第475話 大きな場所に潜む大きな影です




 マンコック城塞都市。


 北の山岳地帯の急斜面ある山を背にした中腹、標高50mほどの場所を切り開き、造成した土地に築かれている。


 高さ30m以上の直立した外壁が円形に囲んでいて、これを抜けても空間と掘りを挟んでなお20mほどもある高さの内壁が建てられている。

 しかし内壁は外壁とは違い、一定間隔でわざと途切れさせていて、明らかに軍事的な拠点運用を意識した構造だという。


 そして、そんな内壁を越えてようやく内部の都市に入る。


 都市とはいっても、一部を除いて建物は平屋が多く、整列して並んでいるようなもので、規模としてま1万人の町……頑張れば10万人は詰め込めるだけの面積的な余裕が持たせられているとのこと。




「―――その都市の中心に本命の屋敷がある。まぁ屋敷というよりは “ 巨人の館 ” と称するべきだろうがな……」

 更なる調査を終えて僕達に合流したコダが、例の城塞都市についての説明をしてくれる中、酷く疲れたようにそこで言葉を切って、ふぅとため息を1つ吐いた。


「その “ 巨人の館 ” に何かあると?」

「……ああ、マンコックが何かを隠していることは前々から分かっていた。だが、さすがに予想を越えていた――― “ 巨人の館 ” は貴族邸宅の後ろに簡易的な城をつけたような建物……だが、豪華というよりかは入り口にしろ何にしろ、何故かは分からないがやたらとスケール・・・・が大きい造りだ」

 何となくだけど “ 巨人の館 ” っていう表現から想像はできる。

 建物の意匠にこだわっているとかそういう事じゃなくって、全てが大きいという事―――まるで巨人を住まわせるために。


「では、そこには “ 巨人 ” がいたのですね?」

 僕が問いかけると、コダは無言で頷いた。


「ああ。人外の亜人……巨亜人というべき姿の奴が、スベニアムと共に入っていくところをこの目で確認した。あの建物の造り、確実にその巨亜人を前提としている……つまり……」

「マンコック家は、以前からその巨亜人を擁していた、という事ですね」

 それが一体どういう存在なのかは分からない。

 だけど僕は、むしろ少し安心した。


「(最悪、あのバモンドウのようなアイリーンと互角に渡り合える魔物がいるのではないかと危惧してたけど、さすがにそうそうあちこちにそのレベルはいないよね)」

 王都に残したアイリーンを呼んだ最大の理由がそこにある。

 もしマンコック家やエルフにバモンドウ級の隠し玉があった場合、この国じゃアイリーンしか対応できない。


 何とかして、アイリーンに比肩するとまではいかなくっても、戦力の底上げはしていきたい。けれどそれが実を結ぶのにかかる時間は途方もなく長い。


 バモンドウのような強敵が現れた場合、まだまだアイリーン1人に負担を強いてしまわなくちゃいけないのが、今の僕達の現実だ。

 もっとも―――


「その巨亜人は、どのくらいの大きさでしたか? 爪は? 牙は? 生えてましたかっ?!」

 あのニヒルでハードボイルドっぽいヨークシャーテリアなコダが、思わず引くほど、僕のお嫁さんアイリーンは戦う気満々で目をキラキラさせ、質問攻めに移行しちゃってる。

 見えない尻尾を振ってるみたいにお尻を無意識に揺らしてる仕草が可愛い。



「(やる気があって頼もしいのはいいけど、やっぱりアイリーン1人に任せっぱなしじゃあ……。うーん……)」

 今回、コダのおかげで城塞都市には既に潜入するメドがついてるから、確かにエルネールさんを救出するにあたっての残りの懸念は、その巨亜人と戦いになった時、どうにかできるか否かだけだ。


「アイリーン様、もしかして倒す気でいらっしゃいますの??」

「もっちろん! 巨亜人ってことはギガントやオネアドゥールト1年成人の可能性もあるかもっ! う~ん、腕がなるぅ♪」

「ちなみにアイリーンは、今あげた魔物は……」

「はい、昔戦った事があります、旦那さま。もちろん倒してますし、弱点とかもしっかり覚えてますから、大丈夫です!」

 エッヘンと胸を張る。以前よりも胸を張った時の揺れが大きくなってる辺り、アイリーンもなお成長著しいみたいだ。


「なるほど……それで、どうなんですか、コダ? その巨亜人は、何かの魔物でしょうか?」

 アイリーンには悪いけど、僕はその巨亜人はもしかしたら魔物ではない可能性を疑っている。

 理由は、スベニアムが一緒にその建物に入っていったという点だ。


 もしその巨亜人が魔物なら、人間のスベニアムに素直に付き従うとは思えない。もしもあの裏社会組織 “ ケルウェージ ” が開発した魔物を操る術が用いられているとしたら、このルクートヴァーリング北端地域に来て以降、もっと操られた魔物の存在がいてもおかしくない。


 けど、ルヴオンスクの強欲な地方豪族のバン=ユウロスや、それこそ過激派のエルフ達など、そういった技術を戦力拡充のために用いそうな辺りで、操られた魔物の存在はこれっぽっちもなかった。


 と、言う事はその巨亜人は……




「何とも言えん、というのが正直なところだ。俺も狩人としてそれなりに魔物には詳しいつもりだったが、該当する魔物が浮かばない。それにあの巨亜人の表情や動き方……あれは魔物というよりは人に近いもの―――」

「―――それって、アイリーン様が言ってた “ 魔物人 ” ってヤツじゃない?」

 聞き覚えのある少し軽いノリの声が、コダの発言に割り込んできた。


「ヘカチェリーナさん! ご到着なされたならまず先触れでご連絡をなさってくださいまし! 加えてノックもなしに入って―――」

「はいはい、クララっちのお説教は後で聞いたげるから、どーどー。……てなわけで、殿下、ヘカチェリーナちゃんただいま合流っ」

 いつものヘカチェリーナ、じゃない。

 少し気が立っている。それをおどけて誤魔化してるのが良く分かる。



「あ、そーそー。ホルアンとかいう近習、無礼千万だったからぶちのめしてポイル村で殿下が手配してた兵士の人に突き出しといたから安心してー、アイリーン様」

「ホントに!? ヘカチェリーナちゃんナイス!!」

 巨亜人の話を聞いた時よりも、すごくいい表情で喜ぶアイリーン。

 ヘカチェリーナと腕を突き合わせて何やらウンウンと頷きあう。


 その時の二人の表情は互いの苦労を同情し合うような感じだった。



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