第542話 帰途



「コラ、白露。いつまでも遊んでいるんじゃない!」



 

 白の遺跡を出発して、街へと帰る途中。


 リビングルームのソファで寝そべりながら、手にした置物の中を覗き込んでいる白露に注意。


 先ほどからずっとこの様子なのだ。

 まるで携帯ゲームをやっているかのように。


 しかし、白露が夢中になっているのは携帯ゲームなどでは無く、俺がプレゼントしたアクアドーム。

 直径40cm程の大きさの透明なドームの中に、極小の人形がわちゃわちゃ動いているのが見て取れる。


 そら恐ろしくなる程の精密仕様。

 現実世界をそのまま切り取って縮小したような精緻な箱庭。

 子供がずっと見ていたくなる気持ちも分かるのだが、これはただ見るモノだけではなくて…………


 

「遊んでいません! これは感応士の訓練です!」



 こちらに視線も向けず、抗議の声をあげてくる白露。


 そうなのだ。

 白露の手の中にあるアクアドームは、ただの置物ではなく感応士用訓練装置。


 中にいる極小の人形達を感応で指示を与えて操作。

 箱庭の中の資材を使って建築物を作るという仕様。

 色々なレベルや背景が用意されており、まるで街造りゲームのようなの感覚で感応力を鍛えることができるらしい。



「今、良いところなのです。もうちょっとで感応士の極みまで届くかも………」



 どうやら白露はこの感応士用訓練装置を甚く気に入ったようで、先ほどから何時間もずっとあのような体勢で続けている。

 だから注意をしてみたのだが、白露は聞こうともしない。


 ゲームに夢中な子供というのは、そう言うものなのかもしれないが………



 ヒョイッ



「ああああ!! ラズリー! 何てことするんですか!」


「お行儀が悪いですよ、白露様」



 あまりの白露の態度の悪さに、ラズリーさんが手元のアクアドームを取り上げた模様。



「今日はこれでお終いです。訓練もあまり根を詰めてやると逆効果になりますよ。明日になさってください」


「ぶうううう!! せっかくヒロがくれたものなのに………」


 

 ぷくぅと頬を膨らませて白露は抗議。

 

 しかし、ラズリーさんは白露のふくれっ面などどこ吹く風。



 俺があげたモノで夢中になってくれるのは嬉しいが、ラズリーさんが言うように、ずっと訓練に集中しっぱなしというのも体に良くない。


 感応士の訓練というモノがどこまで負担が大きいのか知らないけど。




 俺が白露にプレゼントしたのは、ネックレス型の携帯バリア発生装置と、アクアドームの形をした感応士用訓練装置。


 ネックレスは今、白露の首にかかっている白い水滴型の銀細工仕様のモノ。

 また、感応士用訓練装置は持ち帰った発掘品をざっと分類している時に発見したモノだ。


 プレゼントした時、白露はこの2つのあまりの価値にビックリ仰天。


 初めはこんな高いモノは頂けないと固辞してきたが、俺の気が済まないと半場無理やりに押し付けた。





<回想シーン>

 




『一緒に旅をした仲間だろ。その記念だと思っておけ』


『でも、こんな高そうなモノを…………』


『ほら、このネックレス、可愛いだろ。真珠色のティアドロップ。白露にピッタリだとは思わないか?』


『………………では、それをヒロの手で私に付けてもらえませんか?』


『うえっ?』

 

 

 予想もしなかったお願いだが、女の子に頼まれて嫌とは言えない。



 白露の正面にしゃがみ込み、首の後ろに手を回して、ネックレスを付けようと悪戦苦闘する俺。


 

『ぐぐぐ………、意外とコレ、難しいな』



 当たり前だが、女の子にネックレスをつけてあげたことなんて一度も無い。

 


