第510話 遠征
荒野を進んで行く1台の車。
小型ながらも中央で作られたばかりの最新型。
そして、その後ろに連結されている銀色の球型物体。
それこそが今俺達が乗り込んでいる発掘品の潜水艇。
長旅を街にいる時と変わらないくらいに快適にしてくれている旅の必需品。
この世界での長距離ドライブは元の世界とは比べ物にならないほど過酷なモノ。
何日も狭い車内に閉じ込められ、整備などされていない凸凹な道に揺られ続ける行程。
周りの景色は全く代わり映えせず、当然ながらサービスエリアなんかも存在しない。
機械種ならともかく、通常の人間なら苦行の一言であろう。
しかし、空間拡張機能により20畳程の広い空間を確保してくれるリビングルームの存在が、旅の行程をぐっと楽にしてくれるのだ。
開放感のある間取り。
備え付けられたセンスの良い家具。
いつでも使える全自動トイレに、一度に3人も入れそうな広い浴室。
さらに寝室も隣接しており、何不自由なく過ごすことができる空間が確保されている。
俺が手にしてきた発掘品の中でも、最も有用であったと断言できる。
潜水艇のリビングルームにいるのは、俺と白兎、森羅、天琉、廻斗、秘彗、胡狛。
そして、白露とラズリーさん。
残りのヨシツネ、浮楽、毘燭、剣風、剣雷は前の車両に乗り込んでいる。
敵が出てきた時の迎撃要員として。
すでに数回、ウルフやゴブリン達の群れと遭遇しているが、いずれも鎧袖一触、文字通り秒殺で片づけてくれている。
おかげで潜水艇の中にいる俺達は、リラックスムードでお話や遊戯に時間を費やすことができるのだ。
「おそらくこれは白色文明時代の長期任務の為の軍事用潜水艇ですね」
ラズリーさんが推測の言葉を口にする。
俺とラズリーさんはただいまテーブルを挟んで歓談中。
俺の背後には執事よろしく森羅が立ち、胡狛は少し離れたところで何やら機械をガチャガチャと弄っている。
白露+お騒がし組達はリビングルームの壁にかけられたモニター前でワイワイガヤガヤ。
おかげで誰にも邪魔されることなく、美貌のメイドとおしゃべりに興じることができる。
どうやらラズリーさんは胡狛よりもさらに長く稼働を続けている機種らしく、メイドらしからぬ見識を俺へと披露してくれていた。
「長く海中を潜航しなければならない任務において、乗組員のストレスは最大の懸念要因になりますから、ここまでの快適さを追求する設計となったと思われます」
「なるほど。地上を走っているのと違って、海の中なら気軽に外に出るわけにもいきませんからね。何日もせまっ苦しい乗り物に閉じ込められたら、確かにストレスが溜まりそうです。でも、軍事用という割には全く武装がありませんが………」
「海中で使用する武器は限られていますから。どうしても戦闘を避けられない場合は海中用の機械種を出撃させていたのでしょう」
「海中用の機械種…………」
有名どころでは、機械種シャーク、機械種テンタクルス、機械種オクトパス、機械種ドルフィン、機械種スピアフィッシュ、機械種ホエール等のビーストタイプ。
または、機械種マーマン、機械種マーメイド、機械種ギルマン、機械種セルキー等のヒューマノイドタイプ。
さらには、機械種ケルピー、機械種ヒッポカンポス、機械種シーサーペント、機械種シードラゴン等のモンスタータイプ。
いずれも海中専用、若しくは海辺でしか見られない機械種であり、港や船の護衛をしていたりすることが多い。
だが、当然ながら人間に従属されていない海中専用機械種も存在する。
それらは『マリンドリフター』と呼ばれ、この世界の海を支配しているレッドオーダーの総称だ。
陸から離れすぎた船に襲いかかり、あっという間に沈めてしまう船乗りたちの天敵。
コイツ等のおかげで船が進むことのできる航路は極端に少なくなっており、人類発展の足枷になっているという。
唯一、征海連合の船だけが、コイツ等に襲われないという話を聞いたことがあるのだが…………
「まあ、コイツで海の中を進む予定は、今のところありませんけどね」
流石に海の中では、ストロングタイプも役には立たない。
天琉や浮楽も同様。
そればかりかヨシツネも輝煉も、ベリアルだって無理だろう。
白兎ならすぐに順応するかもしれないが。
そう言えば、豪魔は何気に『水中行動』のスキルを持っていたな。
なら海に潜る機会があるなら豪魔を護衛に出しておけば良いか………
「あい! また、勝った!」
「キィキィ!」
「むむむっ! 悔しいです! もう一度再戦です!」
