第517話 飛空艇



「宝貝 五色石! その力を持って修復せよ!」



 手に持った『宝貝 五色石』を掲げながら、体内の仙力を引き出し、掌の中の宝貝へと注ぎ込む。


 すると、五色石はその名の通り5色の光を放ち、俺の目の前に転がる横倒しになった飛空艇へと降りかかる。

 

 色とりどりに輝く光の飛沫は、あっという間に船全体へと広がり、薄ぼんやりとした発光現象を引き起こす。


 そして、巨大な光の繭と化した船が一際大きく輝くと、


 



 ピカッ





 一瞬で包んでいた光が消え去り、中から現れたのは完全に修復された飛空艇の姿。


 全長120m、全幅20m、全高8m。

 平べったい弾丸のような外観。

 船首は槍の穂先のように尖っており、実に攻撃的なフォルムと言える。



「マ、マスター、こ、これは…………」



 胡狛がポカンと口を大きく開けて驚愕の表情。


 半壊状態であった飛空艇が一瞬にして復元するなど、長く稼働する胡狛にとっても想像の範囲外。

 俺の規格外の戦闘力は理解しても、理の外にある超常現象はまだ慣れていない様子。


 機械種なのに随分と感情豊かだな………と、つい、そんな感想を抱いてしまう。



「フンッ! 見たか! 小娘。これが我が君の力だよ。お前ごときの想像に収まる器じゃないのさ。自分の見識の甘さを反省しろ」



 全然関係ないくせに、ベリアルは偉そうな様子で胡狛をなじる。


 ベリアルは興味が無い相手は完全無視か、黙って排除しようとするだけだ。

 なのに、これだけ胡狛に対して嫌味を言うのは、実はかなり気に入っているからかもしれない。



「あい! でっかいボロ船が、ピッカピカになっちゃった!」

「キィキィ!」

「ギギギギギッ!」



 お騒がし組はいつも通りお騒がしくしている。

 

 さらに興奮した天琉は修復された飛空艇に飛びつき、中に入ろうと外壁をバンバン叩く。



「コラ、テンル! いけません!」

「テンルさん! マスターを差し置いて、先に乗り込もうとするなんて!」



 そんな天琉の後ろ首を掴んで引っ張り戻す森羅。

 さらに秘彗がプンプンと怒って天琉に説教。


 その周りを廻斗はフワフワと楽し気に飛び回り、

 浮楽は『まあまあ』といった感じのゼスチャーで取り成そうとしている。


 当の天琉は『ホケッ?』とした顔で何で怒られているのか分からない様子。



 まるで遊園地に来た家族連れのような風景を微笑まし気に眺めていると、


 

「マスター、この船で暴竜を追いかけるおつもりですかな?」



 毘燭が近づいてきて、俺の意思を確認してくる。



「ああ、この飛空艇は対暴竜用に作られたモノらしい。これがあれば、たとえ空の上でもそれなりに有利に戦えるだろう。ちなみに白兎の案だ。ヨシツネも承知している」


「筆頭殿の…………、ならば、拙僧はこれ以上何も言いますまい」



 おそらく毘燭はいつも通りの慎重論を唱えようとしてきたのだろう。

 だが、白兎の案、ヨシツネも承知済みと聞いて引っ込めた。


 筆頭が提示してきて、俺と次席が同意したのだ。

 ここに来て対論は無意味。

 ならば、いかにこの作戦を成功させるように尽力すべきと思ったのであろう。



 まあ、傍からすれば、行き当たりばったりの作戦に見えるだろうからなあ。


 だが、決して勝算の悪い作戦ではない。

 俺の中では十分に吟味した上での決断なのだ。


 だから、それを皆に説明しなくては…………



「よし! 皆、今から作戦を説明するぞ!」



 思い思いの反応を見せるメンバーを前に、俺はパンパンと手を叩いて注目を集め、これから行う作戦について語った。








 まずはメンバーの振り分け。

 

 飛空艇に乗るのは、白兎、森羅、ベリアル、そして、操縦者である胡狛を含めたストロングタイプの5機。

 

