第559話 ニアミス1


 

 ダンジョンの中を進むこと30分少々。


 すでに1km近く歩いたが、まだ2階への階段にも辿り着いていない。


 その間に戦闘した回数は3回。


 いずれも機械種ラットの群れで、多い時には10機以上の数に遭遇。

 戦闘を回避することもできたが、わざわざ機械種ラット相手に遠回りするのも馬鹿らしいので、見つける度にこちらから攻撃をしかけた。


 瞬時に森羅の銃撃で一掃され、稀に弾幕を潜り抜けた敵は、白兎にあっさりと脚で踏み潰されて撃沈。

 

 一応銃は構えているものの、全く使う機会も無く、ただ手の中の飾りと化している。


 まあ、どうせ撃っても弾の無駄にしかならないから、今のままで構わないのだが。




「しかし、機械種ラットばっかりだな。確か1階はリザードやフロッグだけだって聞いていたけど…………」



 機械種リザードや機械種フロッグの方が機械種ラットよりも小さくて弱い。

 動きも遅くて倒しやすいから、武器さえあれば子供でも倒すことができる。

 価格は機械種ラットの半分以下だが、それでも安全を考えれば狙いやすい獲物だと言える。

 


「やはり『活性化』の影響が出ているのでしょう」



 俺の独り言を拾った森羅が推測を述べる。



「おそらくですが、地下1階がすでに地下3階ぐらいの難易度になっていると思われます」


「そうみたいだな。この分だと地下35階にはベテランタイプとか出てきそう」


「ベテランタイプが相手だと、私では少々厳しいですね」



 表情は変わらないが、森羅の声のトーンが下がった。

 

 

 森羅の機種名、機械種エルフロードはヒューマノイドタイプ上位として、ジョブシリーズのノービスタイプと同等レベル。

 さらに上位スキルや竜麟などを装備させているから、たとえノービスタイプの近接系と真正面からぶつかり合っても余裕で勝てる戦闘力を持っている。


 しかし、流石に3ランクは上のレベルに位置するベテランタイプが相手となるとかなり厳しい。

 相性にもよるが、相手が戦闘型なら運が良くて相打ちが精々。

 可能な限り戦闘を避けさせなければならない勝率だ。



 通常の状態であれば、このダンジョンの地下35階に出没するのはジョブシリーズのノービスタイプ。

 さらにヒューマノイドタイプの上位や最上位、モンスタータイプの重量級も出てくると言う。


 だが、活性化により難易度が上がっているのであれば、ジョブシリーズのベテランタイプに成り代わっていてもおかしくない。

 

 

「気にするな。今回はそこまでガッツリと探索するつもりは無い。とりあえず今日の目的地は25階だ…………、上手く行っても行かなくても、25階の辺りを少し探索したら、今日の所は大人しく帰るさ」



 ミエリさんから貰った起動キーと情報だが、本番前に確認しておきたいのだ。

 万が一、情報が異なっていたら、予定が大幅に狂ってしまう。

 

 

「とにかく今日はお前が頼りなのだからな、色々と頼んだぞ」


「はい! 承知致しました!」



 森羅から弾むような声が返ってきた。

 

 本当に冷静なように見えて分かりやすい奴だ。


 森羅には今回の目論見も話しているが、それも含めて自分が役に立つことが嬉しいらしい。









 パタパタッ!


「んん、どうした? 白兎………」


 フリフリッ


「ふむ、人間か………」



 しばらく進んだのち、いきなり白兎が立ち止まって耳をパタパタ。

 

 敵発見とは違う様子を見せた為、白兎に確認すると、どうやら通路の向こうから人間が3人ほどこちらへと歩いてくるらしい。


 白兎に言わせると、まだ向こうはこちらに気づいていないようなのだが………



 当然ながら、俺達以外の人間もこのダンジョンに入り込んでいる。


 かなり広大なダンジョンではあるが、まだ侵入してから30分程度の場所。

 入口はたくさんあれど出発点である迷宮町は同じなのだから、こういったニアミスすることだってあるだろう。

 

 …………というか、ニアミスしないと困る。

 

 ただ、低階層で遭遇する探索者には、あんまり期待できないんだよなあ。

 

 

「さて、どうなんだろうね? ……………一応、端に寄っておこう。変な誤解をされても困る」



 一応、弱気に見える態度で臨む。

 まあ、こちらは紛うこと無き新参者だし。

 このダンジョンにおいては、向こうの方が高確率で先輩なのだから、特段の理由が無くても、ここは俺が遠慮すべきであろう。



 白兎や森羅とともに端の方に身を寄せて、通路の向こう側から来るであろう探索者の様子を伺っていると、現れたのは俺と似たような年頃の少年達3人。


 1人は中肉中背。

 1人は背が高くて筋肉質。

 

