第474話 武威


 侵入者の件が片付いた後、今回の巣の攻略の結果を報告する為に秤屋へと向かう。


 随員はいつもの白兎とストロングタイプの機械種パラディン2機、剣風と剣雷。


 白兎は俺の少し前をピョコピョコと軽い足取りで進み、剣風、剣雷は俺の斜め後ろ右、左の位置を保ちながら、俺の護衛として随行。

 

 紅姫戦で傷ついた剣風剣雷の装甲は、白兎と毘燭である程度修復済み。

 少なくとも表面だけは見栄えが悪くないように整えてくれている。

 もちろん、後で本格的な修理の必要はあるし、騎士系のトレードマークとも言える盾は半壊状態のままだ。


 しかし、街中での護衛であれば、この2機の存在だけで十分。

 どのような武装組織であっても、ストロングタイプ騎士系2機相手に喧嘩を売ろうとは思わないだろう。

 


 

「やっぱり目立つよなあ………」



 街の中を進む度、周囲の視線の濃度が上がっていくのが肌で感じられる。

 その視線には困惑や戸惑いの成分がやや多め。


 この辺境では珍しいストロングタイプ。

 さらに人気の高い騎士系。

 おまけにそれを2機も従属させているとなればいたしかたあるまい。


 これが明らかに中央から来た猛者と一目でわかる風貌であれば、周囲も納得しやすいが、俺の容姿はそこからかなりかけ離れている。

 

 15,6歳程度の貧弱そうに見える少年。

 黒パーカーにジーパンというラフな服装。

 片手に持った瀝泉槍から来る武威も、素人目にはそこまで見抜くことはできない。

 傍目からは俺の素性を判別するのは難しいだろう。

 

 

「まあ、俺のことを少しでも知っている奴が見ても、この様を見れば驚くだろうけど………」



 この街ではストロングタイプの魔法少女系を従属させている新人狩人としてそれなりに有名であるはずだ。

 しかし、ストロングタイプの騎士系2機を公の場に出したのはこれが初めて。


 新人狩人であるヒロは後衛だけでなく、前衛もストロングタイプで固めている。

 

 数日のうちにそういった噂が街を駆け巡るだろう。

 目立つことが好きではない俺にとっては、やや面白くない状況を引き起こすのは間違いないのだが、こればっかりは避けては通れない道なのだ。


 

 今まで隠匿していた剣風剣雷をお披露目することにしたのは、ボノフさんからのアドバイスに従ってのこと。


 ブラックマーケットでの大きな取引を終えた帰り道、ボノフさんは俺に対し、早くストロングタイプの騎士系を表に出して、街の住人に武威をアピールした方が良いと勧めてきた。

 このままだと街の裏社会の連中が俺の財産を狙いに動き出す可能性があるらしい。



『今回ヒロが手にしたのは何千万Mも価値があるモノだよ。それだけの額になれば、たとえストロングタイプ1機を従属させていても抑止力になりにくいんだ。しかも街中では力を振るいにくく、耐久力に欠ける魔術師系だからね』


『つまり、秘彗1機だけだと、悪い連中にワンチャンスあると思われる……』


『そうだね。今回手に入れたのが強い機械種とかなら問題は少なかったんだけど、銀晶石自身に悪漢連中の襲撃を躊躇わせるような効果は無いからね』


『でも………、多分、コレ、すぐに使っちゃいますよ。俺を襲ったって得るモノは何もないのに………』


『悪い連中からすればヒロがそんな大きな取引ができる財産を持っていることだけで十分なのさ。ヒロの実力を正確に捉えている奴なんていないだろうし。何千万Mが手に入るかもしれないとなれば、イチかバチかで突っ込んでくる奴が必ず出てくる。すぐに情報が拡散するわけじゃないけど、多分、数ヶ月も経たないうちに何かしらの動きが出てくる可能性があるね』



 

 こういった事情から、剣風剣雷を表に出すことを決めた。

 また、頃合いを見て毘燭も外に出すことになるだろう。

 

