第570話 待ち合わせ
まだ日が昇り切らぬ早朝の迷宮町。
午前7時という時間帯もあり、昨日よりも人が少ない。
野外での狩人の活動時間帯は朝9時過ぎから夕方4時くらいまで。
これは機械種インセクトが飛び交う時間を避ける為。
だいたい朝日が差し込み始める5時半~6時前後には機械種インセクト達は数を減らしていき、7時にはほとんど姿を見せなくなる。
それでも、その時間に荒野で車を走らせればフロントガラスに機械種インセクトが度々ぶつかってくる。
場所によっては虫溜まりができていることもあるから、安全を考えればやはり9時以降に動き出すのが賢いのであろう。
「でも、救助を待っている人がいる以上、動き出すなら早い方が良い」
巣やダンジョンで虫が湧くわけではないから、もっと早くても良かったかもしれない。
バルトーラの街からこの迷宮町までの車での移動中、まだまだ残っている機械種インセクトの群れに襲われるだろうが、高位機種が揃う俺のチームなら短時間であれば問題無い。
秘彗や天琉が砲撃で蹴散らし、毘燭や輝煉が障壁を展開すれば、少々の虫の群れなど恐れるに足らず。
真夜中ならともかく朝方なら対処は可能なはず。
日が昇る前にこの迷宮町に辿りつけることができただろう。
しかし、今回は鉄杭団のガイが同行するのだ。
向こうは数日に渡る必死の脱出行を成し遂げたばかり。
流石に一晩くらいはゆっくり休まないと身体が持つまい。
俺と違って体力が無尽蔵にあるわけではないのだから。
「さて、まずは白翼協商で受付してからだ。確か場所はあっちだったな」
迷宮町の駐車場に車と整備専用車を止め、秘彗と毘燭にそれぞれ亜空間倉庫に収納させる…………と見せかけながら俺の七宝袋へと収納。
「行くぞ!」
ピコピコ
俺と白兎を先頭に、森羅と廻斗が付き従い、その後ろには剣風、剣雷、毘燭、秘彗、胡狛のストロングタイプ小隊が並び、最後尾には機械種グランドホースに扮した輝煉が続く。
辺境どころか中央でもあまり見ない錚々たる面子。
『砦』や『城』の攻略に向かおうとするかのような戦闘集団。
「な、なんだ………、アイツ等?」
「まさか、あの後ろの5機、全部ストロングタイプなのか?」
「どういう集まりだ? あんな狩人チームいたか?」
道の真ん中を肩で風を切るがごとく進む俺達に、周りの視線は集中。
まだまだ人気の少ない通りではあるが、全くの無人ではない。
開店準備を始めている人もいるし、この迷宮町に宿泊した狩人もいる。
群衆とは呼べないまでも、それなりに通りかかる人達がいて、そんな彼等の足を止めさせているのが今の俺のチームの陣容。
辺境では滅多に見ないストロングタイプ。
それもバランスの取れた構成のパーティーとなると、物珍しさのあまりその場で立ち止まり口々に噂をし始めて当然。
それぞれに俺達の素性についての推測を口にする。
「中央帰りか? 活性化と聞いて探索に来たのか………」
「いやいや、救助作戦だろ。秤屋が総力を挙げて取り組んでいるみたいだから」
「あの面子なら地下35階は軽いだろうな」
やがて、俺達を眺める観客の中に正解が混じり始める。
バルトーラの街では今、最も話題の狩人なのだから当然とも言えるのだが。
「なんで、先頭がラビットなんだ…………、そう言えば、機械種ラビットを連れた凄腕の新人狩人の噂があったな」
「確か黒髪に黒い服、槍を持った…………」
「アイツ! ………『白ウサギの騎士 ヒロ』だ! あのラビット、見たことがある!」
先頭を進む白兎のお尻が機嫌良さげにフリフリと揺れる。
自分が噂されて嬉しいのであろう。
少しばかり進む脚取りが大股に、誇らしげに耳をピンと立てて鼻をヒクヒク。
従属機械種としてのラビットは主に愛玩用。
他にも番犬のような役目を担ったり、子供の遊び相手を務めたりすることもある、活動範囲は主に家庭内に収まる機械種なのだ。
まだ狩人未満ならともかく、正規の狩人でわざわざ機械種ラビットを連れている機械種使いはほとんどいない。
機械種使いの狩人を名乗るなら、最低は機械種ドッグやキャット、できるなら機械種ウルフぐらいは欲しい所。
故に、ストロングタイプを連れていてなお、機械種ラビットをいつも傍に従えている俺の姿は、やや特異とも言える特徴となる。
まあ、俺の恰好自体があまり目立つモノではないからね。
どうしても、連れている従属機械種に目が行ってしまうのだろうなあ。
「機械種ラビットなんてどこにでもいるだろ」
「いや、あの特徴的な額の文字に見覚えが………」
「そういや、あのラビット、秤屋の事務所前でビラ撒きしてたぞ。何でも『天兎流舞蹴術の道場を開設しました』とか何とか…………」
「それ、見たことある。同じように額に文字を書いたラビット2機も一緒に混じってやっていたな」
「コラ! 白兎!」
ゲシッ!
