第583話 誘惑2



 地下33階の玄室の中。

 

 玄室の番人であった機械種ジャバウォックを打ち倒し、セーフエリアとして確保した今晩の宿泊の地。

 

 アスリン達に寝床として潜水艇を提供。

 ガイには整備専用車の仮眠室を与えた。


 そして、俺の寝床は使い慣れたいつもの車両。

 運転席を倒せば、人1人ならゆっくり寝られるスペースが確保できる。


 

 車内で今日の分の占いを行い、出てきた結果を色々と頭の中で検証。

 途中、煮詰まったので、それまでの思考を放棄。

 

 諦めてもう寝ようかと思った時、


 車の窓が叩かれ、外を見ればニルが居た。


 そして、今は、俺を訪ねて来たニルを車の中に迎え入れた状況。



「はい、どうぞ」


「うわあい!」



 助手席に座りながら、俺が差し出したヤク○トを嬉しそうに受け取るニル。



「むむっ! これはどうやって開けるの?」


「その銀紙を剥がすんだけど………、面倒臭いなら指でボスッと穴を開けたら」


「ほいっ」


 ブスッ



 おお、コイツ。

 躊躇いなく指で穴をあけやがった。



「ゴクゴク…………、ふぅおおおおおおお!!! 甘い! これって、スッゴク甘い!」


「寝る前にもう一度歯を磨きなよ」


「は~い! ………ゴクゴク」


「……………………で、どうしたの? こんな遅くに」



 ニルが飲み終わったのを見てから、本題に入る。

 

 すると、ニルはこちらへと振り返り、フニャっとした笑顔を浮かべて、



「そりゃあ、もちろん、ヒロへのお礼に来たんだよ!」


「お礼って…………」



 『お礼を言いに来た』じゃなくて、『お礼に来た』か。


 こんな夜に男と女が狭い車の中で2人きり。


 意味することは分からなくも無いけど…………



 車の周りを見渡せば、視界に映るのは潜水艇と整備専用車に囲まれた状態。

 皆、気を遣ってくれたのか、俺の見える範囲内にはメンバー達はいない。

 また、サンシェードを下ろせば、外から車内が見えにくくなる。


 即ち、色々するなら周り視線を気にしなくても良い環境と言うこと。



 そして、助手席にチョコンと座るニルを見やる。


 パッと見、子供のように見えなくもないが、一応、アスリンと同年代らしい。

 寝間着らしい薄着のワンピースから見える手足は細いが、胸や腰を見るに女の子らしい丸みを帯びた曲線を描いているし、顔も可愛い部類に入る。


 少々俺の好みから外れているが、出会いや状況が違えば、彼女が俺のヒロインになる展開もあったかもしれない。

 何の前知識も無く、しがらみもなければ、手を出してもおかしくは無い場面。



 はあ…………、そうなんだけどね……………


 心の中で、ため息を一つ。

 


 しかし、何かと因縁のあるアスリンのチームメイト。

 一度手を出せば、当然ながら後で知らん顔はできなくなる。


 傍から見れば、恩を売りつけて身体を要求したとしか思えない状況。

 俺についてのどのような流言飛語が飛び交うかわかったもんじゃない。


 少なくともあと1ヶ月少しはこの街に留まる予定なのだ。

 イタシテしまった後のことを考えれば、とても手を出そうという気になれない。


 さらにアスリン経由でお世話になっているボノフさんに話が行くかもしれないのだ。

 流石にボノフさんに幻滅などされたくないから、ここは紳士的に断るしかない。



「えっと…………、別にそんなつもりで助けたわけじゃないから」


「あ~~、ヒロってば、やっぱりリンリンの方が良かった? それともドローシア?」


「いや、そう言う意味じゃなくて…………」


「………………ごめんね。お礼に来たのがこんな貧相でちっぽけな女の子で。でも、ドローシアもリンリンもこういうお礼はちょっと無理だから、私で我慢してほしいな」



 いつも脳天気な感じのニルが、妙にしおらしい雰囲気を醸し出す。

 底の抜けたバケツのような明るい感じの笑顔から、少し愁いを帯びた微笑へと変化。


 そっとうつむき加減で上目遣い。

 しかもワンピースの胸元からチラッと覗く、はっきりと女性を主張する谷間が俺の視界に飛び込んでくる。

 大きくは無いが、それでも谷間が存在する程の膨らみ。

 

 つい、フラフラと目線がそちらに引き寄せられてしまう………



「男の人はこういったこと好きでしょ。私も好きだよ。その相手がヒロだったら尚更………」



 天真爛漫だと思っていた少女から、嫣然とした笑みが零れる。

 いつの間にかニルの一人称が『ニルルン』から『私』へ。

 ひょっとして、いつものお気楽な態度は彼女の演技なのだろうか?