『なかなか嵌まらない………、もう少しなんだけど…………』



 元々不器用な上、俺の顔のすぐ横には白露の顔。

 流石にここまで超接近となると、幼い少女とは言え、少々の緊張は免れない。


 チラチラと視界に入る美しい銀髪。

 その流れるような銀の清流に隠れている小さな耳。

 驚くほど白く滑らかな頬から首にかけてのライン。


 気を抜けば思わず見惚れてしまいそうな芸術品。

 ただ、純粋にその美しさに胸を打たれる………

 


『クスクスクス………』


 

 どことなく甘い香りとともに、耳元に囁くような笑い声が届く。



『ヒロ、ちょっと鼻息で耳がくすぐったいです』


『あ………、ゴメン』


『!!! 駄目です。しゃべったら余計に………』


『ちょ、ちょっと、俺もくすぐったい。耳に息を吹きかけないでくれ』


『と言われましても…………、この体勢だと…………』



 そんな傍から見たらイチャイチャしているような俺と白露とのやり取りに対し、



『ヒロ様、白露様の後ろに回られたら良いのではないですか?』



 ラズリーさんからの冷静なツッコミが入った。



『あ………』

『…………』



 俺も白露もポカンと口を開けてしばし絶句。


 その後にお互いにちょっと顔を赤らめながら、ラズリーさんの言う通り、俺が白露の背後に回ってネックレスをつけてあげたのだ。




<回想シーン終わり>




「若気の至りという奴だな。あんなクソ騒がしいお子様に赤面してしまうとは………なんという不覚!」


 ピコピコ

『色々と経験値が足りないのは間違いないね』


 

 ラズリーにギャイギャイ抗議している白露を見ながらの独り言に、足元の白兎が反応。


 

「うるせえ。これからたくさん経験してやるわい」


 パタパタ

『未来に展望を抱けるのも若者の特権…………』


 

 しみじみに呟く白兎。

 いつの間にか手にしていた湯呑を傾け、ズズッと茶を啜る真似をする。


 その態度が妙に老成していて、お前、今何歳だよ! と突っ込みたくなった。


 生まれて(ブルーオーダーされて)から1年も経っていないくせに…………











 

 街への帰途であるが、ずっと車に乗っている訳ではない。


 当然、日が暮れたら車を止めなくてはならないし、偶には外の空気も吸いたくなる。


 6日間という帰還スケジュールの合間に何回も車を止めての休憩時間を挟む。


 

 その間に、軽くイベントが行われることもある。


 今、俺の目の前で行われているのは、ラズリーさんと、辰沙、虎芽との模擬戦。



 

「たあっ!!」

「えいっ!!」


「遅い!」



 辰沙の振り下ろす巨大な戦斧を半歩ずらして躱すラズリーさん。

 

 さらに時間差をつけて突っ込んでくる虎芽のタックルをバックステップで避ける。


 

「タッサさん、もっと踏み込んで。トラメさんは少し判断が遅いですよ」



 軽やかな身のこなしで2機がかりの攻撃を余裕を持って捌きながら、辰沙、虎芽の悪い点を指摘していく。


 模擬戦というか、完璧に格上から格下への指導。



「むんっ!」


 ブンッ!!



 辰沙がラズリーさんの指導に沿い、思いっきり前に踏み込んで巨大戦斧を真横に振るう。

 万が一、ラズリーさんが避け損なえば、真っ二つになりかねない破壊力を秘める攻撃。


 しかし、真正面からの攻撃など、機敏な機動力を持つラズリーさんが躱せない訳が無く、



 タンッ!



 膝から下のクッションだけで数メートルジャンプして、辰沙の横切りを躱す………



「貰ったガオ!」



 空中なら逃れられまいとした虎芽が、両足を揃えてのドロップキックを敢行。


 ノーモーションから飛び上がり、弾けるような速度でラズリーさんへ足から突っ込む。 


 いかにラズリーさんでも、2機が時間差で上手く連携したこの攻撃は躱せないかも………と思ったが、




 パァンッ!!




