第519話 特攻



 白兎が放った波動砲の一撃は幾千のスカイフローターを巻き込み大爆発を起こした。


 雲が吹き飛び、何十kmに渡って爆風と轟音が響き渡る。


 やがて、濛々と立ち込めていた煙が風に流され、視界が晴れてくると、ただ1機残った機械種テュポーンの機体が現れた。



 空中要塞と言うべき巨大な姿は未だに健在。


 何千機というスカイフローターを葬った波動砲でも機械種テュポーンを倒すのには不十分。

 装甲や武装に一部破損は見られるモノの、空の守護者として相応しい偉容に陰りは無く、こちらへと憎々しげな視線を向けてくる…………


 到底、相手の目等見えようもない距離だが、なぜか俺を真正面から睨みつけてきたように思えてしまう。


 向こうからすれば、逃げ切ったと思ったら、自分の寝床で転がっていたはずの飛空艇で追いかけて来て、さらには訳の分からない砲撃を受けて、自分の配下達が全滅。

 数百年の間、空を支配してきた機械種テュポーンにとっては、経験の無い予想外の展開の連続であったろう。

 

  

「だが、まだまだこれからだ、暴竜よ! お前に初めての敗北というモノを叩きつけてやる!」



 モニター越しに機械種テュポーンを睨み返しながら啖呵を切る俺。



 ピコピコ



 そんな俺の足元で、白兎が『同意!』とばかりに耳を振るっている。


 さっきまで船首にいたはずなのだが、いつの間にか船内に戻ってきたようだ。



「白兎、お疲れさん。見事な一撃だったぞ!」


 パタッ! パタッ!


 俺に褒められた耳をパタパタ。


 

「よし! これで障害は無くなった。秘彗! 外のヨシツネ達に連絡! 今から暴竜へと仕掛けると!」


「はい! 了解しました!」



 秘彗から弾むような明るい声が返ってくる。

 白兎が放った『波動砲』の威力と戦果に秘彗もやや興奮気味であるようだ。

 


 やはりオペレーターは女の子が良い。

 こちらまで元気が出て来そうな感じ。



 続けて胡狛へと振り向いて指示を飛ばす。



「胡狛! 機械種テュポーンに向かって全速前進だ…………、おい? どうした?」


「……………………」



 胡狛は前方モニターを向いた状態で、なぜか全身固まったまま。



「おい、胡狛!」


「……………………」



 マスターである俺の言葉にも反応しない。

 これは従属機械種には在り得ないこと。


 近づいて顔を覗き込んでみれば、口をポカンと開けた状態で、目も大きく見開いたまま。

 まるで目の前で発生した信じられない現象を見て、ショックのあまりフリーズしてしまったよう……………って、そのままだろ!!



「おい! しっかりしろ! 胡狛、傷は浅いぞ!」


 パタッ!パタッ!



 俺が胡狛の肩を揺らし、白兎が足元で騒ぐも、胡狛の状態は戻らず…………



「コハク殿…………、御労しい……………、なまじ世情に通じていただけに、今までの奇想天外な出来事の連続に耐えきれず…………」



 毘燭が近づいてきて、なぜか胡狛へと同情めいた言葉をかける。

 

 僧侶姿の毘燭の物言いは、まるでお悔やみの言葉を述べているようだ。


 

 そんな毘燭の言葉に、思わず白兎と顔を向き合わせてしまう。

 お互いがお互いを非難しているような表情で。



「………………コラ、白兎。お前のせいだぞ」


 ピョンッ! ピョンッ!


「人のこと言えないって? お前の方が奇想天外だっただろうが!」


 フリッ! フリッ!


「んん? 機械種の自分がやったことより、人間である俺のしたことの方が驚愕度合いが大きいって? まあ、そうかもしれんが…………、でも………」


「拙僧から言わせてもらいますと、どっちもどっちですな」


「くっ!!」

 パタッ………



 毘燭にバッサリ言われて、俺も白兎も二の句が継げられなかった。


 まだ仲間になって日が浅い中、胡狛には色々と常識から外れたことばかり見せていたような気がする。


 毘燭達はブルーオーダーで真っ新の状態だったが、胡狛は100年以上の人間社会を生き抜き、それなりに常識が固まっていた。

 その上で俺達の規格外な行動の連続が、知らず知らずのうちに胡狛へと負担をかけていたのだろう。



「つーか、白兎。胡狛を何とかしてくれ。このままじゃ突撃できん。お前、整備士だろう?」


 パタパタ


 『緑学は専門外なのに………』と呟きながら、白兎は足元から胡狛の機体をよじ昇り、その頭へと辿り着く。

 そして頭の上に乗っかってから、前脚でポンポンと胡狛の頭を叩く。



「何やってんだ?」


 ピコピコ

 

「叩けば治るかもって? 家電製品じゃないんだぞ。それに最近叩いて治るような家電製品なんてあるか!」



 しかし、



「はっ! ………………マスター! 申し訳ありません! すぐに突撃準備致します!」



 突然、再稼働する胡狛。

 何事も無かったかのように頭の上の白兎をそっと床へと置いて、慌てた様子で操縦席へと戻る。



「突撃シークエンス、開始します!」



 操縦席に座り、操作盤のレバーやパネルを慣れた手つきで操作。


 幾つもあるレバーを前後左右に動かし、パネルを弾き、コックを捻って重力エンジンをフル稼働。


 さっきまでフリーズしていたとは思えない機敏な動き。

 というか、自分がフリーズしていたことを覚えているのだろうか?