 


「別に責任取れとか言わないからさ。ちょっとしたお遊びを一緒にするって感じで、どうかな?」



 じっと下から見上げてくるニル。

 決して美人ではないが、それでもゾクッとした色気を感じる仕草。


 その瞳は髪の色より少し薄いブラウン。

 でも、右目だけが僅かに緑ががっているように見える。

 

 間近で見れば、まるでオッドアイ。

 どことなく神秘なモノを宿したような不思議な瞳。

 見ているだけで、吸い寄せられるような魅力を感じる。



「私は経験豊富だよ。きっとヒロも楽しんでくれると思うし、私も嬉しい。さあ、一緒に遊びましょう…………」



 そっと伸ばされる手。

 手作業が多い為か、所々傷が見られ、節々が固くなっている部分も見受けられるが、それでも女の子とはっきりわかる小さな手。


 その手が俺へと辿り着こうとした瞬間に…………





 俺の視界が灰色に染まった。


 ニルの動きがまるで時間が止まったかのようにピタッと静止。

 

 思考加速を行ったのだ。


 今は俺の頭の回転だけが通常の時の流れから逸脱し、1秒を何十倍へと引き伸ばす。



 ふう…………

 危なかった。


 ちょっと冷静になれそうになかったので、一度、タイムを入れた。

 あのままだったら雰囲気に飲まれたかもしれなかったから。

 そうなれば、欲望の赴くままに彼女を受け入れてしまった可能性がある。

 


 そりゃあ、最近ずっとご無沙汰だったし……………



 この街に来てはや5ヶ月。

 そういった色めいたこともなく、ただひたすらに貯まり続ける欲求不満。

 彼女が遊ぼうと言ってくれているのだから、この辺で手を打とうかなという気にもなってくる。



 ニルの言っていることが正しいのなら、彼女は経験豊富なのであろう。

 とてもそうは思えない容姿だが、先ほどの振る舞いを見るに、妙に手慣れているような感じはする。


 身体を重ねるのを遊びとして割り切っているなら、俺が少しくらい手を出しても構わないのではないだろうか?



 とまあ、そんな考えに心が揺れてしまうことだってあるのだ!

 据え膳食わぬは男の恥と言われるように、女性から誘われたらホイホイと乗っちゃうのが男の性。



 おそらく、ニルが俺に誘いをかけてきたのは、チームの未来が俺個人の意向に大きく寄りかかっているからであろう。

 少しでもチームの未来を明るくする為に、自分の身を差し出して俺から好意を引き出そうとした………のではないかと思う。


 俺自身は、今更アスリンのチームを見放すつもりなんてない。

 だけど、そんな俺の胸の内など分からない彼女にすれば、ほんの少しでも俺との絆を強固にしたいのであろう。


 だから、彼女を安心させる為に、この『お礼』を受け取るという考え方もある。

 そうすることで、さっきニルが言っていたように、『俺も楽しいし、彼女も喜ぶ』のだ。


 まさにWINWINの関係ではないだろうか?


 助けた女の子のお礼として身体を受け取る。

 実に青年向け漫画にありがちな美味しいシチュエーションと言える。

 


 しかし、いくら美味しい状況だとはいえ、ここで手を出す選択肢は無い。



 どう考えても、後々尾を引いて面倒臭いことに巻き込まれるのが決まり切っている。

 さらに言えば、ニルが俺に対し、何か陰謀めいたことを仕掛けてきているという可能性もゼロではない。

 そんな大した陰謀では無くても、俺から手を出されたことを街で言いふらされたら、俺の評判が致命傷を負う。

 ニルの容姿を鑑みるに、もう『ロリコン』の汚名は濯げそうに無いし、アスリンや白露、ミエリさんからどんな態度を取られるのか、想像するだけでも恐ろしい。



 嘘を暴く『真実の目』をかけていれば………、と思わなくも無い。

 しかし今更、眼鏡をわざわざ取り出すわけにはいかない。



 だから、ここは断固としてニルを拒絶するしかないのだが………



 これまた、誘ってきた女の子を無下に拒否すると、面倒臭いことになるのは自明の理。

 