 ヒロは前衛2機、後衛2機をストロングタイプで固めていることを街の住人に知らしめ、悪漢連中への牽制とする為に。



「街中でこんなに注目されるなら、秤屋に入ったらどんな反応が待ち受けているのやら………」











 秤屋の扉を開けて中に入ると、一斉に多数の視線が俺達へと向けられた。


 元々狩人達は警戒心が強い。

 仕事柄恨みを買いやすいし、狙われるだけの財産を保有していることが多い。

 秤屋の中にいても彼等の身は絶対に安全と言う訳ではないのだ。

 もっと治安の悪い街なら秤屋同士で抗争が勃発することもあるし、テロ紛いの襲撃を行ってくる頭のおかしな奴等だっている。


 だから彼らは外から入った来た人間を必ず一度目線を向ける。

 危険かそうでないかを自分の目で判断する為に。


 もし、俺が連れてきているのがいつもの森羅と秘彗ならすぐに注目は霧散していただろうが、今回は違う。


 全身西洋鎧風装甲を纏った機械種パラディンが2機。

 狩人にとっての1つの到達点でもあるストロングタイプ。

 レッドオーダーに対する主戦力とされる人類最強の盾。

 その中でも特に人気が高い騎士系を連れているのだ。


 おそらく注目度は秘彗の時よりも上………

 

 いや、俺が機械種ミスティックウィッチを従属させていることが知られているから、尚更なのだろう。

 


「馬鹿な…………、アイツ、ストロングタイプの騎士系も従属させているのか?」

「確か赭娼の巣を攻略したんだよな。もしかして、そこで手に入れたんじゃ……」

「そんなわけあるか! 赭娼の巣でストロングタイプが出てくるわけがない!」

「クッソ! 戦力を隠してやがったな。魔法少女系だけじゃなく、騎士系もいるとは………」

「少なくともストロングタイプの騎士系2機と魔術師系1機か。もう中央の狩人チーム並みだな。あの様子じゃまだまだ隠し玉がありそうだ」

「この間の紅姫の巣の攻略も、アイツがやったことでは………」 


 

 秤屋内にいる狩人達が騒めき立つ。

 色々な噂が飛び交い、俺についての情報が交換される。

 

 狩人にとって、他の狩人はライバルでしかない。

 時には獲物を巡って争うこともあるし、足の引っ張り合いだって日常茶飯事だ。

 同じ秤屋の狩人と言えど例外ではない。

 あからさまに敵対はしないだろうが、お互い競い合う相手なのは間違いないのだから。


 そんな中に降って湧いた俺と言う劇薬。

 気にするなと言う方が無理だろう。

 





「うう………、めっちゃ見られてる」


 

 受付で申請し、ミエリさんが出てくるのをロビーの隅っこで待っている最中。

 なるべく目立たないように端に寄ったつもりなのだが、未だに周りの狩人の目は俺へと注がれている。


 前にもこういったパターンになったが、その時はガミンさんが追い払ってくれた。

 しかし、今日はガミンさんが出てくる様子は無く、ミエリさんが呼びに来てくれるまでこのまま皆の視線に晒され続けるしかなさそうだ。

 

 

 俺を気遣うように剣風剣雷が前に出て、皆からの視線を遮ろうとしてくれるがあんまり意味が無い。


 足元の白兎も、少しでも俺への注目を反らそうとパタパタ、フリフリとリズミカルに機体を動かす。

 何人かの狩人が微笑ましそうな表情を向け、白兎の奇妙なダンスに意識を反らされているが、それだけだ。

 

 それ等のマスターである俺は、相変わらず注目の的。

 様々な感情が入り混じった視線が集中。

 

 羨望や嫉妬といった分かりやすいモノから、俺を値踏みするような目線まで色々だ。

 ストロングタイプの存在が否が応でも彼等の注意を引いてしまう。

 この辺境において、ストロングタイプを無視できるような人間なんて滅多にいない。

 たとえ中央から来た人間だって………

 


 

「少しいいか?」


「…………はい?」



 俺を囲む群衆から一歩前に出てきた狩人が1人。

 鈍い色の金髪を無造作に後ろで束ねた30代半ばの男性。

 俺よりも頭2つ分は高い長身から、低く渋い声で問いかけてくる。 


 

 カチャ

 カチャ

 


 俺の護衛を務める剣風剣雷がほんの少し警戒状態を強める。

 腰に吊るした長剣の柄に右手を置いただけだが、常人ならばそれだけで逃げ出しかねない威嚇となりうる。

 

 ストロングタイプの近接型ともなれば、瞬きする間に並の人間を5人は殺せる。

 手に持つ武器が届く範囲という条件はつくが、その神速の踏み込みを合わせれば5m以上。

 あえて即死圏内に飛び込みたい人間などいない。


 もちろん白鐘の恩寵内であるから、いきなりの即死攻撃が振るわれることはほとんど無いのであるが絶対ではない。

 剣の柄に手を置いたストロングタイプに近づくのは、牙を剥きだした獅子に近寄るに等しい。

 いかに飼い主が傍に居たとしても、その牙が向かって来ないと言う保証はないのだから。

 


