第512話 メイド2



「見事だったぞ、剣雷。よく一撃で仕留めてくれた」

「剣風もナイスアシストだったな」



 潜水艇から出て、頑張ってくれた2機を労う。


 ともに直立し、剣を前に構えて俺への返礼としてくる。


 どちらの会話機能を持たないが、身に纏う雰囲気を見る限り、俺からの称賛を受けて喜びに打ち震えている様子。

 

 従属機械種にとってマスターの役に立つことこそが最大の喜び。

 まだ従属させて間もない2機だけに、母親に褒められた子供のごとく純粋に喜んでくれているのだろう。



「ラズリーさん。お疲れ様でした。流石ですね」


「いえ、ケンフウさん、ケンライさんお二方の援護があったおかげです」



 すでに服装をメイド服に戻したラズリーさん。

 俺の慰労と称賛の言葉を受けても、謙虚な姿勢を崩さない。


 自分を前に出さない奥ゆかしい態度はまさにメイドの鏡。

 この吹き荒ぶ荒野に咲いた一輪の華のごとし。


 だが…………



「でも、見事な一撃でしたよ。恐竜型の頭部を粉砕するなんて。やはりあれは破壊力特化の機械種デストロイヤーの技なのですか?」



 俺が何気なく放った質問に、ラズリーさんは一瞬機体を硬直させた。


 そして、クルッと首を捻って、俺と一緒に降りてきた白露へと視線を向ける。



 ビクッ



 ラズリーさんの視線を受け、身体をビクッと震わせる白露。

 あからさまにその顔は引き攣っていた。



 しかし、そんな主人に構うこと無く、ラズリーさんは凍てつくような冷たい口調で問いかける。



「……………白露様、ヒロ様に話しましたね?」


「………………」


「沈黙は是と受け取りますが?」


「ち、違うんです! ツユちゃんは、話すつもりはなくてですね………」


「話すつもりではないのに、話してしまった? ………言葉は物事を正確に伝える為のものですよ」


「………ちょっと自慢したかっただけです! ラズリーが凄いところを!」


「だから私があれだけ秘密にしてほしいとお願いしていたのにもかかわらず、話してしまったということですね」



 ツカツカと白露に歩み寄るラズリーさん。

 まるで蛇に睨まれた蛙みたいになっている白露。



「さて、私の主人である白露様。お約束通り、罰を受けてもらうことになりますが、お覚悟はよろしいですか?」


「ああああああ…………、狩人ヒロ! 助けてください! ツユちゃんは史上最大の危機に見舞われています!」



 白露が目の前に立つラズリーさん越しに俺へと助けを求めてくる。


 

「白露様? 少々往生際が悪うございますね。大人しく受け入れられた方が痛みは少なくて済みますが?」


「ひいいいいっ!」



 ラズリーさんが白露の頭に軽く手を乗せると、まるでお化けにでも触られたような悲鳴が飛び出る。



「ヒロ! ヒロ! 大変です! このままだとツユちゃん、さっきの恐竜型みたいに粉々に砕かれてしまいます! 一刻も早く救助の手をお願いします!」



 こちらへと手を伸ばして必死の形相。

 流石にそれは無いだろうが、ここでラズリーさんのお仕置きを受けてしまうのは少し可哀想な気もする。


 俺にとっては貴重な情報を教えてくれたと言うこともあるし…………



「えっと、ラズリーさん。すみません。俺が白露に教えてほしいと強請ってしまったんです。だからあんまり責めてあげないでもらえませんでしょうか?」


「……………乙女の秘密を暴こうとするのは感心しませんね」


「申し訳ありません。知ってしまった秘密は絶対に漏らしませんから」



 素直にここは頭を下げて、謝罪と共に誓いの言葉を口にする。

 白露から得た情報に比べれば、俺が頭を下げるくらい安いモノ。

 