 故に誘ってきた女の子に対し、スマートな断り文句を考えねばなるまい。


 女性のお誘いを断るのだ。

 相手を傷つけないよう、きちんと言葉を選ばないと。


 元々即興のスピーチや挨拶なんか大の苦手な俺だ。

 言い訳や誤魔化しならいくらでも湧いてくるのに、格式ばったスピーチや女の子へのアプローチなんかは俺に備わった交渉スキルの専門外。

 じっくり考えなければ、とても人前で話せる内容にはならない。



 ………本当に思考加速があって良かった。

 もし、コレがなければニルの前で、3分くらい考え込む羽目になってしまっただろう。


 誘ってきた女の子へ断りを入れるのに『うーーーーーーーーーん』と3分程悩んだ末だと、どれほどカッコ良いセリフで断ったって、何の意味も無い。


 むしろ最悪の部類の対応だろう。

 どのようなセリフを吐いても取り返しがつかない程、好感度減となりそうだ。

 



 さて、思考加速をしているからって、時間は無限じゃない。

 さっさと断り文句を検討しよう。


 全く、こういった時に気の利いたセリフをノータイムでポンポン返せる主人公達が羨ましい…………






 思考加速を解除して、通常の時間の流れに戻る。


 視界が色を取り戻す中、俺はニルが伸ばした手を掻い潜り、その額へと指を近づけ、



 パシッ


 軽くデコピン。


「イテッ!」



 ビックリ顔のニルに、俺は真面目な顔を見せながら告げる。



「ニル、今はダンジョンの探索中だよ。夜は身体を休めないといけないのに、夜遊びは良くないね」


「……………ぶうっ!」



 俺の明快な返事に、プウっと頬を膨らせるニル。

 艶めいた雰囲気は吹っ飛び、いつもの陽気なニルに元通り。 



「もうっ! ヒロは真面目さんだね! もっと柔らかくなろうよ!」


「はいはい、苦情は明日聞くよ。だからもう寝なさい」


「………………本当に手強いね。結構自信あったのになあ………、必殺技まで見せたのに、まさか5秒で断られるとは思わなかったよお」



 いや、結構悩んだ末の返答ですよ。

 時と場合と状況が違えば、受け入れてたかもしれないなあ。



「ヒロに寝ろって言われちゃったから、ニルルンはもうおやすみするね」


「ああ、おやすみ」


「本当に部屋に帰っちゃうからね!」


「寝る前にきちんと歯を磨けよ」


「ちょっとくらい引き留めてよお!」


「んん~………、そうだな~………」



 ニルがグズグズ言って、なかなか寝室に帰ろうとしないので、



「ほれ」


「何?」



 ニルの前に拳を突き出して、



「今日の宝箱開封は見事だった。明日、また宝箱が出たらお願いするよ」


「…………………」


「よろしく頼むぞ、ニル」


「……………うん!」



 コツン



 にこやかに頷いて、俺の拳と拳を合わせるニル。



「じゃあね、ヒロ。おやすみなさい」


「おやすみ」


「あっ! それから、さっきのことはアスリン達には内緒にしてね。黙って出てきたから」


「ああ、分かったよ」


「男と女の内緒の約束だね」


「はいはい、そうしておこうか」


「ははははは、じゃあね~、ニルルンは振られたことを気にせず、颯爽と立ち去るのだあ!」



 最後に笑い声を残し、軽やかなステップで足早に去っていくニル。


 その後ろ姿は、ある日、ある夜のある少女を思い出す。


 ちょうど背丈が近いからだろうか?


 俺から去っていく足取りが、なぜかよく似ているように思えてしまう。




「………………エンジュ」




 ふと、言葉で紡いだ赤毛の少女の名前。


 その瞬間、懐かしい思い出ともに、心を重ね合ったあの日のことが頭に浮かぶ。



 ああ、彼女は今、どうしているだろうか?

 

 身に着けた車両整備の技術を活かして、工場とかで働いているのかな?

 それとも、未来視で見た様にウエイトレスとか?

