第149話 片づけ
ギギギギギギッ
錆びついた大扉を開けると、そこは駐車場だ。
「あ、ヒロ。帰ってきたんだね」
いつもの変わらない穏やかなジュードの声。
しかし、俺がしばらく前まで聞いていたのは、不愛想で、暗く沈んだ、覇気のない声。
アテリナ師匠が声をかけても、最初はろくすっぽ返事もしなかった奴だ。
アデットが話しかけた時だけは、ちゃんと対応するクセに。
群れることはせず、一人で黙々と仕事に打ち込んでいた。
稼ぎの良い仕事になると顔を突っ込んできて、それでいて慎重な行動を心がけていた。
サラヤを失い、絶望してしまったことは同情もするけれど。
お前が結果的に俺からアテリナ師匠を引き剥がしてしまったんだ。
未来視で見たジュードの姿と、今のジュードの姿は全く重なることはない。
しかし、逆にその差が俺の心をほんの少し苛つかせる。
「・・・ジュード。すまないな。帰ってくるのが遅くなって」
何でもない様に声をかけたつもりだったが、自然と表情が固くなってしまう。
「あははは、ヒロがそんな顔する必要なんてないよ。今まで頼りっきりだったんだし。これくらい僕らだけで片づけられないとね」
さわやかに俺をフォローしてくれるジュード。
俺の表情を見て、俺が襲われている場に居なかったことを悔いていると思ったのだろう。
「それに・・・」
そこで言葉を切って、俺の足元にいる白兎に目を向けながら、
「ヒロの代わりにハクトが活躍してくれたからね」
「みんなに言われるな。そんな大活躍したのか?」
「ここでハクトが別動隊を食い止めてくれなかったら、危なかったと思うよ。今回で言えばトールに次ぐ活躍だったんじゃないかな」
「何人くらいが襲撃してきたんだ?ハクトだけじゃ、相手にできるのはせいぜい2、3人くらいだろう?」
「表から8人、裏から6人。襲撃者は全部で14人さ。それに機械種が3体護衛についていたんだよ」
「はあ?14人?機械種が3体も!そ、それは・・・よく無事だったなあ」
人間と機械種合わせて17体の敵に対し、今、こちらチームトルネラの戦力として数えることができるのは・・・
ジュード、機械種タートル、機械種コボルト、そして俺の白兎。
「おい、人間の戦力がジュードしかいないぞ。対抗できているのは機械種の数くらいだろう!」
「ははは、そうなんだよね。今はカランがいないから、人間で戦力として呼べるのは、ヒロを除けば、僕くらいしかいないんだよ。前はディックがいたからどうにかなっていたけど」
それはヤバいな。非戦闘員の比率が高すぎる。それは狙われても当たり前だ。
「だから今回の件はすごく勉強になったよ。僕にとっても、チームにとってもね。盾になってくれる機械種と、銃さえあれば、子供でも、女の子でも戦うことができるって分かったから」
・・・なるほど。敵に向けて引き金を引くだけなら女の子でもできる。
ただし、それにはある程度安全が確保された後衛だからできることだ。
今回は、ザイードのタートル、ジュードのコボルトが、盾役を務めたってとこか。
やはりチームトルネラには機械種が必要だな。
それもある程度数をそろえないと、次の襲撃に耐えられないかもしれない。
白兎は置いていけないから、やっぱり他の機械種を捕まえてくるか。
んん?そう言えばさっき、白兎が別動隊を片付けたって言ってたけど・・・
「じゃあ、白兎がやったのは裏から来た6人ってことか?」
「ハクトの戦果は、その6人についてきた機械種コボルト2体の方だね。人間の方は何とかなってたんだけど、コボルトが暴れ出していたら大変なことになっていた。それを白兎が片づけてくれたんだよ」
「え、白兎がコボルト2体を片付けたのか?」
詳しく聞くと、裏から攻めてきた連中は、この駐車場に仕掛けられた催涙ガスによって無力化できていたそうだ。しかし、機械種2体は当然ながら催涙弾の類は通用せず、そのままロビーへ雪崩れ込もうとしていたところへ、白兎が駆けつけて倒してしまったらしい。
いや、白兎がコボルト2体を倒したことよりも、この駐車場にそんなものが仕掛けられていたということの方が驚きだ。
「5年前に一度、ここから攻め入られたことがあるんだよ。だから、ここには念入りに対策が練られているんだ」
なんか、トールに聞いたことがあるな。確か車が一台置いていたけど、その時に壊されたとか・・・