 しかし、この男性は剣風剣雷を気にすることも無く、何気ない足取りで俺の前へとやってきた。

 まるでストロングタイプの武威を感じていないかのように。

 まるで攻撃を加えられても対処できるとでも言うように。


 

 そんな人物はこの辺境最大の街でも1人しかいない…………




「ルガードさん?」



 自他ともに認めるバルトーラの街最強の狩人。

 体のあちこちを機械化している改造人間。

 その戦闘力は単独で赭娼、橙伯にも手が届きうる強者。

 

 そんな彼が俺の前に立ち、興味深げな視線を投げかけている。



「ああ………、俺のことを知っているのか?」


「ええ、有名ですから」


「…………ハハッ、確かに俺は有名だな」



 自嘲気味に薄く笑うルガードさん。

 多分、ウタヒメを連れ回している自分の見られ方のことを言っているのだろう。


 未来視で得た情報では、彼がウタヒメを連れ回しているのは鐘守である白雲の命令であるようだ。


 これみよがしにウタヒメを見せびらかして挑発し、自分を倒せるような相手を探すことが目的なのであろう。

 そして、倒した相手にウタヒメを譲り、その相手がウタヒメに溺れ切った所で白雲が姿を現しネタ晴らしを行う。


 ルガードさんがこんな境遇にあるのは当然、自身の本意ではないはずだ。

 あの白雲に何かしら弱みを握られているに違いない。

 

 あっさりとウタヒメを俺に渡したことから、その弱みはウタヒメ自身ではないのだろう。

 果たして彼を縛る鎖は一体何なのだろうか? 

 ここまで屈辱的な立場に甘んじる理由は?

 

 当然、それを俺から問うことはできない。

 未来視で得た、本来俺が知るはずの無い情報なのだ。


 だから俺は彼の事情を知らない前提で話をしなければならない。

 まあ、ここは無難に返すとしよう。 



「…………何か俺にご用ですか?」


「用と言う程の用ではない。ただ話をしてみたかっただけだ」


「はあ………」


「今日はアイツの定期メンテナンスの日でな。君と普通に話ができるチャンスだと思ったのだ。久しぶりに運が良いと思ってしまったよ。ハハハッ……」



 そう言って、またも自嘲気味に笑いながら口元を歪ませる。



 確かに今のルガードさんの周りにあのウタヒメはいないようだ。


 俺には未来視内で彼女の虜になってしまった記憶がしっかり残っている。

 もし、目の前に現れたのならとても平静では居られなかったかもしれない。

 そういった意味では俺も運が良かったのであろう。



「良い機種を連れているな。それに君自身もなかなかの腕のようだ」


「ありがとうございます。辺境最強の狩人の貴方にそう言って貰えて光栄です」



 椅子から立ち上がって正面から向き合うと、ルガードさんから感じる迫力はなかなかのモノ。


 玄武岩を削ったような端正でありながらも厳めしい顔つき。

 鋼のごとく鍛え上げられた肉体。

 纏う雰囲気は一部の隙も無い武人だ。


 瀝泉槍を手に持ったままで無かったら、その迫力にビビッてしまっていただろう。

 だが、今日は俺の武威を見せつけに来たのだ。

 そんな臆病な所なんて微塵も見せるわけにはいかない。



 20cm近い身長差、倍近い体重差、倍以上の外見の年齢差も気にせず、堂々とルガードさんと相対する。


 しっかりとその猛禽のごとく鋭い目を真正面から捉え、じっと見据える。


 向こうは百戦錬磨の狩人。

 こちらは狩人になったばかりの新人。


 経験で言えば天と地ほどの差があるが、気迫だけは負けるわけにはいかないのだ。



「…………ふむ。面白い。君達の年代は本当に面白い連中ばかりが集まっているな」


 

 ルガードさんの口から漏れた感嘆の声。

 臆することなく自分と渡り合う俺の姿はルガードさんに感銘を与えてようだ。

 


