第563話 遭遇



「しかし……………、この階層でベテランタイプが出てくるとなると、他の探索者との遭遇は諦めた方が良いな」



 機械種ミコの機体を確保した後、白兎と森羅を前にこれからの予定を打ちあわせ。



「難易度が高すぎるからですか?」


「ああ、ベテランタイプが出てくるなら、この階層はすでに地下40階レベル。ここまで辿り着けるのは狩人の中でもほんの数パーセントらしいからな。どう考えてもこの階層で他の探索者に出会う確率は低すぎる」



 森羅の問いに答えながら、改めてこれ以上の探索は無意味だと覚る。


 この難易度に挑めるのは、バルトーラの街の優秀な狩人でもほんの一握りの実力者だけ。

 広大なダンジョンの一階層でニアミスを期待するのはあまりに現実的でない。



 パタパタ


「んん? …………なるほど、そう言えばまだ打神鞭の占いは使っていなかったな」



 白兎から『打神鞭の占いを使ってみたら』という提案。

 

 万が一のことを考え、今日の分を残していたが、後はもう帰るだけならここで使ってしまっても構うまい。


 

 瀝泉槍を一旦収納し、変わりに打神鞭を抜いて右手で構えると、



 ススッ………



 さり気なく後ろに下がろうとする森羅が目に入った。


 

「コラッ! 森羅、後ろに下がるな!」


「も、申し訳ありません!」



 俺に叱られて後ろに下がった分………いや、半歩分だけ戻る森羅。

 完全に腰が引けてしまっている状態。


 そこまで嫌なのかよ!

 本当に分かりやすい奴だ。



 ピコピコ

『森羅、大丈夫。今回は僕が担当するから』


「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」



 白兎の申し出に森羅の声が弾む。



 え?

 白兎、お前、そんなことできるの?



 白兎の思いもよらぬ発言に、驚きの目を向ける俺。

 

 そんな目で見つめられた白兎はこちらを振り向き、耳を振るって事情を説明。



 フリフリ

『打神鞭と交渉しました』


「……………ちなみに対価は?」


 フルフル

『二度と野球のバッティングに打神鞭を使用しないこと』



 どんだけ嫌だったんだよ、バット扱いされるの………



 白兎の態度は神妙で、適当なことを言っている訳では無さそうだ。


 現に打神鞭も否定しないし。

 

 あ、ウンウンと満足そうに頷いてやがる、コイツ……… 




 右手の打神鞭と白兎を見比べながら、難しい顔をしてしまう俺。



 白兎と打神鞭は共に俺の宝貝でもあるから、交流はあって当然なんだけど………


 なんか絶妙に不安になって来る組み合わせ。


 混沌に混沌をかけたら一体何が生まれるのであろうか?



 ピコピコ

『ちなみにクリケットやゴルフに使わないとは言ってない………』


『ええっ!!!! そんなの狡い!』



 手に持った打神鞭がブルブルと震えて、白兎へ抗議。


 しかし、当の白兎は涼しい顔。

 いつの間にか取り出した扇で自分とパタパタと仰ぎながら、『契約は契約ですからなあ………ホッホッホッ』ってな感じで恍けている。



 !!!!!!!!!


「おいっ! 打神鞭! うるさいから黙れ。さっさと占いに移るぞ」



 白兎に向かい、『鬼! 悪魔! ウサギ!』と罵り声を上げる打神鞭を叱りつけて黙らせる。


 

「とにかく、知りたいのは『俺に地下35階付近のエレベーターの鍵を渡してくれそうな人間の居場所』だ」



 未だブツクサ文句を言っている打神鞭に仙力を注ぎ込んで占いを行使。



 そして、その結果は白兎の背中に映し出された。



「ふむ………、地下26階か」


 

 白兎の真っ白な背中に描かれた精密な地図。

 端の方に地下26階と書いてあるからこの階層のすぐ下だ。

 また、その地図にはピカピカと光る点が一つ灯っており、これが目的の人物がいる場所と分かる。


 非常に分かりやすい占い結果だが、いつもの白兎の背中に模様ができたみたいで、視覚的に少し違和感を感じてしまう。



「なんか刺青みたいだな」


 パタッ!パタッ!

