第453話 呼び止められた先で針のムシロです
そこはマンコック領内の、地図には載っていない場所……
北の山岳地を背にした標高100mほどの森を着飾る小さな山の上。古くから、マンコック家が何かあった際に隠れ住むため、平時には夏場の別荘として整備された建物は、古びてはいるものの大理石の豪邸だ。
全体的に四角い神殿を思わせるフォルムのその邸宅の屋上。
エルネールを運んだ魔法の道具は、対となる像の目の前に降り立ち、魔力の輝きを消して沈黙した。
しかし、彼女を縛る
「……」
そんな彼女の到着をスベニアムの指示で待っていた男は、恐る恐る近づいて両手を伸ばし、そっと抱えあげて屋上から建物内へと運んでいった。
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その頃、スベニアムを乗せた馬車はルヴオンスクの町に入っていた。
「(もどかしいが、仕方ない……ここで帰りを急いては怪しまれる)」
後ろから人さらいの賊を捜索するべく追ってきた騎兵たち。彼らに制止を要請され、何かあったのかとすっとぼけながら聞いたところ、怪しかろうと怪しくなかろうとも、北に移動する馬車は一度、
なのでスベニアムの馬車も一度ルヴオンスクに立ち寄り、検められることになったのだ。
「(まぁエルネールを送り出した後だ、空を飛んでいった彼女に騎兵たちは気付いていないようだし、何も問題は―――)」
そう言いかけ、何気なく馬車の中を見回してギョッとする。
エルネールを座らせていた辺りに、彼女の毛髪が1、2本あったのが見えたからだ。
さすがに毛の1本2本で特定なのされるわけはないが、それでも女性の髪であることくらいは分かる。
スベニアムは慌てて髪の毛を回収し、他に落ちていないかをドキドキしながら狭い馬車内を探し回った。
彼がそうこうしている内に、馬車はルヴオンスク内の指定された場所に停車する。
「(ん、止まった? 一体どこで検査を―――げっ)」
窓から外を覗く―――そこは、スベニアムが二度と来たくないと思った場所だった。
「(し、執政館の前だと!?)」
以前クルリラ王弟第三妃と面会し、神経をすり減らされた記憶がよみがえる。
(※「第445話 地方辺境貴族vs真性貴族令嬢です」参照)
そして何より館の玄関口に、その当人の姿があった。
どうやらスベニアムだけではないようだが、見る限りでは客車のある馬車で移動するような、それなりの有力者はすべて、彼女が検めの場に立ち会っているようだった。
「(落ち着け、落ち着くんだ。まだこちらを疑っているわけじゃあない。慌てる必要はないんだ、落ち着けー……)」
コンコン
「は、はい!?」
ノックの音に、思わず声が上ずってしまいそうになる。
『失礼いたしますわ。中を検めますので、扉を開けてくださいますか?』
なるべくなら聞きたくない女性の声が聞こえ、スベニアムは今一度深呼吸をする。そしてゆっくりと馬車の扉を開いた。
「お久しぶり、というほどでもないですわね、スベニアムさん?」
「ええ、クルリラ王弟第三妃殿下におかれましては―――」
「ご挨拶は不要ですわ。これから中を検めさせていただきますから、一度降りてくださいませ。お話は伺っておりますでしょう?」
「ええ、では少々お待ちを」
内心ドキドキしながら、スベニアムは馬車を降りる。
大丈夫、毛髪も全部取り除いて丁寧にハンカチに折り隠してポケットにしまった。もう痕跡は何も残っていないはずだ、と彼は自分に言い聞かせる。
「クルリラ様、中に不審なものは見受けられません」
「馬車の下部も問題ございません」
「御者の聴取にも問題はございませんでした」
「馬、および手綱にも問題は見当たりません」
「(そこまで徹底して調べるのか!?)」
馬車のあちこちに取りつくようにしていた兵士達が次々と問題なしの報告を上げる。
驚きなのは非常に細部にわたってチェックしているという事だ。仮に人を隠すにしても、絶対に無理だと言える場所にいたるまで兵士達にチェックさせている徹底ぶりに、スベニアムはずっと
「スベニアム=ヌーマ=マンコック。一応、お聞きしますけれど、どちらよりお越しになられ、これからどちらへと行かれるのでしょう?」
スベニアムを呼び捨てなのは、彼女とは身分差が天地ほどあるからだ。それでいてフルネームで呼ぶ―――その意味は、その名にかけて一切の嘘偽りなく答えなさい、という圧力に他ならない。
「ここから南にあります
そう言ってスベニアムは、腰に下げた護身用の細身剣を示す。
「(嘘ではない。フーオ村へいくついでに剣を受領したのも、贔屓にしている職人の話も本当だ。確かめられても問題ない)」
「そう……ではもう一つ、聞いてもよろしいかしら?」
まだ何かあるのか、と少し面倒になってくる。
だが態度に出すわけにはいかない。スベニアムは気力を振り絞って取り繕いながら、何でも聞いてくださいと返した。
「この馬車……奥方かどなたかもご利用なされているのかしら? 女性モノの香水の匂いがいたしますわね?」
「!」
スベニアムはギョッとした。
確かにエルネールは香水をつけていた。とはいえ、その白肌に1cm近くまで鼻を近づけてようやく分かる程度の、本当に淡い香りだったはず。
おそらくは夫の死に際して、香水をあまり香らないモノにしていたのだろう。しかし……
「(エルネールを送り出した後、窓をあけて十分喚起もした! なんで分かる!? い、いやそんな事を考えている場合じゃない―――)―――いえ、馬車を利用するのは当家では私と
「マンコック家ではそれほど頻繁に使用人が馬車を利用するのですか?」
「ええ、当家はそこまで余裕があるわけではございません。使用人が食事や物品の仕入れを行うなどする際に、客車に荷を積むことも許可しておりますれば」
これも本当のことだ。
マンコック家は北端3下領の中では裕福な方といっても、所詮は辺境の小さな領地でしかない。
無駄を省くため、余計な馬車を持っていないので、この移動用の馬車も荷馬車代わりに使わせている。
「……そうですか。わかりましたわ、色々と不躾な質問、失礼致しました。検めはこれで終わりですから、どうぞ出立なされてください」
スベニアムは安堵して自領への帰路についた。
しかしその走り出した馬車の背をじっと見送り続けたクララの視線は、何かを見透かしたような眼光のままだった。
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