 ラズリーさんは空中で両手を激しく打ち合わせた。

 

 その衝撃で生まれる破裂。

 小規模の爆風が発生し、ラズリーさんの機体をほんの僅かだけ浮かび上がらせる。



 マテリアル機器の発動ではない。

 ただの動作だけで空気を弾けさせ、機械種の機体が浮く程の風圧を生み出したのだ。

 


 そして、その僅かな差が虎芽の放ったドロップキックの軌道からラズリーさんの機体をずらす。


 正しく紙一重の回避。


 さらに、2機の姿が空中ですれ違った瞬間に、



 ドンッ!!



 ラズリーさんのひじ打ちが虎芽の腹部に突き刺さる。



「ぐほっ!」 



 堪らず地面へと叩き落される虎芽。



 スタッ



 何でもないように着地するラズリーさん。


 自らが叩き落した虎芽がすぐさまパッと立ち上がり、一定の距離を取ったのを見ながら一言。



「まあ、連携は及第点ですね」



 完全に教師の口調で2機の評価を口にする。



「ですが、空中だと何もできないという思い込みはいけません。マテリアル機器の発動は間に合わなくとも、物理的に似たような現象を起こすことは、機械種になら可能なのですよ」



 涼しい顔で自分の絶技を一般化。


 自分ができるからと言って、他の者もできるというのは思い込みではないですか?

 


「おっしゃることは分かるのですが………ドラ」


「理不尽過ぎるガオ!」



 顔を顰めて受け入れがたいと表明する辰沙に、理不尽と叫ぶ虎芽。



 まあ、俺も似たような感想だけど。



 

 こうして、俺はメイド3機の麗しい戦いを見物している最中。


 美しい女性が殴り合うのは少々痛ましく思う点もあるが、それぞれが達人の域にある手練れ。

 

 熟達の技がぶつかり合うのは、やはり見ていて楽しいモノなのだ。

 純粋に戦闘技術の完成度と技の切れを、自身の参考にさせて貰っている………


 決して、ラズリーさんのピッチリとした戦闘服から見える身体のラインや、辰沙のチャイナメイド服に包まれた大きく揺れる胸、虎芽の健康的なミニスカから映える太腿に鼻の下を伸ばしている訳ではない。


 でも、何で虎芽のミニスカは捲れ上がらないのであろうか?

 あれだけ動き回ったら絶対に中身が見えると思うのだけれど………


 




「どうしました? 貴方達の力はそれだけですか?」



 俺が抱いた疑問を他所に、ラズリーさんの指導は続く。



「言ったでしょう。全力で来なさいと。どのようなマテリアル機器を使用しても構いませんよ…………、もちろん『固有技』も」



 ラズリーさんが放つ挑発的な言葉。


 流石に辰沙も虎芽もこれには鼻白む。


 そして、お互いに目配せし合い、やがて覚悟を決めた2機はラズリーさんに向き直り、


 


「なら遠慮なくいかせてもらう、ガオ!」



 余裕の笑みを崩さないラズリーさんに対し、虎芽が吼える。



「だああああっ! 『虎無双』!!」


 

 空に向かって大声を張り上げる虎芽。


 身体を大の字に、全身からエネルギーを発散するかのような身振りで絶叫。



 ゴオオオオオオオオオオ………



 虎芽の機体がうねりを上げ、髪の毛が逆立ち、白と黒のストライプ仕様のメイド服が金色に輝き出す。


 その姿は正しく猛る黄金の虎。

 これぞ機械種タイガーメイドと機械種チャンピオンのダブルだけが持つ固有技、『虎無双』。


 一時的な全能力値のパワーアップ。

 全身に及ぶ機体装甲の強化。

 さらに一定以下の攻撃の無効化バリアに、スーパーアーマーというべきノックバック無効化も追加される。

 

 

「ガオ!!! いくぞおおお!! 『タイガークロー』!」




 虎芽は両手の爪を剥き出しにして、縦横無尽に振るいながら突進。


 鉄をも引き裂く爪斬の嵐。

 秒間に百を超える爪による斬撃が繰り出される虎芽の必殺技の1つ。


 刃を羽根にした扇風機に等しい猛威。 

 これを真正面から躱すのは非常に困難。


 

 しかし、ラズリーさんは焦る様子も見せずに、グッと低い体勢から、



 ドカンッ!