「……………ふう。そこまでされては、逆にこちらが申し訳なく思ってしまいますよ」



 苦笑を浮かべながら、白露の頭に乗せた手を引っ込めるラズリーさん。

 そして、そのまま俺へ向き直り、静かな口調で語り始める。



「私はメイドであることに誇りを持っております。そこに追加された機械種マーシャルアーティストまでは良かったのですが、3つ目に追加されたのがよりにもよって機械種デストロイヤー…………」



 まるで悲恋の物語を語るような悲し気な声。

 藍色の髪のメイドが語る自分に訪れた悲劇とも言うべき過去。



「優雅でなくてはいけないはずのメイドなのに、破壊と暴力しか取り得の無い喧嘩屋系…………、何でこの職業を追加したのでしょうか………、拳を振るう度、野蛮さが出ないよう必死で取り繕わなくてはならないんですよ!」


「あ………、もしかして、ラズリーさんが戦闘中に呟いているセリフって………」


「はい、戦いの中でもメイドの心得を忘れないよう、自分に言い聞かせています」



 あの謎ポエムにはそんな理由が…………

 原因を聞くと、少し可哀想になってくるな。



「これも全ては我が身に刻まれた呪いと言っても良い、喧嘩屋系職業のせい………」



 語っているうちに怒りが沸々と湧いてきたのか、表情は変わらないものの、だんだんと目の色に怒りの感情が見え隠れしてくる。



「これが騎士系とか、剣士系なら我慢できました。いっそ魔術師系でも良かったんです。どうしても素手戦闘を向上したければ格闘系という選択肢もありました…………ですが!」



 ガシッ……



 感情が高ぶったラズリーさんはまたも白露の頭に手で掴み、思いのたけをぶちまける。



「何で喧嘩屋系なのですか! パワーが足りないから補う為に? それはあまりのも短慮でありましょう? 酷いとは思いませんか?」



 思わず白露の頭を掴んだ手に力が籠る。

 


「ぎゃああああああっ! 痛い痛い痛い! パリンッって割れちゃいます!!!」



 貯まらず悲鳴をあげる白露。


 続けて、白露の口から飛び出た意外な事情。



「そもそもツユちゃんは関係ありません! 貴方に機械種デストロイヤーを入れたのは白月様ですよ!」



 え?

 白月さん?

 

 思いがけない名前に面食らう俺。

 

 ひょっとして、ラズリーさんの元の持ち主は白月さんなのか?

 

 

 驚く俺が見つめる先で、ラズリーさんは肩を落としてため息をつく。



「はあ…………、そうですね。確かにこの所業を施したのは白月様です。白露様に当たるのは八つ当たりになってしまいますか………」



 ラズリーさんがそっと手を離すと、白露はそのままペタンと座り込んで安堵の涙。



「うううううう………、頭の形が変わってしまったかもしれません。ツユちゃんは悪くないのに…………」

 


 涙目でそう呟く白露に対し、



「そう言えば、私に機械種デストロイヤーを入れることとなったのは、確か白露様が私をもっと強くしたいと白月様にお願いしたことが原因でしたね?」



 三度、白露の頭に手を置くラズリーさん。



「ぴゃあああああっ! ツユちゃんは善意の第三者です! これ以上は勘弁してください!」



 うーん…………

 この漫才はいつまで続くのだろう?