 ヨシツネ、天琉、輝煉については、この飛空艇の護衛として飛びながら付いてきてもらう。


 また、廻斗と浮楽はこの地に留まり、退避した白露とラズリーさんを探し出して合流してもらう。


 いかにストロングタイプのトリプルであるラズリーさんでも、ただ1機だけではずっと白露を守り切るのは難しい。

 だから、戦闘力があり、機動力もある浮楽に追いかけてもらう事にした。

 浮楽であれば、どのような敵にも対処できる多彩な技を持つし、イザとなれば空間転移で白露を抱えて逃げることもできる。


 また、廻斗が一緒に居れば、白兎との『人馬一体』により遠距離通話が可能となる。

 万が一の時でも、俺達への直通ホットラインがあれば安心。

 


「廻斗。お前にこの『杏黄戊己旗』を預ける。お前なら使いこなせるはずだ」


「キィキィ!」



 白兎と廻斗の2機は限定的であるが俺の宝貝を使うことができる。


 この場合、マスターである俺が飛空艇に乗って大空へと飛び立ってしまうから、この地に残す浮楽と廻斗がどうしても従属範囲から外れてしまう。

 しかし、杏黄戊己旗の赤の威令を寄せ付けない能力を使用すれば、レッドオーダー化することなく、俺と離れての活動が可能となるのだ。



「浮楽。白露達のことを頼んだぞ。お前なら追跡スキルでラズリーさんの後を追うことができるしな」


「ギギギギギッ!」



 お任せを! とばかりにクルンっとトンボを切ってヤル気を見せてくる浮楽。



「ギギギ、ギギギギギ、ギギギギ!!」


 ピコピコ



 興奮したように金切り音を捲し立てる浮楽を、白兎が通訳。



「ええ? 『女子供の後を追いかけるのは大の得意です』って? だから、何でお前はいつもそんな物騒なことを言うんだよ!!」


 

 やっぱりコイツは絶対に表に出すわけにはいかんなあ。

 言動がナチュラルに危険人物っぽい。 

 



「マスター…………、よろしいか?」


「豪魔、質問か? いいぞ」


「暴竜の行方はどうやってお調べに?」


「ああ、それは打神鞭の占いを使う」


「ふむ………、なるほど」



 遥か頭上から豪魔の重々しい納得したような声が響く。


 豪魔については、一応飛べるのだが、他の皆と比べて飛行速度がやや遅い。

 だから、暴竜に辿り着くまでは七宝袋の中に収納しておく予定。



「マスター、先にご使用された方が良いかと………、その占いというのは、確か表示方法が些か不安定でしたな。結果によっては作戦に影響が出ますゆえ………」


「おっと、そうだな。先に占っておくか…………」



 豪魔の指摘通り、打神鞭の占いはその精度がマチマチだ。

 大まかな現在地だけを表示されてしまうと、追いかけるのにも苦労するだろうし、その場合は作戦変更もありうる。

 先に占って、結果を知ってから決めた方が良い。


 

 七宝袋から打神鞭を取り出し、手にもって構えると、明らかに動揺した素振りみせるメンバーが何人か…………


 果たして今回犠牲となるメンバーは誰のなのか?


 まあ、その辺は諦めてもらおう。

 いずれ順番が回ってくるのだから。



「打神鞭! ここから逃げ出した空の守護者を指し示せ!」



 早速占いを行使すると、俺の手の中に会った打神鞭はいきなり消失。


 代わりに俺の前に出現したのは『子供くらいの大きさの手』。

 まるで方向を指し示すかのようにピンッと人差し指を突き出したポーズ。

 ちょうど肘から先を切り離された前腕のようなオブジェ。



「何これ?」



 地面から生えた様に見える『手』を前に、俺がポツンと呟くと、


 その『手』がグニっと動いて、空を指さした。



「………………この指の先に暴竜がいるのか?」



 ひょいっと俺が掴んで持ち上げると、指し示す方向を微妙に変えてくる。


 どうやら俺の期待通り、継続的に暴竜がいる方向を指し示してくれるようだ。



「さて、誰に持っていてもらおうか?」



 このまま俺が持っていても仕方がない。

 

 飛空艇に乗り込むメンバーに預けようと視線を向けると、



「ひっ!」

「……………」


 

 秘彗が怯えたような悲鳴をあげ、

 森羅は黙ったままほんの少し顔を逸らす。


 

「うむむ………、実に奇妙な………」


 