コロコロコロコロ
前を歩く白兎の尻を瀝泉槍の石突きで小突くと、つんのめって前へコロコロと転がる白兎。
頭が下に、お尻が上に。
上下逆さまになった白兎がびっくりしたように尻尾をフルフル。
そんな白兎に構わず大股で近づき、その耳を引っ張り上げる。
「お前、白千世や白志癒を巻き込んで何やっているんだよ!」
ピコピコ
『天兎流舞蹴術の知名度向上の為、進んで協力してくれました』
「やかましい! そりゃあお前の弟子なんだから、頼まれたら了承するだろうが! それに勝手にビラ撒きなんか…………」
パタパタ
『所属する秤屋の事務所の付近であれば、勧誘行為は合法だそうです』
「うるせえ! 俺もしっかり読んでいない秤屋の規則要綱まで踏まえやがって! だいたい、情報収集は許したが、勧誘を許可した覚えはないぞ!』
フルフル
『実はビラ撒きするフリをしながら情報収集を………」
「嘘つけ! 絶対に勧誘の方が本命だろうが! これ以上混沌を増やすなって言ってるだろ!」
フリフリ
『混沌とは増やすモノではなく、勝手に増えるモノ………』
「やめろ! 開き直るな!」
道のど真ん中で騒ぐ噂の新人狩人と、その象徴とも言うべき機械種ラビット。
その背後に並ぶ森羅や廻斗、秘彗を始めとするストロングタイプの小隊も、俺と白兎の騒ぎ合いにはただ黙って見守ることしかできない。
自分達のマスターと従属機械種筆頭なのだ。
目上同士の争いに口出しなんて分を越えた大それたこと。
だが、それを周りで眺めている観客達もいるわけで、
「何、自分の従属機械種と言い争っているんだ、アイツ」
「機械種ラビットを連れているだけあって、ちょっと変わっているんだな」
「やっぱり飛び抜けた奴は、どこか人とは違った感性を持つのか………」
「むむっ! …………、クソッ、これ以上は後だ」
俺の耳に聞こえてくる周りからのヒソヒソ声。
流石に往来で騒ぎを起こすのは本意ではないから、白兎への追及を一旦取り止め。
これ以上、俺の噂に新たなトピックスを増やすわけにもいくまい。
さっさとこの場から移動しよう。
「行くぞ!」
再び足を進めて白翼協商の出張所へと急ぐ。
早朝にも関わらず、白翼協商の出張所はすでに開いており、中では数人の狩人がダンジョンに潜る為の申請手続きを行っていた。
中へは白兎と廻斗、森羅と秘彗を連れて入る。
事務所に入ることのできる中量級は1チーム2機までという制限があるので、剣風達は出張所の外で待機。
「えっと、手続する為の書類は………」
「マスター、こちらです」
「おっ、森羅。助かる」
森羅から書類を受け取り、必要事項を記入。
今回は『白ウサギの騎士』ヒロとして………
いや、違う。
狩人チーム『悠久の刃』のヒロとして、ダンジョンに挑むのだ。
きちんと申請しておかないと、今回の依頼の報酬の1つである無条件の『最優』授与が適用されない。
「お願いします」
受付の女性に書類と認証カードを提出。
まだ20代になっていないであろう若い女性の職員は、提出されて書類をじっくり眺め、やがて肝心のチーム名の所で目が留まり………
「…………『悠久の刃』? 初めて聞くチーム名ですが、このダンジョンは…………」
と言いかけた所で、ふと俺の足元に佇む白兎に視線を向け、
「ラビット? そう言えば…………」
書類と一緒に提出した認証カードの番号を手元の晶脳器操作盤でパチパチ。
すると、クワッと目が大きく見開かれて、
「ああっ! 『白ウサギの騎士』の?」
「…………はい」
ピコッ! ピコッ!
相変わらずの俺の存在感の無さに少々凹みを覚える俺と、『白ウサギの騎士』の名を呼ばれて喜ぶ白兎。
改めて『悠久の刃』の知名度の無さと、俺の不本意な2つ名である『白ウサギの騎士』の世間への浸透ぶりが浮き彫りに。
元々、未踏破区域の紅姫の巣を攻略したことについて、攻略者の情報を非公開にしてくれるようお願いしたのは俺だ。
本来なら、『悠久の刃』の名がそこで広まるはずだったのだ。
しかし、俺が非公開をお願いした為、『悠久の刃』の名は広まらず、街では一体誰が攻略したのかという話題が盛り上がった。
そこに投入されたのが、新人交流会で武威を見せつけた『白ウサギの騎士』の二つ名。
未踏破区域の紅姫の巣を攻略したのは、中央行の試験中である新人狩人であるという情報がすでに流れていた為、あっという間に『白ウサギの騎士』がその候補に挙がる。
さらにストロングタイプをも従属しているという情報も流れ、『白ウサギの騎士』が未踏破区域の紅姫の巣を攻略したと世間的には確定されてしまった。
『悠久の刃』の名前を置き去りにして。
「『白ウサギの騎士』のご活躍を期待しております!」
「……………ありがとうございます」
受付の人は、立ち上がって机越しに俺の手を握って激励。
けれども、俺の心は少しばかりの寂しさを隠せずにいる。
もう俺は一生『悠久の刃』のヒロとは呼ばれないかもしれない。
どうにかして、この二つ名をリセットできないものか…………
「キィキィ………」
廻斗がフワフワ浮きながら、俺の肩を慰めてくれるようにポンポンと叩く。
紳士な廻斗はどんな時も気遣いを忘れないのだ。
フルッ! フルッ!
フルッ! フルッ!
ウサギの知名度が広がっていることに、全身で喜びの感情を表しながら、ブルンブルン振り回している白兎と違って…………
「…………なあ、俺って、お前にキャラ食われてないか?」
思わず、白兎へと薄々感じていたことを質問してみると、
パタパタ
『僕が居なかったら、誰にも気づかれないだけじゃない?』
「うるせー、どうせ俺は存在感がねえよ!」
フルフル
『マスターに足りないのはアピール力と特徴だね。多分、ウサ耳とか付けていたら、とっても存在感が出ると思う』
「存在感の代わりに失うモノが多過ぎる!!」
白兎と下らないことをグチグチ言い合いながら、白翼協商の出張所を出てガイとの待ち合わせの場所へと向かう。
それは白翼協商の出張所から歩いて10分程度。
ダンジョンの入り口に近い、人通りの少ない通りの一画。
「よお! ヒロ」
「……………誰?」
そこに居たのは、やや赤味が強い長めの金髪を後ろに流したガタイの良い青年。
目つきは少々悪いが、鼻筋の通った精悍な顔立ち。
鍛えられた身体つきも相まって、アクション俳優でもやれそうな風采。
こんな野性味溢れるイケメンに知り合いはいない…………
いや、右腕の機械義肢からガイだとは分かるんだけど…………
「おいっ! 何で髪をちょっと変えただけで分からねえんだよ!」
「そう言われても…………、正直、印象が違い過ぎて…………」
ガイは憤りながら文句をがなり立ててくるが、俺の言葉通り、印象が変わり過ぎていて脳がなかなか受け付けないのだ。
ガイと言えば黄色に染めた髪をツンツンにしたトンガリ頭の不良という印象が強いから。
言うなれば、ヤラレ役の雑魚っぽいヤンキーから、不良漫画の主役かライバルのイケメン枠に昇格した感じ。
死線を潜り抜けて経験を積んだからランクアップでもしたのだろうか…………
「何、髪の色と髪型変えてんの? イメチェン?」
「セットする時間が無かったんだ…………、色々することがあったからよ」
そう言いながら背中のリュックをこれ見よがしに見せてくるガイ。
今から山にでも登ろうとするのかと言うぐらいの大荷物。