 ここは多少強引にでも終わらせるか。


 今までの2人の会話の中で、幾つか分かったことがあるし。

 ぜひそれ確認しておきたい………



「あの! ラズリーさんは白月さ……まの従属機械種だったのですか?」


「はい、私の前のマスターは『白月様』でした」



 無理やり割り込んだ質問に、ラズリーさんはまだ憮然とした顔のままあっさりと答えを口にする。



「今は白露様をマスターとして、護衛兼、教育係の任務を承っております」


「………………ひょっとして、ラズリーさんって源種ですか?」



 今日に至るまでのラズリーさんの白露に対する扱い。

 通常の従属機械種がマスター相手に行うような態度や行動では在り得ないことが幾つもあった。


 しかし、辺境に長期滞在している以上、白露がマスターであることは間違いない。


 とすると、白露をマスターとしながらも、ラズリーさんの晶脳は別の命令を最上に置いているとしか考えられない。


 つまり、最初のマスターに絶対の忠誠を誓い、たとえ何度マスターが変わろうとも最初のマスターの命令を忠実に守ろうとする源種。

 白色文明時代に製造され、今まで一度もブルーオーダーされていない超貴重種。


 チームトルネラのボスは、その超貴重な源種であった。

 だから、初代マスターの命令に従い、代々女の子だけをマスターにしてきたという。


 また、俺のチームメンバーで言うと『ヨシツネ』のみがそれに当たる。



 ヨシツネの最初のマスターは俺だ。

 だからヨシツネは俺がマスターでなくなったとしても、俺の命令を優先する。


 例えば、俺がヨシツネに『エンジュを守ってくれ』と命令を与え、マスター権限をエンジュに譲ったとしよう。

 すると、エンジュをマスターとしたヨシツネは、俺が与えた最後の命令『エンジュを守ってくれ』と矛盾しない限り、エンジュの従属機械種として仕えるのだ。


 もし、エンジュがヨシツネに『自分よりユティアを守ってあげて』と命令しても従わない。

 なぜならヨシツネは源種であり、今のマスターよりも最初のマスターに絶対の忠誠を誓っているから。

 

 由緒正しい上流階級には、初代から長年代々当主に仕えている源種がいることがある。

 初代の残した命令を忠実に果たそうとして、代々の当主を諫めたりするという。


 もちろん、これは大いなる利点でもあるが、初代以外のマスターにとっては欠点でしかない。

 自分の命令に従わないことがある従属機械種なのだ。

 それゆえ、その存在を厄介に感じて、ブルーオーダーして転種に変えてしまうケースもある。

 源種はブルーオーダーに対してかなりの抵抗力を持つ上、当然源種も抵抗するからかなり難易度は高いのだけど。


 源種は大変貴重。

 転種や素種よりも能力が高いと言われ、最初のマスターになれるのであれば、これ以上信頼できる機種はいない。


 だが、手に入れる為には白色文明時代から残る遺跡やダンジョン、巣(長い年月を経ているので『塞』や『城』になっているケースが多い)で発見するしかない。


 だから300年以上前から存在する行き止まりの街のダンジョンや遺跡で発見されたヨシツネとベリアルは源種であり、作られてから100年程度しか経っていない巣から見つけた輝煉は素種となる。


 素種も貴重だが、源種程ではない。

 なぜなら、素種は今後も巣の中で作られるだろうが、源種は製造されることがないからだ。



 以上のことを踏まえると、ラズリーさんは源種である可能性が非常に高いのだが……… 



「…………はい。その通りです」



 これもあっさりと認めて、ラズリーさんはこちらへと向き直る。



「ヒロ様。私が受けた最初のマスターの最後の命令は『白露様を立派な鐘守にしてあげて』です。ヒロ様からすれば、自分のマスターに酷い仕打ちをしているように見えるかもしれませんが、これも白露様への教育の為なのです」



 その割にはかなり私情が入っていたような気が………



 んん? 

 『最初のマスターの最後の命令』ってなんか変な表現。

 

 最初のマスターは白月さんじゃないのか?