「白露さん、あまりムキにならない方が………」
俺とラズリーさんが静かに語り合うテーブル席に届いた、お騒がし組達の騒がしい声。
視線をそちらに向ければ、リビングルームのモニター前で座り込む4機と1人。
配線を何本も口に加えた白兎。
白兎の口から伸びる配線の先は、ボタンとレバーが並んだコントローラーに繋がっており、それぞれ白露、天琉、廻斗、秘彗の手の中に1個ずつ。
モニターに映るのは、4分割されたレースゲームの画面。
白兎曰く、『ラビットカート』というゲームらしい。
もちろん、まるっきりマ○オカートのパクリ。
白兎の晶脳に蓄えられたデータを使って、大人気レーシングゲームを再現しているのだ。
全く白兎の万能性もここまでくると大したもの。
まさか映像データだけでなくテレビゲームの再現までできるようになるとは思わなかった。
相変わらずキャラが兎オンリーだったり、キノコがニンジンに変わっていたりするけれど、それでも大人数でやれば盛り上げることこの上ない。
おかげで白露も長旅に飽きることなく楽しんでくれている様子。
「ムッキー! なんで、あんな黄色の帽子みたいなモノを踏んだだけで車がスピンするですか! 絶対におかしいです!」
「キィキィキィ!」
「あいあい! あれはバナナの皮………って、廻斗が言ってる」
「バナナブロックはあんな形はしていません!」
「白露さん。ゲームの設定ですからね。あまり深く考えない方が良いですよ」
まあ、この世界にバナナブロックあれど、バナナの皮は存在しないからな。
その辺の齟齬はどうしようない。
秘彗が言うように細かい所は気にしないのが一番だ。
また、白露にはゲームだけでなく、アニメも提供してあげている。
今回、お子様である白露の為に白兎が選んだ題材は日本の国民的アニメ『ドラ○もん』。
ただし、猫型ロボットでは無く、兎型機械種『ウサえもん』となっているのがご愛敬。
2足歩行をする未来から来た機械種ラビットが、お腹のポケットを出入り口とする亜空間倉庫から様々な機能を持つ発掘品を取り出し、毎回トラブルを解決したり、逆に騒ぎを起こしたりする内容。
ちなみに相方は『のび○君』ではなく『ヒロ太』君。
白兎にクレームを入れてやろうかと思ったのだが、白露が喜んでいたので勘弁してやることにした。
「パクリもここまでくると逆に感心するな…………」
いずれ元の世界から著作権侵害の訴えが来ないことを願うばかりだ。
とたえ最新型の車両でも、夜になれば止めざるを得ない。
いくら白鈴を光らせても、杏黄戊己旗で赤の威令を遮断しても、車を走らせていればその効果をほとんど発揮しない。
こちらからブンブン飛び回る機械種インセクトの群れに突っ込んでいくのだからどうしようもない。
ある程度余裕を持つのであれば、移動できる時間は朝日が昇ってから、夕陽が沈もうとする間の8~10時間程度。
そこを過ぎれば安全な場所に車を止め、白鈴を光らせて野営の準備に取り掛かる。
と言っても、寝床は車の中や潜水艇の寝室。
見張りはメンバー達に任せるだけだから、夕飯を食って風呂に入ることぐらい。
俺1人であれば現代物資召喚で適当に済ませていたところだが、今回の旅の随行者である白露がこの場にいるのだから食料ブロックを出さざるを得ない。
ただ食料ブロックを齧るだけなのは味気ないので、つい、手の込んだ組み合わせや調味を行ってしまう。
「ほれ、白露には特別メニューを用意したぞ」
白露に差し出したのは一枚のお盆に乗せられた複数の食料ブロックの組み合わせの数々。
素材系の牛肉ブロックと豚肉ブロックを粉々砕き、そこにエッグブロックを少しだけ足して練り合わせたモノ。
その上にソースドロップの幾つかを混ぜ合わせたデミグラスソースっぽいのをかけたハンバーグ………らしき物体。
ハンバーグブロックという調理系ブロックはあるのだが、味が薄くて俺の舌からすればとてもハンバーグとは呼べないモノ。
こうやって素材系ブロックを組み合わせて作ることで、ハンバーグに似た味と食感を生み出すことができるのだ。
さらにそれだけではない。
シュリンプ(海老)ブロックにブレッド(パン)ブロックの欠片を塗したエビフライのタルタルソースがけ。
エッグブロックの中に砕いたオニオンブロックとチキンブロックを閉じ込めたハート型のオムレツ。
リーフ(葉野菜)ブロックとトマトブロックを組み合わせてゴマ風ソースをかけたサラダ。
ライスブロックをケチャップソースで絡めたチキンライス。
そう!