 ともに鉄パイプと最下級の銃で武装した、一目で狩人未満と分かる風体。

 防護服も着ずに、厚めの手袋と頑丈そうな靴、そして、脛に固く鞣した革っぽいモノを巻きつけただけ。


 おそらく狙いを機械種ラットに絞っている様子。


 ………というより、現在のダンジョンにおいて、その武装では機械種ラットぐらいしか狩れないと言った所か。


 鉄パイプや最下級の銃で、機械種コボルトや機械種ゴブリンを倒せないというわけでは無い。

 ただ、その貧弱な武装では、継続して機械種コボルトやゴブリンを狙っていけば、どこかで取り返しのつかない大怪我をしてしまう可能性が高い。


 あの超人的な運動能力を持つジュードでさえ、機械種コボルトの相手は避けていたのだ。

 せめて頑丈な対機械種用の打撃武器を手に入れるか、スモール下級以上の銃を用意しなければ、安全な狩りとは言えなくなる。


  

 また、その2人の影に隠れるように背の低い少年が1人。

 背中に籠を背負い、その中からはガチャガチャと音が響く。


 どうやら狩った獲物を運ぶポーターの役目をしているのだろう。


 成果物を手に入れたら手に入れただけ、それを運ぶ為の労力が必要となる。

 運ぶことに労力を注げば、その分戦闘力が落ちるのだから、初めから運ぶ人間を決めておくのは巣やダンジョン探索のセオリー。



 しかし、あの小さな身体ではあまり多くの成果物を運ぶのは大変だと思うけど…………


 そんな子を引っ張り出さないといけないくらいに切羽詰まっているのだろうか?

 


 思わずこちらが心配したくなってくる。


 もうこの段階で、期待薄なのは分かり切ってしまっているが。

 この様子では、どうであれ、俺の必要なモノを持っているはずがない。





 薄暗く視界の悪いダンジョンではあるが、俺の目は暗視機能付き。

 

 向こうからは見えなくても、こちらからは見えるのだ。


 しかし、向こうはこっちに向かって歩いてきているのだから、俺が少年達の姿を捕らえたように、距離が近づけば当然向こうもこちらの姿を発見する。


 

「む?」


「あ………………」 



 こちらの姿を確認した途端、前衛の2人に緊張が走る。



「え?」



 遅れて後ろの少年がビクッとして立ち止まる。


 前衛の2人の目には強い警戒心。

 後衛の少年の目には明らかな怯え。



 向こうの視界に映っているのは、機械種ラビットに銃を持った同じ歳くらいの少年1人。


 そして、ヒューマノイドタイプ中位に属する中量級の機械種エルフ………



「!!!!」



 少年達の息を飲む音が聞こえた。

 その目は機械種エルフ………機械種エルフロードの森羅に集中し、



 バッ!


 

 少年達の手が反射的に腰の銃へと移動………だが、グリップにギリギリ触れないところでピタッと止まる。


 それ以上行動を起こすと戦意在りと見做されるから。

 もし、戦闘になれば死ぬのは自分達の方だと分かっているのだ。

 だが、目の前の機械種の脅威に、武器を手にしたくなるという矛盾もある。



 森羅の目の輝きを見れば、人間に従うブルーオーダーと分かる。

 しかし、この治外法権とも言えるダンジョンの中では、人間に従属する機械種であっても決して油断できない。

 

 機械種ラビットや然して強そうに見えない俺はともかく、機械種エルフの戦闘力は平均的な武器を持った大人の5人以上。

 

 鋭敏な知覚に俊敏な機動に加え、精緻な射撃を得意とする射手。

 機械種の中では耐久性に劣るものの、防護服を着ていない人間よりも遥かに頑強。


 機械種エルフですらそうなのだ。

 鉄パイプにスモール最下級の銃では相手にならない。

 

 つまり俺達がその気になれば、すぐに殺されてしまう運命。

 それが分かっているから警戒して当然。


 だから、こっちが先に敵意が無いことを示す必要がある。


 

「お疲れ様です。どうぞ」


「………………」



 害意は無いとばかりに両手をヒラヒラさせてから、道を譲る旨を示す。


 俺と同じように白兎や森羅も邪魔にならないように壁に寄る。



 そんな俺達の様子をしばらく凝視していた少年達だが、流石にここでずっと向かい合っているわけにはいかない。

 

 やがてゆっくりと少年達は足を進め、警戒しながら俺達の横を通り過ぎていく。



「…………良い狩りを」


「どうも」



 背の高い少年が、去り際に声をかけてきた。


 思わず無難な返事で返してしまったが、もう少し捻った方が良かったかもしれない。



 完全に見えなくなってから、通路の中央へと戻り、ほっと一息。



「あの後ろの子、多分、女の子だな」


「はい。隠していたようですが、そのようですね」



 俺が声に出した推測を森羅が拾う。


 

