TURN.13「イン・トゥ・ダークネス(その1)」
「これはこれは……」
ヴィラー・ルーは一人顎に手を置き、考え込んでいる。
「どうして……どうしてこんなことにッ!?」
メグはヴィラーのもとを離れ、杖を片手に戦場のど真ん中へ走り出す。
「くっ!? なんで……!?」
悪戦苦闘するユーキ。
「何が、どうなってるの?」
その一方でシラタマも息を荒げながら攻撃を回避する。
お互い見慣れた攻撃のはずでも……反撃できずにいるようだった。
“コンボを重視した連続の蹴り技”
“突然変異した腕による自由自在の猛攻撃”
先ほどまでデュエルしていたユーキとシラタマの前に立ちはだかり、追い詰めていく謎の敵。その正体、それは-----
「さぁ?何が、どうなっているのでしょうね?」
さっきまで同じくデュエルしていたはずのホッパーとオーヴァー。
「どうであれ、ただごとじゃないのは確かだねぇ~……!?」
味方であるはずの二人が容赦なくプレイヤーキルを仕掛けてきたのである。
異常事態を悟ったヴィラー・ルーは二本のショーテルを取り出し、戦場に介入する。もはやデュエルとかそれどころの問題ではなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ん、んん……?」
棒立ちのまま、ホッパーが目を覚ます。謎の闇の中で。
「あれ、ここって……」
ホッパーは身の回りの風景が真っ黒になっていることに気が付く。
ジャングルエリアでオーヴァーとデュエルをしていたはずである。お互いに大技を仕掛け、決着をつけようと火花を散らしていたはずだ。
(体が動かない……何かのバグか? それともオーヴァーに負けてゲームオーバーになったのか? だとしても、この感覚は妙というかなんというか……)
この感覚、この妙な雰囲気。もしや負けたのだろうかとホッパーは思う。
しかしリスポーンエリアに飛ばされる最中にこんな演出は見たことはない。そもそもの話、こういった演出を見る間もなく街かギルドハウスへと戻されるはずだ。
それ以前。大技をぶつけ合った瞬間にHPバーがゼロになり、行動不能になった感覚は一切なかった。彼が覚えていることの一つと言えば……大技がぶつかる前に、意識を失ったという事くらいだろうか。そこから記憶も途絶えている。
「よぉホッパー。やっぱお前の方が寝坊助だったな。良い夢見れたか?」
「オーヴァー」
真横に目を向けるといつの間にかオーヴァーがいた。右手の変異を解除し、困ったように片手で頭を掻きまわしていた。イライラしているのも態度で分かった。
「なぁ。これどう思うよ? 寝落ちで見ちまってる夢とかじゃないだろうし。リスポーン中に回線イカれてエラーってわけか?」
「あぁ……普通に考えればバグだとは思うんだけど」
オーヴァーもよく分からないうちに意識を失い、こうして目を覚ましたばかりのようだった。二人仲良く真っ暗闇の中を見渡し状況を確認する。
「俺は何度かロード中のバグ報告を聞いたことがある。その際はメッセージウィンドウはステータスウィンドウも開けないし、そもそもスキルのコマンドも使えない。身動き一つとれることも出来ない。なんというか不自然なワールドに飛ばされたような感覚がする」
これは大量のプレイヤーが遊んでいるオンラインゲーム。とはいえ完全無欠と言えているわけもないのでバグの一つや二つは当然現れる。
「それにロード中のバグだったら、一分でもすれば強制的に一度ログアウトされるはずなんだ。だけど、」
「もうそれ以上明らかに経ってるよな? 何が何だかイライラしてきたぜ……」
ロード中のバグだったり有名なものは調べれば幾らでも目にするし、そもそも運営のお知らせ等で知識として頭に入っている。
今のこの状況、そして感覚。どれもロードミスの条件に当てはまらない。このブラックアウトは何かのイベントなのか新種のバグなのかとホッパーは考える。
「ログアウト画面とミッションリタイア承認の画面を出すことが出来ねぇ……メールボックスも開けねぇ」
連絡をしようにもメールボックスもチャットも開けない。そしてログアウト画面も表示できなくなるという謎の不具合。オーヴァーも首をかしげるばかりだ。
「どうする?」