これこそが世に言う『お子様ランチ』
正しく白露に相応しいメニューと言えよう。
ちなみにその山型に盛られたチキンライスの天辺には一本の小さな旗が飾られている。
もちろん旗の図柄は俺の団旗『月夜に輝く一本の刃』を模した。
作ってくれたのは細かい作業が得意な廻斗。
やはりお子様ランチと言えば、旗は付き物。
他人に自慢したくなる程の出来栄え。
「うわぁぁぁ…………」
見たことも無いブロックの組み合わせと子供心をくすぐるギミックに目をキラキラさせている白露。
「ほ、本当に、これ全部ツユちゃんが貰っても良いのですか?」
「ああ、お前の為に用意したんだからな、その『お子様ランチ』は」
「むっ! ツユちゃん、お子様じゃありません! 立派なレディです!」
これだけは譲れないとばかりに机をポンと叩いて主張。
「あっそ、ならこれは没収。なぜならこのメニューはお子様しか食べることできないんだ」
ヒョイッとお盆ごと取り上げようとすると、
「ああああああ!! ツユちゃんは『我儘ロリっ子タイプ』だからお子様で間違いありません! だから取り上げないでください! バブッバブッ!」
お子様を通り越して赤ん坊まで戻るな。
あと、『我儘ロリっ子タイプ』ってなんだ?
自分のことを言っているなら妙な表現の仕方だな………
「…………ほら。落ち着いて食べろよ」
「わーい! いただきまーす!」
「おい! お昼食べた時にやっていたお祈りは良いのか?」
「……………いと尊き白き鐘よ……以下略です!」
「それでいいのか? 鐘守!」
「ツユちゃんがいいと言ったらいいのです! いただきます!」
餌を前に待たされ続けた子犬のようにお子様ランチに食らいついていく白露。
別に長ったらしい白訓とやらを聞きたいわけではないが、あまりの白露の適当さに逆に心配になってくる。
「んまい! このソースの味は素人が出せるものじゃないです!」
「まあな…………」
「ほほう! これは見事な組み合わせです! こんなの中央でも見たことありません!」
「俺のオリジナル…………はちょっと言い過ぎかな」
この世界の食料であるブロックを組み合わせたのは俺がオリジナルだが、元の世界のメニューを参考にしたのだから、オマージュと言った所だろうか?
それでも俺が組み合わせたメニューを喜んでくれている姿を見るのは嬉しいモノだ。
俺の組み合わせた食事に舌鼓を打つ白露を眺めながら、自分用のメニューであるハンバーグにフォークを突きさした。
「ご馳走さまです! 大変美味しゅうございました!」
お子様ランチをペロリと平らげ、大変ご満悦な白露。
チキンライスの天辺に刺さった旗を大事そうにポケットに仕舞いこみながら、先ほどの食事の感想を述べる。
「本当にヒロは不思議な人ですね。狩人としても一流で、調味士としても玄人レベルとは」
「昔、レストランに務めていたことがあってな…………、ズズッ……」
「ヒロが狩人になる前のことですね。やっぱり最初は色々と大変なんですね」
ラズリーさんが淹れてくれた食後のお茶を飲みながら、俺と白露はしばし歓談の時間を過ごす。
「そう言えば、白露。さっき自分のこと『我儘ロリっ子タイプ』って言っていたけど、何なんだそれ?」
自分では『子供』じゃなくて『レディ』だと言い張っていたクセに、何ゆえに『我儘ロリっ子タイプ』という言葉が白露の口から出てくるんだ?
「……………それは、ツユちゃんに与えられた『役割』みたいなモノです。各鐘守は皆、他とは違う…………、その、個性というか、アピールポイントみたいなモノですね」
「へえ? 皆、そういうの、持っているのか?」
何だか本当にアイドルグループ染みてきたな。
貴方は正統派ヒロイン系、貴方は年上お姉さん系とか、それぞれキャラが被らないようにわざわざ事前に割り振っているとは………
人気商売とはいえ、白風が言っていたように鐘守業界も色々と世知辛いようだ。
鐘守1人1人にそういった『キャッチコピー』みたいなモノがあるのであれば、色々聞いてみたい気がしてくる。
「ちょっと、その辺に興味があるんだけど。例えば…………白風はどんな役割なんだ?」
「白風ですか? 白風は『猪突猛進なボクっ子タイプ』です」
うーん…………それっぽい。
向こう見ずな感じが特に。
なんか面白いな。
ぜひ他の鐘守のことも聞いてみたい。
俺が面識のある鐘守というと…………
「えっと………、では、白花の奴は何なんだ?」
「ハナちゃんは『小悪魔なお嬢様タイプ』ですね」
ええ~!
