第528話 暴竜5



 全力で切り下ろした『倚天の剣』。


 覇道の輝きを帯び、天を貫くと言われた至高の剣は、その名の通り天を貫き、空を割った。

 

 俺の目の前で発生した縦一文字の亀裂は、床から真っ直ぐに天へと届く。

 

 それは守護者によって造られた偽りの世界を切り裂いた証。


 

「やった!」



 灰色一面の景色に生まれた一筋の線。

 

 そこから漏れるのは本来の空の色である青。


 無機質な世界に優しい青の光が瞬き、 


 少しずつ世界に浸み込むように広がっていく………



「飛び込むぞ、白兎!」


 ピョンッ!



 そこは崩壊間も無い世界に生まれた唯一の脱出口。


 躊躇いも無く俺達は生じた亀裂へと身を躍らせた。










「うおっ!!!」



 亀裂を潜ったと思ったら、いきなり視界一杯に広がっている大空。


 下を見るまでも無く地上何kmもの上空。


 当然、足場などなく、空も飛べない俺は重力に引かれて落ちるしかなく………



 ガシッ!


 

 そんな俺の左手を掴む小さな前脚。



 ピコピコ


「白兎か? 助かった…………」


 

 宙に浮かぶ白兎が間一髪で俺の落下を食い止めた。


 ヨシツネの助言通り、白兎が一緒にいなければ地上に真っ逆さまであっただろう。

 落ちて死ぬのとは思えないが、落下中に恐怖で気を失い、無防備に地面へと叩きつけられる場面が目に浮かぶ。


 

 ヒエッ!

 怖い!

 

 下腹部からヒュンとしか感覚がせり上がり、背筋が凍り着くかと思う程の恐怖が押し寄せてくる。


 人間、皆、高い所は怖いのだ。

 特に俺は……………



「は、白兎! 絶対に離すなよ!」



 右手の倚天の剣を七宝袋へと収納し、両手で白兎の前脚にしがみつく。


 些かカッコの悪い体勢だが、この空中で俺を支えてくれる頼みの綱なのだ。


 しっかりと掴んでおかないと、すっぽ抜けたりしたら大変…………




 パタッ! パタッ!

 

「んん? どうした、白兎」



 俺の手を吊り下げている白兎が驚いた様子で耳を振るわせている。


 思わず白兎の視線の方向へと顔を向けると、





「げっ!」





 そこにいたのは巨大な空中要塞。

 全高800mを越える超超々重量級機械種。


 『天空の暴竜』、『空の守護者』、機械種テュポーン。


 ただし、視界に入るのはあくまでその一部。


 巨大過ぎて今の位置からでは全て視界に収まり切らないのだ。


 

 4本の腕を持つ巨人の上半身に、西洋竜の下半身を持つ異形。

 

 口から直径100m以上の火の球を吐き、1km以上の長さを持つ尾の一撃は何千m級の雄峰に大穴を開ける威力。


 何十本の竜巻を易々と同時発生させる大気操作は史上最大級。

 破滅的なダウンバースト現象を引き起こし、目に見える範囲を全て更地にすることすら可能。


 天災と表現したとしても生ぬるい。

 まさに世界を侵す最大最悪の害竜。



 しかし、




「……………動かない?」




 高所恐怖症も忘れて、呆けたように呟く。



 その偉容に些かも翳りは無いが、仇敵である俺を目の前にして反応が無いのもおかしい。


 人間であれば隆々と呼んでも良い逞しい腕も、

 球場をすっぽり覆えそうな背後の翼も、

 機体の表面に備えつけられた武装も、


 何一つ動きを見せないまま沈黙している。


 さらにその機体を取り巻いていたはずの重力嵐さえ発生していない。


 まるで活動を停止しているかのように…………

 これでは空中に浮かぶただの置物のようだ。




「…………そりゃあ、そうか。晶石を抜き出したし、中にいた緋王も倒したんだから……………」



 守護者を倒したの人間なんていないから、中の緋王を倒して、晶石を抜き出したらどうなるかなんて誰も知らない。


 もし、活動を停止したままなのなら…………

 

 あの機体を全部手に入れることが……………



 フリフリッ!

