第450話 届かない空と暴戦の平原です
その日、
「よし、異常なしだな。地平線の彼方までも特に―――……ん?」
何気なく天候を伺おうとして、視線を上に向けた時、それは視界に映った。
「なんだアレは? ……獣人、ではないな……人、か?」
エグリルは地上からおよそ100m上空を飛行している。しかしそこから北の方、同じく飛行しているソレは、さらに高い位置にあるようだった。
「……北に向かって飛んでいる? ―――……待て、そこの者、待たれよ!」
とりあえず近づくことにする。
それなりのスピードでとばして近づこうとするが、追いつかない。
しかも思いのほか距離が離れている上に、どうやら高度はかなり向こうの方が高いらしく、エグリルが地上200mほどと、自分の限界高度まで上げてもなお、相手の方が高い位置に見えていた。
「(くっ、離される?! なんなのだアレは?? 何か女性がその身をからめとられているように見えるが―――)」
言っても鷲獣人のエグリルである。その飛行スピードにはかなりの自信があった。王弟殿下にも認められ、こうしてルヴオンスクの空を任されている。
空中での行動でおいそれと他に負けるわけにはいかない。そのプライドだけで自分の限界を超え、くちばしを食いしばりながらソレとの距離を意地でも縮めた。
「! 奇怪な……っ、おおい、おーい! ご婦人、目を覚まされよ、ご婦人ーっ!」
ようやくソレが、どういうモノか把握できた。
女性が何やら無数の
空を飛んでいるのは恐らくは像の力なのだろう。蔓に全身を縛られている女性は明らかに虜囚の身……黒っぽいドレスはファッションというよりも喪を思わせる装いで、しかしながら相応に良い生地と意匠から、貴族女性であることは疑いようがないだろう。
しかしエグリルがどんなに呼びかけても、力無くうなだれて両目を閉ざしたままだ。
「ぐっ……くうう、なんて……速い……っ、はぁはぁっ、くそっ、くそっ、離され……るっ!!」
状況は不明だが、確実に要救助対象であるのは間違いのないところだろう。
しかしエグリルは届かない。
せめて彼が、ソレが南から飛んでくるところで見つけていたならば、結果は違っていただろう。
しかしすでに、ルヴオンスクの空域を過ぎて北へと向かっているところを、追いすがった形だ。スピードで負けている以上、その伸ばした手は決して届かない。
それどころか―――
「うぐっ!? ……く、しまっ」
無茶をし過ぎて、翼の付け根が強烈に悲鳴を上げた。
さらに高速移動に意識を取られ過ぎて、呼吸不足と空気圧変化による眩暈が発生―――エグリルは急激な変調でバランスを崩し、失速により墜落。
地面に激突し、フラフラと立ち上がる頃にはもうソレは、遥か遠くの空の彼方に行ってしまっていた。
――――――ロイオウ領、トーア平原。
「……」
「殿下、お手紙はなんと……?」
「僕の名代領主であったコロック=マグ=ウァイラン卿が亡くなりました。そしてその妻、エルネール=オリヴ=ウァイランが何者かにさらわれた、との事です」
周囲がざわつく。だけど今、この場においては直接の関係はないから、君達は目の前の戦場に集中して欲しいんだけどなぁ。
「(コロックさんの事は残念だけど……エルネールさんの事が気がかりだ。けど、ここを終わらせないことにはどうしようもないし)」
一番意外だったのは、アイリーンが居合わせながらエルネールさんがさらわれてしまったというところだ。
ヘカチェリーナの文面によると、相手に出しぬかれた事に相当悔しがってるみたいで、一時すっごく不機嫌になってたようで、王都からついてきた近習を、思いっきり手加減なしにぶのめして病院送りにしたらしい。
「(相手が一枚上手だった? ……ううん、そういう感じじゃない、か)」
運命の悪戯、刹那のタイミング、僅かなタッチの差―――本当に本当に僅かな違いが、結果を180度変えてしまうのは、現場ではよくあることだ。
今回は人さらい達に運が味方したんだろう。
そしてエルネールさんがさらわれても、僕は何だか落ち着いていられた。
「(なんでか分からないけど、エルネールさんは大丈夫な気がするんだよなぁ……あのぽやぽやんな雰囲気のせいかな?)」
あるいはヘカチェリーナが、母親は豪運の持ち主だって言ってたからなのかもしれない。
そんな曖昧なことで―――ううん、それ以外の何かこう、予感めいた不思議な感じで、エルネールさんは大丈夫、って感じがするんだ。
「……ともあれ、目の前のエルフ達を放ってはおけませんから、目の前を何とかしないといけませんね、まずは」
むしろ、こっちの方が厄介な事になっている。
トーア平原のトーア谷入り口付近での戦闘は、予想以上に本格的になっていた。
その理由は―――
「殿下っ、も、申し上げます! またです!」
「また “ バーサーク・エルフ ” が出ましたか……はぁ」
そう呼び名をつけた、暴走エルフ。
定期的に戦線に投じられてくるそれは、この戦いで僕達を悩ませる一番の要因となっていた。
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