 でも、『白露様を立派な鐘守にしてあげて』なんて実に白月さんっぽい命令だし………

 中央に戻れば、そこには白月さんがいるだろうし、『最後の命令』というのもおかしな言い方だ。



「ラズリーさんの最初のマスターは白月様ではないのですか?」


「……………私の最初のマスターは『白月様』です」



 どこか沈痛な表情で白月さんの名を告げる。

 まるで痛ましい死を遂げた故人の名を呟くように………


 








 潜水艇へと戻り、何事も無かったかのように旅路につく俺達。


 俺の視線の先には、テーブルでお茶を嗜む白露と、その従者として傍に侍るラズリーさんの姿。


 先ほどのやり取りはどこへ行ったのか、ラズリーさんは白露を甲斐甲斐しく世話しており、白露も気にしない様子でそれを受け入れている。


 美しいメイドと可憐なお嬢様。


 傍から見ているだけなら理想的な主従に見える。


 しかし、メイドは教育係も兼ねており、主人がオイタした時は厳しく指導。

 一方の主人は懲りずに何度もポカをやらかし、その度に誤魔化したり、泣いたり、謝ったりとポンコツぶりを発揮する。


 本当に関係性のつかめない1人と1機。


 その裏にある事情を聞いて、ある程度理解することはできたのだけれど。




 ラズリーさんは源種であった。

 それはつまり、マスターである白露の言葉に100%従う訳ではないということだ。

 最初のマスターより与えられた命令、『白露を立派な鐘守にする』に反したと思われるケースでは、逆に白露を諫めようとするだろう。

 

 今までマスターである白露を抑えれば何とかなると思っていたが、場合によってはラズリーさんがネックとなる可能性がある。

 白露だけなら口八丁手八丁で誤魔化すことができても、ラズリーさんまでとなると些か難易度が高い。



「うーん…………、これは計画を修正しないといけないかもな」



 と言っても、すぐに対案なんて思いつかない。


 もう明日には狩り場へと到着することなる。

 考えている時間なんてあまり残っていない。



「さて、どうしようかね?」



 思わず呟いた、誰宛というわけでもない質問に答える者などおらず、



 パタパタ



 ただ足元の白兎が耳を揺らしただけであった。












 夜になり、風呂に入り終えた俺は、自分の寝床である車へと移動。

 昼の間、この車に乗っていたヨシツネ達は辺りの見張りについており、車の中は俺1人だけ。



「ふう…………、この時間が俺の癒しだな。誰にも煩わされることもなく、ただ静かに本を読むことができる」



 白兎が再現してくれたゲームでワイワイやるのも楽しいが、やはりこうして1人だけの時間を過ごすのは何事にも代えがたい楽しみだ。

 森羅や秘彗、胡狛達が近くにいると、どうしても彼等が俺のことを気にしているのが分かってしまう。

 従属機械種としてマスターの役に立つ為、俺の一挙一動に注目してくるから、ずっと一つの部屋で生活していると、俺の方が気疲れしてしまうのだ。


 