『マスター、僕達が飛び出してきた所をよく見て!』


「え? 何…………」



 白兎に言われて視線を移すと、暴竜の巨体に引かれた縦のラインが目に入る。


 まるで青のクレパスで印をつけたような線。

 ちょうど胴体部分の装甲をなぞった感じ。

 それは薄く輝きながら徐々に光を増しているようで…………

 

 

 フルフルッ!

『あれはマスターが内側から世界を破った跡だよ。内に込められた力が外に漏れだそうとしているんだ。多分、あのままだと内から破裂して次元の穴に飲み込まれると思う』


「おお…………、それはヤバいな!」



 せっかく次元漂流から逃れられたと言うのに。

 ここで欲を掻いてしまったら元の木阿弥か。



 ピコピコ

『ここは危ないよ。さっさと地上に戻ろう』


「………………分かった。あの暴竜の機体は諦めよう………]



 『まだ行けるはもう危ない』


 退却できる余裕があるうちに退却すべきなのだ。

 俺とメンバー達なら時間さえあればいくらでも稼ぐことができる。

 あえて危険に身を晒す必要などないか………

 


 すっぱり諦めて、地上への帰還を口に出そうとした時、



 パタッ!

『マスター!』



 俺の手を掴む白兎が耳を大きく振り、



「何?」



 突然、辺りが暗がりに包まれたと思ったら、




 ゴオオオオオオオオオオオオ




 大気を強引に押し退けながら、俺達を覆わんばかりの巨大な壁が迫ってきた。


 


 一瞬ナニカ分からなかったが、視界の端に映る4条の隙間を見るに、どうやら巨大な手である様子。


 その大きさは5,6階のビルをも易々と掴めそうな程。

 

 なにせ指一本の長さが3~40mもあるのだ。

 

 そんな巨大な手を持つ存在など1機しかいない。




「暴竜!」




 それは暴竜の4本の腕の1つ。


 伸ばされた手は間違いなく俺達を鷲掴みにしようとしている。


 完全に虚を突かれた攻撃。


 まさか動くと思っていなかったところへの奇襲。


 しかも、空中で移動できる白兎は俺の手を掴んでくれており、いつもの機敏な動きができない体勢。




 なぜ?

 どうして?

 守護者の晶石たる『茜石』は抜き取ったはずなのに!

 中にいた緋王クロノスを倒したはずなのに!


 なんで、その状態で動ける!

 機械種は晶石が無ければ行動できないはずだろ!

 

 何で!何で!何で!何で!何で!

 お前は俺達を潰そうとしているんだ!


 おかしい!

 絶対におかしい! 




 思考が加速する中、混乱のままに言葉を並べ立てる。

 


 足場の無い空中。

 身動きが取れない体勢。

 頼みの白兎も俺を支えるために動けない。


 

 ここまで来て、

 ようやくここまで来て、



 最後の最後で失敗した。



 俺は潰されない。

 たとえ何万トンで締め付けられようが闘神の身体は傷つかない。


 でも、白兎はどうなる。


 いかに白兎であっても、機械種なのだ。

 どれだけ理不尽で混沌の申し子であろうと、限界を超えた力で潰されたらどうなるか分からない。


 さらに言えば、暴竜の行動はひょっとして俺達を道連れにすることが狙いなのかもしれない。

 このまま次元の穴に引きづり込まれるなら、仇敵である俺達ごとと考えてもおかしくない。



 だとすれば、俺達はこのまま次元の穴に引きづり込まれて………………



 ヨシツネの死闘も、ベリアルの活躍も、輝煉の奮戦も、

 

 豪魔の指揮も、森羅のフォローも、天琉のがんばりも、秘彗の気遣いも、


 毘燭の守りも、剣風の激戦も、剣雷の奮闘も、胡狛の設営も、


 地上にいるはずの廻斗や浮楽の献身さえも、



 何の意味も無くなってしまう。





 それに何より、


 




 白兎が俺の為に尽力してくれたことが、一切合切無駄になるなんて………

 


 

 


 


「そんなの許されるわけがねえ!」








 白兎の手を払い、空中へと身を投げ出した。



 ピコッ!

『マスター!』



 白兎の声?を背中で聞きつつ、七宝袋から抜き出すのは『高潔なる獣』。


 撃ちだすのは射程、範囲、凝固時間を最小にした『猿握弾』。



 バンッ!



 足の裏に当てて、空間固定剤で空間を固定。


 

 ドンッ!