 

 辺境を逞しく生き抜いてきた彼女のことだ。

 元気にユティアさんと街で暮らしているはず。


 今はまだ会いに行くことはできないけれど、

 俺が力をつけて、どんな運命が押し寄せてきても跳ね返せるくらいに強くなった時は、


 きっと、絶対に会いに行くから。

 だからそれまでは……………

 



「おやすみ…………」




 届くはずもない『おやすみ』を呟いて、俺は倒した運転席にゴロンと寝っ転がった。 

 

















<東部領域 同時刻………ただし、時差によりこちらは昼>




「あれ? …………ヒロ?」


「マスター、どうしましたカ?」


「……………ううん、何でもない。空耳かな?」



 今のアタイは、真昼間の荒野をバイクで爆走中。


 後ろの座席に機械種キキーモラのキキを乗せて。



「そろそろこの辺だと思うんだけど…………」


「そうですネ、隊商の経路だとこの辺りで間違いないはずでス」



 『渡り』の仕事で請け負った、街に辿り着かない隊商の捜索。

 

 すでに連絡がつかなくなってから1週間以上も経過しているらしい。

 

 人命救助や荷物の回収は不可能だろうけど、はっきり遺品と分かるモノを見つけてほしいという依頼。

 

 多分、家族からの意向も含まれているのだろう。

 絶望的な状況だけど、せめて遺品だけでもという気持ちは分からないでもない。



「ボルトの方はどうかな? 何か見つけてないかな?」


「ボルト兄様ハ…………」



 バイクの運転で手の離せないアタイに代わり、後部座席に乗るキキが、隣を並走するボルトへと合図を送る。

 しばらくして後、ボルトからの返事を受け取ったキキがアタイへと報告。



「…………遭難した車両はまだ見つからないそうですがガ、ごく最近、車が通った跡があリ、それはこの先へと続いているそうでス」


「あ、そうなんだ。だったらこの先にあるかもしれないね。流石はボルト」


「ボルト兄様は偉大なんでス!」



 後部座席でキキがフンスッと胸を張る様子が何となく分かった。


 本当にこの子はボルトが大好きなんだな。



 まあ、強くて、優しくて、謙虚で………

 アタイが困っているとすぐに助けに来てくれて、

 まるで、ヒロみたい…………とちょっとだけ思ってしまう。



 チラリと横目でアタイのバイクと並走しているボルトを見る。



 並走していると言っても、ボルトが走っている訳じゃない。

 ボルトは狼型の機械種ダイアウルフであるディアの背に乗っているのだ。


 ただし、乗っていると言う表現が正しいのかどうか不明。

 なぜなら、ボルトはディアの背に立ったまま腕組みしているから。

 しかも片足でつま先立ち。

 

 もちろん、狼型であるディアの背はアタイが乗っているバイクのシートよりも狭く、さらに四足で疾走しているわけだから、激しい上下運動がそこには加わる。


 でも、ボルトは背から落ちるどころか微動だにもしない。

 たった1本の足の指で完全にバランスを取っているみたい。


 果たしてそのポーズに何の意味があるのか分からないけれど。


 

 『天』と『兎』の文字が入った白の道着を着た機械種コボルトのボルト。


 すでにプーランティアの街では、『鬼砕き』の『狼闘鬼』と名高い。


 たった1機で機械種オーガの群れを葬った時に名付けられた二つ名。


 噂では、『元橙伯』とも、獣の形をしていない『聖獣型』とも言われている。




「おかしいなあ。絶対にただの機械種コボルトだったのに………」




 少なくともヒロと旅をしていた時はそうだった。

 じゃあ、いつこうなったのかと言われると首を傾げてしまう。


 多分、ヒロが旅立つ少し前に『天兎流舞蹴術』の免許皆伝を得た!って伝えに来た時ぐらいからかなあ…………


 ボルトの異常性については、ユティアに何度も相談してみたものの、その度に目が虚ろになってブツブツ言い出すから、もう諦めてしまった。

 

 ボルト本人は、『これも先主と師からの薫陶の賜物』としか言わないし………




「マスター! 敵でス! 前方、約600m!」


「え?」



 キキから鋭い声が飛び、慌てて目を凝らして見てみれば、こちらを待ち構えているようにレッドオーダーの集団が立ち塞がっている。



「むむ、あれって………………」



 最近、とても目が良くなったアタイ。

 目が良くなっただけじゃなくて、暗い所でも良く見えるようになったし、耳も鋭くなった。

 ユティアに聞くと、今まで栄養状態が悪くて、それが改善されたからじゃないかって言うけど…………



 距離600mでも、敵の姿がはっきりと見える。


 多数の機械種ゴブリンや機械種ホブゴブリンに混じって、重量級が2機存在している。


 しかも巨人のごとき巨躯を誇るキシンタイプ。

 通常、荒野では出てくるはずの無い高位機種。

  


「マスター! 私達が捜索する隊商にハ、護衛として鬼神型下位の機械種ゼンキと機械種コウキが居たそうでス!」


「それって…………、旅の途中で機械種使いが事故か何かで亡くなったパターンじゃない! 最悪………」



 機械種使いが何かの理由で死んでしまえば、そこが街の外なら従属させていた機械種は全てレッドオーダー化してしまう。

 そうならないように、もう1人予備で機械種使いを用意しておくのが常道だが、重量級となるとそれも難しい。

 


