第58話 夢


 人目を避けるようにスラムを抜け、廃墟を目指す俺とディックさん。


 結局、報酬につられて依頼を受けることにした。

 俺への報酬は廃墟に隠してあるそうなので、それを取りに行く最中だ。

 ラビットのいる草原への通り道だからちょうどいい。



 流石にここまでくると、街灯などもなくなり、辺りは見通すことのできない暗闇で満たされている。


 俺はディックさんから渡された懐中電灯のようなもので、足元を照らしながら進んでいく。


 ディックさんは義足をつけているとはいえ、杖をつきながらなので、かなりのゆっくりペース。

 それに合わせる形で俺も歩く速度を調整してる。

 





 人気の無い道をこんな夜ふけに男2人で歩いている。

 なんてロマンチックの欠片もないシチュエーション!

 しかも、俺もディックさんもそんなに話すことが無いので、お互い無言のまま歩いているだけだ。

 

 暗がりを会話もなく進んでいるだけだと、思考もマイナス方面に振った考えがどんどん浮かび上がってくる。


 何をしているんだか、自分でも良く分からなくなってくるな。


 確かに報酬の2000Mと蒼石は魅力的だが、俺の求めているのは、そういうものじゃなくて、もっと心ときめくというか、甘酸っぱいイベントというか、ぶっちゃけ異性関係のイベントが全然足りていない。


 まあ、確かにこっちからスルーしてしまったこともあったが、もう少し、色気のあるイベントはないのだろうか。




『サラヤ』ルート:最も多くのイベントをクリアしたが、そもそも攻略可能キャラではなかった。


『ナル』ルート:まだイベント未発生。話す機会は多いが、深い話が全然できていない。


『デップ達』ルート:もう全イベントクリアでいいだろ。CGも全て回収しきっていそう。


『ピアンテ』ルート:初イベントでルート回避。


『イマリ』ルート:初イベントでルート回避。


『テルネ』ルート:攻略しようと思えばいつでも可能と思われるが、これもルート回避するつもり。


『カラン』ルート:意図せずルートに入ってしまった感がある。最終イベントは回避しよう。


『ザイード』ルート:一定の好感度は稼いでいる。次の機械種完成イベント待ちか。


『ジュード』ルート:初めの方はイベントがなかったが、中盤怒涛の追い越しがあった。

 相棒フラグも立てて、この中じゃ一番ルートを進んでいるんじゃないか。まっぴらごめんだが。


『トール』ルート:ナルと同様、会話は多いが、深い話はできていない

 最初から好感度は高いが、ルートに入るのは難易度の高いキャラだと思われる。入ろうとも思わないが。


『ディック』ルート:ただいま進行中。


 いや、野郎のルートは最初から外しておくべきだろう。何で入れた。





 こうしてみると、肝心なところで選択肢を間違えていたような気がする。

 そもそも攻略不可能キャラに力を入れ過ぎて、他の出会いを逃してしまったのかもしれない。


 俺がサラヤに入れ込んでなければ、このチームに入ることもなかったし、留まることもなかっただろう。


 このチームじゃあ俺の求める異性関係を構築できそうなキャラがいない。


 ジュードはスラムにはチームトルネラ以外にも、あと5つのチームがあると言っていた。

 他のチームに行けば新たな出会いがあるかもしれない。

 

 それに、あのアデットが言っていたように魔弾の射手に行けば綺麗所を付けてくれるようだし、ジュードが言っていた雪姫ってのも気になる………

 


 ちょっと待て!

 だからなんで活動の範囲をスラムに絞ろうとするんだ。ここはスラムだぞ。

 女の子の質だって他の地域に比べたら低いに決まっているだろうが。

 この世界にはもっと可愛い女の子がたくさんいる場所だってあるはずだ。



 俺には「闘神」スキルと「仙術」スキルがあるんだ。今はまだ完全には使いこなせてはいないが、いずれ最強の地位に昇り詰めることが可能だろう。


 そうすれば、女の子だって選り取り見取りに違いない。

 その前に変な女に捕まってしまい、制限をかけられてしまったらどうする。



 どこかにいるはずなんだ。きっと、俺の理想のヒロインが。

 俺だけを見てくれて、俺だけを愛してくれるヒロインが。

 あと、ハーレムを許容してくるというのも条件につけておこう。



 自分の心の中の冷静な部分からは、そんなヒロインいるわけないだろ! って突っ込みが無数に飛びまくっている。


 分かってるよ。それくらい。

 でも、夢見るくらいはいいだろうに………







 そんな妄想をしながら歩いていると、今まで口を開かなかったディックさんが俺に声をかけてくる。



「ヒロは何でこのチームトルネラに入ったんだ?」



 ん? ディックさん、とうとう沈黙に耐えられなくなったのか?

 まあ、会話に付き合ってあげるくらいいいか。



「デップ達に誘われたからです。街に来て、なにをすればいいのかわからなくて、彷徨っていたところを拾われました」


「ほう、デップ達のお手柄だな。もし、ヒロがこのチームに入っていなかったら、俺もこうやって外には出られなかっただろう」


「ん? どういうことです?」


「ヒロの活躍は色々聞いている。それに今日の食堂でのサラヤの演説も聞いた。もうチームトルネラは安全だろう。だから俺が足を失って戦力外になってしまったという情報が流れても大丈夫になったからな」



 あ、そうか。

 サラヤ達はディックさんが怪我したという情報を周りに隠していたな。

 チームの戦力が下がったということが他のチームにバレると襲撃されるかもしれないということで。



「もう俺はこのチームに必要なくなった。だから好きなことをさせてもらおうと思ったんだ」


「そんなことはないと思いますが……」



 一応、そう言っておこう。この辺りは日本のサラリーマン的処世術だな。


 ディックさんは俺の苦しい返答に苦笑する。



「初めてヒロを見た時は、俺に心配をかけまいとしたサラヤが嘘をついていると思ったぞ。俺の代わりになれるくらいのルーキーが入ってきたって言ってたのに、ヒロは全く鍛えてなさそうに見えたからな。そこまで気を遣われていることに逆にショックを受けた」



 え、あの時、苛ついていたのはそんな理由?