「多分、傅かれるのに慣れていないんだろうなあ…………、いや、現代日本人に慣れている奴なんていないだろうけど」



 ずっと構わられるのはしんどい、でも、ずっと放っておかれるのは寂しい。

 矛盾しているようだが、何事も程度が問題なのだ。

 決して俺が我儘というわけではない。



 運転席にもたれ掛かりながら、現代物資召喚で取り寄せたラノベを一冊読み終わり、そろそろ寝ようかと思った時、



「あれ? 誰かいる?」



 ふと、窓の外に視線を向けると、薄っすらと白い眩光に包まれた人影が一つ。



「え? ラズリーさん…………」



 白鈴を手にしたラズリーさんが潜水艇から出て、ここから離れていく後姿が目に入った。



「どこへ行くつもりだ? こんな荒野のど真ん中で………」



 ラズリーさんが人間で、潜水艇にトイレが無いなら、お花摘みかとも考えたのだが……………



「気になるな…………、ヨシツネ!」


「ハッ!」



 俺が呼ぶとすぐさま運転席の窓の外に現れるヨシツネ。

 月夜に照らされる蒼い甲冑姿の若武者。



 窓を開けて、跪くヨシツネへと質問。



「今、ラズリーさんが出ていったみたいだけど?」


「ハッ! 少し外に用があるとのことでした」



 ………………


 まあ、しょうがないか。


 今の俺の立場は白露に護衛をして雇われているからな。

 指揮命令系統が異なる依頼主の従者相手に、そう言われてしまうと何の用か?とは聞きづらい。



「………申し訳ありません。追いかけて詳細をお聞きしてきましょうか?」


「いや…………、こっそり後をつけることは可能か?」


「ハッ、ラズリー殿もそこまで警戒能力を高めていることは無さそうですので、ある程度距離を取れば気づかれずに追跡できます」


「よし、バレないように後をつけてくれ…………、これを持ってな」



 七宝袋から取り出したのは、『宝貝 掌中目』の片割れ。


 これをヨシツネが持って行けば、掌中目を通じてその光景を見ることができる。



「では、頼んだぞ」


「ハッ、お任せあれ」










 ここから先はヨシツネに持たせた掌中目からの映像。


 

 白鈴だけと手に持ったラズリーさんはそのまま荒野を進み、車から2キロ程離れた地点で立ち止まる。


 感応士の従属範囲は数百km以上、時には数千キロ以上とも言われる程に広い。

 また俺の方も4~5km程度だから、このぐらいの距離であれば何の問題も無い。



「ご用は何でしょうか?」



 月夜に響くラズリーさんの美しい声。

 それは無人の野に棚引いて溶け込み消えていく。


 姿を見せぬ誰かに向けて問いかけているようだが、一体誰のことなのであろうか?

 

 

「こういったお誘いを頂いたのは初めてのことですので、そのご用というモノには少々期待しておりますが?」



 辺りは少しばかり岩場が目立つだけの荒んだ光景。

 ラズリーさんが言うように、お誘いと言うにはあまりにも場違いな場所。



「焦らしておられるのですか? 随分と玄人なご様子で?」



 3度目に響く声。

 どことなく挑発めいたニュアンスが含まれる。


 そして、その挑発に乗った訳ではないだろうが、ようやくここにラズリーさんを呼び出したらしい存在が姿を現した。



 それは辺りより一際高い大岩の上。


 白鈴の光を背に受け、身を曝け出すその者の姿は…………



 ピコピコ



 夜風に揺れる白い耳。

 全高40cmにも満たない矮躯。

 なぜかボロ布を身体に纏った後ろ脚で立つ四足獣。



 パタパタ

『よくぞお越し頂いた、レディ。真夜中のお誘いに乗っていただいて感謝致します』


「あのヒロさんの従属機械種の筆頭であるハクトさんのお誘いですから」


 

 ヨシツネの持つ掌中目から映るのは、間違いなく俺の筆頭従属機械種である白兎の姿。



「それで何のご用何でしょう? 白露様には知られぬようにと条件をつけておられましたが?」


 パタパタ

『何、ちょっとしたお願い事さ』



 星空を背景に、ヒョイっと肩をすくめながらニヒルなポーズを決める白兎。

 兎のくせにそれが妙に似合った態度。

 実にハードボイルドな感じでセリフを続ける。

 


 フリフリ

『私と戦ってほしい』


「ハクトさんと…………ですか?」



 ラズリーさんの戸惑ったような声。


 ラズリーさんはストロングタイプ、それも職業を3つ重ね持つトリプルであり、白露の言葉が正しいのであれば、名も無き英雄、ヒーロータイプとまで言われる機種。

 比べるならビーストタイプ下位の機械種ラビットなど、道端のアリンコよりも矮小な存在でしかない。


 だが、白兎は普通ではない。

 名実ともに俺の従属機械種の筆頭なのだ。

 その実力はラズリーさんに劣るモノでない。


 だから…………



 ピコピコ

『レディ、まず軽く挨拶と行こうか…………、行くぞ!』



 セリフを言い終わると同時に大岩からピョンっと飛び降りる白兎。


 そして、そのままラズリーさんの方向へと落ちていき、


 

 !!!


 ドンッ!!!!


