第28話 ブレイブ・ウォリアーズ

「とんでもない事になってきやがったな。隊長もやられちまったし、こりゃ正直打つ手がねぇな」


 牢屋の中で一緒に閉じ込められているベルナルドが、腕組みをしながら妙にあっけらかんとした口調となる。どうやら事態が矢継ぎ早に展開した事で、全てを理解しようとする事を放棄したらしい。他の兵士も程度の差はあれ似たような状態だった。ライアンだけは妙に静かな様子で何事か思案しているようだった。


 しかしイサークにはそれを気にかけている余裕はなかった。このままでは色々な意味でティナが危ない。ヴァイスは目的の『ABCS抗体』とやらを手に入れたら確実にコンラッドを殺し、ティナもその毒牙に掛けるだろう。あれはそういう男だ。イサークはその事をよく知っていた。


(何とかしてここを脱出しないとな……)


 ヴァイスのあの様子からして時間的猶予は余りないと思った方がいいだろう。だが当然というか牢には見張りが残っていて、イサーク達が何か不審な動きをすればすぐに解ってしまう。しかも二人いるので常にどちらかが見張っている状態だ。



『……おい! あのヴァイスは自分の事しか考えていない。奴が力を手にしたら、お前達は絶対に用済みになって『処分』されるぞ。それでもいいのか!?』


 イサークはスペイン語で見張りのゲリラ達に『説得』を試みる。


『俺達をここから出せ! 今なら奴を止められる! この国を地獄に変えたいのか!?』


 ヴァイスが『王国』とやらを作るに当たって、その過程で必ず多数の犠牲者が出るはずだ。そうなればこの国は完全に崩壊する。或いはヴァイスはそれを狙っているのかも知れない。


『地獄だって? 今だって既に地獄だろ。これ以上悪くなりようがないさ』

『それにヴァイスは俺達を新しい国の幹部にしてくれると約束したんだ』


 だがゲリラ達は動揺する事もなく流す。どうやら既にその辺は掌握済みのようだ。こいつらを悠長に説得している暇はない。だが武器もなく牢に入れられて、至近距離で見張られているこの状況では流石の彼も如何ともし難い。焦りばかりが募るが……



 ――バタンッ!!


 その時突然建物の扉が『外から』蹴り開けられた。


『……っ!?』

 見張りのゲリラ二人は慌てて立ち上がって銃を向けようとするが、その前に扉から踏み込んできた『二人の兵士』のカービンが火を噴いた。見張り達は全身を蜂の巣にされて壁際まで吹っ飛んで息絶えた。



「な……」


 イサークもベルナルド達も一瞬何が起きたのか分からず呆気に取られる。だがすぐにベルナルドが喝采を上げた。


「ケヴィン! マルクス! そうか、そういやお前等がいたな、ははっ!」

「副隊長、ご無事でしたか! すぐに開けます!」


 それはベルナルド達とは分かれて行動していた二人の狙撃兵、ケヴィンとエンゲルスであった。彼等は捕まらなかったようだ。


「こちらにも何人かのゲリラがやってきたんですが、幸い返り討ちに出来まして。その後はずっと集落を監視しながら機会を窺っていたんですが、この建物からミス・トラヴァーズを連れたゲリラのリーダーが出てきてそのまま集落の奥のジャングルに消えていくと、他のゲリラや化け蜘蛛達も大半がそれに付いて行って警備が緩くなったので突入を敢行しました」


「良い判断だ! よくやったぜ!」


 エンゲルスが外の見張りをしている間に、ゲリラの死体の懐を漁って鍵を見つけたケヴィンが牢の鍵を開ける。ベルナルドや他の兵士達が喜び勇んで牢から脱け出す。もちろんイサークもだ。



「武器だ! 武器を探せっ!」

「確かあのリーダーの指示で奥の部屋に、回収した我々の武器を集めていたのを見ました」


 ベルナルドが怒鳴ると、アシュビーが冷静な口調で奥の部屋を指差す。その部屋を覗くと確かに回収したイサーク達の武器がそのまま無造作に机の上に置かれていた。イサークのリボルバーもある。脱獄される事を一切想定していなかったようだ。


 武器を取り戻した一行。イサークは念の為死んだ見張りからもライフルを回収しておく。何があるか解らないので持てる武器は持っておいた方がいい。



「……俺はこれからティナを助ける為にヴァイスの奴を追う。もうこうなった以上、あんたらをこれ以上巻き込む事はできん。このまま逃げるなり好きにしてくれ」


 彼等にはこれまで助けられたが、自分達が付き合わせたせいで隊長のクレンゲルを始め何人かの兵士が犠牲になってしまった。元々何の義理もないのに協力してくれた彼等にこれ以上犠牲を払わせるのも気が引けたイサークはそう言って促した。だがベルナルドは歯を剥き出しにして凶暴な笑みを浮かべた。


「はっ! このまま逃げたらそれこそ隊長達の死が無駄になっちまうだろうが! 俺達を虚仮にした奴等に思い知らせてやるぜ」


「……そうですね。それにミス・トラヴァーズを助けたい気持ちは俺だって同じです。俺も行きますよ」


 ケヴィンも副隊長に同意して頷く。アシュビーも含めて結局誰も逃げ出す兵士はおらず、ゲリラ達への復讐とティナの救出に意欲を見せてくれた。


「命知らずな奴等だな。どうなっても知らんぞ? だが礼は言っておく」


 イサークは苦笑しつつも素直に礼を述べる。場合によっては激しい戦いになる可能性もあるので、彼等の助力はありがたかった。



「……勿論僕もご一緒しますよ。言っておきますが止めても無駄ですよ?」


 その時、場違いな昏い声が聞こえた。ライアンだ。その手にはもう一人のゲリラの死体から奪ったライフルが握られている。


「……まあ止める権利は俺にはない。付いてきたければ好きにしろ。ただしいざという時にお前を守ったりは出来んぞ」


「勿論解っているとも。誰もそんな事は頼んじゃいない。自分の面倒は自分で見れるさ」


 やはり妙に昏い声と眼差しのライアンの様子に若干不穏な物を感じたイサークだが、今はそれにかかずらっている時間がない。



「……よし、それじゃ行くとしようか。ティナ達が連れ去られた方向を見たと言ってたな? そこまで案内を頼めるか?」


「は、はい。任せて下さい」


 イサークが確認するとケヴィンは意気込んで頷いた。方角さえ分かれば向こうはかなり大勢で移動しているようなので、痕跡を辿って追跡するのは簡単だろう。



 こうして共通の目的で団結した男達は、ティナの救出とヴァイスの阻止を目的とした作戦に取り掛かるのであった。

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