「最悪でも何でも、あれは片付けておかないと。この東部領域で暴れられたら大変だ」



 元々、出現する機械種のレベルがあまり高くないのが東部領域。

 故に人間同士の争いや、野賊がはびこっているのだが。


 これほどの高位機種がレッドオーダーとして暴れ回れば、交易路がダメージを受けるし、旅の安全も確保しにくくなる。

 

 猟兵団や軍を派遣しての討伐も時間がかかる上、たった2機を探して荒野を捜索するのはあまりに現実的ではない。

 


 だから、ここはアタイがやるしかない!



 グイッ!


 ブルルルルルルルルル!!!



 アクセルを捻って急加速。

 ヒロから貰った発掘品のバイク、『白天馬』が唸りを上げる。



「行くよ! ボルトは裏に回り込んで!」



 並走する2機へと指示を飛ばし、アタイは敵集団に向かって全速力。

 ボルトとディアは進行方向を変更して、敵の後ろへと回り込む為に疾走。

 


「これでもくらえ!」


 

 200m切った辺りで、『白天馬』に備わった機銃を掃射。



 ババババババババババババババッ!!!



 鬼神型重量級の周りにいた機械種ゴブリン達は、慌てふためき逃げ惑う。


 しかし、ボスの風格が漂う2機の様子は全く違う。


 放たれた銃弾をものともせず、こちらへと向かって口から炎弾を発射。


 

 ボフォオオオオオオオオオオ!!!

 ボフォオオオオオオオオオオ!!!



 アタイの身体なんて一飲みしそうな巨大な炎の塊が2つ。


 まともに直撃すれば、バイクもアタイも一瞬で黒焦げは間違いない。



 ……………でも、このバイクはヒロからの贈り物。

 

 あのヒロがアタイに使ってほしいと言って渡してくれた、この世にたった一つの強襲用バイク。


 どんな攻撃だって当たらない。

 重量級にだって壊せない。

 

 この『白天馬』に翼がある限り!



 ブオオオオオン!!!



 アクセル全開。

 嘶くエンジン。

 ハンドルを思いっきり上と引っ張れば、バイクのサイド部のプロテクターが翼へと変化。

 バイクに備わったマテリアル重力器が発動し、重力の鎖から全てを解き放つ。



「飛べ! 『白天馬』!」



 次の瞬間、アタイを乗せた『白天馬』は大空へと舞い上がった。

 



 


 



 あっという間に地上50m程まで上昇。


 空中に敷かれた道なき道を、『白天馬』は高速で駆け抜ける。



 ヒロからこのバイクを貰った時、『まるで翼が生えた馬みたい』って言ったら、『空は飛べないけどね』と笑いながら返されたのをよく覚えている。


 でも、それは違った。

  

 発掘品の中でも、高位のモノは使う人間を選ぶらしい。

 どれだけ強い発掘品でも、使い手が認められなければ凡器に劣り、逆に認められたなら、その秘められた力を明かすという。


 アタイがこの『白天馬』に認められたのは、つい数ヶ月前。

 荒野を走り抜け、街から街へと移動していた際に、自然とその全容が頭に浮かんできたのだ。


 その時からアタイに天を進む翼が舞い降りた。


 マテリアルの消費も大きいし、そこまで高い所まで飛べないけれど、こうやって相手の意表を突くには最適。


 さらに空中から攻撃を仕掛けることで、一方的な攻撃が可能となる。



「小型ミサイル、全弾発射!」



 ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ!

 ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ! ブシュッ!



 『白天馬』に備わった八連装のミサイルポッドが火を噴いて、地上の敵へと爆撃を開始する。



 ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ!

 ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ! ドカンッ!



 20機以上いた軽量級は、これで大部分が片付いた。

 ミサイル自体、そこまで威力があるものではないけれど、軽量級なら当たれば大破、近くで爆発に巻き込まれたら中破は避けられない。


 でも、重量級相手には力不足。

 ボスである鬼神型2機は爆撃の中心部にいたはずなのに、ほとんど損傷した様子は見られない。

 さらにはこちらに向けて、何やら投擲準備を始めている。



「う~ん…………、重量級相手だと、火力不足かなあ」


「そもそも相手は防御力に長けた鬼神型下位でス。仕方ないのでハ?」



 キキの言う通り、相手は鬼神型下位。

 バイクに搭載できる程度の機銃とミサイルだけで倒せる程甘くない。



「これ以上空中にいても、攻撃の手段が無いや。だからここはアレで決めるよ」


「はイ! しっかり捕まっていまス!」



 キキの左手はバイクの装甲部をガッチリと掴み、右手はアタイの腰に回される。

 これは万が一、振り落とされそうになった時の保険。

 

  

「電磁バリア最大出力!」



 バチバチバチバチッ!