 刃の嵐を掻い潜り、地を這うようなローキックを虎芽の足元の地面にお見舞い。



「ガオ?」



 自身ではなく足元を崩されると、いかにスーパーアーマーでもどうしようもない。


 完全に体勢を崩し、うつぶせに倒れ込もうとする虎芽に対し、ラズリーさんはさらに追撃。



 ガシッ!



 低い体勢から突き上げるように虎芽の顔面をガッチリと片手でキャッチ。

 

 ガンドレッドに覆われた手をそのままブルンッと振動させ、



「天地鳴動拳、『メイドの子守歌 寝んねころりよ』」



 ラズリーさんが技名を呟いたその数秒後………



 バタンッ!!



 虎芽の機体が力を失い地面へとうつ伏せに倒れ込む。

 完全に顔面から倒れていった感じ。

 受け身も取れない様子から、完全に伸びてしまっている様子。


 

「力学制御ですか? ベクトル操作とは珍しい。でも、掴まれて振動を流し込まれたら関係ありませんよね」



 防御力や耐久力が大幅に上昇しているはずの虎芽を、あっさり撃沈させたラズリーさん。

 もう完全に役者が違うと言っても良い。 




「トラメ! …………ぐっ! ………ならば、これはどうだ……ドラ!」



 相方が倒れてのを見て、辰沙は戦術を変更。


 軽く息を吸いこんだかと思うと、ラズリーさんに向けて大きく口を開き、



 ビシュウウウウウウ!!!



 口から眩い閃光を発射。


 これぞドラゴンメイドたる辰沙の奥の手である粒子加速砲。


 天琉が放つ光弾ではなく、一筋の光条。

 

 真っ直ぐにしか飛ばないが、その威力は魔術師系の一撃にも勝る。


 いかにストロングタイプのトリプルであるラズリーさんでもその基本ベースはメイド型。

 追加された職業も防御力・耐久力は決して長じているとは言えない機種。


 まともに直撃すれば少なくない損壊を受けてしまう…………




 ニコッ



 

 だが、ラズリーさんは微動だにしない。


 僅かに笑みすら浮かべ、襲いかかる高エネルギーの閃条に対し、軽く左手を翳して、




 ビシュ!!


 

 粒子加速砲はラズリーさんの左手に直撃する寸前で斜め方向へと進路を変更。

 まるで反射板で弾いたような曲線を描きあらぬ方向へと逸れてしまった。



「なっ! 逸らした……ドラ!」



 辰沙が必殺の一撃を跳ねのけられ、驚愕の声をあげる。



「大気を凝縮して屈折させたのか? あの瞬時に………ドラ!」


「天地鳴動拳、『メイドの嗜み 紫外線対策』」



 辰沙の問いに答えるようにラズリーさんが技名を呟き、



「大したことではありません。来る場所が分かっていれば、直撃する部分だけに集中すればよいのです」



 軽い感じで説明してくれるが、それがいかに難解なことか俺にでも分かる。


 粒子加速砲を見てから躱すのは難しい。

 