 すれ違う時にチラッと目に入ってしまったのだが、男にしては線が細すぎだ。

 あの歳頃であれば第二次性徴も過ぎて、もう少し顔つきも男らしさが出てくるはず。

 

 いかに髪を短くしてもあれでは男装としては不十分。

 しかし、遠目であればそれぐらいで構わないのであろう。



「少年2人に少女が1人……か。ジュードやディックさん、カランを思い出すな」



 俺の脳裏に浮かぶのは、もう1年近く昔のこととなるチームトルネラの仲間達。

 特に俺と接点が多かったジュードの話では、その3人でよくダンジョンを探索していたらしい。

 ちょうどさっきの少年達のように、ダンジョンに潜っては、地下2~3階でラット狩りに勤しんでいたという。

 ただ異なる点は、先ほどの少年に扮した少女と違い、武人であるカランは男2人に混じって立派な主戦力になっていたことだろう。


 

「まあ、荷物持ちでも十分に役に立つだろうけどね」



 女の子を男装させる理由はただ一つ。

 他の探索者に舐められるからだ。

 さらに女の子を連れているというだけで襲われることもある。


 そんなリスクを冒してでもあの女の子を連れているのは、単に人手が無いのか、女性がレッドオーダーに襲われにくいという特性を活用しているのだろう。

 

 狙われたら困るポジションに女性を配置するのは猟兵団でもよく行っていた。


 成果物を運ぶポーターなんて、最も狙われたら困るポジションだ。

 

 非力な女の子とはいえ、機械種ラットの晶石や残骸程度なら籠を背負えば十分にポーターの役目を果たすことができる。

 前衛で動き回る少年2人に荷を背負わすのは戦力低下を招くから悪手でしかない。

 

 

「防具も整っていなかったし、武器も貧弱だったから、正式な狩人ではないな」



 おそらくはバルトーラの街のスラムチームの面々なのかもしれない。

 でなければわざわざあんな装備で危険なダンジョンに挑もうとするはずがないから。


 正しくジュード達と同じ立場の少年少女達。

 思わず色々とお世話になった人達を思い出し、ほんの少しだけアンニュイな気分にさせられる。


 俺が引き起こしてしまった『活性化』のせいで、彼等の活動は間違いなく制限を受けているはずなのだ。

 ギリギリで生活しているだろう彼等に多大な迷惑をかけてしまっている。

 この惨状の原因となってしまったことに、バツの悪さを感じざるを得ない。



 かといって、行き止まりの街でのように、ダンジョンの最下層まで降りて紅姫を倒し、この活性化を鎮めようとは思わない。

 

 このダンジョンの最下層まで辿り着こうとすれば、まともに挑むなら今の俺の戦力であっても半年以上。

 リスク覚悟の上で直通エレバーターのドアをぶち壊して進むにしても、地下100階から先は自力で進まねばならない。


 誰も到達したことが無い最難関と思われる最下層をだ。


 さらにその最奥まで辿り着き、新たに発生した紅姫を倒したとしても、今度は来た道を戻る必要がある。


 もちろん、本来のダンジョンの主である朱妃もただでは逃がしてくれないだろう。

 その追撃は苛烈なモノになるに違いない。


 かといって朱妃まで倒すことはできない。

 倒せばダンジョンが無くなってしまう可能性があるのだ。

 この街の大きな収入源の1つであるダンジョンが無くなれば、その影響は活性化の比ではない。


 だから最下層からの脱出は、追って来る朱妃を倒さないようにしながらという難易度ルナティックになるだろう。

 

 前回は朱妃、西王母との交渉が成功し、上層まで転移門で送ってくれたが、今度も同じような展開を期待するのは明らかに無理筋。



「悪いけど…………、そこまでのリスクは許容できない」



 元の仲間達と似た境遇というだけだ。

 これがお世話になったボノフさんや、情が湧いてしまった白露ならともかく…………



 彼等が俺が来た道を戻っているのであれば、俺が倒して拾わなかった機械種ラットの残骸が転がっているはず。

 精々、それを拾って生活の足しにしてくれ。

 


 

 

 





 


 そこからさらに1時間程進み、ようやく下への階段に辿り着く。


 先頭は白兎で、俺は中衛。

 最後尾を森羅とした同じ隊列で階段を下りて、地下2階へと足を踏み入れる。



「おっと、いきなりコボルトかよ!」



 僅か数分進んだ先で遭遇したのは機械種コボルト2機。


 

 ドンッ!!

 ドンッ!!