「今回、お嬢のラトゥがいないからな。どうしても荷物を選別しなくちゃならなかった」
「あ~あ、なるほどね」
パルミルちゃんの従属機械種、ラタトスクのラトゥはそこそこに広い亜空間倉庫持ちだ。
前の探索では荷物の大半をラトゥに預けていたのだろうけど、今回はパルミルちゃんもラトゥも不参加。
だから自分で持てる分だけに荷物を絞る必要がある。
でも、わざわざ自分で荷物を持たなくても、こっちには亜空間倉庫を持つメンバーがいる。
「だったら、その荷物、自分で持っておくのは最低限にして、残りはウチの秘彗にでも預けとけよ」
「ヒスイ? 確か機械種エルフはシンラだったな。…………じゃあ、ヒスイってのは、そっちのストロングタイプか?」
ガイは俺が向けた視線の先にいる秘彗達を眺めながら、やや警戒心を含んだ低い声で確認。
ほんの僅かだが、ガイの身体に緊張が走る。
目は真っ直ぐに秘彗達を捕らえ、右手の機械義肢が少しだけ前に移動。
体勢は半身に、ほんのりと踵が浮き気味に。
この辺は狩人や猟兵本能みたいなモノだ。
明らかに自分以上の戦力を持つ機械種に対する反応としては珍しいモノでは無い。
「はい。マスターからご紹介賜りました、機械種ミスティックウィッチのヒスイと申します。どうぞよしなに」
ガイの視線を受け、前に出てきた魔法少女系のストロングタイプ。
片足を後ろに引き、軽く首を曲げての簡略した一礼。
藍色のローブの裾がフワッと翻り、湖上で戯れる水鳥のごとき優雅さを見せる。
相手が俺の同期で、道の往来と言うことも考えれば、丁重過ぎるくらいの対応。
しかし、秘彗の美しくも可愛らしい一礼を受けても、ガイの警戒した様子は変わらない。
「…………おい、どういうこった? お前がストロングタイプの魔法少女系を従属させているのは知っているが…………」
ガイの目線は、秘彗、そして、その後ろに立ち並ぶ剣風、剣雷、毘燭、胡狛といったストロングタイプの小隊に釘付け。
そして、さらにその後ろの輝煉にも目を向けて一言。
「さらに重量級もかよ!」
「まあな。でも、あれは運搬用だぞ」
本当は輝煉1機で秘彗達ストロングタイプのパーティを上回る戦闘力を持つ。
多分、戦闘には参加させないつもりだから、表向きは運搬用と言い切るつもり。
しかし、運搬用と言い切っても、重量級は重量級。
その上、ストロングタイプの小隊付きともなれば、中央でも滅多に見られない狩人チームの陣容。
流石にガイの視線が強くなり、少し身体を強張らせたまま、俺の方を向き直って言葉を続ける。
「…………いつの間に、ここまでの戦力を揃えやがった?」
「まあ、気が付いたら揃ってた」
「て、てめえ…………」
俺の不真面目な答えに、一瞬ガイが顔を紅潮させるも、
「…………すまん」
「いいってこと。聞きたくなる気持ちも良く分かる」
一転、バツの悪そうな顔を見せ、俺へと謝罪。
狩人の三殺条からすれば、『探る者は殺す』なのだ。
これから一緒にダンジョンを攻略する仲だとしても、攻略に関係ない情報をこれ以上探るのはマナー違反。
「ガイ、それよりも、そちらの方を……………」
俺がさっきから気になっている、ガイの後ろにいる人物。
女性1人と、その背に隠れている幼い少女が1人。
さらにその少女の足元に控える、軽量級機械種が1機。
聞くまでも無く知っている人と機械種なのであるが、そのうち女性だけは直接対面したことは無い。
まさか、この場に出てくるとは………、
まあ、予想していなかったわけではないが…………
「んん? ああ………、え、えっと………」
「『白ウサギの騎士』、ヒロさん。この度は、危険なダンジョンから娘を助けてくれてありがとうございます」
ガイが何と紹介しようかとまごまごしているのを見て、さっと前に出て来て、俺へとお礼の言葉を口にする女性。
俺が助けた鉄杭団の団長の孫娘の母親。
確か名前はパティさん………だったかな。
「私、鉄杭団所属の、パルミルの母親、パルティアと申します。ヒロさんが救助していただけなかったら、この子は生きて戻れなかったでしょう。本当に感謝しております」
ああ、なるほど。
『パティ』は愛称なのね。
「いえ、同じバルトーラの街に属する狩人として、当然のことをしただけです」
「あら? 流石は騎士様ですね。謙虚でいらっしゃる。本当にウチの団の脳筋共に見習わせてやりたいくらいです」
俺の行儀良い返事に、ふんわり微笑みながら冗談を口にするパルティアさん。
とてもパルミルちゃんの歳の子供がいるとは思えない若々しい笑顔。
パルミルちゃんと同じ金髪で、軽くウェーブの入ったロングヘア。
身綺麗なスーツに落ち着いた雰囲気。
それでいてボディラインはゴージャスな曲線を描き、まるでハリウッド女優が美人秘書を演じているような佇まい。
たとえ人妻であっても、思わずお近づきになりたくなる程の大人の魅力に満ち溢れている。
まさか、こんな美女があの暑苦しそうな鉄杭団に所属しているなんてなあ………
「ほら、パルミル。きちんとお礼を言いなさい」
「はい! ヒロさん。ありがとうございました!」
母親に促され、ペコリと頭を下げるパルミルちゃん。
頭に被った銀色のヘルメットが、カコンッと下がる。
さらにその足元の機械種ラタトスクのラトゥも真似して頭をカクンッ。
幼い少女とリス型機械種が揃って頭を下げる仕草は、ほんのり心が癒される可愛らしい光景を作り出す。
「無事で何より。でも、俺だけの力じゃないからね。このガイが命懸けで守ってくれなけりゃ、絶対に無事では済まなかったよ」
「はい! 分かってます! ………ガイには感謝しています!」
「えっ…………」
俺に急に引き合いに出され、ガイは一瞬どんな表情をしていいのか分からないような微妙な顔を見せてくる。
「………ああ」
口籠りながら、ボソッと返事だけして黙り込むガイ。
そして、チラッとこちらに視線を向けたかと思うと、すぐに反対側を向いて顔を逸らす。
どうにも照れ臭いのであろう。
さらに俺から話を振られて戸惑っている様子。
全く素直じゃない不良少年だ。
「そう言えば、ヒロさん。今回の報酬の件なのですが………」
そんな俺達のやり取りを微笑ましそうに眺めていたパルティアさんだが、フッと表情を真面目なモノへと変えて、俺への報酬について切り込んでくる。
「ガイ君の話では、白翼協商を通してほしいとのことでしたけど?」
「はい。難しい話はそっちを通してもらえますか? 俺ではどの程度が適正なのか分かりませんので」
この辺りはミエリさん辺りにブン投げようと思う。
彼女ならきちんと俺の利益を見定めてくれるだろう。
「では、私達鉄杭団と白翼協商の間で交渉させていただきます…………、それとは別に娘を助けてもらった母親として個人的なお礼をお渡ししたいのですが…………」
「別にそこまでは…………」
「これは私個人の信義の問題です。決して団の利益とは関係ありません。受けた恩はきちんと形あるモノでお返ししたいと思っています。いかがですか?」
「うーん………」
そう話を持ってこられると弱いなあ。
真っ当な母親なら娘の命の恩人に何かしらお礼をしたいという気持ちも良く分かる。
しかもこんな美人さんに個人的なお礼と言われると、ついつい邪な方向へ期待してしまいそうに………
いやいや!
