ツインズ

新名天生

僕達の止まっていた時間は、今動き出した。



『もうずっと……妹に嫌われている』


 初手から突然こんな事を言ってしまい失礼した。


 いや……今日20歳になったんでね、今日から大人って事で、改めて自分の過去を振り替えってみたんだ。そうすると、ああ俺の人生って妹に嫌われる人生だったなって……。


 俺と妹は同時に人生をスタートさせた、まあ厳密には十数分違うんだけど。



 そう……俺と妹は双子……。

 通常双子って言うのは受精卵の多胚化、簡単に言うと卵子の細胞分裂が一回だけ通常より多く、DNAが同じ人間が二人出来る現象により産まれる一卵生双生児と通常卵子は一個しか着床しないのに何らかの原因で2つ着床し受精した、DNAが異なる一卵生双生児の二通りで、性別が分かれる双子は2卵生になる。

 要するにまあこれも簡単に言うと二卵生は同じ人間、二卵生は別の人間って事なんだけど……


 でもね、俺と妹は世にも珍しい半一卵性双生児として生まれてきた、来てしまった。


 どういう事かというと、要するにまあ……一卵性なのに性別が違うって事、75パーセント以上DNAが同じ、顔もほぼ一緒、でも性別は俺が男で妹は女……。


 まあ唯一の救いは、二人とも女っぽいって所、女の子が男みたいな顔よりもよっぽどいい……


 だが、だがさ、分かる? 女子にはきつい、顔が兄貴に似てるって……いや似てるなんてレベルじゃないそっくりなんて……


「お前女の癖に兄ちゃんと顔そっくり~~~~スカート履いてんなよ~~おとこおんな~~~」


 なんてしょっちゅうからかわれていた、そして俺は兄として妹を守ろうと妹の前に立つ!


 でも妹は……後ろからいつも小さな声でこう言った……


「あんたのせいなんだから……余計な事しないで……」


 それから妹は極端に俺の事を拒絶する……、家でも極力話さなくなり、中学になると妹は全寮制の学校に入学、高校になると留学までして俺から遠く遠く離れて行った。


 正直ここまで拒絶されれば、家にいられるよりもいい、俺も妹がいない方が気が休まると思い、極力妹の事は思い出さない様に生活をしていた。


 しかし、今年妹が突如日本に帰って来た、そのまま大学も海外だと思っていたのに……、そしてよりによって、俺と同じ大学に入学してきた……


 大学は家から徒歩で通える程近い、当然親は独り暮らしなんて認めるはずもない。

 勿論もう大学生、そして今日20歳になった、当然大人として自分で全て払って一人で住みたいと言えば両親は認めるだろう、だけど大学に通いながら都内の家賃、生活費を自分で賄う事をしてまで家を出る意味はない……


 こうして妹と俺は険悪な関係のまま再び一緒に暮らす事になった……



###


「お、おはよ……」


「うん……」


 6年ぶりに一緒の生活をスタートさせた俺と妹、とはいえ別に6年間会ってない分けではなく、時々は帰って来てたので懐かしいとか全然変わったとかいう感想はない。


 まあ、かといって、帰って来る度に和気あいあいと喋っていた分けでもない


 因みに妹は僕の事を嫌っているんだろうけど、俺は妹の事は嫌っていない……だって同時にこの世に生を受けた双子で唯一の兄妹、嫌う理由なんて……無い……


「えっと……」


「…………」


 無いよ、無いんだけど……会話が続かない、何を喋って良いか分からない。


 いや……違う、多分僕は臆病になっているんだ、これ以上妹に嫌われたく無いって思っている。


「成人式……出るのか」


「うん」


「そうか……」

 勿論双子なので同じ誕生日、出身も住んでいる場所も一緒だ、聞くまでもなく同じ会場、後は出るか出ないかだけ、ただやはり二人で行くのは気が引ける、昔を思い出す、当然妹も嫌だろう、俺はそれだけ聞くと何も言わずにキッチンに向かった。


 俺は浪人して入学したが、妹は普通に入学したが帰国子女の為後期入学だ、危なく妹の後輩になる所だった、いや……なった方が良かったのかも知れない、今の所双子とバレてはいないが何故か俺と同じ学部に入学、授業も一緒では俺と妹の関係がいつかはバレてしまう、まあ大学で小学校の様にからかわれる事はないだろうけど、半一卵性双生児なんて事で好機の目で見られるかもしれない、俺と同じ顔の女子ってだけで彼氏も作れないなんて事も……