 事前に白兎が察知していたこともあり、向こうがこちらに気が付くよりも先に森羅が射殺。


 

「地下2階でコボルトかあ…………、この様子なら地下35階はどうなっているんだ?」



 床の上に倒れた機械種コボルトの機体を七宝袋に収納しながら、誰宛ということもない質問を口にする。 


 事前に調べた情報では機械種コボルトが出てくるのは地下4階からだったはず。

 

 地下1階がすでに地下3階の難易度になっているとすれば、地下2階に地下4階の敵が出て来てもおかしくはないが。



「まあ、この程度なら全然問題無いな」


 パタパタ


「はい、マスターのお手を煩わせるようなことはありません」



 返ってきたメンバーから頼もしい返事に、軽く笑みを浮かべながらさらに奥へと足を進める。

 機械種コボルトなど何体集まろうと俺達の障害にはなり得ない。



 

 ドドドドドドッ


 ドンッ!

 ドンッ!


 ダンッ! ダンッ!



 次々と現れる軽量級レッドオーダー。

 

 機械種コボルトを筆頭に、機械種インプ、機械種バイパー、機械種バット等も俺達の前に現れ、ほぼ抵抗らしい抵抗もできずに森羅によって破壊される。


 森羅の手の甲に備わった弓型の銃から発射される銃弾は、軽量級でしかない機種など一撃必殺。

 威力こそスモールの下級をやや上回る程度だが、射撃の精度が高すぎるのだ。


 装甲の薄い首回りや関節部、動力ケーブルなどをピンポイントで破壊し、ほぼ秒殺で出合い頭に葬っていく。



「う~ん…………、酷い蹂躙劇…………」



 森羅はヒューマノイドタイプの機械種エルフの上位種、機械種エルフロードだ。

 レベル差で言えば、この階層の敵よりも5ランク以上。

 この鎧袖一触の進撃も当然の結果。

 

 俺のチームでは戦力的には一番下の森羅ではあるが、この辺境では十分にエース級の機種と言える。


 もし、行き止まりの街に居た時に、森羅を従属させていたら、それだけでスラムの頂点に立てていただろう………

 流石に魔弾の射手の団長アデットや、黒爪団のボスであった黒爪の相手は厳しいだろうけど。



 そうした森羅の活躍によって、敵に遮られること無くダンジョンを進んでいくと、




 パタパタッ!


「何? 宝箱だって!」



 幾度目かの敵を殲滅した後、念のために周りを探っていた白兎から『宝箱発見』の報が飛んで来た。


 森羅によって破壊されたレッドオーダーの残骸が散らばる床に、いつの間にかポツンと置かれた宝箱が一つ。


 大きさは1m×40cmくらいであろう。

 正しく全体で『宝箱!』と存在を主張しているかと思う程の宝箱らしい宝箱だ。



「まさか、地下2階でかあ……………」



 ダンジョンで敵を倒して宝箱を獲得する。

 ゲームでは当たり前のシチュエーションだが、現実に目の前にすると感動も一入………



「相変わらず理不尽な出現の仕方…………」



 もちろん何度も経験していることだが、どうして何もない場所からいきなり宝箱が現れるのかは『謎』のまま。


 以前、打神鞭で占った際には、『世界設定の仕様』としか返ってこなかった。

 これがこの世界の設定なのであれば、それ以上ツッコみようもないのではあるが、内心はどうしても腑に落ちない状態。


 宝箱が現れる仕組みは?

 その場で錬成されているのか、それともどこかからか空間転移で送られてきているのか?


 宝箱が出現する法則は?

 完全にランダムなのか?

 それとも……………



 フルフル

『マスター、開けないの?』


「んん? …………いや、開けるさ。だって宝箱だからな」



 白兎に促されて、泥沼にはまりかけた思考を中断。


 別に宝箱が出てきたことに対し、嬉しくない訳では無いのだ。

 宝箱の中身には罪は無い。

 さて、宝箱の中には一体どのようなお宝が眠っているのだろう?



 フリフリ

『鍵もかかってないし、罠は無いよ』


「おお! そうか。なら…………」



 白兎がそう断言してくれるなら安心。


 ささっと宝箱に駆け寄り、蓋の所の錠前にに手を伸ばす。



「ここを………」



 指でカチンと音を鳴らして錠前を開錠。


 この段階になれば、理不尽な宝箱の仕様なんて頭の中からは綺麗さっぱり消え去る。



 興味はこの宝箱の中身に集中。

 誰であれ、宝箱を開ける瞬間に興奮しない人間はいない。

 

 果たして中身は?

 一体どんな価値のあるモノがはいっているのだろうか?