向こうは人妻なんだぞ!
しかも娘さんがいるのに、そんな話を持ち掛けるわけがない!
一瞬、鼻の下が伸びそうな妄想が頭を過りかけたが、首をブンブン横に振って払い飛ばす。
全く、隙あらば馬鹿げた妄想がいくらでも湧き出てくるな。
やはり肉体的に10代になったから、その辺も10代に戻ってしまったのだろうか?
まあ、俺の場合、元の年齢でも普段から妄想に耽溺する質だから関係ないのかもしれないが。
「あの…………、もし、モノを受け取るのに抵抗がおありのようでしたら、情報はどうでしょうか?」
「情報ですか?」
悩んでいるような俺の様子を見兼ねて、パルティアさんが提案。
「はい、私、中央では青学と緑学を学んでおりまして、機械種についてはそれなりに知識を持っているつもりです。見た所、ヒロさんは高位の従属機械種を揃えているようですので、そちらの方が有用かと」
「機械種についての情報を頂けるということですか?」
「はい。例えばヒロさんはストロングタイプを多数従属させておられますが……………」
俺の背後に控える秘彗達に視線を向けるパルティアさん。
騎士系が2機に魔術系と僧侶系が1機ずつ。
さらに罠師と整備士を兼ねた補助サポート職系が1機というバランスの取れたパーティ。
パルティアさんの目が眩しいモノを見るかのように少し細められる。
中央出身のようだが、流石にここまで陣営を揃えたチームはそうは見かけないだろう。
それなりの学位を持つパルティアさんでさえも、目の前の戦力には気後れせざるを得ないのだ。
それでもパルティアさんは娘の手前、ぐっと堪えて自信あり気な表情を見せる。
僅かに口元を歪めて笑顔を作りながら、俺へと自身の情報を投げかけてた。
「彼等をさらに強くできる手段があるとしたらどうしますか?」
「それは晶石合成を行って、白式晶脳器で昇格させるダブルのことでしょうか?」
「……………………」
「……………………」
「…………………なるほど。ヒロさんはボノフさんのお店に通われているんでしたよね」
「はい、お世話になっています」
「……………では、そちらの魔法少女系もすでに?」
「そうですね。機械種メイガスを追加してダブルにしています。ついでに罠師系も整備士を追加したダブルですよ」
「はあ……………」
肩を落とし、酷く疲れたようなため息をつくパルティアさん。
自信を以って開示しようとした情報は、すでに俺の手の中にあったのだから、意気消沈してしまうのも無理はない。
「ママ………」
ガックリしたパルティアさんを、娘のパルミルちゃんが心配そうに声をかける。
「だ、大丈夫よ、パルミル………」
娘に心配されて、こうしてはいられないとばかりに、パルティアさんは再度俺へと向かい合う。
そして、奥歯を噛みしめるように口元をギュッと結んでから、ゆっくりと口を開く。
「では、ヒロさん………」
そこで言葉を切って、挑むような目を俺に向けてくる。
娘を助けた対価として差し出す情報なのだ。
語られるのは、彼女にとってとっておきの情報であるはず………
そして、その内容は、
「ストロングタイプのダブルには、さらにその先があることをご存知ですか?」
「トリプルのことですか? 職業を三つ重ねるとヒーロータイプになるという」
「ボノフさん! この子に肩入れし過ぎじゃあありませんかぁぁ!」
突然、空に向かって抗議の声をあげるパルティアさん。
周りに人がいないからといって、道の往来で叫ぶのは止めてほしい。
「いや、この情報を得たのはボノフさんからじゃありませんよ。実際にトリプル、ヒーロータイプと知り会う機会があったからです」
「………聞いていた通り、本当に底が知れない人ですね。ヒロさんは」
パルティアさんは呆れたような目で俺を見てくる。
とっておきの情報だったのかもしれないが、それもすでに俺が得ていたのだから無理もない。
ダブル、トリプルの情報はともかく、技術者に聞きたいことはだいたいボノフさんに質問しているし、それでも分からない情報は打神鞭で占っている。
情報のアドバンテージは俺の方が上なのだ。
よほど深い情報に精通していないと、俺の求める情報を差し出すのは難しい。
知りたい情報が無い訳では無いが、俺の秘密に関わるようなことは質問しにくい。
緋王や守護者については口にするだけで懸念を抱かれる可能性があるのだ。
会ったばかりのパルティアさんに聞くことはできない。
だからお礼として情報と言うのは、少々難易度が高いのかもしれない。
まあ、俺が知らないふりをして受け取ってあげた方が良かったのかもしれないが………
「仕方がありません、ヒロさん。私として個人で保有しています、こちらをお礼としてお渡ししようと思うのですが、どうでしょうか?」
「はい? ………これは?」
情報の提供を諦めたらしいパルティアさんが差し出してきたのは、2つの小瓶。
化粧水のような入れ物であるが、中に入っているのは緑色の液体。
「ストロングタイプをたくさん引き連れているヒロさんには、おそらく絶対に必要になるモノです」
「もしかして…………」
「晶石合成の触媒となる『翠膜液』です。」
以前、ボノフさんのお店で見たモノと外観は一致する。
確かにストロングタイプのランクアップを目指す俺にとっては絶対に必要となる品。
「この辺境では滅多に出回らない製品なので、ヒロさんもそれほど数はお持ちではないと思うのですが?」
「……………そうですね。というか、一つも持っていません」
一応ボノフさんの所にあるのだが、それでもあと2つだけしかなかったはず。
俺の為に取り置いてくれているようだが、ダブルへの昇格を狙っているストロングタイプは剣風、剣雷、毘燭の3機。
1機分が足りていないところだったのだ。