「森羅さん! 火器管制のエネルギーを30%、前方の半重力フィールドへと回してください!」


「は、はい」


「秘彗さん! 格納庫のベリアルさんに連絡。突撃シークエンスに入りますと格納庫内の慣性制限が増幅されます。あまりその場を動かれないようにと」


「はい!」


「毘燭さん! レーダー機能が簡素化されます。しばらくマニュアル操作になりますから注意しておいてください」


「うむ、承知しましたぞ」


「マスター! 先ほどの白兎さんの『波動砲』で減少したマテリアルの補給をお願いします!」


「お、おう…………」



 テキパキとクルー達に指示を飛ばす胡狛。

 まさに飛空艇エターナルブレイザーの操舵手に相応しい貫禄。


  

 あまりの変わりようを不審に思い、身をかがめてコソコソと白兎へ耳打ち。



「白兎…………、お前、胡狛に変なコトしたんじゃないだろうな?」


 

 俺の質問に、白兎はペタンと床にお尻をつけ、後ろ脚で耳の後ろをカキカキ。



「何、誤魔化してんだ? ひょっとして洗脳したのか?」



 野良ウサギのフリで誤魔化そうとした白兎の耳を一本掴んで引っ張り上げると、残った片耳を動かして、



 パタパタ

『洗脳? いいえ、ケフィアです』


「乳酸菌か!」



 ビシッ!

 

 チョップで白兎へツッコミ。


 しかし、全く堪えず、さらに耳をピコピコさせて、



 ピコピコ

『ケフィアを入れて柔軟性を上げました』


「ケフィアは柔軟剤じゃない!」



 もう一発白兎を小突いてから、艦長デスクへと戻る。


 

「…………ったく、まさか胡狛も人に見せられないようなことになっていないだろうな。また妙なスキルが生えていたりして………」



 白兎は便利だが、どんどんと周りの機械種を侵食していくのが困りものだ。

 そのうち、メンバー全員が藍染屋にも見せられなくなるようなことになりかねん。



「ふう……………」



 艦長デスクにあるマテリアル補給口にマテリアルを注入してため息。


 320万Mが消費され、俺の資産は残り2,580万M。


 何千というスカイフローターとぶつかり合うぐらいなら安いモノだが、それでも今回の旅で使ったマテリアルの量にため息をつかざるを得ない。


 だが、これも空の守護者を倒す為の必要経費なのだ。

 ここでケチって、全てご破算なんて最悪。

 ここまできたら全力で突き進むしか道は無い!




 詰み上がった費用を前に、俺が決意を新たにしたところで、



「むむっ! 敵から飛翔物が発射されましたな」



 レーダー監視席の毘燭から報告があがる。



「マスター! 敵、こちらに向かって攻撃。ミサイルが多数接近!」



 また、秘彗からも張り詰めた声。


 前方のモニターには、木から鳥達が一斉に飛び立つように、暴竜の機体からミサイル群が発射された光景が映る。


 その数は100以上。

 その一発一発がこの飛空艇は破壊するには十分な程の大きさだ。



「迎撃します!」



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!



 森羅が飛空艇に備え付けられた機銃を発射。


 秒間何十発もの銃弾が飛び、向かい来るミサイル群の3分の1を撃墜。


 

 ビシュッ! ビシュ! ビシュッ! ビシュッ! ビシュッ!



 そこへ粒子加速砲の追撃が入る。


 船外で飛行中の天琉が残ったミサイル群へ光の矢を雨のように打ち込んでいく。



 バチバチバチバチバチバチバチバチッ!



 また、同じく外を飛び回る輝煉から広範囲の電撃が飛び、天琉の粒子加速砲と合わせて、ミサイル群のほとんどを迎撃。



 だが、ミサイル群の中には真正面からではなく、弧を描いて迎撃を迂回した曲射弾も存在。

 機銃や天琉、輝煉の攻撃を掻い潜り、飛空艇の側面を狙って飛んでくる3発の飛翔体は……………



 シャンッ!

 シャンッ!

 シャンッ!


 ボンッ!

 ボンッ!

 ボンッ!



 飛空艇の近くで爆発が3発。

 

 ヨシツネが空間転移で回り込んで、斬撃でミサイルを両断したのだ。


 この飛空艇の最後の門番、我が悠久の刃の次席であるヨシツネを倒さずして、俺達が乗る船が撃沈するなど在り得ない。

 


「切り抜けたか?」


「はい! 全弾迎撃を確認!」


「胡狛! 準備は……………」

 

「マスター! 突撃準備完了しました」



 秘彗から迎撃結果を聞いた後、胡狛へと進捗を尋ねようとしたところで、操縦席からその回答が飛んできた。


 

 時は来たれり!