 辺りに強烈な衝撃を伴う破裂音が轟く。


 白兎の空中回し蹴りがラズリーさんに炸裂…………、

 

 いや、ラズリーさんの手がいつの間にかガンドレッドに覆われている。

 どうやらギリギリのタイミングで防御したようだ。


 しかし、白兎の放った蹴りによって、ガンドレッドで防御しながらも、ラズリーさんの機体は数m程後ろへノックバック。

 ガードしていたにもかかわらず、威力を受け止めきれなかったのだ。



「これは…………」



 ガンドレッドを盾のように前にかざしながら、ラズリーさんの顔は驚愕一色。

 

 重さは自機の3分の1もないはずの軽量級の蹴り一発が、ここまでの威力を発生させたのだ。

 長く稼働しているラズリーさんと言えど、未だかつてない経験であっただろう。



 フリフリ

『どうだね、私の挨拶は? 気に入っていただけたかな?』



 そんなラズリーさんの様子にも構わず、軽口を叩く白兎。



パタパタ

『ついでに自己紹介もしておこうか。狩人ヒロの従属機械種筆頭、白仙兎。通称白兎。またの名を宝天月迦獣…………』


「なるほど、ハクトさんは機械種ラビットではなく、機械種ホウテンゲツカジュウという機種なのですね? 私も初めて聞く機種名ですが………」



 ガチンッ!!



 夜の荒野に重い金属音が鳴った。


 両手のガンドレッドを胸の前で打ち合わせてカチ鳴らし、その身を包んでいたメイド服を戦闘服へと変更。



「おそらくは元橙伯、若しくは臙公。軽量級の色付きというのは大変珍しいと聞きますが、いない訳ではありません。ラビットの形をした橙伯、機械種マーチヘアという存在も記録にありますからね」


 

 ラズリーさんの声に喜色が混じる。



「よろしいでしょう。ハクトさん。貴方を私が戦う相手に相応しいと認めます」


 フルフル

『レディ、真に光栄の至り…………』



 前脚を前に出して頭を下げる白兎。

 見方によっては少々相手を揶揄っているかのような慇懃無礼な礼。


 だが、そんな態度の白兎に怒るどころか、笑みの形を作るラズリーさん。

 

 今まで見せたことのない艶やかさ。

 美しく、麗しく………、そして、なぜか怖さが滲みでるかのような微笑み。

 

 それは内からにじみ出る強者を求める渇望なのかもしれない。

 ベースは機械種パーフェクトメイドなれど、武道家系の機械種マーシャルアーティスト、そして、喧嘩屋系の機械種デストロイヤーの2つの近接戦闘職を身に宿した彼女。


 普段は認めないだろうが、未知の強敵に対し、晶石が振るえているのだ。

 さらには相手から挑戦され、ここで引くなどプライドが許さない。

 


 ラズリーさんは足を半歩ずらし、拳を前に置いた半身の構えを取った。

 目線は真っ直ぐに白兎を捕らえ、今にも射殺さんばかりの戦意に溢れている。



 対する白兎は、纏っていたボロ布を脱ぎ去る。


 夜風に吹かれて荒野へと舞うボロ布。

 その下に隠れていたのは、白い道着。

 両肩に2つの文字『天』と『兎』が縫い付けられていた。

 


 星明りの下で向かい合う2機。


 今から始まるのは天兎舞蹴術の拳士である白兎と、メイドでありながら近接格闘職を2つも持つラズリーさんとの一騎打ち。






「なあ、ヨシツネ。一体どういうことなんだ?」



 ぶつかり合おうとしている2機の近くで身を潜めるヨシツネに対し、掌中目越しに質問を飛ばすが………



「せ、拙者にも何が何だか…………」



 返ってきたのはヨシツネの困惑した声だけ。


 おそらく白兎には何かの考えがあるのだろうけど。


 もうこの状況下では見ていることしかできない。


 果たしてこの2機の一騎打ちの行方は…………



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