ボノフさんも探してくれているのだが、なかなか見つからないと言っていたから、ここで手に入れられるなら非常に助かる。
「情報を渡すと言っておきながら、結局モノになってしまいましたが………」
「いえ、非常に助かります。ちょうど数が足りない所だったので」
これで3機ともダブルにしてあげることができる。
あと必要なのはストロングタイプの晶石だけ。
おそらく俺達が目指す地下35階に出没しているはず。
剣風達に追加したい職業のストロングタイプと出会えるかどうか分からないが。
「パティさん、終わりましたか?」
俺とパルティアさんの用件が終わったのを見て、ガイがこちらへと確認してくる。
「ええ、ガイ。後はよろしくね」
「任せてください!」
パルティアさんからのお願いを受けて、パシっと両手を打ち合わせて気合を見せるガイ。
「ガイ! 頑張って! 鉄杭団の力を見せつけてね!」
「おう! お嬢の分も活躍してくるからな!」
パルミルちゃんには威勢の良い返事を返す。
たったそれだけで鉄杭団におけるガイの立ち位置が良く分かる。
期待されていて、周りとも良い関係を築けているようだ。
ふ~む…………
鉄杭団か…………
元猟兵が作った秤屋で、同じく元猟兵が多い、脳筋ばかりが集まった暑苦しい手段というイメージだったけど。
でも、こんな優しい美人さんと、礼儀正しく可愛らしい少女がいるなら、我慢できなくも無いかな?
ふと気になったのは、もし、俺がこの『鉄杭団』に入団していたら、どんな感じだったのか?
今の境遇に不満があるわけではないけれど、少しだけ気になってしまう。
あのガイの立場に俺が居て、パルティアさんとパルミルちゃんが微笑みかけてくれる光景が………
あっ!
なんか未来視が発動しそう。
なら、ちょっとだけ見てみようか?
もし、俺が『鉄杭団』に入団していたら……………
**************************************
「白兎、俺、もう帰りたい…………」
パタパタ
『入団テストを受けるって言ったの、マスターでしょ』
バルトーラの街の外縁部の空き地を利用した運動場。
そんな中にまるで体育祭のように並ぶ男達の一列。
右を向いても左を向いても筋肉ばかり。
筋肉ムキムキの男達が10人程並んでいる中にポツリと混ざっている俺。
しかも俺以外は皆お揃いのタンクトップのようなユニフォーム。
明らかに俺だけ浮いてしまっている。
なんでこんな場違いな所に参加しようと思ってしまったのか………
フルフル
『【今日限り】の文字に引かれたんだよね』
「ううう……、そうだよ。期間限定とかの言葉に弱いんだ。俺は………」
バルトーラの街に到着して早々、この街の4大秤屋の内の1つ、『鉄杭団』が新人狩人試験を行っているというチラシを目にしたのだ。
その中に書かれていた『入団テスト。今日限り、飛び入り参加オッケー』の文言。
それを見た俺は、まあ、どうせ秤屋には入るつもりだったし………と軽い気持ちで参加を決めた。
せっかくブルソー村長が紹介してくれた藍染屋や、ミランカさんが勧めてくれた秤屋があったというのに。
「でも、この雰囲気で、やっぱり辞めますって言いにくい…………」
見る限り、俺以外の連中は皆、鉄杭団の入団希望者としてずっと下積みをしてきた者達らしいことは分かる。
そんな中に突然割り込んて来た、どこの馬の骨とも分からぬ若造。
さらにその試験会場とも言うべきリングの周りには、この試験の開催者である鉄杭団の団員達が取り囲んでいる。
当然、俺には誰の知り合いもいるはずがなく、身内と呼べるのは足元の白兎と、見学者席で俺を見守る森羅と秘彗のみ。
完全にアウェー状態。
周りから無言の敵意がビシバシと降り注ぐ。
もう秤屋とかどうでも良いから帰らせてほしい…………
俺のテンションはダダ下がり。
しかし、そんな意欲を無くして後ろ向きになっている俺に対し、話しかけてきた女性が1人。
「君、そろそろ試験が始まるから、足元のラビットをリングの外へ移動させて。試験は銃や刃物無しの格闘戦よ。もちろん従属機械種も参加は認められないわ」
「あ、はい……………、あっ!」
むくつけき男達が立ち並ぶ中、俺へと声をかけてきたのは、ビシッとしたスーツに身を包んだ金髪美女。
歳は20代くらいだろうか?
優し気な笑みを湛えた麗しい美貌に、思わず口をポカンと開けてしまう。
「ん? どうしたの?」
「い、いえ…………、すみません。すぐにどかせます。白兎、森羅達の所へ行っとけ」
ピコピコ
俺から命令を受けて、白兎はピョコピョコと跳ねながら、リングの外の森羅と秘彗の元へと移動。
リングと言っても、地面に直径30m程の円が書かれているだけだ。
試験と言うのは、この円の中で行われるバトルロワイヤルらしい。
全く、何で狩人の試験で殴り合いをしなければならないのやら…………
まあ、銃無し、刃物無しと言っても、周りの連中は皮膚装甲を追加してたり、拳だけを機械義肢に変えている奴もいるのだけれど。
「……………あのストロングタイプは君の従属機械種なの?」
「あ、はい」
「へえ? 凄いわね。ということは機械種使い?」
「はい、そうです」
「ふ~ん………」
じっと俺の顔を見つめてくる金髪美女。
やや距離が近づき、ほんのりと甘い香りが漂ってくる。
さらにはどうしても視界に入る、スーツに閉じ込められて窮屈そうにしている豊満そうな胸。
おそらくユティアさんに匹敵する程の大きさ。
ついつい視線が胸元へ集中してしまいそうになり…………
「コラ………、どこを見ているの?」
「す、すみません!」
うわあ、視線がバレた。
めっちゃ恥ずかしい。
ああ、幻滅されてしまったかな?
