第514話 陣内は戦闘なくとも慌ただしいものです




「敵を約1kmほど押し返して戦線を維持、その後方で防衛陣地の再構築を急いでいる……と」

 僕のところにやってきた伝令の兵士さんから戦況報告書を受け取り、目を通す。

 書かれている事が事実なら、一転して互角やや有利くらいに状況をリカバーできたことになる。


「はい。初手こそ敵に遅れを取りはしましたが問題なく立て直せましたので、殿下におかれましてはご安心ください―――とのことです」

 伝令の兵士さんの表情にもヘンなところは見られないから、この報告は間違いないんだろう。

 けど、報告からは少し油断が感じられる気がする。




「ターキウス男爵に伝えてください。敵の強さそのものが短時間で変わるわけではない……魔物は人よりも強力な敵である事実に変わりがあるわけではないので、努々ゆめゆめ油断なされないように、と」

「ハッ、しかとお伝え致します!」

 僕の言伝を受け取り、帰っていく伝令の兵士さんの背を見送りつつも、一抹の不安が残る。


 現在、僕たちが駐屯しているこの仮設陣地には各所からの増援が集まり、およそ9000人規模の戦力がまとまりつつある。

 中には自発的に、シャムダン地方の領民から有志の志願者などもやってきて、兵力の数だけでいえば、かなりいい感じになってきた。


 オフェナさんにお願いして全体の取りまとめと、志願者による民兵への教練なんかをやってもらっているけれど、アースティア皇国の魔物が相手と考えると、戦力としてはまだまだ不足している。




「リリー、そちらの箱の中の羊皮紙を持ってきてください」

「はっ、はいっ、ご主人さまっ」

 オールリィリィは寵姫ちょうきだ。なので最初、他の兵士さんや軍人の皆さんからしたら僕は、戦場に愛妾を連れて来た好色な王弟って思われてしまったらしい。

 個人的には別に気にしないけれど、王族としての風聞もあるから払拭しなくちゃいけない。

 なのでオールリィリィには僕の秘書みたいな形で雑用仕事をこなしてもらっていた。


「(まぁ、陣地でする仕事なんてそんなにないんだけどね)」

 とはいえ王弟の雑用係としてよく働くと、彼女を見る周囲の目も変わりつつある。

 少なくとも好色な王弟、という不名誉な評判は払しょくできそうだ。



「ドスト少尉。本日の食糧の搬入はどのようになっていますか?」

 控えていた士官の一人に声をかける。

 僕の天幕テントにいる士官たちは、僕の護衛か割り振られた非緊急性の仕事を終えた者の報告待ちだけ。

 そしてドスト少尉は、この陣地における食糧物資の搬入と保管管理の責任者だ。


「ハッ、本日分もとどこおりなく搬入および保管を完了いたしました。現在、およそ13日分の備蓄がございます」

「そうですか。とりあえず皆が食うに困ることはなさそうで安心いたしました。他には何か問題などありませんか?」

 僕がそう問いかけると、ドスト少尉はありませんと言いかけ、途中で何かを思い出したようにハッとして一度口を閉ざすと、改めて報告しなおした。


「問題、とするべきかは迷うところではあります。……志願の民兵より聞いた話なのですが、どうも糧道の途中にて、魔物の姿が散見されているという不確かな情報がございます」

 糧道りょうどうというのは食糧を運ぶルートのことだ。当然、軍隊にとってはここに問題が発生すると死活問題になるので、それに関する話は凄く重要なわけだけど……


「? 魔物が出るのであれば、放置できる問題ではないでしょう。問題とするのに迷うというのは、どういう事でしょうか?」

「それが、その魔物どもは襲ってくる気配がないようなのです。距離も遠巻きにようやく姿が見えるという程度のようでして……あるいは “ テリトリー ” がたまたま糧道の近くにあるというだけかもしれず、現状では判断が難しいようです」

 野生の魔物の中には、動物と同じく縄張りを持つものがいる。

 ただ動物と違って、自分の縄張りを恐ろしく守る傾向が強く、縄張りの外には1歩たりとも絶対に出てこない代わりに、縄張りに入って来た他生物には全力で排除にかかってくるケースが多い。




「……万が一、群れでテリトリーを形成していた場合、相応の戦力を討伐に差し向けなければならなくなりますので現在、マルコブ伍長により詳細な調査を行ってもらっております」

「良い判断です。戦況がどう転ぶか油断できない現状、余計な消耗は避けたいですからね……とはいえ、万が一に備えて糧道を別で確保しておくべきでしょう。イユス少尉」

「ハッ!」

「小隊を率いて現在の糧道とは別のルートの確保調査に走ってください。補給道は軍にとって絶対に絶やせないものですから、入念な仕事を期待します」

「お任せください、殿下のご期待に応える働きを致します!」

「ネブラー中尉。念のため兵300を準備し、本陣地より北1km地点に配置を。万が一、その糧道付近の魔物と急な戦闘が生じた場合、現場の裁量でこれに対処することを許可します。問題がない場合は糧道警備をお題目とした演習任務とします」

「なるほど、了解いたしました。このネブラーにお任せください」



 僕がテキパキと指示を出す様子を、他の士官の人たちも関心した様子で見ていたけど、一番目を輝かせて驚いていたのはオールリィリィだった。



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