 そこを足場に思いっきりジャンプ!


 俺の身体は弾丸となって敵へと向かう。




 その先はこちらに圧し掛かろうとする巨大な手。


 手の部分だけでも俺が出会ったどの機械種よりも大きい。


 到底、人間では対抗しえない超超々重量級機械種。


 それにたった一人で立ち向かおうとする俺の姿。


 それは風車に挑もうとするドン・キホーテよりも愚かに見える光景。




「だけどな……………、闘神である俺の身体能力と」


 


 空をかっ跳びながら、七宝袋から抜き放つのは、俺が最初に創り上げた宝貝。

 古の戦場にて振るわれた星光の刃。

 幾多の物語で語られる伝説の剣。




「この『莫邪宝剣』があれば!」




 ビュンッ!!


 左手で持った柄から発生する光の飛沫。


 幾百の星の光を集めたよりも眩く、夜空を駆ける流星よりも激しい光条。


 俺から注ぎ込まれた仙力を束ね、その長さを20mと伸ばす。




「狩られるのはお前の方なんだよ!!」




 宣戦布告とばかりに叫び、

 覆いかぶさんとしていた巨神の手に向かって、莫邪宝剣を振るう。



 シャンッ!!!



 斬音は一つ。


 しかし、閃きは4つ。


 だが、向かい来る壁のごとき手が16に分割。


 上下左右、縦横無尽に両断され、バラバラになって崩れ去る。 




「いただき!」




 そのうち、近くを通り過ぎようとしていた指の1本に軽く触れて七宝袋へと収納。


 電車1両分もあるソレは、暴竜の指。

 何かしら使い道はあるはずなのだ。


 だが、残りはそのまま地上へと落下していく。

 流石に全部回収するのは不可能。

 

 少々勿体ないと思ってしまったのだが…………


 


 ふと、忘れていたことを思い出し、思わず笑いが零れる。




「はっはっはっ! ……………まだあるじゃないか?」




 そう呟きながら見つめるは、空中要塞とも言える暴竜の本機。

 

 一部分しか視界では捉えられない規格外の巨大さ。


 逆に言えばそれだけたくさんあるということで。


 つまりあそこに辿り着けたなら狩りたい放題。


 思わず笑みを零しそうになり、



 フワ…………


 ガシッ!



 パタッ! 

『マスター!』



 勢いを失って、落下し始めた俺の身体をそっと白兎が支えてくれる。



「おっと…………、毎度毎度すまんな。白兎」


 フリッ!フリッ!

『ううん…………、僕も危ない所だった。ありがとう! 助けてくれて』


「そうか…………、そうだな。いつもお互い様だもんな」



 助けて助けられてが俺と白兎の関係だ。

 助けられた回数は俺の方が多いだろうが、白兎がどうしようもない時に動くのが俺なのだ。


 量と質を見比べれば同じくらい。


 万能の白兎と特化型の俺。


 本当に色んなモノがピッタリと収まる凸凹コンビと言える。



「そんな白兎にお願いがあるんだが…………」


 ピコッ!

『また無茶なことだね?』


「よく分かったな」


 フリフリ

『長い付き合いだから』


「はははっ! それは間違いない……………で! 長い付き合いのお前には、見張りを頼みたい」



 そう頼みながら、視線を向ける先は、こちらを睨みつけている暴竜。


 機体に付けられた青いラインは徐々に広がっており、いつ内から破裂してもおかしくない状況。

 そんな状態にも関わらず俺達に手を出してきたのは、よほど腹に据えかねているからであろう。

 

 だが、あの様子では放っておいても自滅する。

 俺達はただ離れたところで見守っているだけで良い…………



 しかし、ちょっかいを出されて黙っている俺ではないのだ。



「今から暴竜に挑んでくる。最後っ屁かもしれないが、俺達に手を出したことを後悔させてやる」


 フルフルッ!