かなり好みのタイプなのに…………
チラッと女性の顔を覗き見ると、ちょっとだけ目に非難の色があるも、そこまで怒ってはいない様子。
続けてもう一度頭を下げると、少し困ったような笑い顔を見せながら『以後、気を付けなさい』と軽く窘められただけで済んだ。
そして、改めて俺に向き直って話を続けてくる。
「でも残念ね。ウチはたとえストロングタイプを従属させた機械種使いでも特別扱いしないの。機械種を近接戦で倒せるくらいの腕っぷしが無いと入団させられないわ」
「マスターの実力の方が重要だと?」
「いくら強い機種を従属していても、マスターが死んじゃうと意味が無いからね。戦場では弱いマスターに率いられた従属機械種はその力の半分も出せない。だって、弱いマスターを守ることに気を取られるから。下手をしたら、味方を放ってマスターを助けに行く場合もあるし………。だから、ウチは機械種使いにも相応の戦闘力を求めるのよ」
そういう考え方もあるのか。
強い個よりも、集団の連携を重視した考え方だな。
多分、狩人よりも猟兵団に近い。
「私個人的には、機械種使いの君には合格してほしいのだけれど………、でも、団の方針があるからね」
「それは分かります。入団は自分の力で勝ち取ってみせますから」
「あら? 素直でいい子ね。だけど、あんまり無理しちゃだめよ」
フワッと俺の頭に乗せられる白い手。
そのまま軽く髪を撫でられる。
「この街には他の秤屋もあるんだから。危ないと思ったらすぐに棄権しなさいね」
周りの男達に比べ、あまりに貧弱な俺の身体を心配してくれたのであろう。
さらに、俺の有用性を知りながら、なお他の秤屋のことを持ち出すなんて、この人は随分とお人よしだな。
「ご心配、ありがとうございます! でも、大丈夫です。俺は負けません!」
周りの男達の半分程度の太さしかない腕をまくりながら、ギュッと拳を握って宣言。
こんな綺麗で優しい人に気遣ってもらえたのだ。
ここで負けるなんて男じゃない!
そう意気込んで見せる俺だったのだが…………
「死ねえ!」
「パティさんに頭を撫でてもらうとは、万死に値する!」
「この出しゃばり野郎!」
「俺達の女神にイヤらしい目を向けやがったな!!」
試験が始まるなり、一斉に俺に襲いかかってくる暑苦しい男達。
まるで筋肉の壁が迫って来るようだ。
「こっち来んな!!!」
向かって来る手や腕を躱しながらリングを駆け回って逃げる俺。
莫邪宝剣も瀝泉槍も持っていない俺はずぶの素人。
しかし、その力は常人の何千倍、何万倍もあるのだから、もし手加減をミスればあっという間に肉塊の山が出来上がる。
1対1ならまだ対応できたかもしれない。
だが、10人もの人間に一斉に襲いかかられると、どうしても上手く捌き切れない。
この男達は鉄杭団の入団希望者で長年下積みをしてきた苦労人達なのだ。
さらに俺へと優しい言葉をかけてくれた金髪美女、男達の話を聞くにパティさんと言う名前らしいが、に迷惑をかけるわけにはいかない。
「別に攻撃されたって効きはしないけど…………」
だが、こんな多数の観客の目がある中で、余りに異常な光景を見せてしまうのも躊躇われる。
10人以上の男達に攻撃されても全く平然としている人間。
それはもう人間とは思われないかもしれない。
旅の中ですれ違うだけの人達なら荒唐無稽な噂話で終わるだろうが、今回はこの街に長期滞在予定なのだ。
街に来たばかりで異常さを見せつけすぎるのは出来る限り避けたいところ。
であれば、やはりここはギリギリに力を抑えながら、異常とは思われない切り抜ける必要がある。
「クソッ! せめて2,3人くらいなら………」
どうにか各個撃破できないものかと、リングの端ギリギリを走り回る。
だが、向こうの方が人数が多い為、どうしても回り込まれてしまい……
「むっ! 囲まれたか?」
俺が進む先に青年が1人。
周りの男達よりも少し背が低いが、それでも俺より10cm以上高い。
しかし、かなり鍛え上げられているが、年の頃は随分と若そうだ。
もしかしたら、今の俺と同じ歳か、少し上程度なのかも…………
あれ? アイツ、右腕が…………
黄色に染めた髪をツンツンに立たせた不良。
一応、皆とお揃いのユニフォームなのだが、かなり薄汚れていてボロボロ。
所々に穴も開いていて、かなり不格好。
さらに青年…………いや、少年の右腕は、どう見ても生身では無い。
肘から先が金属の棒、拳に当たる部分はC字型の簡素なマジックハンドに置き換わっている。
機械義肢と言うにはあまりに粗末。
そこいらから拾ってきた残骸を寄せ集めて作ったような義手。
「おい! ガイ! ソイツを逃がすな!」
「抑えとけよ! ボコボコにしてやらないと気が済まねえ!」
「何やってる! さっさと捕まえろ!」
俺の前に立ち塞がる少年へ、男達から指示が飛ぶ。
すると、ガイと呼ばれた少年は、右手の義手を大きく後ろに振りかぶる体勢を取る。
どうやら金属製の義肢で殴り掛かるつもりなのだろうが………
完全に挟み撃ちの形。
もう逃げ場は無く、立ち向かうしかない状況。
これは、俺もそろそろ覚悟を決めないと…………
立ち止まって迫りくる男達を向かい撃つか、それとも立ち塞がる少年を蹴散らそうかと考えていると、
ダダッ!
突然、ガイと呼ばれた少年が走り出した。
なぜか、俺の方では無く、俺へと迫りくる男達に向かって。
「どりゃああああああ!!!」
ドガンッ!!!