 バイクを囲う電磁バリアが目に見えるほどに強度を増す。

 これでたとえこのまま墜落してもかすり傷一つ負わないだろう。



 これで準備は完了。

 後は地上の敵へと一直線!



「駆けろ! 白天馬!」



 ブルルルルルルルルル!!!



 アタイが叫んだ瞬間、白天馬が吼える。


 飛行中であった強襲用バイクはその車体自体を天からの矢へと変えて、




「いっけえええええええ!!!」



 

 鬼神型の1機へと空中からの体当たりを敢行。




 ドガアアアアアアアアアアアアン!!!!




 ちょうど、近くの岩を持ち上げようとしていた鬼神型を、思いっきり跳ね飛ばす!



 ゴロゴロゴロゴロッ!!!!




 空から急降下してきたバイクに跳ねられ、そのまま十数mをもぶっ飛ばされる鬼神型。

 



 ギュルルルルルルルル!!!




 タイヤを地面に擦らせて慣性を殺し、何とか無事に着地成功。



「キキ! 降りて!」


「はい!」



 地上に降りたアタイはすぐにバイクから降りて、腕輪型の収納機能を発動。

 白天馬を一時亜空間倉庫へと収納。


 接近戦となれば、流石にバイクに乗ったままというわけにはいかない。


 

「マスター! もう1機が!」


「!!!」



 キキが鋭く警告を発信。

 アタイはすぐさま戦闘態勢を取る。


 さっき跳ねたのは、おそらく機械種コウキ。

 ならば、今、こちらへと襲いかかってきそうなのは機械種ゼンキであろう。



 跳ね飛ばした機械種コウキは少しの間は戦線には戻れない。

 なら、出来るだけ早くコイツを片付けて………… 

 

 


 その時、アタイの視界の端にナニカが映った。


 陽炎のようにぼやけて見える超スピードで動く人影。


 それはアタイが最も頼りする機械種、ボルトの姿!



 ダダダダダダダダダッ!!



 猛烈な速度で駆けつけてきたボルトは、機械種ゼンキへと襲いかかり、




 ボコッ! ボカンッ! ガキンッ! ギシッ! 

 バキンッ! ガツンッ! ボキッ! ドカンッ!

 ズシンッ! ボコンッ! ガリッ! ザクッ!




 目にも止まらぬスピードで無数の拳や蹴りをお見舞い。

 まるで分身でもしているような激しい攻撃の嵐。

 

 ジャブ、フック、ストレート、エルボー、

 キック、ハイキック、後ろ回し蹴り、膝蹴り、

 体当たり、頭突き、噛みつき、引っ掻き、



 ありとあらゆる攻撃が刹那の間で繰り返され、瞬く間に機械種ゼンキの装甲が飴細工のように脆く崩れていく………



 それはウサギと狼が共同で敵をフルボッコにしているような光景。


 あれこそ、天兎流舞蹴術、奥義、『狼兎乱舞』!



 軽量級でしかない機械種コボルトが重量級でも上位に位置する鬼神型をボコボコにする。

 誰に語っても、絶対に信じてもらえないような話だが、それでも目の前で行われている蹂躙劇は現実のモノ。



 そして、



 ドガンッ!!!



 最後に決まったアッパーが、機械種ゼンキを大きく後ろへと弾き飛ばす。


 10m程吹っ飛び、仰向けに倒れ込む機械種ゼンキ。


 もうあちこちが破損し、もう死に体と言っても良い状況。


 だが、ボルトの手は緩まない。


 まだ『狼兎乱舞』は終わりではないのだから。




 フォオオオオオオオオオオオオ!!




 両の拳を腰に引いて、大きく深呼吸?を行うボルト。 


 すると、ボルトの機体からオーラが立ち昇る。


 それはボルトを何倍にも巨大に見せるほどの圧力を秘めたエネルギー。


 両手をゆっくりと前に出し、全身に集まったエネルギーを前方に集中。


 やがて集まったエネルギーは物理的な破壊力を宿し、彼の敵を滅ぼす剣となる!




『白王兎哮拳』!!




 ドンッ!!!