『それはマスターにとって必要なこと?』



 前に回って俺の目を覗き込む白兎。



 パタパタ

『危ないのが分かっているのに?』


「危ないのは承知の上。でも、それ以上に最後は俺の手でカタをつけたいということと…………」



 ニヤッと浮かべた不敵な笑み。

 普段の俺ならしないであろう表情。

 


「色々とアイツからブン捕ってやらないと気が済まない」

 

 フルフル

『莫邪宝剣の勢いに流されてない?』


「もちろんそれもある」



 莫邪宝剣から流れ込む戦意。

 俺の中の欲望と混じり、更なる獲物を求めている。

 それは間違いない。


 でも、それだけじゃない。



「あれだけ皆ががんばってくれたんだ。少しでも成果をあげなくては、甲斐が無いだろう? それにアイツの機体は皆を強化するのに有用だ」



 皆が力を合わせて達成した暴竜討伐。

 しかし、成果で見ると些か物足りないのも事実。

 回収した茜石は当分換金できないであろうから、今のところは完全な赤字。

 ここまでやり切ったのだから、どこかで帳尻は合わせたい。

 

 依頼は達成して、なお且つ、成果もあげる。


 それが狩人チームのリーダーとしての役目なのだ。 



「やっぱり最後は大団円にしたい」



 もうその一言に尽きる。

 皆が頑張ったんだから、完全無欠の終わり方にしたいんだ。



 そんな俺の子供染みた願いを聞いた白兎は、耳をフルフルッと振るわせ、

 


 フルフルッ!

『分かった。危なくなったら強引に退却させるからね!』


「ありがとう。やっぱりお前は最高の相棒だよ…………、じゃあ、行ってくる!」



 白兎の支えから脱し、大空へと身を躍らせて、



「猿握弾!」


 バンッ!



 再び、足の裏に空間固定剤で足場を作って、ジャンプ。


 向かうは、手を一本失った暴竜の本体。



「さあ! 暴竜よ! お前の最後の足掻き、俺が受け止めてやろう! お代はお前の機体から頂戴するがな!」



 雄叫びを上げて暴竜へ突撃。



 バンッ!


 バンッ!


 バンッ!



 何度も足の裏に猿握弾を撃ち込み、跳躍を繰り返す。


 時には2段ジャンプを交え、残り3本の腕から繰り出される攻撃を回避。



「ハハッ! とろいぞ! 暴竜!」



 殴り掛かってきた腕を半分切り飛ばし、ジグザグに飛びながら暴竜の機体へと接近。


 本来なら暴竜が纏う重力嵐によって、重力制御を持たぬ俺単体の突撃など、容易に遮られたであろう。


 だが、暴竜の機体は丸裸同然。

 狂ったように振り回す腕の動きも稚拙。

 これではただデカいだけのでくの坊。


 奇襲さえされなければ負ける相手ではない!


 


 そして、




 ドシンッ!!




 辿り着いた暴竜の機体。


 おそらくは横腹辺りの装甲。


 切り立った崖のような側面に足から着地して、指を突起物に引っ掛けて体勢を維持。



「前人未到の地ってか? ここまで来たら頂上までいきたいねえ」



 莫邪宝剣の影響を受けて、今の俺は闘志あふれる戦士。

 

 いつ時空の穴に引きづり込まれるか分からない死地であっても、笑みを浮かべることができるほどの余裕がある。



「とはいえ、あんまり長居もできないから…………」



 突起物から指を外し、ゆらりとかかる重力に逆らうように、



「さっさと貰うモノを貰って退散するとしようか!」



 切り立った装甲を蹴って、そのままダッシュ。


 壁を地面に見立てて猛烈なスピードで駆け抜ける。



「忍法、壁走り!」



 しょうもない冗談が出るほど俺のテンションはアゲアゲだ。



「オラオラオラオラッ!」



 ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!



 走りながら、莫邪宝剣を振るい、目に着いたモノを片っ端から切り離して七宝袋へと収納。



「もっとだ! もっと寄越せ!」



 ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!



 動かない砲台も、分厚い装甲も、推進器と思わしき噴射口も、



 ザンッ! ザンッ! ザンッ! ザンッ!



 水田で鎌を振るう農家の人のように、実った稲穂を刈り取っていく。



 

「おっと!」



 

 暴竜の機体を伝い、上へと向かって走る俺に、突如降りかかる巨大な拳。


 

 

 ゴシンッ!!!




 自機が凹むのを構わず殴り込まれた拳をギリギリで回避。


 俺の目の前で装甲に突き刺さった拳を見ながら叫ぶ。




「これも貰い!」




 スパンッ!




 上腕部を切り裂いて半ばまで切断。



「行け! 火竜鏢!」


 ボフォオオオオオオオオオッ!!