「うおっ!」
「なんだ?」
ガイは右腕の機械義肢は使わず、アメフト選手のような体当たりを敢行。
男達の足元へと低い体勢で倒れ込むようにタックルを決めた。
全く予想もしない攻撃に、雪崩を打つように倒れ込む男達。
「オラオラオラオラッ!!」
見事タックルに成功したガイは素早い動きでスクッと立ち上がり、倒れたままの男達に蹴りを叩き込んでいく。
「何しやがる、相手は俺達じゃなくて…………」
「知るか! 元々試験はバトルロワイヤルだ! お前等全員敵なんだよ!」
ガイは叫びながら攻撃の手を緩めない。
「それに、1人を大勢で狙うなんてカッコ悪いだろうが! そんなんだから、いつまで経っても合格しねえんだ!」
「て、てめえ!」
「やっちまうぞ!」
「俺達を敵に回して、どうなるか分かっているんだろうな!」
最後の脅し文句のような煽りに対し、ガイはニヤリと野太い笑みを浮かべて、
「ハンッ! この試験に合格すれば、こんな貧相な義手じゃなくて、預けてあるアレを取りつけてもらえる約束になっているんだ! アレさえあれば、お前等なんか何人居たって敵じゃねえさ!」
「なにおう!」
「この数に勝てる思っているのか!」
「裏切者が!」
「やかましい! 勝った奴が正義なんだよ! ブツクサ言う前にかかって来い!」
ガイの啖呵を切っ掛けに始まる大乱闘。
1対多にもかかわらず、ガイは鋭い身のこなしを見せながら、敵の攻撃を掻い潜り、カウンターを決めていく。
しかし、流石に1対多では分が悪い。
右腕が義手とは言え、ガイのパワーはなかなかのものだが、流石に10人相手には勝ち目なんてあるまい。
予想外のガイの敵対行動に狼狽えていた男達が、徐々に落ち着きを取り戻し始める。
向こうが完全に立ち直れば、もうガイに逆転の目は無くなってしまうだろう。
だからここは…………
「うりゃああ!!!」
バンッ!!
バンッ!!
バンッ!!
「ぎゃあああああ!!」
「なんだああああ!!」
ガイに注目していた男達数人へと攻撃を仕掛ける。
雄叫びを上げながら大怪我をしないような箇所を平手でぶん殴る。
ここまで隙だらけなら、素人でしかない俺でも十分に手加減できる。
「こんにゃろ!」
さらに倒れ込んだ男の足をひっ捕まえて、グルグルと振り回す。
「どりゃあああ!!」
そして、敵集団へと放り投げ、さらに追い打ちとばかりに、
「うおおおおおお!!」
慌てふためく男達へと先ほどのガイを真似たタックルを決行。
両手を広げたまま、集団に向かって突撃。
ドカアアアアアン!!!
身長で言えば一回り小さく、体重も3分の2程度しかなそうな俺の体当たりを受けて、まとめて10m以上吹っ飛ばされる男達。
中国拳法でも、小柄な体格の達人が多数の敵をぶっ飛ばすシーンがある。
これくらいなら秘伝の奥義ということで誤魔化せるはず。
「けっ! 負けるかよ!」
ガイも俺に負けじと残る男達へと襲いかかる。
右手の機械義肢を牽制用に使い、的確に戦闘力を奪う蹴りを敵へと叩き込む。
10人もの大男達を、それより小柄な少年2人が叩きのめす。
まるで子供向けアクション映画のような痛快な光景。
周りの鉄杭団の団員らしい観客達も大興奮。
そして、5分くらい後、リングの中に立っているのは俺とガイの2人だけになった……………
「さあ、残りはお前だけだな」
「……………どうしてもやるのか?」
「当たり前だ。俺はその為に今まで苦汁を飲んできた。絶対に勝ち抜いて、俺は先に進む!」
「そうか……………」
向かい合う俺とガイ。
バトルロワイヤルであれば、勝者はたった1人のみ。
俺としてはコイツに助けられたこともあり、できれば争いたくなかったが………
ギシッ!
自らの金属製義肢を前に出しながら、左手を腰に引いて構えるガイ。
ス………
見よう見まねで半身に構えて、テレビで見たマーシャルアーツのポーズを決める俺。
佳境となった鉄杭団の入団テスト。
その決着の行方は……………
「勝者、2名! 鉄杭団見習いのガイ! そして、今回飛び入り参加したヒロ! お前達2人とも合格だ!!!」
突然響いたドスの利いた低い声。
声の元へと視線を向けると、俺達が倒した男達よりもさらにデカい男性が前に出てきた。
筋肉がパンパンに張った鍛え上げられた偉躯。
要所を守る金属製のプロテクター。
頭に被った銀色の鉄兜。
年の頃は50歳を超えると思われる老将。
「団長? どういうことですか?」
割って入ってきた老人へと不服そうな目を向けるガイ。
その口から不機嫌さが過分含まれた質問が飛ぶ。
しかし、ガイに団長と呼ばれた老人は、気にする様子も見せずに言葉を続ける。
「ガイ、良い勝負であった。約束通り、預かっている機械義肢の施術費用をこちらで出そう」
「……………まだ、俺はコイツに勝っていませんが?」
「フンッ! 別に勝者を1人と決めたわけでは無い。その力を十分に見せることが重要なのだ……………、異論はあるか?」
「…………いえ」
まだ不承不承と言う感じだが、これ以上の反論は諦めた様子。
「ヒロ………だったな」
「あ、はい」
今度は俺の方に視線を向け、じっと俺を見下ろしてくる団長。
体格差もあるのだろうが、その目力と身に纏う圧力は半端ない。
莫邪宝剣や瀝泉槍を持たぬ身では尻込みしそうになる程の威厳と気迫。
だが、ここで怯える姿を見せるわけにはいかないので、精一杯踏ん張って平気なフリを突き通す。
「ふむ………、とても鍛えているようには見えないが………、極稀に中央で見る突然変異か?」
「はい?」
「………いや、何でもない………、ゴホンッ! お前も合格だ。これから鉄杭団の一員として頑張ってほしい」
「あ~~~………」
突きつけられた断れぬ選択肢。
ここまで来た以上、そのつもりであったのだが…………
しかし、余りの唐突なイベント進行に、少しばかり躊躇を覚えてしまう。
どうしたものかと、思わず周りに視線を漂わせていると、
「おめでとう、ヒロ君!」
割って入ってきたのは、試験前に声をかけてくれた金髪美女……パティさん。
そっと俺の手を取り、ギュッと握りしめながら俺の勝利を称えてくれる。
「凄いわね。機械種使いで、ストロングタイプも従属させて、さらに強いなんて………、正しく貴方は私が求めていた人材よ!」
わあ………
柔らかい手………
それに温かい………
金髪美女に手を握られただけで、つまらない躊躇はどうでも良くなり、
「これからよろしくお願いします!」
平身低頭しながら鉄杭団への入団を決めた。
そして、合格した俺とガイを前に、団長とパティさんは何やら話し込みを始め、
「ふむ………、この2人でいいのではないか? 歳も近いし」
「そうね、この子達ならあの子を守ってくれるでしょう。私も賛成です」
「では、チームを組んでもらうか。あの子とガイとヒロで3人だ。人数もちょうど良い」
「これで少しはあのお転婆も収まると良いのですけど………」
???