 ボルトの両手に押し出される形で巨大なエネルギー弾が発射。


 飛び出したエネルギー弾はボルトの手から離れると、即座に球から四足獣の形へと変化。


 そう、それは巨大なウサギ。


 超エネルギー体で構成された白く輝く巨大ウサギは、倒れ込んだ機械種ゼンキへと突撃して、





 チュドーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!





 炸裂弾を何倍にもしたような大爆発を発生させて完全破壊。

 その威力は重量級であっても耐えられるモノでは無い。


 地面を抉り、大気を引き裂き、ほんの少しの愛嬌を足し合わせて敵を破壊する必殺技。




『成敗!』




 ビシッとポーズを決めるボルト。



「流石でス! ボルト兄様!」



 ボルトを手放しで褒め称えるキキ。



「あはははは…………」



 とにかく乾いた笑いしか出ないアタイ。


 

「理不尽はヒロで慣れたつもりだったけどさ………」



 本当にこの子達といると退屈しない。

 

 まるであの時に戻ったかのような気持ちにさせられる。


 毎日が驚きの連続で、理解不能な出来事が山のように起きて、

 何度も危機一髪の状況を潜り抜けて、さらにはお宝も手に入れて、


 そして、いつも大好きな人と一緒に過ごすことができた素晴らしい日々。



「ああ、本当に…………」



 思わず懐かしさがこみ上げて来て、ほんの少し気を緩めてしまったその時、



「!!! マスター! 後ろでス!」


「あっ!」



 しまった! 

 まだ、機械種コウキが…………



 キキの警告にすぐさま後ろを振り返るとその視線の先には、こちらに向かってナニカを投げつけようとする機械種コウキの姿。


 

 一瞬、突っ込むべきか、この場で回避を試みるかを逡巡。



 だが、アタイが結論を出すよりも早く、機械種コウキがその腕を振り上げ、





 ズバンッ!!!




 アタイが見つめる先で、機械種コウキのその腕が真っ二つに切断された。


 機械種コウキの背後から奇襲をかけたナニカに、その腕を刎ね飛ばされたのだ。



 

「ディア!」



 

 そのナニカは、アタイが2番目に従属させた機械種ダイアウルフのディア。


 狼型の機体を縦回転させ、巨大な丸ノコギリのように重量級の右腕を軽々と切り飛ばした。

 


「ガウッ!」



 クルクルと勢いのまま進み、やがてアタイの前にビタっと着地。



「ウオンッ!」



 軽く一吼え。

 アタイには『これぞ、天兎流舞蹴術【絶 天兎抜刀牙】!』と言っているように聞こえた。



「ごめん、助かったよ」


「ウォンッ!!」


「……………アイツはアタイがやる」


「クウウン?」


「あれだけ痛手を被っているんだから。アタイ1人でも大丈夫」


 

 ちょっと油断し過ぎた。

 この辺はまだまだだ思う。



 腰からナイフを抜き、まだまだ戦意豊富な機械種コウキへと向き直る。



 こんなんじゃ、とてもヒロに追いつけない。

 いくらボルトやディアが強くても、アタイが強くならなくちゃ意味が無い。



「ボルトも手出し無用だから」



 いつの間にかアタイの背後に控えていたボルトを制止。

 多分、ボルトに任せたら瞬殺だろうけど、それではいつまで経っても強くなれない。



「キキ、残りのゴブリン達を殲滅しておいて」


「はイ!」



 キキの戦闘力はボルトやディアには及ばない。

 でも、機械種キキーモラと思えない程強く、機械種ゴブリン程度なら軽く素手でも潰してしまえる。



「マスター…………、ご武運ヲ!」



 キキからの祈願を受け、アタイはアタイの相手へと足を進める。


 向かうのはアタイ1人。

 確かヒロの話では、重量級を1対1で倒して初めてエースとして認められるらしい。


 でも、相手はバイクに跳ねられた手負いで、さらに腕一本無くしている。

 だから厳密に言うと、アレを倒した所でエースと呼ばれるわけじゃないと思う。


 だけど、あれくらいがアタイにはちょうど良い相手。

 アレをあっさり倒せないとアタイが目指す所へは届かない!



 ダダッ!!

 


 機械種コウキに向かって走り出す。


 対する機械種コウキは左腕一本で迎え撃とうとしてくる。



 相手は全長6m超えの重量級。

 

 普通はナイフ一本でどうにかなる相手じゃない。


 でも、アタイにはヒロから鍛えてもらった技がある。




 ブンッ!!!