 七宝袋から火竜鏢を取り出して投擲。


 炎を吹き出しながら回転する火竜鏢は、半ばまで切り裂かれていた上腕部を焼き切り、肘から完全に切り離す。



「よっと!」



 すぐさま飛びつき、手で触れて七宝袋へと収納。


 これで暴竜の腕も手に入った。




「はははははははははっ!! これは楽しいな!」



 

 笑いが止まらない。

 

 人類からあれだけ恐れられ、空を支配していた天空の王者がただの獲物に成り下がっているのだ。

 あれだけ苦労させてくれた暴竜の最期とは思えない無様な姿。



「さあさあさあさあさあっ! 次は俺に何をプレゼントしてくれるんだ?」



 狩人に相応しい狩猟者の笑みを浮かべながら、俺は上に向かって走り続けた。






 




 そうして辿り着いた頂上。

 

 暴竜の機体で言えば肩から首にかけての位置。


 俺の前にそびえ立つは高さ80mはあろうかという暴竜の顔。


 奈良の大仏どころの話ではない。

 

 もう顔として判別することが難しいほどの大きさだ。



 

「よお、初めまして…………じゃないよなあ?」




 俺の声が聞こえているのかどうか分からないが、確かに暴竜の目は俺を捉えて離さない。


 暴竜と言っても上半身は巨人だから、顔も人間型となっている。


 その顔はギリシャ神話の男神のごとく勇ましい相貌。


 ともすれば、ゼウスの祖父、ウラヌスの時代に君臨していたタイタン族にも見えなくもない。

 

 


「お前がどうして動けるのか? とか、何で俺のことを周りに話さなかったのか? とか、色々聞きたいことはあるけれど…………」




 暴竜の赤い瞳がギラギラと燃え盛るように輝いている。


 誰がどう見ても怒りの炎と断言できる程に分かりやすいモノ。


 たかが人間にここまで追いつめられたのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。




「ここまで来たら、これ以上の言葉はいらないな。俺が狩人であり、お前が獲物なのだから…………」




 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!




 そう俺が言い放った瞬間、暴竜が吼えた。


 何百、何千デシべルかも分からない音量。


 人間なら鼓膜など吹き飛び、それどころか衝撃だけで即死する程の凶音。


 だが、俺にとっては夏の日のセミの音くらいにしか…………


 



 いや、そんなわけはなくて、





「だああああああああああああ!!! うるせえ!!!! 効かないけど、うるさいモノはうるさいんだよ!!!!」



 負けじとばかりに叫び返し、



「もうお前の遠吠えは聞き飽きた! ここで勝負を決めてやるから覚悟しろ!」



 莫邪宝剣を構えて、突撃を敢行。



 対して、暴竜は目から粒子加速砲を放ち、口から炎を吐いて迎撃しようとするが、



「効くか! 混天綾!」



 七宝袋から混天綾を取り出し、迫りくる粒子加速砲や炎をあっさり弾き飛ばす。



 そして、顔の下へと辿り着いた俺は、



 ダンッ!!!



 思い切りジャンプしながら莫邪宝剣を逆手に構えて




 ズバッ!!



 下から上へと唇部分を切断。



 ダンッ!



 さらに、そこから2段ジャンプ。



 サクッ!


 ダンッ!



 鼻の一部を切り落としてから、そこを足場にしてもう一度跳躍。



 ダンッ!



 跳躍が頂点に達したところで2段ジャンプ。



 ここまでしてようやく暴竜の額部分へと辿り着き、




「これで決める! 莫邪宝剣!」




 手の構えた莫邪宝剣に、注ぎ込めるだけの力を注ぎ込み、




 ブオオオオオオオオオオオ!!!1




 柄から発生する飛沫はもはや濁流。


 伸ばすに伸ばした剣身は約30m。


 ここまで伸ばすとすでに剣として使うのは非常に困難。


 だが、遮るものの無い空中であれば…………


 



「『秘剣 十文字・山吹』」





 シャンッ!!!





