第14話 父の痕跡
一行はキャンプを畳むとそのまま内陸部に向かってジープで進んでいく。イサークが予言していた通り、道は更に険しくなり移動速度は増々落ちていく。一度はジープの車輪が木の根に嵌ってしまい、ライアンとイサークの二人がかりで押して、ティナが車のアクセルを吹かす役目を担当して、二十分くらいの時間を掛けてようやく脱出に成功した。
そのようなトラブルも経て進むこと約半日……
「……俺の記憶が確かならぼちぼちゲリラの隠れ里、つまりは奴等の縄張りに踏み込む事になる。ま、奴等がまだ居ればの話だがな」
「……!」
ジープを停めたイサークがティナ達の方を見ながら神妙な口調で説明する。それを受けてティナも気を引き締める。いよいよ目的の場所に到達した。勿論イサークの言う通りまだそこにいるとは限らないのだが……
(でも、かつて父さんがここまで来たのは確かなのよね)
こんなジャングルの奥深くまで来て行う必要があった『研究』とは一体何だったのだろうか。例え父を含めたゲリラがもういなかったとしても、その痕跡くらいは残っているかも知れない。
「万が一ゲリラ共が残っている場合に備えて、ここからは歩きだ。それがキツいってんならここで待っててもらっても構わんが……」
「ここまで来て今更文句は言わないわ。当然私も一緒に行くわよ」
イサークの言葉を遮って意思表明するティナ。彼は苦笑して肩を竦めた。ティナが何と言うか予め解っていたようだ。水筒を始めとした携行品、草を払うマチェット、そして銃……。それらを手早く準備するイサーク。ライアンも自分の銃を確認している。ティナは勿論銃など恐ろしくて触った事もないので丸腰であった。
皆が準備を整えるとジープに遮蔽の偽装を施してから、イサークの先導に従って移動を開始する。ジャングルの中の歩きにくい獣道を四苦八苦しながら移動していく。ティナも最初からジャングルに入ることを見越して靴は丈夫なレディース用のハイキングシューズにしてある。ズボンもショートパンツなので動きやすい。イサークやライアンが前を歩いて露払いをしてくれるお陰もあって、そこまで歩きにくさを感じる事がなかった。
「……ゲリラ共が見張ってる気配はないな。やはりあの村はもう放棄されてるようだな。どうする? それでも進むか?」
「例え誰もいなくても、何か父の行方を示す手がかりが残されているかも知れない。このまま行くわ」
「ま、確かにそうだな。それじゃ先に進むぜ。ゲリラは残ってないとは思うが、一応用心だけはしておけよ」
イサークは肩を竦めて移動を再開する。そうして三十分ほども歩いただろうか。先頭を歩くイサークが無言で片手を上げて立ち止まる。ティナもライアンもハッとして動きを止める。イサークが前方を指し示す。そこは森の木々が切り開かれた大きなスペースとなっているようだった。そして朽ち果てた建物と思しき跡がいくつか残骸を晒していた。
ティナはイサーク達と三人で並ぶようにして大きな草葉の陰に身を隠して、廃村の様子を窺う。家屋や倉庫と思しき建物はびっしりと蔦に覆われ、地面も殆ど土が露出している場所がない程であった。
「放棄されてから確実に半年は経過してるな」
廃村の惨状を見たイサークが呟く。ライアンが辺りを見渡す。
「……とりあえず人の気配はなさそうですね」
「こんな所に残ってる物好きもいないだろうしな。じゃあさっさと行くか?」
イサークに促されてティナは草葉の陰から出て、三人で廃村へと入っていく。放棄された村は人の気配が全く無く、鬱蒼と蔦が這った建物だけが残されていて何とも言えない不気味さを醸し出していた。
「さて、村に着いたがご覧の有様だ。ゲリラは当然、『転居先』の情報は残していかないものだが……どうする? 決めるのはあんただ。俺は『クライアント』の意向に従うよ」
「……ゲリラは残していかないかもだけど、もしかしたら父が何か手がかりを残しているかも。手分けして建物を虱潰しに当たるわよ」
一応一行の『リーダー』に当たるティナの意向によって、三人はそれぞれ手分けして家屋や倉庫を調べる事になった。イサークから、ゲリラはいないが毒蛇や毒虫が潜んでいる可能性はあるので注意するようにと忠告を受けた。
家屋の中は荒れ果てて、使われなくなった家具が朽ち果てたままとなっていた。恐らく他の家屋もほぼ同じ状態だろう。立て付けの悪くなった扉を開いて中に踏み込んだティナは、大量に張られた蜘蛛の巣に怯む。
(この辺りにここまで大量の糸を張るほどの蜘蛛がいたかしら?)
職業柄そんな事が気になったティナは、適当な棒を手に取ってその糸の一部を巻き取る。触ってみると余りネバネバした感触がなく、どちらかと言うとサラサラしている。
(網の形状は円網だけど……この感触は不規則網に近いわね。新種かしら?)
気にはなったが、今は他に優先すべき事柄がある。ティナは蜘蛛の巣に気をつけながら家の中を改めるが、特に怪しい痕跡は見つけられなかった。外に出たティナは廃村を見渡す。恐らく他の同じような家屋を調べても結果は同じだろう。ならば……
(あの少し離れた所にある建物……ちょっと怪しいわね)
他の家屋や倉庫から離れた場所に一軒だけポツンと佇んでいる大きめの建物。建材も木造ではなく一部コンクリートなどが使われている。何となくだがティナはそこに何かがあるような気がした。イサークは外の見張りを兼ねて廃村の敷地を調べている。ライアンは倉庫や納屋と思しき建物を調べているようだ。ティナは単身で離れの建物に向かった。
何故かその建物はまるで内部から破壊されたように扉が破られていた。中に踏み込むとやはりそこかしこにあの蜘蛛の巣が張り巡らされていたが、作りはやや広めの住宅であるようだった。
「…………」
ティナは慎重に家の中を調べていく。奥は寝室になっていたようで、大きめのベッドの残骸がそのまま残っていた。そしてそのサイドボードの上に古ぼけた写真立てが置いてあった。ティナは何気なくその写真立てを手に取って……
「っ!!」
息を呑んだ。そこに『自分』が映っていたのだ。正確には十年以上前のまだ中学生くらいの自分と今よりは若い母が並んで映っている写真だった。こんな物がここにある理由は一つだ。
(父さん……! ここには父さんが住んでいたんだ!)
ティナはそれを確信した。だとするならここは父の『研究所』も兼ねていたはず。しかし屋内は普通の住居スペースのみだ。ここで研究をしていたとは思えない。そしてこの家の外や他の建物も研究が出来るような場所には見えない。ならば……
(どこかに……『入り口』があるはず)
ティナは写真を懐に収めると、視点を変えて注意深く家の床を調べていく。すると寝室と居間を隔てる廊下の突き当りに、棚や家具が何も置かれていないスペースがあった。蜘蛛の巣や厚く積もった埃を手で払うと継ぎ目のような物が見えた。最早間違いない。そのまま注意深く床を探っていくと、蜘蛛の巣に隠れるように取っ手のような物があるのが解った。棒で蜘蛛の巣を退けて取っ手を跳ね上げる。
「……!」
『下』からカビ臭い空気がムワッと押し寄せてティナは顔をしかめた。この上蓋の出入り口が最後に閉じられてから大分経つようだ。下に続く階段が姿を現した。
ティナは上蓋を開きっぱなしにして慎重な足取りで階段を下っていく。当然だが電気は来ていないので、探索用に携帯した蛍光ライトを点灯する。出力の強い白い光が階段を照らす。
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