のように砂鉄の波が機械種イザナミの元へと帰っていく。



 だが、その莫大な量は相変わらず。


 機械種イザナミ、及び、機械種ヨモツシコメの周囲を砂鉄の壁が幾重にも立ち並び、万全の防御態勢を敷いている様子。


 黒い砂鉄の壁が波打ちながら規則性を持って右左へと移動。

 まるで動く城壁、まるでアトラクションの建造物。


 どうやら女神へと手を届かせようとすれば、あの砂鉄の防御陣をどうにか突破しなくてはならないようだ。

 



「砂鉄か…………、土なのだろうか? それとも金属?」




 砂鉄の壁だけなら、ひょっとしたら何とかなるかもしれない。

 

 仙術を強化する宝貝、『宝蓮灯』を使い、五行の術の『土行』か『金行』を行使すれば、退かせることは可能だろう。

 


 だが、幾重にも立ち塞がる機械種ヨモツシコメの群れが厄介。

 今度はきちんと前に並ばせ、自らの盾となる陣形として組み上げているのだ。


 さらに最奥に控えるのは最高位機種である朱妃。

 

 次からは今回のような奇襲は通用しまい。

 あの陣容を真正面から切り崩すのはかなりの難易度。 

 近接戦に持ち込むのは一苦労では済まないであろう。



 遠距離から『火竜鏢』や『金鞭』、『降魔杵』で攻撃する手もあるが、万が一、オーバーキルでその頭部にあるであろう朱石を破壊してしまっては一大事。


 何せ、まだ手に入れたことが無い朱石なのだ。

 折角、朱妃と遭遇したのだから、最低でもこれだけは何としても手に入れたい。


 その為には、やはり近接武器による首狩りが一番。

 だが、あの防御陣形を突破するのはなかなかに難しい。


 変幻自在の砂鉄の城壁。

 100近い数の機械種ヨモツシコメの大群。

 さらには、様々な手管を持つであろう朱妃の攻撃。


 その全てを俺1人で切り抜けるのは……………、できないわけじゃないだろうが、リスクが高すぎる。

 砂鉄の壁や機械種ヨモツシコメに手が取られている隙に、空間攻撃を打ち込まれたら即死しかねない。


 おそらく輝煉に騎乗して突撃しても厳しい。

 あの数をどうにかして減らさないと、物量で来られると太刀打ちできない。


 

 どうにかして、砂鉄の壁や赭娼の群れを突破して………




「あの朱妃に近づくことができれば…………」




 対峙する機械種イザナミ、そして、その軍勢を睨みつけながら、ポツリと考えていることを口にすると、



「近づけば何とかなるのか?」


「ああ、近づきさえすれば、俺の瀝泉槍で…………って! ………レオンハルト?」



 背後からかけられた声に振り返れば、そこには従機3機と伴ったレオンハルトの姿。


 強張った表情で硬い声。

 だが、その両目は強い意思の光が見え隠れ。

 なにやら覚悟を決めたような雰囲気。

 

 

「ヒロ。もうここに至っては、あの朱妃をどうにかしなければ、私達はここで終わり。もし、君に勝つ道筋が見えているのであれば…………」



 そこで言葉を切り、レオンハルトはじっと俺の目を見つめてくる。



「私の全てを君に賭けよう。君があの朱の妃アケノキサキに近づけば打ち勝つことができるというなら、私の身命を賭して導いてみせる!」



 征海連合の俊英、『指揮者(コンダクター)』のレオンハルトが宣言。


 さらに、その言葉に続くように、



「ヒロ、私達も貴方に賭けるわ」



 アスリンがドローシアとニルを引き連れて登場。

 レオンハルトと同じように覚悟を決めた様子で全てを俺に託してくる。



「あの赭娼連中が邪魔だと言うなら私達が片づける。あの黒い砂の壁が立ち塞がるなら私達が取り除く。だから、貴方にはあの朱の妃アケノキサキを討ってほしい」


「私達も微力ながら精一杯頑張ります!」

「もちろんニルルンもだよ!」



 ドローシアもニルもアスリンと同じように全てを俺に預けてくる。

 

 ドローシアは元猟兵らしくキリッとした表情で。

 ニルも珍しく真面目な顔で。



 地下35階の撤退戦。

 敵は数十機の赭娼の群れ。

 その最後尾での遅延戦闘を任された俺達。


 そこに現れた親玉らしきダンジョンの主であった朱の妃アケノキサキ

 絶対者の登場に確実な死の訪れを感じずには居られなかったに違いない。 


 だが、そんな中、皆は俺に希望の光を見出した。

 

 僅かばかりの生存の可能性を。






 重い。

 皆からの期待が限りなく重い。


 

 俺は期待されるのは嫌いだ。

 期待に応えられなかった時のことを考えると胃が痛くなってくる。

 背負えない責任など誰も取りたくないのだ。


 しかし、気軽に背負えそうなモノなのであれば、

 俺の負担にならない程度であれば……………、考えなくも無い。

 リスクが少なくリターンが大きいのなら、皆の期待に応えるのもやぶさかではないのだ。



 敵は朱妃。

 俺がかつて戦った緋王4機、機械種バルドル、機械種ロキ、機械種ベリアル、機械種クロノスと同等の戦闘力を持つ機種。

 

 だが、その緋王4機は全て俺の手によって討伐済み。

 さらに、当時よりも俺の持つ戦力は増強している。



 つまり、俺の全てをぶちまければ負ける道理が無い。



 だとすれば、最悪どうにかなるのは間違いない。

 後のことが少々面倒になるくらいで、致命的なモノではない。 

 口止めが必要だが、レオンハルト達なら黙っていてくれるだろう。


 それに、どうせこの街にいるのもあと1ヶ月。

 中央に行ってしまえば、その辺はある程度うやむやにできる。

 


 ならば、俺がここで返す言葉は1つだろう。





「……………………分かった。皆の想い、受け取った」


「では、ヒロ…………」


「ああ、突破口さえ切り開いてくれたなら、あの朱の妃アケノキサキは俺が倒す!」




 内心、色々考えていたことは表に出さず、いかにも当然だとばかりの力強い言葉を返すのであった。







『こぼれ話』

色付きにはそれぞれ好みがあります。

自分の中に描く英雄像に近い人間を主と認め、軍門に降ることがあるようです。

ただし、そのハードルはかなり高く設定されているケースが多く、一定以上の戦闘力に心体技が揃い、なお且つ、それなりの容姿も要求されます。


また、特別な血脈、家系に惹かれる色付きもいるようです。

過去、主として仕えていた人間のその子孫に付きまとっているような場合もあります。




 ※投稿が遅くなり申し訳ありません。

  なかなか筆が進まず、ほとんどストックが貯まっていません。

  明日は投稿致しますが、また2、3日空くかもしれない状況です。

  ご了承ください。

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