第452話 降る村と奇妙な谷です




――――――ハーフルルの町より北、名もなき寒村。


「て、抵抗はしないからっ」

「命だけは助けてっ」

「お、俺は嫌だったんだっ! 人間の町や村に攻めるだなんてっ」


 ハーフルルの町の手前で攻め寄せたエルフ達を撃退した後、セレナは2000の兵を二手に分け、寒村の奪還と逃走したエルフ残党の追撃に当てた。


 当初は寒村へと逃げ帰るだろうと思っていた撃退したエルフ達が、まさか寒村を捨てて明後日の方向に逃走するのは予想外。連絡こそ飛ばしたものの、最初は追撃の手は出さずに様子を伺い、やや遅れる形で軍を動かした。


 結果、寒村の方はあっさりと陥落。

 念のためと、こちらに1500を割いて攻め寄せたが、村に100ぽっちしか残っていなかったエルフ達には到底抗える戦力差ではなく、彼らは早々に降伏した。



「(追撃により多くを割くべきでしたか……それにしても……)」

 降伏したエルフ達を見る。彼らは長命なので見た目に年のほどは分かり辛いが、その行動や態度、あるいは言葉遣いなどから、まだいずれも若いであろう事が容易にうかがえた。


 もっと言えば高い位置にある寒村は、攻め寄せるセレナ達に対して地理的に有利にある。

 にも関わらず一切の抗戦もなく寒村への到達を許し、あまつさえアッサリと白旗をあげたことからも、彼らには士気や戦意はおろか、軍事への知識も経験も、戦いを行う上での大義名分すら持ち合わせていないことが、容易に推察できた。



「貴方達は、我々の捕虜となります。……ですが、こちらの言う事に素直に従う限り、酷い扱いはしないと約束致しましょう」

 ここからは情報の聴取だ。セレナ自身としては、トーア谷を抜けて逃走中のエルフ達の方に当たりたかったが、100人のエルフの捕虜というのは大きい。

 しっかりとエルフ側の情報を獲得するのも重要―――なのでオルコド=ザブリ=ヘンザックに300を預け、500で追撃に向かった先行部隊に差し向け、自身は捕虜のエルフ達に当たる事にした。







 その頃、セレナから300の兵を与えられたオルコドは―――


「あそこがトーア谷の入り口だ。……けど妙だな??」

 王弟殿下に働きを見てもらうチャンスとばかりに勇んでエルフ追撃に走ったものの、トーア谷の入り口が見えるところまで来ても、先行したはずの500の部隊に追いつかないどころか、その姿が途中でまったく見えなかった。


「敗走したエルフ達に返り討ちにあった形跡もない……おおい、誰か、セレナーク妃将様に、“先行500見当たらずも、我トーア谷を望む” と伝えてくれぃ」

 副官の1人につけられ、ハーフルルの町の防衛戦にも参加。ヘンザック領を再び治めさせてもらえるよう、彼なりに頑張って来たオルコドは、セレナーク妃将という人物の優秀さに理解至っていた。


 おそらくそれだけ伝えれば、自分が抱いたこの奇妙な感覚を理解してもらえるはずだと、彼は自信をもてた。


「……全員停止だ。ここで谷を慎重に伺おう」

「急がなくてもよろしいので??」

 側近の兵士が、逃げられてしまうのではと言いたげに問いかけてくるが、オルコドは緊張の面持ちで谷の入り口をじっと見続ける。


「何かヘンなんだよ。俺たちは遅れて走って来た……先に向かわせられた500人がどっかで追いついてるなら、ここまでの道中で戦闘跡があるはずなのにそれがなかった。んであのトーア谷……」

「谷が何か?」

 側近の兵士はルヴオンスクで編成された者ゆえ、ヘンザック領の人間ではない。だがそれなりの年月、この地を治めた経験を持つオルコドは、トーア谷の地形を良く知っている。


「この領からロイオウ領に抜ける道になってるわけだが、谷自体はそんな幅が広くあるわけじゃあないんだ。両崖は切り立って高いし、中で何度か曲がりくねっているから、外からじゃあ谷の中の様子は中々分からねえもんだが……」

「???」

 兵士は何が言いたいのか分からないと首をかしげつつも、急かすような事は言わない。

 それほど彼の語る表情が、何か危険を捉えた者のそれになっていたからだ。


「兵500……あの谷まで追撃に入っていってるんだとしたら、かなり手狭なはずだ。追いついて戦闘になろうもんなら乱戦になるか、曲がり角で小競り合いか……どっちにしろ、戦闘の気配とかそーゆーもんがする。けどそんな感じが微塵もしねぇんだよ」

 言われて兵士も、改めて谷を見た。

 確かに静かで、綺麗過ぎる・・・・・


 敗走した敵エルフは怪我人込みとはいえ300はいる。これに対し、先行して追撃に当たっている500の友軍。

 数の差と地理条件を考えれば、谷の入り口付近で睨み合っていてもおかしくない。


 だが戦闘が行われた気配は、谷の入り口付近にはまったく見られなかった。



「……偵察を出しましょうか?」

 言い知れぬ何かを感じて生唾を飲み込む兵士は、そう提案する。


「うん、そうしたほうが良さそうだな。……時間をかけてもいいから、慎重に」

 ビビリとののしられても仕方ない。

 しかし、もしも先行した500がやられてしまっている場合、この谷の入り口を望むところに来ているオルコド達300までやられてしまうと、エルフの敗走軍は谷から出て別ルートで逃走する事が出来てしまう。


 ビビった結果とはいえ、軍事戦略としてトーア谷の西出入口にオルコド達300が留まるのは正しい。

 東のトーア平原で王弟殿下の軍がいる事を考えれば、オルコド=ザブリ=ヘンザック率いる300は谷の内部を慎重に探りつつ、入り口を固めて谷にエルフ達を閉じこめるのは最善の選択だった。



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