 威力を内側に込めた榴弾として飛ばす光球ではなく、ただ発生するエネルギーを真っ直ぐ飛ばす光条の速度は亜光速。

 発射された時にはすでに命中しているのだから、回避も防御も不可能に近い。


 しかし、発射されるタイミングを掴み、発射口の向きから射線を読めば、対処することが可能…………あくまで理論上ではあるが。


 その理論上の理屈をラズリーさんは事も無げに行ったのだ。

 流石は高位機種の演算力。

 そして、ラズリーさんが培った戦闘経験による予知に近い読みと言った所。



 ………………まあ、俺としてはラズリーさんが口にする『天地鳴動拳』の方が気になってしまうのだが。



 ごめん、白露。

 君の慕っていたラズリーさんはもう手遅れみたい。

 どうやら白兎の汚染に染まり切ってしまった様子。

 時々、おかしな現象を引き起こすかもしれないけど、挫けずに強く生きてくれ。


 

 潜水艇の寝室でお昼寝中である白露に向かって、心の中だけで謝罪と激励を行っておく。



 パタパタ

『ウムウム………、流石は天兎流舞蹴術の一派、天地鳴動拳! 見事な技の冴えじゃ!』


 

 俺の足元で、白兎が完全に他人事のように論評。

 いや、勝手に自分の流派に加えて悦に入っているだけ………



 ゲシッ!



 元凶が全然反省していないようなので、軽くつま先で小突いておいた。










「では、タッサさん。次はこちらから行きますよ」


「!!!」



 ラズリーさんが辰沙に向かって駆ける。

 まるで地面の上を滑るように。



「ただでは終わらない! ………ドラ!」


 

 真正面から向かってくるラズリーさんに対し、辰沙はもう一度息を吸いこみ、




 ボフォオオオオオオオオオオ!!




 今度は口から炎を放つ。

 ドラゴンブレスのごとく放たれた猛々しい炎。


 灼熱の炎は濁流となって、向かいくる戦闘服姿のラズリーさんを飲み込もうとするが、



「天地鳴動拳、『濡れ雑巾でさっと一拭き』」



 ラズリーさんの翳した左手が右から左へと雑巾を拭くような仕草で流れたと思ったら、



 ブクッ ブクッ ブクッ ブクッ ブクッ………



 発生したのは泡の壁。

 ガンドレッドに包まれた左手から無数の泡が爆発的に広がり、迫りくる炎を一飲み。

 あっという間に炎の吐息を包み込み、完全に鎮火させてしまう。

 


「なっ!」



 又も自分の切り札が通用しなかったことに驚きを隠せない辰沙。


 その隙をついて、ラズリーさんは辰沙の懐に飛び込む。


 辰沙は慌てて迎撃しようとするがもう遅い。

 ここまで接近されては、取り回しに難のある巨大戦斧ではどうしようもない。



 ビタッ


「ひっ!」

 

 

 辰沙が短く悲鳴を上げた。


 無理もあるまい。

 ラズリーさんの右手のガンドレッドがいつの間にか無くなり、淑女らしい手が露わになっていて、



「天地鳴動拳、『夜更かしさん、明かりを消しますよ』」



 爪の先まで美しいラズリーさんの2本の指が、辰沙の両目ギリギリの所に突きつけられていた。


 蛇に睨まれた蛙のように固まってしまい身動きを取れない辰沙。


 そんな辰沙にラズリーさんは穏やかな表情で優しく声をかける。



「どうしますか? タッサさんの固有技、『逆竜狂化』で一発逆転を狙ってみますか?」


「……………この状況で『逆竜狂化』は無謀でしょう。散々翻弄されて狩られるのは目に見えています…………ドラ」



 辰沙の固有技、『逆竜狂化』は文字通りバーサーク状態で暴れ回るというモノ。


 竜化が進み、攻撃力が激増。

 一定時間内ではあるが中量級としては破格の暴威を振り撒くことができる。


 たった1機で重量級の群れを駆逐する戦闘力を見せる強化技。


 しかし、冷静な行動が取れなくなる為、技巧派、且つ、防御を貫通してくる格上のラズリーさん相手では相性が悪い。

 

 辰沙の判断は間違ってはいない。

 