『この兎吹雪に見覚えがねえとは言わせねえぜ!!』



 白兎は立ち上がってドンと足を踏み込み、肩を怒らせながら背中を見せつけてくる。

 その仕草は記憶に残る時代劇のワンシーンを思い出させるには十分にソックリ。



「古いなあ。今時、遠山○金さんなんて誰が知っているんだよ」


 フルフル

『前にネットラビックスで再放送してた』


「嘘つけ!」


 

 前はアマピョライムとか言っていたクセに………

 

 まあ、白兎の戯言は置いておくとして、



「意外と近いな………」



 宝貝墨子から得たダンジョンの地図と見比べてみると、割と近くに地下26階への階段があり、目的の人物もそこから近い………いや、



「動いている?」


 フリフリ

『向こうもダンジョンを探索しているんだから動いて当然じゃない?』


「そりゃまあそうだ」



 白兎の背に描かれた地下26階の地図上の点滅が、地下25階への昇り階段に向かって動いている。



「これは帰り道か? 随分と深い所を潜っていたのか………、その割に随分と遅い歩み…………」


 

 慎重なのか、それとも何か別に理由があるのか。

 

 これは接触してみれば分かることであろう。


 少なくとも俺に鍵を渡してくれそうな人を占ったのだ。

 

 それに対価が必要なのか、それとも、今までの連中と同じく返り討ちにしてからなのかは分からないけど。



「とりあえず、行ってみるとするか」






 



 地下26階への階段を目指して進む。


 途中出てきた敵は、重量級の機械種トロールと機械種マンティコアが1機ずつ。


 どちらも倒したことのある機種だから、出てきた瞬間にノータイムで莫邪宝剣にて切り倒す。

 どうせまとめて秤屋で処分するのだから、多少の破損は構わないとばかりの一刀両断。


 先ほどの機械種ミコは絶対に確保しないといけない獲物だったので、万が一、手元が狂って頭部を壊したりしないよう細心の注意を払っていた。

 だからまどろっこしいぐらいに相手の動きを封じてから攻撃を行ったが、そうでないなら躊躇いも無く全力を出せる。


 この階層の敵であれば、莫邪宝剣の力を以ってすれば、瞬きする間に5回は殺せるだろう。


 早さと破壊力においては莫邪宝剣の右に出る者はいないのだ。



「やっぱり重量級相手には莫邪宝剣が早いな」



 刃先に限りのある瀝泉槍と違い、莫邪宝剣の光の刃はかなり長くまで伸びる。


 天井があるから制限はあるが、それでも直径2m以上ありそうな胴体を真っ二つにできるのだから、たった一振りで事足りる。



「でも、道中は瀝泉槍を持っていないと不安………」



 莫邪宝剣と比べて安定度が高いのが瀝泉槍。

 

 俺の精神を落ち着かせる効果に加え、長物の利点を生かした槍捌きで相手の攻撃を弾くことできる。

 

 また、槍の柄を使って殴ったり、いなしたり、抑えたりと使い方も豊富。



「莫邪宝剣を持ったままだと、俺がまた暴走するかもしれないからな………」



 闘志溢れる莫邪宝剣に引きずられ、何度も馬鹿なことをしでかした。

 戦場であれば、そこまで悪影響を及ぼさないが、慎重な行動を求められる場面になると…………


 それに光の刃は悪目立ちし過ぎる。

 目立てばそれだけ余計なモノも寄ってくるのだから、人の目のある所では使いにくい。



「…………瀝泉槍に持ち替えておこう」



 莫邪宝剣を七宝袋に収納し、代わりに瀝泉槍を引き抜く。

 

 やはり普段どっちを持ち歩きたいかと言うと、どうしても瀝泉槍の方に傾いてしまう。

 

 また重量級が出てきたらその時に交換すればいいや。



 







「さて、ここだな」



 地下26階への階段を見つけ、ためらうこと無くさらに強い敵のいる階層へと足を進ませる。


 辿り着いた地下26階は今までと特に変わらない。

 天井も床も壁も、いかにもダンジョンといったオーソドックスな仕様。



 パタパタ

『敵影…………無し!』


「よし、進むか」



 白兎を先頭に目的の人物を目指して進軍開始。


 前を行く白兎の背を見るに、当該の人物はこちらの方角へと進んでいるようだ。


 俺の推測通り、探索を終わらせた帰り道なのであろう。


 地下25階を経て、さらに深い所まで潜っているのだから、かなりの腕利に違いない。


 果たして一体どのような人物なのであろうか?