 期待に胸を膨らませ、お宝が入っているであろう宝箱の蓋をゆっくりと開けてみると中には………


 



 宝箱の底に鎮座するのは棒状の何か。

 取り出してみてみると、長さ80cmくらい、直径3、4cmくらいの鉄の棒のようなもの。


 中は空洞になっていて、重さは2、3kgぐらいか。

 手に持って振り回すと、空気を切るブンッと音が鳴る。


 武器にはちょうど良い、長さと重さの奇跡的なバランス。

 正しく機械種を倒すために作られたような・・・



「鉄パイプじゃねえか! これ!」



 俺の手の中にあるのは、紛うこと無き鉄パイプ。

 妙に手に馴染むところが、めっちゃむかついてくる。



 騙された! 

 これ以上ないくらいに騙された!

 俺のワクワク、ドキドキを返せ!



 フルフル

『だって、いくら活性化の最中だとしても地下2階だよ。そんなモンじゃない?』


「分かってるわい! でも、ちょっとばかり期待していたんだよ!」



 巨大戦車とか、発掘品の銃とか、電磁投射剣とか、空中庭園とか………


 最近の宝箱は当たりが多かったから、その流れでつい夢を見てしまったんだ!

 

 そんな大層なモノじゃなくても、蒼石とか、翠石とか…………

 せめて、銃とか、剣とか、盾とかだったら良かったのに…………



「確か俺が最初に獲得した宝箱の中身も鉄パイプだったな…………」



 確かあの時も酷くガッカリしてジュードに笑われたのを覚えている。

 鉄パイプ信者であるジュードの弁によれば、鉄パイプは『当たり』なんだそうだ。


 そういえば、アイツ………

 俺に随分と鉄パイプをプッシュしてきやがったけど…………



「はあ…………、まさかこれはジュードの鉄パイプへの情念が、俺にこびり付いていたのが原因じゃないだろうな。クッソ! あの野郎………」 



 ため息一つついて、遥か遠くのジュードへと責任を押し付けようとする俺に対し、



 フリフリ

『いくら何でも飛躍し過ぎじゃない? ジュードは関係ないと思う』



 白兎が冷静にツッコミを入れてきた。



 





<<同時刻、遥か遠くの行き止まりの街を少し離れた荒野にて>>



「んん?」


「どうしたのさ、ジュード?」

「急に立ち止まって、危ないだろ」

「もしかして、敵?」



 急に立ち止まったジュードに、後ろを歩くデップ達が問いかける。

 

 ジュードの横には籠を背負った機械種コボルトが1機。

 そして、デップ、ジップ、ナップの足元には機械種ラビットが1機ずつ付き従っている。


 今日は魔弾の射手の車に乗せてもらい、街から離れた少々手強いレッドオーダーが出没するエリアまで同行。

 今はチームトルネラの面子だけでベースキャンプから少し離れて巡回中の場面。

 


「いや…………、ちょっと懐かしい気配がして………、多分、この感じはヒロかな?」


「え、いきなり何?」

「なんでヒロ?」

「ジュードがまたおかしなこと言ってる………」


「おかしくないよ、この発掘品の鉄パイプを通じて分かったんだ。ヒロが新たな鉄パイプを手に入れたって………、何せ、ヒロと僕との間には、鉄パイプで結ばれた強固な絆があるからね」


「うわ…………、出た」

「正直、キモイ」

「いい加減にしないと、サラヤさんにチクるからね」


「ちょっと待って!(震え) ………サラヤにチクるのだけは勘弁して!」



 押しも押されぬチームトルネラのエースにして、行き止まりの街でもそろそろ名が響きつつある狩人ジュード。

 ハンサム、且つ、誠実さと優しさを兼ね備えた好青年であるが、唯一の欠点はこの度を超えた鉄パイプへの熱い想い。

 

 その彼が手に入れた、彼の為に存在すると言っても過言ではない発掘品の鉄パイプがさらに想いを加速させたのだ。

 最近はあまりにもその発掘品の鉄パイプに傾倒する為、チームトルネラのリーダーであるサラヤが一時取り上げようとしたこともあるぐらい。

 

 その際は人目もはばからずジュードが即座に土下座して、何とか危機を回避したようだが………


 

「コホンッ! ……………じゃあ、デップ、ジップ、ナップ! 張り切って巡回を続けようか!」


「あ、誤魔化してる」

「まあいいけど」

「後で飯奢れよな」

















「ストップ」


「わっ」

「今度は何?」

「また?」


「違う。敵だ」



 デップ達を振りかえったジュードの顔はすでに歴戦の戦士。

 軽く左手で彼等を制止ながら、右手で腰に佩いた鉄パイプを引き抜く。



 所々に木々が生え、岩場が並ぶこの周辺は全体的に視界が悪い。

 だが、地面を伝う僅かな響きが人間では在り得ない重量物の接近を教えてきたのだ。


 