「………………参りました。降参です………ドラ」



 口調には悔しさを滲ませながら、辰沙は落ち着いた表情で敗北を認めた。







 

 


「お見事です。ラズリーさん」


「いえ、少々本気になってしまいました。お恥ずかしい」


「そんなことありません。ストロングタイプのダブルが2機がかりでも相手になりませんか。流石はトリプルですね。辰沙も虎芽も良い経験になったと思います」



 伸びてしまった虎芽を胡狛に預けた後、メイド服姿に戻ったラズリーさんに労いの言葉をかける。


 見ての通り、ラズリーさんが辰沙と虎芽の模擬戦相手を買って出てくれたのだ。

 


「上には上がいることをきちんと分からせて置きたかったので助かりました」



 実はこの模擬戦の前に、辰沙と虎芽は剣風、剣雷と1対1で試合を行った。


 結果はどちらも辰沙と虎芽が優勢勝ち。


 通常のストロングタイプとはいえ、先任の純戦闘系の2機に勝ったことに喜びを隠せない2機。

 特に虎芽は大はしゃぎで調子に乗りまくったのだ。


 だから、あまり慢心されても困ると考え、ラズリーさんが教育を理由に2機の鼻っ柱を折った。


 まあ、辰沙は少々巻き込まれてしまった感はあるけれど。


 

「タッサさんもトラメさんも、起動したばかりでスキルが馴染んでいません。これが1週間後であれば、私ももう少し苦戦は免れなかったでしょう」


「なるほど……………、ダブルなのに剣風、剣雷を圧倒できなかったのはそんな理由があったんですね」


「…………それを言いますと、ケンフウさんも、ケンライさんも、あの発掘品の武装を使っていれば、今の彼女達相手ならもう少し良い勝負をしたと思いますよ」

 

「あははは………、流石にそれは危ないですから…………」



 どちらも威力が高過ぎて、味方相手の模擬戦にはとても使用できない武装だ。

 特に射撃武器は寸止めできないから、使用を制限せざるを得なかった。

 

 だけど剣風、剣雷からすれば、与えられた武装を制限された上で、完全にかませ犬になってしまったのだから、面白いはずがない。

 後で2機には俺からフォローを入れておくべきだろうな。


 

「彼女達の戦闘力はストロングタイプの戦闘系1.5倍、固有技も含めればそれ以上と言えるでしょう。でも、メイドとしての技量は正直、ベテランタイプのメイド型を下回りますね。できれば家事スキルの上級以上を入れてあげてください」


「家事スキルの上級ですか…………、アレ、高いんですよねえ」



 家事スキルは『掃除』や『洗濯』』等の専門スキルをまとめた総合スキル。

 それだけにお値段も高く、専門スキルの2倍。

 上級ともなれば間違いなく100万M、日本円にして1億円にもなるのだ。

 

 普通に考えて、ただの家事にここまでマテリアルをかけるのは馬鹿馬鹿しい。

 それに上流階級には見栄の為に求める人がそれなりにいるらしく、価格が高騰しているケースが多い。

 

 ラズリーさんからの提案だとはいえ、無条件に頷くのは躊躇うレベル。


 

「まあ、あくまで『できたら』の話です。ヒロさんが大きなお屋敷でも購入されない限りは不要かもしれませんね」


「ぐっ…………」


 

 ラズリーさんの何気ない発言に、思わず言葉が詰まる俺。



 そうだった。

 俺って、大きな屋敷どころか、お城を手に入れたんだよなあ。

 あれだけの住まいを維持しようと思ったら、やはりメイド3機には家事(上級)を入れるべきか………



 


 

「あ~い~! マスター、終わったよ~!」



 悩む俺の耳に、空から能天気な声が降った来た。



「えっとね、クジャクといっぱい撃ち合ったんだけど………」


 