 そして、運良くレッドオーダーに遭遇することなく、目的の人物を発見………


 


 

「え? お前…………、ガイ?」



 その人物は、機械種ガンマン………教官の訓練所で何回も会っている、鉄杭団のガイ。


 その特徴的な通常よりも太く造られた右腕の機械義肢。

 黄色に染めた髪を逆立てたヘアースタイル。

 古き良きヤンキーそのままの野卑な姿。


 しかし、いつもは薄手のシャツに革ジャンというラフなスタイルだが、流石にダンジョンでは重要部位を守るプロテクターを装備している模様。



「!!! …………誰だ、テメエ!」



 俺の呼びかけに対し、ガイは獣のような鋭い目で睨みつけきた。

 さらには牙を剥き出しにして唸り声をあげるように、俺へと名を問うてくる。


 まるで知らない人物と出会ったかのように………



 あ………そう言えば、俺って変装したままだった。


 

 ふと思い出して、何気なしに自分の茶色に染めた髪に触れると、



「!!! お前…………、ヒロか!」



 お、バレた。

 流石に何度も顔を合わせた仲だから、髪を染めたぐらいでは気づかれるか。



「何だよ、その髪の毛は! それにいつもの黒パーカーはどうした?」


「ちょっとしたイメチェン? ……………それより、そっちは大変そうだな」


「………………」



 ガイは俺の指摘に黙り込み、鋭い目で睨みつけてくる。


 それは窮地にあって、未だ諦めずに虚勢を張ろうとする態度。

 

 どう見てもガイの姿は狩りに失敗し、逃げ帰ろうとする敗残兵………

 


 彼の生身である方の左肩には、明らかに重傷と思われる少年が1人背負われていた。

 

 さらには、ガイの背中に隠れるように11、2才程度の少女が1人。

 薄桃色をした厚手の衣服を着て、銀色のヘルメットを被った可愛らしい女の子。


 どうにもダンジョンには似つかわしくないキャラ。

 風体だけなら、遠足で山登りに来た小学生だ。


 しかし、その足元には体長50cm程の栗鼠型の機械種が鎮座しており、明らかに彼女を守るような位置取りであることから、おそらく、この女の子は…………



「おい! 何見てんだよ!!」



 俺の視線が自分の背後の少女に向いたのを見て、ガイが威嚇しながら遮って来た。


 機械義肢である右腕を前に、常人の1.5倍はありそうな鉄の拳をグッと握って見せつけてくる。

 

 まるでその女の子を不器用ながら守ろうとするかのように…………



「ガイ?」


「お嬢! 黙って隠れてろ!」


「う、うん」


 

 鈴を鳴らしたような声でガイの名を呼ぶも、すぐに窘められて後ろに引っ込む女の子。

 しかし、ガイの足にしがみつきながら、彼を見上げるその目には、深い信頼が見て取れる。



 俺の目の前でやり取りされるガイと女の子の会話。

 ガイを信頼しきった女の子の様子。


 たったそれだけで、2人の関係が分かったような気がする。


 


 ああ………

 なるほど。



 鉄杭団の狩人であるガイは、背負った少年と、機械種使いらしき女の子の3人で………、

 いや、もっと大人数であったかもしれないが、とにかく彼等はこの活性化したダンジョンに挑み、失敗した。


 そして、負傷した少年を抱え、女の子を守りながら地上へと戻る最中に俺達と出会った。



 つまり…………



 警戒されているんだ。

 俺が好機と見て襲ってくるかもしれないことを。





 ※明日の投稿はお休みいたします。

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