 即座に岩の影に隠れ、顔だけを出して近づいてくる相手を覗き見れば、人の形をした黒い機体が5機。

 しかもうち1機は身長2mを越える巨体。



「相手は…………ハンマーを装備した機械種オーガ、それに銃を構えた機械種オークが4機。情報通り猟兵団の分隊がこの辺で壊滅したのは本当みたい」



 野を徘徊するレッドオーダーの武装は様々だが、機械種オーガや機械種オークの大半は素手の状態。

 しかし、稀に人間の武装を手にした機種も存在する。


 落ちているモノを拾ったり、倒した人間の者を奪ったり、そもそも自分の武装として持っていて何かの原因でレッドオーダー化した者であったり………


 当然、その場合の敵の強さは武装した武器分が加算される。

 下手に強い武器を持たせていれば、人間にとって最悪の敵となるケースもある。



「……………今から撤退は難しいね。多分、補足されている。普通に逃げても追いつかれるだけだ」


「ど、どうしよう?」

「俺は嫌だぞ、コイツ等を囮にするのは!」

「もう仲間なんだからな!」



 デップ達は自分達の足元にちょこんと座る機械種ラビットにひしっとしがみつく。


 従属する機械種を囮にして逃げるのは、機械種使いでは常道の逃亡策。

 相手が格上の機械種でも、完全に使い捨てにするつもりなら有用な手段。


 同行していた魔弾の射手のメンバーから、どうしても勝てない強敵と遭遇した時は、そうして逃げるように言われている。


 しかし、自分達が着るパーカーと同じ色に染められた機械種ラビットは、すでにデップ達にとっては家族同然。

 そんな使い方、出来るわけがない。



「大丈夫。僕もグレイズを置き去りになんてできないよ。ヒロから譲り受けた大事なモノだからね」



 ヒロから貰ったモノは数限りない。

 

 チームの将来。

 サラヤとの未来。

 発掘品の鉄パイプ。

 そして、失われるはずだった自分の右足………



「あのオーガは僕がやる。オーク4機はラビット達に任せてもいいかい?」



 軽く右足に触れながら、ジュードはデップ達へと問う。


 

「!!! …………お、おう! 俺とシアンブルーカーディナルの力を以ってすれば!」

「もちろんさ! イエローバイカウントは誰にも負けない!」

「僕のグリーンウッドエンペラーだって強いんだから………」



 パタパタ

 フルフル

 ピコピコ


 それぞれ自分のマスターに褒められて、嬉しそうに耳を振る機械種ラビット達。



 しかし通常、機械種ラビットに比べれば、機械種オークは遥か格上。

 さらに向こうが銃を持っているとすれば、勝ち目など在るはずがない。


 だが、デップ達のラビットは普通とは到底言うことができない機種。


 ヒロが従属していた白兎より受け継いだ優秀なスキルがある。



「確か、『舞闘』と『蹴撃』と『近接格闘(下級)』が統合して、変なスキルに変化したんだったね」


「そうだぞ!『天兎流舞蹴術(見習級)』だ!」

「なんかザイードの奴が泡を吹いていたなあ」

「コイツ等が言うには『ラビットシンクロニティ』とか何とか………、いずれ『大白兎祭』を目指すんだって」



 僕も機械種のスキルについては詳しくないけど、ザイードに言わせれば在り得ないスキルの変化らしい。


 でも、このスキルが生えたおかげで機械種ラビット達の戦闘力は倍増した。


 何せ単独で格上の機械種コボルトや機械種ゴブリンを軽く捻るんだから、ビーストタイプの機械種ウルフ以上の戦闘力を持っているのだ。

 ならば機械種オーク相手に時間稼ぎくらいはできるはず。



「では、頼んだよ。でもデップ達は前に出ないように!」


「分かってる! 援護に徹するさ」

「せっかくスモール最下級の銃を買ってもらったんだからね」

「全然的には当たらないけど」


「頼むから誤射には気をつけてね」



 相変わらずの様子のデップ達に苦笑と忠告を残し、ジュードは岩陰から飛び出した。


 ジュードに少し遅れて、デップ達の命を受けた機械種ラビット3機も一緒に駆け出す。

 

 向かうは機械種オーガが率いるレッドオーダーの小隊。

 

 機械種オーガの前衛を張る機械種オーク4機は、いきなり突撃してきた人間1人と機械種ラビット3機に一瞬逡巡。

 銃を構えながらも、ばらけながらこちらへと接近する敵に照準を付けられず………



「烈(レツ)っ!」



 機械種オークの戸惑いを好機と捕らえたジュードが右手に持つ鉄パイプを一閃。

 何もない空間を薙ぐように真横へと振り抜いた。


 彼我との距離は10m以上もあり、当然届くはずもない攻撃であるが、



 ガンッ!!