 それを聞いた俺は立ち上がり、船内のクルーに向かって命令を発す。



「よし! 飛空艇エターナルブレイザー、突撃せよ!」


 ピョンッ! フルフルッ!

『突撃(ヤシャスィーン!)」



 これまた、白兎がピョンッと艦長デスクに飛び乗り、俺と重なるように突撃命令を下す。



「承知しました! 重力エンジン、フル稼働! 行きます!」



 胡狛がグイッとレバーを押し込むと、俺達の乗る飛空艇は急加速。


 さらには船の前方を覆うように半重力フィールドが展開。


 これにより、暴竜が纏う重力嵐をある程度の無効化が可能となる。




 側面を映すモニターからは、ドンドンと後ろへ流れていく雲が映る。


 ここまで飛行してきたスピードとは段違い。

 これまでが通常飛行であるなら、ここからは特攻飛行。

 船の質量を以って暴竜の装甲に穴を開ける文字通り体当たりの為の加速なのだ。



 もう攻撃する余裕は与えない。

 この速度なら、接敵まであと1分もかかるまい。



 さて、今までは前哨戦に過ぎなかった。

 これからが本番だ。


 

 緊張からか腕を組む手に力が入る。

 自然と身体が固く強張っていく。


 前方モニターを見ていると、拳ほどの大きさであった機械種テュポーンの姿が近づくにつれドンドンと大きく膨らんでいくのが分かる。

 山の中のねぐらでは極至近距離で相対していたが、空の上で向かい合う暴竜の姿は、これまた違う圧迫感を感じてしまう。



 守護者というのは一体何なのであろうか?


 ふと、そんな疑問が頭を過る。


 

 ストロングタイプを何機集めようが無意味。

 レジェンドタイプを揃えたって太刀打ちできない。


 通常の機械種とは文字通り桁が違う機体の大きさ。

 軍や街どころか地形さえ変えかねない莫大な破壊力。

 自分に不利と分かれば逃げ、配下を集めてから襲おうとする慎重さ。


 あまりにも規格外過ぎる人類の敵。

 誰かに倒されるなんて想像もつかない最大級の脅威。 


 そして、そんな桁外れの機械種がコイツを含めて7体いる…………

 

 どう考えても難易度調整をミスっているようにしか思えない。


 完全に人類側が敗北するしかない戦力差。

 それでいて守護者はかたくなに自分のエリアに拘り、外へと出て来ず引き籠ったまま。


 一体守護者は何のために存在するのか…………

 

 


「マスター! 接触まであと10秒!」




 胡狛からの鋭い声が、思考に没頭しそうになった意識を戻してくれる。



「!!! ……………皆、ショックに備えろ!」



 皆に指示を出しながら、デスクの端を握りしめて衝撃に耐える体勢を取る。




「来ます! 障壁全開!」




 そう胡狛が声をあげた瞬間、前方モニターいっぱいに機械種テュポーンの装甲が迫り、




 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!




 船がひっくり返ったような衝撃が船内を走る。

 もう地震とかそういったレベルではない衝撃だ。

 何も構えていなければ、俺の身体はピンボールのように船内を飛び回ったに違いない。



「………………ふう」



 衝撃は一瞬で収まり、何とか耐え切ったとほっと一息。



「無事か? 成功したのか?」



 ざっと見渡しながら皆へと声をかける。



「はい! 無事、装甲を突破し、侵入口を差し込むことに成功しました」


「よし! では、今から全員で機械種テュポーンの機内へと侵入するぞ!」



 胡狛からの回答を受け、すぐさま皆へと指示を飛ばす。



「ベリアルが先行して侵入口を確保してくれているはずだ、急げ!」



 ベリアルがいる格納庫は船の前方にあり、そこから敵に突き込んだ衝角の中を伝って侵入できるような構造になっている。

 

 ベリアルが格納庫に行く際に、予め命令しておいたのだ。

 単体戦闘力で言えば、我がチーム最強であるベリアルであればどのような敵が待ち構えていても一網打尽。

 俺達が辿り着くまで必ず侵入口を確保してくれているはずだ。




 格納庫へと移動し、暴竜の装甲を貫いた衝角の中を通って、機内へと侵入。



「遅かったね、我が君。僕が一番乗りだよ」



 そこには嫣然とした微笑で俺を迎えるベリアルの姿。



「ベリアル、敵はいなかったか?」


「いたけど、片づけておいたよ」


「そうか………………ええ?」



 機内へと足を踏み入れ、周りを見渡して絶句。



「ここは………………どこだ?」


「空の守護者の中に決まってるじゃない」


「それは分かってる! しかし、これは……………」



 1,000mクラスの機械種の中だ。

 それなりに広いだろうとは思っていが、俺の目の前に広がる光景は流石に予想外。


 そこは灰色で満たされた、どこまでも続く地平線が広がっていた。

 

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