 妹とはなるべく近づかない様に見かけても声を掛けない様にし、更に席もなるべく離れて座った。



 そして数ヶ月、妹がいる生活にようやく慣れてきたある日、俺はバイトから帰ると、リビングの扉が開けっ放しになっていたのを不審に思い、そっと覗く。

 すると妹がソファーでぐったりとしているのを発見した。


 なるべく関わらない様にしていると言っても、ぐったりとしている妹を放置なんて出来ない、俺は慌てて近寄り妹に声を掛けた。


「おい、大丈夫か!?」


「ふえ?」

妹がうっすらと目を開ける、良かった……


「なんでこんな所で……」

 そう言おうとしたとき、妹からある匂いがした。


「お前……飲んでるのか?」


「なによおお、20歳なんらからああ、飲んでいいんでしょおお」


「いや、まあそうなんだけど」

 それにしても飲み過ぎだ、泥酔ってレベル……しかも絡み酒……


「お兄ひゃん、わらし、お兄ひゃんに話しがあ、ありまふ」



「いや、お前酔ってるから、とりあえず水を」

 俺が立ち上がり水を取りに行こうとすると、妹は俺の腕を掴み俺を引き戻す。


「いいから座れえ、バカ兄貴いいい」


「うわ!」

 俺は妹の隣に無理やり座らされた、こんなに近い距離で座ったのは、いや近づいたのは小学生以来の事、酒の匂いと一緒に妹の懐かしい香りがした。


「な、なにすんだ危ないだろ!」


「うるひゃい、妹が話しがあるってぇ~~言ってるんだから素直に座って聞きなひゃい!」


「くっ……」

 なんだうちの妹は酒乱だったのか? 酔っぱらいはこうなると手に負えない、前に先輩に付き合わされた時もそうだった、俺は素直に座って妹の言うがままにする。


「お兄しゃんは、どうしてえ、私を避けるのお?」


「いや、別に避けては」


「避けてるもん、避けてるじゃあん」


「いや……でも」


「でももへったくれもないいい! 家でもぉ、大学でもお、何でえ避けるのおおおお、ふ、ふええええええええええええん」

 今度は泣き始める、絡み酒の次は泣き上戸か最悪だな……


「泣くな、だってそれは……」

 お前が俺を避けてるから、そう言いたかった、でも……そんな事は今更だし……酔ってるし……


「それは何? 何よおおお、また避けるのおお、無視するのおおおおお?」

ワンワンと泣き出す妹、なんだこれ、一体妹は何が言いたいんだ?

酔っぱらいは相手にしない方が良い、でも……ここで妹をほったらかす訳に行かない……


「酔いが覚めたら話すから、とりあえず水を」

 再び立ち上がろうとすると、今度は正面から俺の首に抱きつくっておいおい


「やだああああ、行かないでえお兄ちゃん」


「抱きつくなって」

 妹の胸が俺の胸辺りに当たる、大きくなったな……っておい!


「いや、行かないでえ、お兄ちゃん……もう嫌、一緒にいたいの」

 

 妹が泣きながら俺にそう言う、しかし……それを聞いて俺は段々と腹が立ってきた、俺を避けてるのはお前だろ、俺の前からいなくなったのはお前だろ? 


「お前が…………お前が俺を避けてるんだろ……お前が出ていったんだろ、なに言ってるんだよ!」


「お、お兄ちゃん……?」


「俺を、俺の事嫌いなんだろ、憎んでいるんだろ、何で今更そんな事言うんだよ、酔っていても言って良い事と悪い事があるんだよ、そんな事が分からない様じゃまだ子供だ、酒飲む資格なんない……」


俺は思いの丈を妹にぶつけた、何を今さら俺の事を嫌いな癖に……


「嫌いじゃ、嫌いじゃないもん……」


妹は俺の首に抱きつきながら俺の耳元でそう言った、確かに言った。


 は? なんだそれ、そんなわけ……


「だ、だってお前……昔から俺の事」


「嫌いじゃないもん、昔も今も……私……」


「じゃあ、何で……」

 じゃあ何で出てったんだよ、俺を避けてたんだよ……


「それは……」


 妹は沈黙する……俺の首に抱きついたまま……そしてどの位の時間たったのか、分からない程に続いた沈黙は唐突に終わりを迎えた……妹の寝息と共に……おい!


 俺の首に抱きついたまま寝息をたて始める妹……なんなんだ一体!



「世話のかかる妹だな……」

 なんて言ってみたが、実は俺は少し嬉しかった、妹の世話、兄としてずっとやりたかった事、兄として当然の仕事。


 俺は妹を抱き上げる、ここで寝かすわけにはいかない、いくら成人を迎えたからといって、酔ってリビングで寝ているなんて親父にみられたら説教どころじゃない。


 「軽いなこいつ……」

 小学生の頃ふざけておんぶをしたことがあった、そのときは重かった記憶がある、今の妹は凄く軽く感じる、その時よりもずっと軽い、俺が成長したのか妹の体重が軽過ぎるのか、それが分からない程に二人は会っていなかった、触れあっていなかった。


 寝ている妹をそっと抱き上げ部屋に向かう、当然妹の部屋に入るのはもう数年振り、いや10数年振りかも知れない。


 扉をなんとか開け部屋の電気をつける、その部屋を見て俺は驚いた。


 妹の部屋は子供部屋のままだったから……


 そう、中学入学の時に出ていったそのままの状態だった、厳密には色々変わっている箇所もあるが、俺が最後に見た記憶に近い部屋がそこにはあった。


 時間が止まっている、そう感じた、俺と妹と、この部屋の時間が……


 俺は妹をそっとベットに寝かす、少し小さいそのベットに


「お休み……」

 俺はそう言って部屋を出ようとしたときに妹が呟いた。


「お兄ちゃん…………好き……」


 確かにそう聞こえた……

それが寝言なのか酔っている為の戯言なのか、本心なのか分からないが確かに聞こえた……


 俺は振り向くが妹はそのままの姿で寝ていた、俺を見るわけもなく……


「お休み……俺も……」

 俺はそう言って妹の部屋の扉を閉めた。


 何故妹が帰ってきたのか、そして最後の言葉は本心なのか分からない、でも一つだけ分かったことがある。


 それは俺と妹の時間が再び動き出したという事だ。


 二人で一人、一人は二人、双子の妹との時間が一緒に動き出した。


 明日は買い物に行こう、思いきって妹を誘い買い物に、妹の部屋の机や家具を買いに行こう、俺と妹と妹の部屋の時間を進める為に……。



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