 鋭い金属音が響き、機械種オークの1機の首が落ちた。


 何のことは無い。

 それはジュードが振るった鉄パイプによって発生した無形の衝撃波。

 たった一薙ぎで中量級の首を刎ね飛ばしたのだ。


 これはジュードが編み出した発掘品の鉄パイプを使っての必殺技の1つ。

 

 鉄パイプに込められた『闘神』の血と『仙術』による強化の術、そして、ジュード自身の鉄パイプへの熱い想いが組み合わさった結果。

 宝箱より発見されたただの鉄パイプは幻想に属するモノとなり、不可思議な現象を引き起こす。


 ジュードはこれを発掘品である鉄パイプの能力と思っているようだが…………


 

 ダンッ! 

 ダンッ!

 ダンッ!



 残り3機の機械種オークが反撃とばかりに、手にした銃をジュードに向けて発砲。


 いずれもライフル銃に似たミドルの下級。

 簡易的なプロテクターを纏っているものの、一発でも命中すれば致命傷にもなりうる威力を持つ。


 だが、ジュードは3機から銃口を向けられた段階で防御態勢を整えていた。

 身体を半身にして右手の鉄パイプを前に置き、敵の発砲と同時に力を注ぎながら叫ぶ。



「遮(シャ)っ!」



 カンッ!

 カンッ!

 カンッ!

 

 

 前に構えた鉄パイプから不可視の波動が放たれ、向かい来る銃弾を弾く。

 これぞ鉄パイプへの信仰がもたらした身を守る加護。

 すでに幻想と化した武器ゆえに、持ち主の純粋な意思を受け、どこまでも進化していく。



「残念だったね。真・鉄パイプ使いは攻防一体の職業なんだよ」



 ジュードはワザと注意を向ける為に挑発染みたセリフを口にする。


 理解不能な現象に対し、狼狽した様子を見せる機械種オーク達。

 

 そうして、生じた隙を突くように、

 



 タタッ!(×3) 



 機械種ラビット達3機が回り込みながら敵陣へと肉薄。

 機械種オークがジュードに気を取られている隙を狙い奇襲を敢行。


 

 ガンッ!!!(×3) 


 

 接敵と同時に身を捻りながらの後ろ脚での強烈なキックをかます。

 それぞれ敵の足首を狙い、たったその1撃で機械種オークの野太い足をへし折った。



 ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ! ゲシッ!(×3) 

 


 さらに一斉に倒れた機械種オーク達へとストンピングをお見舞い。

 自機の何倍の大きさであるレッドーオーダーを機械種ラビット達がボコボコにするという状況。

 

 実に見慣れた光景とも思えなくもない気もしないでもない…………


 いやいや、通常は在り得ない光景なのだ!!(断言)




「よし! 残るはアイツだけ………」



 銃を持っていた機械種オーク達は排除された。

 ジュードは一番奥にいる機械種オーガへと目を向ける。



 パンッ!

 パンッ!

 パンッ!



 デップ達がジュードの従属機械種コボルトのグレイズを盾にしながら発砲を続けて牽制。

 しかし、機械種オーガは銃弾を気にすることなくこちらへと近づいてくる。


 黒爪団の黒爪よりもさらにデカい。

 筋骨隆々としたイメージの黒い装甲を纏った人型機種。

 中量級上限ギリギリの大きさを持つヒューマノイドタイプ最上位。


 狩人や猟兵であっても決して油断できない相手。

 敵にするならミドルの下位以上の銃を以って、離れた所から銃撃するのが鉄則。


 機械種オーガは遠距離武器を持たないからだ。

 射撃スキルを別途挿入しない限り、近接戦オンリーであるはず。

 

 だからこそ間違っても近接戦を挑む相手ではない。

 なにせ機械種オーガは人間の10倍以上のパワーを持つ機種………



「後は僕に任せろ!」



 しかし、ジュードは機械種オーガに向かって走り出した。

 右手に持った鉄パイプを短槍のように構えながらの突撃。




 ゴアアアアアアアアアアアアッ!!!



 

 無謀にも接近してくる人間に、機械種オーガが雄叫びを上げる。


 手に持ったハンマーを振り上げ、ジュードを威嚇。


 たとえ訓練を積んだ兵士でもあってもしり込みしそうな迫力が迸る。

 

 だがジュードは怯まない。

 

 彼が背負った恋人とチームの未来、そして、彼を支える鉄パイプがジュードの背を押し、強大な敵へと立ち向かう勇気を生み出す。



「だああああああああっ!!!」



 機械種オーガに負けないような大声で己を鼓舞しながら敵の攻撃圏内へと足を踏み入れ、




 ドシンッ!!!