 2閃の煌めきが同時に走る。


 それはちょうど暴竜の顔面を十文字に切り裂き、


 

 バラッ…………



 300年もの間、空を支配していた天空の暴竜。


 大陸の一画を占拠し、人類の空路を狭めていた元凶。


 5度の討伐軍を壊滅させ、200を超える狩人チームを葬ってきた人類の大敵。


 赤の帝国より空の守護者の役目を与えられていた機械種テュポーンは、



 

 頭部を4つに分解され、ここに滅んだ。






「うっしゃああ!! 後は残骸を拾って…………」




 バラバラに飛び散る残骸に手を伸ばし、七宝袋へと収納していく。




「これも………、これも………、これも…………、おっと、これは目玉か。これは最優先に…………おや?」




 バラバラに飛んでいく残骸の中に、一際輝く晶石が見えた。


 その大きさは直径30cm程の…………暗褐色。


 紅よりも暗い茜色。


 

「茜石? まさか…………」



 直径20mの守護者の晶石たる茜石は七宝袋に収納している。

 だから、晶石であるはずがないのだが……………



「とりあえず回収しよう。『九竜神火罩』!」



 七宝袋から九竜神火罩を取り出して投擲。


 飛んでいこうとしているボーリング玉程の大きさの晶石を回収させる。



「ふむ…………、これは後で調べることにして………」



 さて、残りの残骸を回収しないと…………




 グイッ!!!



「なっ!!」



 突然、後ろから襟首を引っ張られたかと思うと、そのままもの凄い勢いで暴竜の機体から連れ去られる俺。


 首だけ捻って後ろを見れば、がっちりと俺の襟首を掴んて飛行している白兎の姿。



「おいおい! もう終了か? まだまだこれからだって時に………」


 ピコッ!

『駄目! もう危ない! 今は全力で逃げる!』


「おおっ!」



 急速に離れていく暴竜の姿。


 しかし、遠目で見ればその異常は明らか。


 青いラインは内から弾けんばかりに輝いており、下半身全体がすでに飲み込まれつつある様子。




 そして、





 パシュッ!





 青い光が輝いたかと思うと、





 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!




 

 青い裂け目がガバッと広がり、全長2km近い巨体が一瞬にして飲み込まれた。

 

 内側から生じた次元の狭間へと引きづり込まれたのだ。

 

 まるで風呂の底が抜けてお湯が無くなってしまったかのように一瞬で。




「は、ははは…………」




 あまりの度肝を抜かれた光景に、思わず渇いた笑いが零れてしまう。



 後には何も残っていない。

 あの巨体が一欠片もだ。

 

 もし、俺があのまま残骸の回収に勤しんでいたら、どうなっていたことか。


 少々莫邪宝剣の勢いに飲まれて我を忘れてしまっていた様子。

 

 やはり白兎を見張りに残しておいて大正解。 


 物理的に俺を止められるのは白兎だけだ。


 


「すまん、助かった…………」


 パタパタ

『良いってこと。でも、危ないから莫邪宝剣は仕舞ったら?』


「お、おう。そうだな」



 莫邪宝剣を収納して、ほっと息をつく。


 先ほどまで駆け巡っていた闘志は風船から空気が抜けるように消えていき、後に残るのは一般人でしかない俺の脆弱な精神。


 白兎に引っ張られながら空を飛行している状況に、だんだんと恐怖心が湧いてきて、



「は、白兎。高いところ怖いから、早く地上に降りよう………」


 ピコッ?

『でも、廻斗達のところに向かうならこの方が早いよ』


「えっと…………、あとどのくらい?」


 パタパタ

『このスピードなら5時間ぐらい』


「そんなの無理に決まってるだろ! やめて! 許して! さっさと降ろして!」


 フリフリ

『ええ! 降りるの?』


「頼む! 急いで降りて! もう耐えられない!」


 

 もう半泣き状態になりながら白兎へお願い。



 パタッ!

『分かった。じゃあ行くよ!』



 グンッ!!



 白兎がスピードを上げて急降下を始めると、



「ぎゃああああああああ!! 怖い怖い怖い! 止めてくれ! もっとゆっくり!」


 ピコピコ

『もう………、どっちなのさ?』




 俺と白兎とのくだらないやり取り。


 これが長く続いた暴竜戦の最期を締めることとなった。





 ※ストックが切れました。

  しばらく書き溜め期間に入らせていただきます。

 ※本文の一部を修正しました(10月12日0時47分)

  主人公が暴竜へ挑む前に白兎とのやり取りを追加しました。

  

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