「苛ついていたのは、サラヤに嘘までつかせるほど追い込んでしまった俺の迂闊さに対してさ」



 ディックさんは過去の自分を自嘲するように呟く。



 てっきり足を失ったことに対して苛ついていたと思ってた。

 ちょっとディックさんに興味が湧いてきたな。色々質問してみよう。



「ディックさん。どうしてもラビットに立ち向かう意味がわからないんですが、一体どうしてです? せっかく命が助かったのに、いまさら危険を冒す必要なんてありますか?」


「そうか。それはそうだろうな。俺も馬鹿なことをしていると自覚しているよ。でもな、これは俺が俺である為に必要なことなんだ。これを切り抜けないと、俺は一生負け犬のままで過ごすこととなるだろう」


「……大怪我をして、さらに惨めな状態になるかもしれませんよ」



 ちょっと脅しのような文句になってしまったかな。

 でも、できれば危ないことはやってほしくない。


 相変わらず俺はチョロイな。

 ちょっと会話が続いただけで、親しみを持ってしまう。



 しかし、俺の脅しに対しても、ディックさんは小動もしない。



「その時は仕方が無い。草原に置いていけ。戦士が戦場で散るのは誉だろうからな」



 随分無茶を言う。

 その時は仙丹で直してしまうかもしれない。


 しかし、そこまで言うならもう止めようはないか。

 話題を変えよう。



「ディックさんは、ラビットに勝ったら素直に拠点に帰ってくれるんですね」


「いや、拠点には戻らない」



 へ?



「もう書置きはしておいた。明日の朝にはサラヤの目に入っているだろう。ラビットに勝ったら、そのままチームを離れる予定だ」



 これは予想外。

 どこへ行くつもりだろう。


 ディックさんに質問してみると、これも予想外の答えが返ってくる。



「狩りで体を壊した奴の行き先は一つさ。繁華街での物乞いだな。この体でこの足だ。体格に恵まれ狩人を目指したが、若くして足を失い夢を諦めざるを得なくて物乞いをしている。さぞかし、通行人も哀れに思ってくれるだろう」



 表情を変えずに淡々と答えてくれるディックさん。


 俺は絶句して声も出せない。

 今、俺はどんな顔をしているんだろう?


 そんな俺を見て、ディックさんは少しだけ男臭い笑みを浮かべる。



「そんな顔をするな。スラムじゃあ良くある話だ。俺もラビットを狩り始めた時に覚悟はしていた。まさかこんなに早く来るとは夢にも思わなかったがな」


「……その足は治らないんですか?」



 おい、俺。

 あまり要らないことを言い過ぎるなよ。



「ああ、このスラムどころか街に出ても、足の代わりを手に入れるのは難しいな。なにせこの図体だ。俺に合う機械擬肢が見つかる可能性は低い。もっと大きな街にいけば手に入るかもしれないが、それを施工できる技師につなぎがとれるかどうかだ」


「その、失った四肢を生やすような薬みたいなのはあるのでしょうか?」



 結構ギリギリだな。

 もうこれ以上この話を進めない方がいい。



「あると言えばある。再生剤という発掘品を聞いたことがある。文字通り失った四肢や目、臓器等も再生させることができる薬だそうだ。ヒロ、良く知っていたな?俺も知り合いの狩人から聞いたくらいだぞ」



 危ない橋を渡ったような気がしたが、得るものは大きかった。

 俺の仙丹も、その再生剤と言い張れば、使用することもできそうだ。

 


「それも夢のような話だ。もし店頭で売られていても、莫大なマテリアルが必要になるだろう。俺には縁のない話だ」



 俺の仙丹を再生剤と言って売ることができれば、莫大なマテリアルを手に入れられるかもしれないということか。

 しかし、それを販売することで、厄介ごとに巻き込まれる可能性も高そうだが。



「そろそろ、この辺りだな」



 ディックさんと話している間に廃墟まで来てしまっていたようだ。


 ディックさんは辺りを見回して何かを探している。

 しばらくすると目的のものを見つけたらしく、少し向こうにある半壊した家屋を指さした。



「あれだな。ヒロ、こっちだ」



 あそこには俺への報酬が眠っているはずだが、すでに報酬への興味は薄れてしまい、俺の関心はディックさんの足を治すかどうかになっていた。



 さっきの再生剤の話で、仙丹をディックさんに使用するハードルが一つ下がってしまった。

 前に皆に配ったカロ○ーメイトのように、前に住んでいたところから持ってきたという言い訳が使えるだろう

 残り僅かしかない、若しくは最後の1つだということにしておけば、厄介ごとも回避できるかもしれない。



 しかし、まだディックさんに仙丹を使用する踏ん切りがつかない。

 それを切っ掛けにどんなトラブルに巻き込まれるのか、足が治ったディックさんが突然態度を豹変させるかもしれないとかを考えると、どうしても決断することを躊躇ってしまう。



 はあ………、どうすればいいんだろ?



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