第十一章:原始と文明のハザマ

第481話 未亡人な最胸夫人の身の振り方です




 中世ヨーロッパ風の文明や文化と聞くと、煌びやかな貴族なんかの上流階級社会を思い描く人は多い。

 だけど、実際のところはそこまで上流階級でも煌びやかな生活をしている―――というわけじゃあない。





「ふぅ、上手くいきましたね。巨亜人に逃げられてはしまいましたが、エルネールさんを無事、救出できて良かった」

 僕はホッとする。

 巨人のお屋敷の一区画を、落ち着けるよう整理されたところで緊張を緩めた。


「(本当に大きな造りだ。けど……うん、やっぱりむき出し・・・・だ)」

 何気なく見上げた高い天井。

 石造りで、柱から天井に向かってアーチ状に支えが走っていたり、壁にわざと凹凸をつけたりして、それっぽくデザインチックにはなってるけれど、基本は原始的な石組みだ。表面を漆喰しっくいで塗り固めたりもされてない。ハッキリと言ってしまえば冷たい石の牢屋と、建造物としては本質的にほとんど変わらないんだ。


 だけど、それを粗末な造りと馬鹿にすることはできない。なぜならコレが、この世界の文明における一般的な大規模建築物に適用される普遍的な技術。

 貴族が暮らすような邸宅でも、数字爵やこうした地方辺境の豪族的な貴族なんかだと、こうした比較的原始的な造りの住まいは珍しくない。


 漆喰までしっかりと塗り固めるレベルの家に住んでるのは、相当な金持ちや非数字爵の上位貴族ぐらいからで、本当に一握り。それ以外は立派に見えてもこうした石造りむき出しなところに住んでいる人は多い。


「(だから絨毯やカーテン、壁紙なんかに高い需要があるわけで―――)」

 僕が何となくそんな事を考えていると、場の落ち着きを待っていたように、一人の貴婦人が僕の前に歩み出て膝をついた。




「このたびは殿下、および皆さまのお手を煩わせ、本当に申し訳ございません。そして同時に救い出していただき、誠に感謝いたします」

 応急で極簡素なドレスに身を包んだエルネールさんが、深々と頭を下げた。

 アイリーンあたりは、いやーそんな、別にいいですよぅ、と照れながら謙遜しようとしてたけど、僕はそれを無言で制する。


 これは正式な謝罪と謝意だ―――謙遜ではなく、キチンと受け止めるべき。


「……。……エルネール=オリヴ=ウァイラン夫人、貴女の謝罪と謝意、確かに受け取ります」

 日本人感覚だと、つい “ いえいえそんな ” とか言ってしまいそうになるけれど、エルネールさんが行ったのは、略式とはいえこの世界における正式な礼だ。


 これに対して謙遜するのは、それを受け取らない、という意味になっちゃうから、キチンと言葉にして受け取るのが正しい。



「受け取りました上で、僕から貴女に一つ、提案があります。あの巨亜人が健在である以上、今後も貴女の身柄を狙って動いてくる懸念は拭えません。ですのでエルネール=オリヴ=ウァイラン夫人、今後は貴女を僕の庇護下に置き、“ 後宮後見人 ” に任命しようと思います」


 後宮ハレム後見人ウォッチャー―――簡単にいうと物凄く高級なお手伝いさん、参考人お手本、助言者、保護者を兼ねた人間のことだ。

 それなりに優れていること、信頼がおける者、出自が確かな者、子育て経験と知識がある者など、様々な条件に合致し、かつその後宮の主に直接認められなければなれない。

 基本は何をするというわけではないけれど、例えば僕の後宮ハレムリーダーのアイリーンが自分の役目で困った時なんかに助言をしたり、メイドさん達と一緒に子供達の世話に当たったり、教育にアドバイスを与えたりと、後宮に属しながらも1歩引いたところから、俯瞰ふかん的に後宮当事者たちを見守る立場の人間だ。


「まぁ……私のような者が、そのようなお立場にお取立て頂いてもよろしいのでしょうか?」

 さすがに少し驚いている夫人だけど、あまり大きな動揺や困惑は見られない。夫であるコロック氏が亡くなった今、エルネールさんは未亡人の立場だ。

 彼女はアルシオーネ家からウァイラン家に嫁いだ身なので、当主たる夫を失ったウァイラン家を直接引き継ぐことはできない。ウァイラン家の血が流れている者ではないからだ。


 かといって、このままにしておくことはできない。

 一応、ヘカチェリーナという娘がいるので彼女がウァイラン家を引き継げば、その母親であるエルネールさんもウァイラン性のままウァイラン家に留まれる。

 けど、その場合はヘカチェリーナが僕の専属メイドから解任し、実家に戻らなくてはいけなくなり、有象無象の貴族達がルクートヴァーリング地方に幅をきかせ、ウァイラン家の下領を取り込む目論見で、ヘカチェリーナとの縁談を狙ってくる。


 それは、女児が1人しかいないウァイラン家が、一番最初に懸念していた状況に戻るということ。


 なので回避すべき手として僕は、エルネールさんを “ 後宮後見人 ” に据える案を考え出した。


「貴女が僕の後宮の後見人になりましたなら、その名誉からウァイラン家を狙う所貴族の動きは十分にけん制できます。それに……新たな命を宿していらっしゃるのが本当の事でしたら、ウァイラン家の存続にもなんら問題はなくなります」

 あの巨亜人がエルネールさんに言った事が正しいなら、彼女のお腹には今、新たな子が宿っている。



「(……まあ、たぶん、僕の子なんだろうけど、表向きはコロックさんの子になるし大丈夫……だよね?)」

 僕は恐る恐るエルネールさんの表情を伺った。

 こっちの意を視線から理解したのか、エルネ―ルさんは少しだけ悪戯っぽいような、それでいてご心配はいりませんよと言わんばかりのたおやかな微笑みを返してくれた。



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