第478話 夜陰の刻に隠れた親子相関です




 その夜、“ 守護神 ” はエルネールを抱きはしなかった。何事かを話していたかと思うと彼女をベッドにおろし、そして笑っていた。




 覗いていたナジェルは、ホッと安堵する。

 そして確かに聞いた。あのバケモノが途中で行為に及ぶのを止めた理由を。


「(妊娠、している? お嬢様が? ……そう、か、そうなのか……)」

 良かったと安堵する一方で、複雑な気持ちがナジェルの胸中を焦がす。

 確かにこれまでも、夫であるコロックとベッドを共にしているのだ。今さら嫉妬するのは違うだろうと思う。


 それでも、あのお嬢様の身体を、他の男が―――そう思うたび、自分の中に嫌な感情が湧いてきて、そして自己嫌悪に至り、ようやくため息と共に平静に返るものだ。




「(それにしても、先ほどからうるさいな……話しがよく聞こえな―――)」

 そして、ようやくナジェルは異変に気付いた。

 いかにエルネールと “ 守護神 ” のことが気になっていたとはいえ、ソレに今まで気付いていなかったのかと驚愕する。


 パチパチッ……ボォオオッ


 この屋敷は燃えてはいない。だが廊下の反対側、窓に張り付いて外を見ると、この5Fという高さからよく見える都市の景観は、あちこちに炎が上がり、なお火が燃え広がっていて、屋敷のすぐ傍の建物まで火を上げていた。


「これは、火事!? 街が燃えて……ええい、ままよ―――失礼します、起きていらっしゃいますでしょうか? 一大事にございます!」

 ナジェルは意を決して扉をノックした。

 本来、この時間に自分のような下男が上位者の寝室の扉を叩くなど、許されないことだ。


 だが万が一、火の手がこの屋敷にまで及んだ場合、あのバケモノはどうでもいいが、エルネールが巻き込まれるのは絶対に避けたかった。




『……何事か?』

 見上げるほどの巨大な扉が開いたかと思うと、“ 守護神 ” がナジェルを見下ろしてくる。


「(ゴクン、近くで見るとやはり、何というバケモノ―――)―――お休みのところ、申し訳ございません。火事です、火災が発生している模様でございます。町が焼け、火の手がこの屋敷のすぐ近くにまで広がっております!」

 怖れる感情を堪えながら報告するナジェル。

 すると “ 守護神 ” は視線を上げ、廊下の先の窓を見た。


 夜の青黒い空、その下の方には明々とした明滅する色が見え、同時に木材が焼けては崩れる音が聞こえる。



『フム、なるほど……火の不始末か、それとも……。なんじよ、聞きたい事がある。スベニアムがエルネールを連れて来た方法、過程について汝が知っている限りのことを教えよ』


「え? は、はぁ……おじょ―――エルネール様はええと、不思議な空を飛ぶ道具によって、スベニアム様の別荘屋上に運ばれ、わたしめがコレを受け取り、意識を取り戻すまでお部屋に休ませました。その後、すぐにこちらへと移動なされましたので、私めにお話できますのはそのくらいしか……」

 すると “ 守護神 ” の表情が曇った。眉間にシワが寄り、閉じた口の奥で歯を噛み締めているのだろう、明らかに不機嫌になっていく。


『スベニアムめ……焦りよったな。ふー……ぅ』

「あ、あの……?」

『火災に関しては、スベニアムが何とかするであろう。汝はこの屋敷を守る兵に伝えるのだ、“ 侵入者に気をつけよ ” とな』

「し、侵入者??」

 “ 守護神 ” とて、そういった者の気配を察知しているわけではない。状況と流れから、この火災は何者か―――この場合は、エルネールを取り戻しにくる者が、火事の混乱に乗じて、殴り込んでこようとしていると判断した。



『スベニアムの失敗ではあるが、事を起こしてしまった以上は我も引き下がれんか……―――何をしている、早く行くがよい』

「は、はい! で……では伝えてまいりますっ」

 ナジェルは後ろ髪引かれる思いで駆けだす。


 黒褐色の肌色ゆえ、最低限の明かり以外は消灯している廊下を行くと、遠目には服が走っているようにさえ錯覚できるだろう。


 その少し面白い光景を数秒眺めた後、“ 守護神 ” は何事もなかったかのように寝室へと戻り、その巨大な扉を閉ざした。



  ・

  ・

  ・


「はぁ、はぁ、はぁ……早く、伝えて……戻らないと―――」

 戻って、どうするというのか?

 あのバケモノがエルネールをどうするのか、また寝室を覗くぐらいの事しかできないというのに?

 何もできないくせに、何が戻らないと、だ。


 ナジェルは無力な自分を嘆きながら走る。階段を駆け下り、3階へと降りる中段に降りようとしたその時―――


「―――はーい、そこで止まってー。でないとドスッと突き刺しちゃうからー」

「!!?」

 目の前にニュッと飛び出してきた細手の槍。ナジェルが急ブレーキをかけ、あと1段で中3階に降りようというところで止まる。

 直後、槍がどんどんと伸び、その持ち主が上がってきて姿を見せた。


「下手に声を出してもブスッと刺しちゃうから。死にたくなかったら声を出さない方がいーよー?」

 ビキニアーマーベースのメイド服風な軽装鎧に身を包んだ女の子が、ナジェルに対峙する。その後方から彼女の仲間と思しき者達が続々上がってきて、ナジェルは恐る恐る両手を挙げた。




 ――――――槍を突きつけているのはヘカチェリーナ。


 奇しくも実の父娘が、階段の上と下に位置する形でここに、邂逅かいこうした。


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