「全く、ドンドンと若い者に置いていかれる気分だ。それほど歳を取ったつもりはないのだがな」


「若い者………、それは『天駆』や『血染めの姫』達のことですか?」


「ほう………、知っているのか? 随分と広い見識だな」


「いえ、噂程度ですが………、でも2人とも有名人ですよね?」


「中央では有名になりつつあると言った所だな。しかし、まだこの辺境では両者を知る者はほとんどいるまい………」



 そこで言葉を切って、俺へと探るような視線を向けてくるルガードさん。

 その数秒後には、ふと何かに思い当たったような顔を見せ、再度口を開く。



「なるほど………、君は中央に縁があるのか」



 まあ、間違いではないが、正解でもない。

 少なくとも今の俺は中央に足を踏み入れたことは無く、その知識は未来視で仕入れただけのモノ。

 勿論それを話すわけにはいかないし、カバーストーリーだと俺は辺境のスラム出身。

 ここは否定しておかないとどこかで矛盾が出てきてしまう。



「俺は辺境の出ですよ。中央には行ったこともありません」


「ふむ………、しかし、辺境でそのストロングタイプを手に入れるのはなかなかに難しいと思うが…………」


「きっと運が良かったんでしょう」


「………………ふふふ、そうだな。運が良ければ、そんなこともあるか………」



 俺の切り返しにルガードさんは苦笑を浮かべる。

 その表情はどこか自分の痛い所を突かれたようにも見えた。



「強い機種を連れて、本人も凄腕。おまけに運も良い。君は『天駆』や『血染めの姫』にも負けないくらいの狩人になりそうだな」


「ルガードさんにそう言って貰えると自信が湧きます。いずれその2人をも超えてみせますよ」



 自分にしては珍しく大きなことを言ったと思う。

 だけど俺のスペック的にはそうなって当然。

 今回は俺の武威を見せつけに来たのだから、変に遠慮する必要もないだろう。



 ルガードさんは俺の物言いに興味深げな表情。

 俺の言葉を若者らしい無謀さを含んだ向上心と見たか、それとも………

 


「そうか………、では、中央の第一線で活躍するだろう新たな狩人の誕生を期待しよう。それと………、すまない。随分と詮索するようなことを言ってしまったな。気を悪くさせてしまったら申し訳ない」


「いえ、謝られるほどのことではありませんから! 頭を上げてください」



 頭を下げて謝罪するルガードさんの言葉を慌てて否定。

 

 確かに狩人的には相手を探るような発言はNGだ。

 狩人三殺条にもあるように『探る者は殺す』なのだ。


 しかし、向こうは俺とは比べ物にならない大先輩であり狩人業界の大物。

 マナー以前に土台が違い過ぎる。

 周りの目もあるし、目上の人に頭を下げさせるのは良くない。



 気になってさり気なく周囲に目を向ければ、俺とルガードさんを囲むようにロビー中の狩人達が群がってこちらへと注目している。


 

 片や辺境では滅多に見ないストロングタイプを複数連れた有望な新人狩人。

 片や普段の行いで白眼視されることもある辺境最強と呼ばれる狩人。


 

 両者が交差すればどのような化学反応が起こるのか?

 皆気になって仕方が無いのだろう。



「何の話してんだろうね?」

「周りが煩いから、何を話しているか聞こえづらいな」

「あれ? なんでルガードさんが頭を下げているんだ?」

「あの新人が何かしたのか?」

「え! ルガードさんが負けたの?」



 俺達を囲んでい最前列の人間なら俺達の会話も聞こえるだろうが、後ろに行けば行く程声が聞き取りにくくなる。

 目に入ってくる光景だけではルガードさんが俺に頭を下げたことしか分からない。 


 果たして一体どんな噂になることやら。

 話題の種として考えれば、これ以上の無い組み合わせと言える。

 どう考えても今日一日は俺の噂で盛り上がるに違いない。

 

 

 

 いやあ………、目立つつもりでここに来たんだけど、こういう目立ち方するとは思わなかった。

 やっぱり目立たないように地味な活動でお茶を濁しておけば良かったかも。

 しかし、それだとお宝を入手しづらくなるし………

 


 頭の中で色々と悩みながら、困惑顔で立ち尽くしていると………



「ヒロさ~ん! どこですか?」



 受付の方からミエリさんの声が届いた。

 どうやら順番が来たようだ。



「はい! こっちです! すぐ行きます! …………すみません、ルガードさん。俺はここで………」



 大声を上げてミエリさんへと返事。

 そして、ルガードさんへ断りを入れる。



「ああ、時間を取らせてすまなかった」


「いえ、こちらこそ。では、また次の機会にでも………」



 そう言って足をミエリさんがいる方に向けた時、



「そうだ、聞くのを忘れていたが…………、君はウタヒメに興味は無いか?」



 俺の背中に飛んできたルガードさんの言葉。



 それに対し、俺は即座に、



「今は全く興味ありません!」



 ルガードさんへと振り返って断固拒否を表明。



 そんな俺の返答に、またも苦い笑みを浮かべるルガードさん。


 その顔には、残念なような、でも、ほっとしたような感情の色が見え隠れしていた。



「では! 失礼します!」



 これ以上、話を続けられる前に、俺は脱兎の勢いでその場を脱出。

 

 置いていかれそうになった白兎と剣風剣雷は慌てて俺を追いかけてきた。



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