「どうするもこうするもちょっと様子見るしかないだろ。緊急ログアウトの画面は表示できるみたいだし、しばらく待って何も起きなければバグと思ってログアウトすればいい」
通常のログアウトは出来ないが体に異常が発生した時や身の回りで異常事態が発生した時に備えての緊急ログアウトのメニューがある。それはモニターにて特定のコマンドを入力すれば有無を言わさずにゲームの電源を切ることが出来る機能である。
まだこれがバグなのかどうかは分からない。まずは様子を見る事にする。
ミッションクリア時にはセーブもされ、ミッションの進行も出来ている状態なので焦る必要もない。
「んじゃ~よぉ~? 異常かどうかわかるまで世間話でもしとくか?」
「……オーヴァー」
アクビをかますオーヴァーへ焦るような掛け声がホッパーから放たれる。
「どうした?」
「周りを見ろよ……!」
「なになにどうした? 中学にもなってお化けが怖いのか……ってッ!!」
オーヴァーが目を開いたその瞬間。
「……おいおいなんだァ?」
真っ暗闇の空間の周りで人型の影のような何かに取り囲まれていた。
さっきまでこんなモンスターらしきものはいなかった。急に彼らの目の前に現れたのである。
「……もしや何かのイベントか、これは? バグじゃないような気がしてきたぞ」
「分からない」
互いに臨戦態勢に入る。
「でも、何もしなかったら!」
「一方的にやられるだろうな! これは!」
襲い掛かってくる影の軍勢。ホッパーとオーヴァーは互いに背を向けあい、迎撃を開始するのだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ホッパーとオーヴァーの二人は有無を言わさず、近くにいたユーキとシラタマに襲い掛かっている。
エリア外でもプレイヤーキルはペナルティが表示される。オーヴァーはともかく、ホッパーはそれを気にしているためにプレイヤーを攻撃するなんてことを絶対にしない。あり得ないと断言できる。
しかしホッパーの攻撃は全部手加減をしていないように見える。全力だった。
「こらーっ! カケル!! なんで攻撃するのさぁーーー!?」
「……」
ユーキの掛け声に対し、ホッパーは何の返事もしない。
定まっていない視線。先ほどまでなかったはずの目のクマのグラフィック。まるでグールのように折れ曲がった腰と前のめりの姿勢。
「ふーむ……明らかに普通じゃないねぇ。今のカケル……いつものツッコミが帰ってこないし」
明らかに様子がおかしい。叫んでも返事をしない。
ここらで違和感を覚え始める。
「オーヴァー、止まれ。これ以上やると、本当に怒るぞ」
「……」
オーヴァーもまたシラタマを攻撃し続けていた。彼女も違和感を覚えたようだ。
「カケル君ストップ! カケル君ってば!」
メグも必死に声をかけるが止まる気配が一切ない。
「どうなってるの!? カケル君にチャットも送れないし、そもそも回復魔法の対象にもできなくなってる……完全に敵になってる……っ!?」
ホッパーの頭上のHPバーを確認する。
HPの色と名前は敵を意味する赤色で表示されている。補助魔法の対象にもできなくなった二人は完全に“敵キャラ”として認識されているのである。
「うーん」
ヴィラー・ルーはそっと時計を確認する。
「……夕方六時。アップデートの時間ではないなぁ~? 見た目からして何かしらの状態異常だとは思うんだけど見たことない現象だし。ふーむ。わからん」
一週間に一回は行われる不具合調整及び新しい要素の追加などのアップデート。時計を確認するがそれが行われる時間ではない。
「まぁ何かのイベント、ではありそうですよねぇ……だってそこにぃ~?」
ヴィラー・ルーは一本のショーテルを誰もいない木陰へと投げつける。
「見たことないモンスターがいるんだもんねぇ~??」
破壊される数本の木々。
切り裂かれたグラフィックの中から“ソイツ”は姿を現した。
「!!!」
メグは慟哭した。
「!!」「ゲッ! コイツって……!?
シラタマとユーキも同様に反応した。
ヴィラー・ルーの攻撃に反応し、森林から現れたそのモンスターは----
謎のステージにて現れた、あの黒い甲冑騎士。
いつの日にか全プレイヤーを苦しめた最強の敵であった。
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