第439話 見晴らしのいい開けた密会現場です



――――――マンコック領、街道脇にある木陰。


 狩人のコダは、木の幹に背を預けて旅人が休息を取るかのような雰囲気で、空を眺めていた。




「……」

 すると、不意に頭上に気配を感じる。

 この時期には珍しい青々とした葉が生い茂る中に、何者かが存在した。


「お待たせしましたね」

「大胆だな、王弟の目がつけられているのは知っていると思うが」

 コダにはずっと、王弟の手の者である兵士が尾行している。

 そのことは当然ながら彼―――ペイリーフも理解していた。


「もちろん。だからこそ、ですよ……彼らは貴殿を泳がせ、尻尾を掴みたい……

 こう周囲が開けた場では、尾行するにも手近に隠れられる場所はない。せいぜい遠眼鏡で様子を伺う程度が限界でしょう」

 コダは思う。相変わらず大胆で狡猾な奴だ、と。

 事実、自分の様子を見はり続けている兵士達は今、少し遠く離れた茂みの中にその身を隠し、ペイリーフの言う通り、遠眼鏡でこちらを見ている。


 なので普通の声量で会話をしたところで、何も聞かれることはないわけだが……


「(周囲に誰もなく、そして気配もない。そして開けた見晴らしのいい一本木。気付かれることなく木の枝葉の中に現れる……か)」

 コダとてこれまで様々なエルフと接触してきたが、ペイリーフほど異質感を感じるエルフはいなかった。


 絶対的な、要警戒人物。場合によってはコダの狩人の腕を向けるべき相手かもしれない。




「―――今は問題ないとはいえ、どこで誰が聞いているか分からん場所だ。さっさと用事を済ませさせてもらう。……ロイオウは今回の騒動、静観を決め込む。何があろうとも一切動く気はない、というよりも動く余裕がないと言った方が正しい。先のバン=ユウロスへの貢ぎ物のせいで、金も物もないようだからな」

「さようですか。まぁ想定の範囲内でしょう……ですが、我々側は少々、想定外が生じております」

「? と、言うと……?」

 ペイリーフの気配が、ほとほと困ったものだというものになる。

 見なくとも、頭上のエルフの顔が容易に想像できた。


「若く血の気の多い者が暴発しましてね……今頃は、ヘンザック領にて返り討ちにあっている事でしょう」

「……攻めたのか」

「ええ、まるで準備など出来てもいないというのに、自信満々でね。さすがに多数決では、止めることもかないませんでしたよ」

 まるで自分は反対したのに、と言わんばかりの口調だが、ペイリーフは嘘をついた。

 彼は明確な反対はしていない。ただ今後の取りうる選択肢を同胞に提示しただけだ。むしろ若輩のエルフ達が返り討ちにあう事は、彼の描くシナリオ通りですらあった。



「その尻拭いというわけでもありませんが、このまま傍観してもいられなさそうな雰囲気でしてね、個人的には至極面倒なんですが……そこで一つ、言伝をお願いしますよ、狩人コダメッセンジャー

「……聞こう」

「ロイオウとは繋がりがないですが、あなたの言葉ならば聞くでしょう。静観大いに結構……なので、“ 何があろうとも、そのまま静観し続けていてもらいたい ” ……と」

 コダは、微かに眉をひそめた。

 ペイリーフの言い方から、おそらくはヘンザック領で敗れたエルフ達をロイオウ領内に避難ないし、ルート取りをさせるつもりなのだろう。


 そこで追ってきた王国軍がいた場合、これに協力するな、という事だ。もちろんエルフが領内に入ることも、黙って見てろという事でもある。


 どこの誰が何をしようとも、静観していろ―――それがペイリーフの言葉の意味だ。


「……わかった、伝えよう。だが所詮は流れ者の言葉……向こうがイイコでいる保証までは出来ん」

「構いませんよ、邪魔をしてきたらしてきたでこちらで対処しますので、あなたに迷惑はかけませんとも、ご安心ください。では失礼するよ、狩人コダメッセンジャー

 頭上の気配が消える。おそらくは何らかの魔法なのだろう。




 コダは、バカに丁寧で気持ちの悪いヤツだと呟くように吐き捨て、空を見上げ直した。


「……さて、どうするか」

 ペイリーフやエルフに誤算があるとしたら、それは協力者コダが二重スパイだと知らないことだ。


 その事を活かし、コダは上手く立ち回ることで状況を快方に向かわせるつもりでいる。

 そのためにはまだエルフ連中が総崩れになっても困るし、かといって事が大きくなりすぎるのも面倒。



 ペイリーフの言伝と、その裏に感じ取った思惑を、誰にどう伝え、何を促せば良いか―――しばらく考え続けた後、帽子を深く被り直してから、彼もまた静かに歩きだし、その場を後にした。


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