第479話 囚われの寝室に突入したビキニアーマーです
バタンッ!!
『!』
扉が開け放たれるけたたましい音に、巨亜人は驚く。
自分のサイズに合わせた扉は並みの人間には重く、鍵をかけずとも容易に開けることはできない。
ところがそれが、勢いよく開けられた―――開けた者は、相当な力の持ち主ということ……相手を確認するまでもなく、その巨体は警戒態勢を取った。
「……なるほど、見たことがない魔物です。やっぱり “ 魔物人 ” ですね」
部屋の入り口に立っていたのは、最低限度の薄鎧をベースに改良を施したと思われる防具に身を包んだ女。
方向性は違えど、エルネールと甲乙つけがたい美貌の持ち主と言えるほど、その容姿は優れている―――が、見た目には分からない、強烈な戦闘経験者の風格が漂っている事を、“ 守護神 ” は即座に感じ取っていた。
『やはりスベニアムの奴め、焦って動いておったな。……本意ではないが、如何なる言い繕いも事ここに至っては無意味。済まぬが、我にも今更退けぬ理由があるのでな……』
「それはつまり、エルネールさんは素直に返してはいただけない、という事ですね?」
アイリーンがゆっくりと剣を抜く。しかしその所作はどこか、礼儀にのっとっているような丁寧さがあった。彼女も直感で理解した―――目の前の巨亜人は、見た目よりも粗野で乱暴なモノではないと。
『そういう事だ、赤き髪の女よ。……生物は、すべからく今を生きることに必死だ。しかし知能が高まれば先を、未来を掴むための必要を成さんと今を往く。エルネールは我にとって、その必要であるのでな』
そう語りながら “ 守護神 ” も、ゆっくりと丁寧に臨戦の構えへと移行してゆく。
巨体を広げるのではなく、むしろ小さくまとめるように脇をしめ、軽く両手を開いた状態で腕を僅かに屈折させて前に出した。
「(この魔物人、
アイリーンは、構え方を見ただけでソレを理解した。
通常、体躯が大きい生物は、その巨躯を活かすために腕を広げて大きく構える事が多い。その方が相手に対して身体のサイズ差を思い知らせ、無意識に萎縮させる効果も得られるため、絶対的に有利になれるのだ。
しかし、それが通用するのは一般的な戦士が相手くらいまでの話。
アイリーンのように、明らかに互いの体躯の差を優劣の判断材料としない強者が相手の場合、むしろ身体を開くのは不利―――一瞬で懐に入り込まれる可能性が生じるからだ。
そしてこの巨亜人は、アイリーンの様子を数秒伺っただけで、彼女がその強者であることを察している。
それが出来るのは、相当な経験を経て来た者だけ。
『……』
「……」
一方でアイリーンも、巨亜人を理解していた。
おそらくは、まともにやり合っても自分のほうが圧倒的に強い。だがこの巨亜人に会わせて造られている寝室は、巨大とはいえ寝室である。十分な広さある戦闘領域とは言い難い。
その上、ベッドの上には下着すら付けていないであろうエルネールがいる。
配置の関係上、避難を促したところで彼女の移動できる範囲はたかが知れているだろう。
そして、アイリーンがこの巨亜人を仕留めるには、
巨亜人はそれを既に察しているのだ。だからこそアイリーンに対して攻撃的な構えを取るのではなく、自分を仕留めずらい態勢を取り、強力な攻撃を出しづらいこの状況下で強者のアイリーンを相手に生存するための最適解を見出している。
「(かなり賢い。……と、なると、コイツの思考の予想外を突かないとダメだね)」
智を武器にする相手には、その智をもってしても間に合わないほどの絶対的な速度や力で凌駕するか、その智の範囲外からの意外な攻め手が有効だ。
しかし前者は先にも述べた通り状況的に不可能。なので、エルネ―ル救出という目標を
『来ないのか? では、先手は我からゆくぞ』
構えていた腕の片方がギュンッと伸びる。
アイリーンの上半身をもぎ取れそうなほど大きな手の平が迫るが、伸びきらない。
その爪先が微かに揺れる赤いポニーテールの先端を掠めただけに終わった。
「いい動き、だけど……っ」
プシュッ
『む……なるほど、剣の軌跡が辛うじてしか目で追えぬ、か』
交わしざまに斬りつけられ、大きな腕に走る赤紫色の筋。
だがアイリーンは少し驚いたような表情を浮かべた。
「……やるね、咄嗟にこっちの剣から遠い外側に腕をズラすなんて、あの速さで簡単に出来るのはそんなにいないよ」
『警戒していれば、さほどの事ではない。初手が当たらぬであろう事、反撃はあるであろう事を想定していれば、攻撃を繰り出した直後、反撃に備える事に意識を集中しておれば、いかに早かろうとも致命は避けられよう?』
そうは言うが、その言葉通りに誰でも同じように出来るわけがない。
しかもかすり傷程度とはいえ、実際にアイリーンの攻撃を受け、そのスピードや鋭さを目にしていながら “ 守護神 ” は大変に落ち着きはらっている。
「(想像以上に厄介かも。こーゆー精神の乱れがない、落ち着いた相手ってやりにくいんだよねぇ……)」
達観、老獪、不動。
たとえ巨災に見舞われようともまるで動じない精神力は、知識や訓練で身に付くものではない。
圧倒的な、しかも修羅場を何十回と越えてようやく達する圧倒的な
それが、いささかの動揺も起こさない “ 守護神 ” の強みであった。
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