 俺の前に降り立った天琉はすぐさま俺へと模擬戦の結果を報告しようとしてくる。


 俺とラズリーさんの会話に割り込んできた形だが、天琉にその辺の空気を読めと言っても無駄であろう。


 軽くラズリーさんに会釈してから天琉に向き合い、軽く窘めてから報告を促す。



「で、どうだったんだ?」


「ビュンって感じで、ブワって来て、ゴゴゴっだった! あいっ!」


「…………ヨシツネ」


「ハッ!」



 天琉から報告を受けることを諦め、空で立会していたはずのヨシツネに声をかけると、いつもの膝を着いた体勢で瞬時に現れ、天琉からの報告を引き継いでくれる。



「天琉殿と玖雀殿の空中模擬戦ですが、速度では天琉殿にほんの僅か劣る程度でした。出力では天琉殿が圧倒しておりますが、玖雀殿の高速飛行(最上級)がかなり底上げをしているようですね」


「ふむふむ。それで………」


「射撃戦では全く勝負になりません。狙いは良いものの、威力に乏しく中量級以下でないと通用しないでしょう」


「まあ、それは仕方がないな。斥候が本職なんだし」


「ただし、目は非常に良いようです。拙者の隠形も見破られました。どうやら光学迷彩を見抜く目をお持ちのようです」


「ほう?」


「固有技『鷹の目』でしたか。かなりの広範囲を一度に視認できるようです。偵察や見張りには非常に有効な能力だと………」



 戦闘力にはそこまで期待できそうにないが、ヨシツネの言う通り、偵察や見張りにはモッテコイの人材なのであろう。


 特に光学迷彩を見抜けるのは非常に得難い特技と言える。

 光学迷彩に対して確実に見抜ける手段は、俺のチームだと白兎の浄眼と俺の掌中目ぐらいしかないから。

 

 偵察機として運用するなら護衛にヨシツネか天琉を編成すれば良い。

 戦場では情報戦の要として活躍してくれるだろう。



「マスター………、クジャク、帰投致しました、チュン」



 天琉達に遅れて地上に戻ってきた玖雀。


 和服っぽいメイド服に自分の背丈以上の狙撃銃を抱えた翼を持つ少女型。


 少し長めのおかっぱヘアーがどことなく幼い様相と合わさって、座敷童のようなイメージを抱いてしまう。



「おかえり、玖雀。どうだった、模擬戦は?」


「はい…………、テンルさん、本当に強くて………、何もできませんでした……チュン」



 少しうつむき加減で小声で答える玖雀。

 見た目通り随分と控えめな性格である様子。



「アタシ………、もっとがんばります……チュン。だから………」



 こちらを見上げてくる目は涙が溜まっていそうな雰囲気。

 今にも泣き出しそうな声。


 こうしてみると、気弱で大人しい妹みたいな印象を受ける。

 

 そんな玖雀につい保護欲を刺激され、頭に手を置いて艶やかな紺色の髪を梳くように撫でてしまう。



「マスター?」


「んん? ああ、ごめん。つい………な」


「いいえ。とっても気持ち良いです…………チュン」


「そうか………」



 玖雀が落ち着くまでしばらく頭を撫でてやり、



「随分と凹んでしまったようだが、相手が悪かったんだ。気にするな。お前にはお前の役目があるんだから」


「はい…………チュン」



 頬を少しだけ赤く染めて、恥ずかしそうに顔を俯ける玖雀。


 

 この度手に入れたメイド型は3機とも全く性格が異なり、それぞれに際立った特徴がある様子。


 色物勢ぞろいと言えなくもないが、どうせ俺のチームは元々色物ばかり。


 実にお似合いと言える新メンバー達なのかもしれない。



「さて、メンバー全員を紹介したら、一体どんな反応が返ってくるんだろうね」



 これは口に出さず、心の中だけで呟く。


 何となく展開に予想がつくのだが、それでも、その様子を思い描いて、思わず笑みが零そうになる俺だった。

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る