 毘燭は俺の中の動く『手』を凝視しており、剣風、剣雷は直立不動。

 しかし、どことなく遠慮したそうな雰囲気を醸し出している。



「あ、あの私は操縦がありますので…………」



 胡狛は両手の平をこちらに見せて拒絶のポーズ。

 自分の理解できないモノを持たされるのは真っ平御免らしい。



「我が君の御業だけど、ちょっとその得体のしれないモノは持ちたくないなあ」



 ベリアルは素直に嫌だと口にする。

 

 壊されても困るから、俺もベリアルには持たせるつもりは無いが………



 天琉や廻斗は目をキラキラさせて、自分を指名してほしそうな感じだが、あいにく天琉のポジションは飛空艇の外。

 廻斗や浮楽はこの場に残って白露を探してもらうから除外。


 同様にヨシツネも輝煉も対象外とすれば、残るのは…………



 パタパタ



「………………」



 パタパタ



「………………」



 何となく、そっとグニグニと動く『手』を白兎の頭に乗せる。


 すると前腕の床面部分がピッタリと吸いつくように白兎の頭にくっついた。



 ピコピコ

 

 グニッ!


 ピコピコ


 グニッ!



 白兎が耳を揺らしながら頭を動かすと、それに伴って白兎の頭に乗せた『手』の指がグニグニと動く。


 

 パタッ! パタッ!



 どうやら白兎は気に入った様子。


 その様子を見て、周りのメンバーも一安心。



「流石はハクト殿! 助かりました」

「ハクトさん、凄いです………」

「うむむ! やりますな、筆頭殿」

「フンッ! いい恰好しやがって………」



 何か知らんが、白兎の株が上がったようだ。

 1人文句を言っている奴がいるけど。






 

「では、廻斗、浮楽。白露のことは任せたぞ!」


「キィキィ!」

「ギギギギギギッ!」



 2機とも会話機能を持たない機種であることは気になるが、こちらの方もあまり戦力を割くこともできない。

 まあ、廻斗の方がある程度ボディランゲージで会話することができるから問題ないだろう。



「ヨシツネ、外のことはお前が指揮してくれ」


「ハッ! 命に代えてもお守り致します!」


「別に命を捨てて守る必要はない。最悪、俺が乗組員全員を収納して脱出することもできるからな」


「ハッ! その場合は、全身全霊を持ちまして時間稼ぎ致しましょう!」



 相変わらずクソ真面目な返事のヨシツネ。


 おそらくこの飛空艇で飛び上がれば、必ずどこかでスカイフローターが襲ってくる。

 その迎撃要員として、ヨシツネ、天琉、輝煉は活躍してくれるだろう。


 だが、暴竜相手となれば、そうも言っていられない。


 この飛空艇で戦いを挑むのは、あくまであの暴竜へと特攻を仕掛け、巨大な機内に乗り込み、中から破壊活動を行う為。

 どこかのタイミングで外のヨシツネや天琉、輝煉を船内に収納、若しくは侵入後に入り口を確保して招き入れなければならないのだ。





 豪魔を七宝袋に収納してから、飛空艇に乗り込み、指令室に入る。


 アニメや漫画で見るような宇宙船の指令室に近いデザイン。


 すでにメンバー達は集合しており、真正面の操舵手席には胡狛が陣取っている。

 秘彗はオペレーター席に座り、森羅は火器管制席、毘燭はレーダー監視席。

 剣風、剣雷は入り口近くに立ち、この指令室を警護するつもりの様子。


 ベリアルだけは1人、格納庫の方に行ってしまった。

 それほど広くない司令官室は息が詰まるからと言って。

 多分、皆が白兎を褒めたから拗ねているのだろう。

 



「マスター、こちらへ」



 胡狛が席から立ち上がって、俺を艦長席へと誘導。



「ここがマテリアル補給口になります」



 艦長席のデスクの一部が開閉し、マテリアルカード差し込み口が出てくる。

 

 

「やっぱり燃料補給がいるのか…………」


「百年以上経っていますから。今は最低限の機能しか稼働しません。暴竜に挑むならやはり満タンにしておくべきでしょう」


「どのくらい必要なんだろうな?」



 手持ちのマテリアルカードを差し込み、満タンまでつぎ込んでみると………… 


 