 真正面から縦に振るわれた機械種コウキの左腕。


 恐ろしい勢いで振るわれたソレは、人間では絶対に受けるのは不可能。




 トンッ! 




 だから身体を42cm右にステップ移動して躱す。




 ビュンッ!!




 振り下ろされた左腕をすぐさま横へと払う機械種コウキ。




 ヒョイ




 これは頭を下げて回避。


 背の低いアタイだから、膝を曲げて頭を引っ込めるだけで余裕で避けられる。




 ゴオオオオッ!!




 今度は前蹴り。

 重量級の体格で繰り出される蹴りは、まるで大砲のようにぶっ飛んできた。


 でも、これは点の攻撃だから、横に振るわれるよりは躱しやすい。


 アタイは機械種コウキが繰り出す攻撃を難なく躱しながら接近していく。




 

 重量級は人間の何倍も大きい。

 だからその近接攻撃の射程も長いし、速度も速い。

 

 重量級は動きが遅いと思われがちだけど決してそんなことは在り得ない。


 何せ相手は機械なのだ。

 人間の何十倍の出力で振るわれる攻撃が遅い訳が無い。



 だったら、なぜアタイが重量級の攻撃をこうも容易く躱せるかと言うと、




 アタイの目には遅く見えるから。

 



 敵が攻撃してきた瞬間、急激に動きが遅くなる現象。

 これは別に敵が手を抜いている訳じゃない。


 ユティアによれば、達人が極度に集中している時、時間の流れが遅く感じることがあるらしい。

 おそらくこれと同じ現象がアタイの目に起こっているのではないかという推測。



 なんで戦いの訓練を初めて1年も経っていないアタイが達人の技を身に着けたのかは分からないけれど。


 多分、ヒロが訓練してくれたことが影響しているんだと思う。

 

 なんとなくだけど、この時間がゆっくりと流れる現象は、いつもヒロが見ている光景なのかな、と感じている。



 これはヒロがアタイに授けてくれたモノなんだ………

 


 そう思うと、この力をもっとうまく使いこなせるような気がしてくる。

 

 ボルトやティア、キキ、白天馬にこの力。


 ヒロから貰ったモノを活かしながら、アタイは強くならないといけない。


 だから、コイツはさっさと倒して…………




 ダンッ!



 軽く地面を蹴って、攻撃動作で隙を見せた機械種コウキの機体へと飛びつく。



 ちょうど上腕部のでっぱり部分に人指し指を引っ掛けて、そのまま指一本で体をグンッと引き上げる。


 

 そして、肩までよじ登って、凶悪な鬼面を真正面で向き合い、

 


 ザグッ!



 手にしたナイフで機械種コウキの両目を横一文字に切り裂き、 



 ズボッ!



 砕けた眼球へと右手を突っ込み、そのまま晶脳部まで突き入れて、



 バリッ!



 晶石を掴んでそのまま引っこ抜いた。










「ふう…………、これで終わりかな」



 晶石を引き抜かれ、活動を停止して倒れ込んだ機械種コウキを横目に、ほっと一息。



「マスター! お怪我は?」

「ウオンッ!」


「んん? 大丈夫だよ。全然平気」



 駆けつけてくれたキキとディアに笑顔で答えるアタイ。


 そして、



「ボルト」



 アタイが声をかけると、フッと姿を現すボルト。


 多分、万が一の時の為に、傍に控えてくれていたのだろう。


 どうやって姿を消しているのかは分からないけど。


 

「もう! 心配性だね。ほら、大丈夫だったでしょ」


 

 ペコッ


 

 アタイの言葉にボルトは胸の前で両の拳を合わせ、格式ばった一礼を見せる。


 しゃべれないボルトだけど、なんとなく言いたいことは分かる。



「分かってる。アタイはまだまだだって」



 強くなっているつもりだけど、まだまだヒロの背中すら見えない。


 でも、一歩ずつ進んでいけば、いつか必ず追いつくと思っている。



「さあ、がんばって遭難した人たちの痕跡を探そうか。多分、この近くにあるはずだし」



 皆に声をかけて、渡りの依頼に戻る。


 自分を鍛えることと、皆の役に立つこと。


 ヒロはこれを両立させていたのだ。


 だからアタイも両方頑張る。


 この積み重ねがきっとヒロに近づくことだと信じて。







※ 

主人公がエンジュの戦いのシーンを見ていれば、


『いや! 猟兵団のエースだって、ナイフ一本で重量級に戦いなんて挑まないからね!』


とツッコミを入れたでしょう。

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