「みんなには内緒ね。これを知っているのは、サラヤとカラン、トールと僕くらいだから。でも楽ちんだったよ。僕がここに来た時には、コボルトは破壊されていたし、襲撃者の連中はガスにやられて呻いていただけだから、仕留めるのも容易かった」
穏やかな表情を崩さず、6人を殺したのは自分だと告げるジュード。
・・・イマリもピアンテも銃を撃ったと言っているし、このスラムで生きていく為には、襲いかかってきた者を容赦する余裕なんてないんだろうな。
「それより、ヒロがここに来てくれたってことは、手伝ってくれるってこと?」
「ああ、ナルからそう頼まれたんだけど・・・」
サラヤは今、バーナー商会の人が来ていて、その対応中らしい。
かき集めた銃の支払いや、壊れてしまった裏口の修繕なんかを相談しているようだ。
だからサラヤへの報告を後回しにして、ジュードの手伝いに来たのだが・・・
ジュードは先ほどから、駐車場の奥の方に視線を飛ばしている。
ジュードが眼を向けた先には、襲撃者らしい死体が14体。
ブルーシートのようなものの上に並べられていた。
そして、その死体の横には、かなりの大きさのリアカーが止めてあるのが目に入る。
「ひょっとして、手伝いって・・・」
駐車場に並んだ死体の山。
リヤカー。
これで連想されることは・・・
「そう。これは女の子にさせるものじゃないからね。ちょっと遠いけど、廃墟まで運ばないといけないんだ」
俺とジュードの2人がかりで、14人の死体をリアカーに詰め込んでいく。
なんとまあ、陰鬱になってしまう作業だ。
しかし、襲撃の時は役に立てなかったんだし、これくらいのことは仕方がない。
うあ、結構穴だらけだな。何発撃ち込まれたのやら。
「正面から来た8人と機械種1体は、ロビーで半分に分かれたんだよ。待ち構えていた僕らに突っ込んできた4人と機械種1体は、タートルの電撃砲を打ち込んでから、銃でハチの巣にしてやった。2階に駆け上がった4人はボスに滅多打ちさ」
おお、ボスの存在を忘れていたな。
4人を一体で片づけたのか。やっぱり強いんだ。
「厄介だったのは、僕らに向かってきた機械種がコブリンだったことだね」
「コブリンを従属していた奴がいたのか!それは大変だったな」
確かオークよりは格下だけど、コボルトよりは強いはず。
「流石にコブリンを、スモール最下級の銃で倒すのは苦労したさ。まあ、僕のグレイズが立ち向かってくれたおかげだけど」
少しばかり自慢げな様子のジュード。
まあ、従属しての初陣だったから、その気持ちも分からないでもない。
ふふん。俺はレジェンドタイプの機械種を従属したもんね。
羨ましくなんてないさ。
「でも、チームブルーワはそんなに機械種を従属していたのか?ハーフリングタイプとはいえ、スラムで機械種を従属させているのは珍しいと思っていたけど」
俺の質問に、ジュードは少しばかり暗い表情を見せる。
「・・・実はね。今回の襲撃に『青銅の盾』の連中が混じっていたんだよ。『青銅の盾』ナンバー2が」
「それって、この前ダンジョンで殺したバルークって奴の・・・」
「そう。バルークがいなくなってナンバー2になった奴。おそらくバルークがいなくなって、その影響か何かで、チームブルーワと手を組むようになってしまったのかも」
うーん。これも俺のせいか。
一つのトラブルが連鎖的に何かに影響を与えていく。
それも大抵俺が発端だったりするんだよな。
「彼等にとっても大損害だったと思うよ。たとえ『青銅の盾』でも、コブリンやコボルトは貴重な戦力のはずだから。もちろんチームブルーワもね。多分戦闘員の半分くらいは削られてしまったんじゃないかな」
ふむ。チームブルーワや青銅の盾の戦力が減ったことが、また何かに影響を与えないだろうな。
ジュードの話を聞きながら、黙々とリヤカーに積み込んでいく。
病人をベットに乗せるような感じで慎重に。
物のようにポンポン積んでいけば、もっと早く済むだろうが、人間の死体をそのように扱うのは少しばかり抵抗がある。
死体の様子を見ると、かなり年若い少年も襲撃に参加していたようだ。
14人中、5人くらいは俺より年下だろう。
あれ?コイツ・・・
どこかで見覚えのある顔・・・あ、チームブルーワっていうと・・・
草原で襲いかかってきて、見逃したあの兄の方か!