俺とガイと………あの子?
チームを組む?
なんのこっちゃ?
チラっと同期となったガイへと視線を飛ばすと、なぜかギュッと顔を顰めている姿が目に入る。
うん?
何か知っているのか、コイツ。
それは一体…………
頭に浮かんだ質問を口に出そうとした瞬間、
「あははははははははっ!! 決まったか? 私の忠実な下僕が!」
いきなり響く甲高い少女の声。
「フフフッ! これから始まる私の伝説の介添え人にしてやるからな! 光栄に思うと良い!」
さらに続く意味不明な内容のセリフ。
「とう!!」
そして、周り観客を飛び越えて、俺達がいるリングの中に入って来るナニカ。
ドンッ!!
土埃を巻き上げ、着地したのは、1機の四足獣型機械種。
クリーム色の機体に大型猫を模したフォルム。
野を駆け、森に潜む狩猟型、機械種パンサー。
そして、その上に跨る11、2歳の少女。
煌びやかな夜会服に身を包み、なぜか頭に角が1本生えたヘルメットを被った奇抜な姿。
さらにその少女は、機械種パンサーの上で高らかに宣言。
「我が名は『鉄角将軍パルミル様』である! その名を永遠に心へと刻め!」
晴天に届くほどの堂々とした名乗り。
角の付いたヘルメットを除けば、まるで一国の王女のような気高さに溢れた態度と言えよう。
立派なお城の庭で名乗られたなら、演劇の一幕かと思えたかもしれない。
ただし、この場は街の外れにある。むさ苦しい男達が集まる鉄杭団の試験会場だ。
「何だコイツ…………」
何という場違いな登場シーン。
もうツッコミ所しかない恰好とセリフ。
さらにその少女が乗る機械種パンサーの足元には軽量級の栗鼠型機械種が1機、いつの間にか現れて、何やら手に持った旗をブンブン振るっている。
『鉄角将軍パルミル様、最高!』
『鉄角将軍パルミル様、超可愛い!』
まるでアイドルの追っかけが持つ横断幕。
おそらくこの栗鼠型機械種はパルミル様という少女のお供なのだろうけど………
「あれ? ひょっとして、俺って選択肢を間違えちゃった…………」
さっきの団長とパティさんの会話。
そして、この少女が俺達を下僕と呼んだこと。
つまり、俺はこの子とチームを組み、その面倒を見ないといけないと言うことで………
「え? 一体これからどうなるの?」
呆然と呟く俺に対し、
「むふー!」
実にご機嫌な笑顔を見せる『鉄角将軍パルミル様』であった………
***********************************
「全然性格が違うじゃねえか!!!」
未来視を見終えた瞬間、思わず叫んでしまう俺。
「おい、どうした、ヒロ?」
突然の奇行に心配げに声をかけてくるガイ。
「………………いや、何でもない」
「そうか?」
怪訝そうな顔をするもガイはそれ以上ツッコんでこなかった。
しかしながら、俺の内心はやや混乱状態。
得てしまった未来視の情報と、現在の状況があまりに噛み合わず、何でそうなったのかを何度も頭の中で問答を繰り返す。
いやいやいやいやいや!
どういうこと?
未来視で見たパルミルちゃんの姿は今から5ヶ月前だ。
たった5ヶ月でこんなに性格が変わるモノなの?
実はもしかして別人とか?
実は姉妹とか、そっくりな影武者が居て入れ替わってるとか?
チラリとパルミルちゃんを覗き見る。
しかし、俺の見る限り、未来視で見た『鉄角将軍パルミル様』と変わらない。
もちろん、衣装とか、ヘルメットが違うけど……………
おや?
よく見れば、あのパルミルちゃんが被っているヘルメットの前方部分。
ほんの僅かに色合いが違い、凹みがある。
まるで付いていた角が根元から折れた様に………
「ふーむ…………」
腕組みしながら、未だ答えが纏まらない俺に対し、
「ヒロさんもがんばってくださいね。ご無事をお祈りしています」
溌剌とした声で年齢にそぐわぬ大人びた言葉で応援してくれるパルミルちゃん。
あの優しいパルティアさんの子供だけあって、実に良い子に育っているようなのだが…………
うん、ここは一つ…………
「ありがとう、『鉄角将軍パルミル様』」
「え? ……………え、え、え、えええええええええ!!!!! な、な、な、何でその名を………」
「どうしたの? 『鉄角将軍パルミル様』」
「や、やめてぇぇぇ!!! 私をその名で呼ばないでえええええ!!!!」
パルミルちゃんはそれ以上聞きたくないとばかりにしゃがみ込んで耳を塞ぐ。
「違うの! 違うの! あの時の私はちょっとおかしかっただけなの!」
ブンブン頭を振りながら、誰宛とも知らぬ言い訳を喚き散らす。
うーん…………
どうやら同一人物のようだ。
これで謎が解けたな。
良かった…………
「じゃあ行こうぜ! ガイ!」
「おい? ヒロ………」
これで用は済んだとばかりにパルミルちゃんを放置。
ガイを誘ってダンジョンへと向かおうとする。
「何で、ちょっと前のお嬢を知っているんだ? ヤンチャしてた頃に会ったことあるのか?」
「あはははは…………、さてね?」
誤魔化し笑いを浮かべてはぐらかす俺。
もう俺の意識はダンジョンの中へと向かっているのだ。
それ以外のことは些事でしかない。
ダンジョンがある方向へと視線を向けて、軽く笑みを浮かべる。
さあ、これから進むのは難易度が急上昇した活性化中のダンジョンの奥深く。
目的はガミンさん達先行隊と合流し、遭難した領主の3男を助けること。
「行くぞ、皆」
ピコピコ!
「「「はい!」」」
「承知」
コク、コクコク
カツンッ!
皆の返事を背に受けて、これから1週間以上はかかるであろう救出作戦への第一歩を踏み出した。
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