そんな可愛いモノじゃなかったぞ、アイツ。
どちらかというと『陰謀大好き黒幕悪役令嬢タイプ』って感じ。
「あと、俺が知っているのは………白雲だな」
「…………白雲様は『有能な才女タイプ』になります」
少し眉を顰めて答える白露。
今回の話を持ち掛けてきた白雲に対し、少し思うとこがあるのだろう。
まあ、確かに白雲は有能そうではあった。
大企業に務める敏腕マネージャーや社長秘書みたいな感じだったしな。
「それじゃあ、白月さんは?」
「むむっ! 三宝のお一人である白月様を『さん』呼ばわりですか?」
「あ………、失礼。白月様で」
「いけませんよ。白月様は大変フレンドリーですが、ツユちゃんにとっても雲の上の人です。ちょっと親し気に話しかけられたからといって、あんまり馴れ馴れしくするのもどうかと思います」
白露の言葉に少し刺々しさが混じる。
他の鐘守の話をバンバン振っているから、機嫌を損ねたのかもしれない。
白露の軽く睨むような視線を横目で見ながら、ちょっとばかり口籠ってしまう。
「まあ、その…………」
未来視の話だが、白月さんとは思いを告げられ、口づけも交わした仲だ。
だけど、これを話せば間違いなく変人の妄想として切って捨てられるだろう。
何も言えずモゴモゴする俺を見て、白露は少しだけ眉を寄せ、口を尖がらせながら話を続ける。
「言っておきますが、三宝の『打ち手』となるのは不可能に近いですよ。そもそも滅多なことでは出会えませんし、ヒロがどれほど活躍を見せても、拝謁すること自体できるかどうか分かりません。特に白月様は過去一度も『打ち手』を選んだことが無いのですから」
それは…………
多分、読心能力のせいだろう。
白月さんとしても主人となる『打ち手』に対しては自分の能力を隠さないはず。
それを知った上で白月さんを選ぶ人間がどれほどいるのか?
白月さん自身は気にしなくても、心を読めると知られて、白月さんの『打ち手』になろうという剛毅な人間は数少ないに違いない。
もし、白月さんの打ち手になれる人間がいるとすれば、俺のように『心を読まれない能力』を持つ者だけ。
果たしてそんな人間が俺以外にいるものなのか…………
「分かっているよ。そもそも俺は『打ち手』になるつもりは無いからな」
「その割に鐘守の名を良く知っていますね。中央では珍しくありませんが、この辺境では鐘守1人ひとりの名前までは、あまり知られていませんのに」
「美人に興味があるのは、男として自然なことだと思うけど?」
「…………もういいです。白月様は『聖女タイプ』になります」
諦めたような表情を見せ、白露は答える。
「ちなみに同じ三宝であらせられる白陽様は『女王様タイプ』、白星様は『女学者タイプ』になります」
何となく納得。
白月さんの聖女っぽいのは分かる。
白陽も直接は会ったことは無いが、映像や声だけをきくとそれっぽい。
最後に出てきた『白星』という鐘守は初耳だな。
三宝の1人ということは、白月さんや白陽と並ぶ高位感応士なのであろう。
「むむ、あと…………」
真っ先に聞きたかったのだが、あえて先送りにした名前。
この名を出すのには少しばかり抵抗はあるのだが………
でも、雪姫のことを少しでも知りたい気持ちが抑えられない。
「ゆ、いや………白雪は?」
「えっ! ………………」
「白雪はどんな役割なのかなって………」
「…………………」
目をパチクリさせ、じっと俺の顔を見つめる白露。
今、彼女が抱えている課題の大元となった少女の名。
いきなりその名を告げられて驚いているのだろうが………
「……………ユキちゃんは『クールなお姫様タイプ』です」
素直に俺へと教えてくれた。
内心、色々複雑な思いを抱えながらだと思う。
「そっか…………」
それだけを口にして、この話を終わらせることにした。
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