「ふえぇぇぇ………、200万M入ったマテリアルカードが2枚溶けちゃったよう…………」



 この飛空艇を燃料満タンにするのに400万M、日本円にして4億円。

 そりゃあ、戦闘機を1回充填するのに何百万円もの燃料費がかかるって聞いたことがあるけど、まさか4億円になるとは思わなかった。


 3,300万Mあった俺の資産があっという間に2,900万Mまで減ってしまった。


 まだまだ余裕はあるのだが、流石に燃料代だけで4億円はショックがデカい。



「マテリアルは推進力だけでなく、武装にも使用します。弾丸の精製や粒子加速砲の稼働、また、防御フィールドの形成。この規模の飛空艇をフル充填されるならそんなものですよ」



 口から魂が抜けだしそうになっている俺に説明を付け加えてくる胡狛。


 つまりマテリアルは燃料代だけでなく、弾薬やミサイル等の武装の補給も兼ねているのだ。

 船一隻まるまる分と考えれば、致し方ない。


 しかし、理由はわかったが、それでも、ここに来ての出費は色々と計算外。



「クソッ! この埋め合わせは必ずあの暴竜から取り立ててやる! 晶石を確保するのはもちろんだが、価値の在りそうな部品は根こそぎ引っこ抜いてやるからな!」



 この怒りは暴竜にぶつけるしかあるまい。

 今度こそは必ず仕留めてやる!



「準備はどうだ?」


「火器管制、問題ありません」

「レーダー機器にも異常ありませんな」

「エネルギー充填率100%! 発進準備完了!」



 それぞれ担当の席に座っている森羅、毘燭、秘彗から声があがる。


 

「では、マスター。私は操縦席に戻りますので、いつでも発進のご命令を」



 俺に一声かけて、操縦席へと向かう胡狛。

 

 彼女が席に座り、操縦桿を握ったのを確認したところで、

 

 

 ピョンッ!


 なぜか艦長席のデスクに飛び乗ってきた白兎。



 フリフリ

『システムオールグリーン! 機動戦艦ラビット………』


「違う! これ以上兎成分を増やすな!」



 勝手に命名しようとした白兎の頭を抑え込み、



「飛空艇エターナルブレイザー、発進せよ!」



 余計なことをさせないうちにこの飛空艇の名前を決定し、発進命令を下す。



 ブオオオオオオオオオオオオオ!!!!



 指令室に響き渡る駆動音。


 モニターから見える景色はあっという間に山々の中から大空へと変化。


 飛空艇に積み込まれたマテリアル重力器は、垂直離陸をも可能にするのだ。



「左前方60度、回転……………、上下角度、30度上昇!」



 デスクの上で、少し不満げに耳を震わす白兎…………の頭の上の『手』の人差し指の向きを確認しながら方向を指示。



「よし! ここだ! このまま進め!」



 ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!



 空に漂う雲目がけて突き進む飛空艇。


 飛行機のようにGを感じることは無いが、外を移すモニターからはどんどんと地上を離れていく様子が分かる。

 

 ここから先は空の守護者たる機械種テュポーンの領域。

 完全に相手が得意とする土俵。


 もちろんながら、そんなことは分かった上で選んだことだ。

 今更引き返すわけにもいくまい。



 側面を移すモニターを見ると、ヨシツネと天琉、輝煉が追従している姿が目に入る。


 大抵のスカイフローターなら、飛空艇の武装を使わなくても、ヨシツネ達が排除してくれるだろう。


 しかし、暴竜はスカイフローターを統べるモノと呼ばれている。

 打神鞭の占いでは、それ等の危険性について暗に述べられていた。


 果たして、どのような敵が待ち受けているのだろうか…………



 パタパタッ!


 やや不安げな表情をしている俺を見て、白兎がデスクの上で元気良く耳を震わせる。



「…………『コスモラビット隊』がいるから大丈夫って? それって、外のヨシツネ達のことか? また勝手に名前を付けて……………まあ、飛行部隊の名前くらいならいいか」



 俺の了解が得られた白兎は、嬉しそうにデスクの上でブレイクダンス。


 頭に『手』のオブジェをくっつけながら、まん丸い機体で背中を軸にクルクルと回転。



「あんまりはしゃぎすぎるなよ」



 いつも通りに白兎の姿に、自然と強張った顔が解れていくのを感じた。

 


 今は信じるしかない。


 白兎が見出したこの飛空艇と、頼もしい俺のメンバー達の力を。




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