あの時見逃してあげたのに、何で死んでいるんだよ!
お前の弟はどうするんだ?
「ヒロ、どうしたの?もしかして知り合いでもいた?」
俺の様子が気になったのか、ジュードが少しばかり俺に気を遣うように声をかけてくる。
「いや、知り合いというか、一度見逃してあげた奴がいたんだ」
「なんだいそれ?」
ジュードへ、チームブルーワの少年達に草原で襲われたことを説明する。
「なるほど。チームブルーワは『魔弾の射手』とは別の意味で実力主義・・・いや、成果主義っていうのかな。成果をあげた人には気前よく褒美をくれるらしいよ。だから上を目指している少年達には人気でね。その子も襲撃が成功したら、チームトルネラの女の子を1人くらい貰えると思っていたのかもしれない」
ジュードは随分当たりがキツイな。そんなにチームブルーワが気に入らないのか。
まあ、総会での様子を見るに、今まで散々嫌味を言われてきたんだろうな。
「ヒロが気になるなら、その子の弟をチームトルネラに連れてきたらいいんじゃない?」
「おい!自分の兄を殺したチームに入るわけないだろ!何を言っているんだよ」
「でも、そんな小さな子が1人ではスラムじゃ生きていけないよ。このチームトルネラ以外でその子を引き受けるチームなんていないと思う」
ジュードは普段通りの穏やかな表情だ。
しかし、その目の奥に少しばかり俺を窺うような色が混じっている。
ひょっとして、俺に気を遣ってくれている?
それとも試されているのか?
しかし、俺の心の中でモヤモヤするものはあるけれど、それを理由にチームの中へ危険因子を入れるわけにはいかないだろう。
兄を殺された弟は、絶対にこのチームを恨むだろうし、それはどれだけサラヤやナルがその子を優しくしてあげたって消えるモノじゃない。
「・・・いや、止めておこう。そんないずれ敵に回るかもしれない子を、チームトルネラに置いておくのは危険だ」
「そっか。ありがとう、ヒロ」
少し安堵しているような表情のジュード。
やはり俺に気を遣ってくれていたのだろう。
しかし、これでその子の運命は閉じてしまった。あの泣き虫だった小さい子が、このスラムで生き抜くことは不可能に近い。
それを決断したのは俺だ。
すまない。名も知らない子供。
君を助けることはできない。
ひょっとして、もし、もう一度出会うことがあるなら、その時だけ手を伸ばすかもしれない。
でも、俺から探し回って助けに行くことは無い。
だから自分の力だけで生き抜いてくれ。
俺の落ち込んだような表情を見て、ジュードが心配そうに声をかけてくる。
「あまり抱え込まない方が良いよ。ヒロがどれだけ強くたって、1人でできることは限られているんだから」
違うよ、ジュード。
俺が自分の身を顧みず、全力を出せば、このスラムの人間全てを救うことだって不可能じゃない。
この街に来た当初ならともかく、今の俺の力は個人を越えて、国家レベルにあると思っていい。
俺の持っている紅石は、捨て値で処分したって、このスラムの人間全員を何年も養うことができるはずだ。
俺の全能力を、このスラムの発展の為につぎ込めば、ネット小説でよく見る主人公が作る理想の箱庭にすることだって可能だろう。
だが、俺はその選択肢を選ばない。
俺は自分のことが最優先だから。
自分が苦労すると分かっているようなことに手を出したくないから。
自分の幸せの為には、抱える物を最小限にするのが一番だということが分かっているから。
だから俺はヒロインを厳選しているし、安易に仲間も増やそうとしていない。
全ては俺の我儘だ。
こんなこと、誰にも話すことはできないな。
やはり俺はソロがお似合いらしい。
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