 頭上から振り下ろされた巨大なハンマーをギリギリで回避。

 

 ハンマーは空しく空を切り、地面を思いっきり叩いただけ。



「取った!」



 ジュードは機械種オーガのハンマーを持つ両手を掻い潜るように、手にした鉄パイプを思いっきり突き出す。



 ガシンッ!!



 尖ってもいないはずの鉄パイプの先端が、機械種オーガの腹に易々と突き刺さる。

 金属の表面装甲を貫き、先端を機体の内部へと喰い込ませたのだ。


 だが、その深さは精々20cm程度。

 人間の力で鉄パイプで突いたことを考えれば、通常在り得ない貫通力であるが、この程度では致命傷までには届かない。


 機械種オーガを倒すには、スモール中級以上かミドルの下級以上が必要だ。

 それも倒すまでには嫌と言う程弾丸を打ち込む必要がある。


 近接武器であればさらに難易度は高い。

 人間の扱う通常の近接武器では機械種オーガを一撃で戦闘不能にするには破壊力が足らない。

 そもそも金属の塊を人間の力だけで破壊するのは不可能…………

 

 

 しかし、発掘品の武器であれば話は別。



 ジュードはニヤリとワイルドな笑みを浮かべて叫ぶ。



「爆っ!」



 ジュードの声に反応するように鉄パイプが光り輝く。

 それは真・鉄パイプ使いであるジュードの最終奥義。



 ザシュッ!

 ザシュッ!

 ザシュッ!

 ザシュッ!

 ザシュッ!



 突然、機械種オーガの機体から鉄パイプ幾本も飛び出した。 


 それは腹に突きこまれた鉄パイプの先端から生み出された新たな鉄パイプ。


 それが機体の中から外に向けて弾け出たのだ。


 まるで海栗の針を全身から生やしたかのように。


 肩や背中や首から生えた鉄パイプは、内部の機器を破壊し、装甲を突き抜け、外に向かって銀色の輝きを放つ。


 文字通りハリネズミのような有様。

 どのような頑丈な機械種と言えど、内側からここまで食い破られたら致命傷となる。

 


 ガアアアアアアアアアアアアア!!!

 


 機械種オーガは身をよじりながら悲鳴を上げた。

 

 だが、身をよじれば、身体の内側から生えた鉄パイプが内蔵された機器をズタズタに引き裂いていく。

 もうこうなってしまった以上、機械種オーガの末路は一つしかない。



 ガアア………アアア……アアアア………


 

 やがて動きは緩慢となり、ガクッと膝をついたと思うと、そのまま前のめりに地面へと倒れ込む機械種オーガ。

 

 倒れ込んだ後、十秒と経たないうちに、その両目の赤い光を消失させ、活動を停止する。


 相応の防御力、耐久力を持つはずの機械種オーガの機体は、たった一本の鉄パイプの攻撃により完膚なきまでに破壊されてしまった。


 

「ふう……………」



 しばらく倒れた機械種オーガの様子を見守っていたジュードだが、確実に仕留めたと分かると、大きくため息をついて肩の力を抜く。


 機械種コボルトや機械種ゴブリン相手には何度も使った技だが、機械種オーガ相手となるとどこまで効果を発揮するか分からなかったのだ。

 

 もし、仕留めきれなければ反撃で殺されていた可能性を考えると、無謀であったかもれしれない突撃だった。



「やったの?」

「スゲー!」

「やっぱりジュードは強いね」



 デップ達が駆け寄って来て、健闘を称えてくる。

 その傍には機械種オーク達を殲滅したらしいラビット達もいる。

 さらにその後方から、籠を背負った機械種コボルトのグレイズも駆けつけてくる。



「まあね。これでもチームトルネラのエースだからね」



 内心かなりヒヤヒヤしていたが、それでも余裕を持った態度を崩さずに応えた。


 たった2週間ではあるが、メンバーに多大な影響を残したヒロはもういないのだ。


 この鉄パイプを以ってしてなお到底ヒロには及ばないことは自覚している。

 

 しかし、それでもその失った穴を埋めるためには、自分ががんばるしかない。


 少しでも自分を大きく見せる為には虚勢でも何でも張ってみせよう。



「さあ、倒した機械種から晶石を取り出そうか。流石に機体全部を持って帰るのは難しいからね」



 ジュードはいつもと変わらぬ爽やかな笑みを浮かべながらデップ達を促した。





 発掘品使い『銀棍のジュード』。

 

 その名が辺境に響き渡るのはもう少し先のことになる。


 なお、本人が自称したがっていた『真・鉄パイプ使いのジュード』の2つ名はメンバー達の大反発もあって却下された模様。



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