第438話 ハーフルルの楽勝すぎる迎撃戦です




 ルクートヴァーリング地方北端地域のさらなる北の端に3下領が並んでいいる。

 内、ヘンザック領は西に位置しており、その中にハーフルルの町はあった。




「ロングボウ隊、構え!」

 鎧に身を包んだ隊長格の兵士が声を張り上げ、長大な弓ロングボウを構える弓兵達が一斉に矢を引き絞った。


「……、……まだ我慢です。より引き付けて―――今です」

「放てぇ!!」


ヒュドババババッッ!!


 最大射程、およそ280m―――王国が正式に採用している長距離弓がセレナの許可の下、一斉に矢を放った。

 100mを超す長射程においては視界的な限界などもあり、狙って敵を穿つのは相当な腕前が必要になる。

 しかし軍隊運用においては敵のいる範囲に安全域からけん制的に矢を射かけ、その進む勢いを殺したり、少しなりともダメージを与えておき、その後の中・近距離戦での優位性を確保する狙いで用いるのが基本。


 だけどセレナは、しかと攻め寄せるエルフ達を射程の内側に入るのを待ってから弓兵隊に射撃許可を下した。


 その結果は……


 ドドスッ! ブシュッ! ドスッ! ドスッ!!


「がっ!?」

「ぐはっ……な、なんでこんな」

「あの距離からの矢が……当たる!?」

「バカな、人間程度の腕でっ」


 攻め寄せんと突撃してきたエルフ達全体に満遍なくダメージを与えるという大戦果を挙げる。



 弓矢はエルフ達にとっては十八番といってもいい。

 特に山中に潜み暮らしてきた彼らは日々の狩りという実戦にてその腕前を鍛えあげており、もっとも自信のある戦闘技術であった。


 そんな彼らでも200mオーバーの距離で、いくら一斉射とはいえここまで相手に命中させられるものではない。


「驚きました、セレナーク閣下……こうも面白いように攻撃を加えられるとは思ってもいませんでした」

 今回、セレナの副将として傍に控える兵士―――サムアラットは軽く呆気にとられた様子で戦況を眺めていた。


「命中率の高さの秘密は、この辺りの地形にあります」

 ハーフルルの町自体は小さく、ギリギリ町といえる最低規模しかない。

 なので町を拠点として敵を迎え撃つというのは、あらゆる面においてまったくの不向き。

 2000の兵を引き連れてこの町に到着したセレナが、真っ先に考えたのが町の外で迎撃の布陣をしく事だった。


「一見するとそうは見えなくとも、およそ1kmほどに渡りとても緩やかな下り坂になっている……ハーフルルの町は意外と隆起した場所にあり、周囲とでは高低差があります」

 そう言えばとサムアラットは、矢で受けたダメージにたまらず脚を止めているエルフ達を眺め直す。

 完全に平坦な土地なら一番前にいる者の姿しか見えないはずだが、最前列だけでなくその後方のエルフ達全体の頭部、ひいては動きが見えている事に気付いた。


「あの名もなき寒村はここよりも高い位置にありますが、そこから大きくくだってこのハーフルルの町を上に見るほど低い位置にまで降りきることとなる……自分達が見下していたはずが、いつの間にか目標を見上げていた事に彼らは気付いていないのでしょう」

 セレナは何とも稚拙な相手だと言葉を結んだ。


 もし軍事的な知識や経験に富んだ者の1人や2人いれば、この辺りのアップダウンの地形に気付き、ハーフルルに攻めようとする前に必要な作戦なりを講じた事だろう。

 ところが今回攻めてきたエルフ達はまるで蛮族のように統率など微塵も見て取れなかった。


「敵には隊列もなく、ただ武器を構えて個々に突撃してくるのみ。こちらの2000も中身は急ごしらえの軍ですが、あのエルフ達が相手であれば十分です。しかし油断はしないよう」

 セレナに釘を刺されるように言われたサムアラットは表情を引き締め直し、背筋を正した。



  ・

  ・

  ・


「なんなんだ、あいつらはっ!? 人間の軍隊なんざ弱っちいって話だったろ!?」

 町から大きく遠ざかり、敵が追いかけてこないことを確認したエルフ達は、何もない野原の真ん中で激しい息をつきながら合流と立て直しを図っていた。


「ぜぇ、ぜぇ……あ、あの村にいたのがたまたま弱かった……だけ?」

「んなバカな、話が全然違うじゃあねぇかよっ」

「俺達で簡単にやれるからっていうから――」

「ひとのせいにしてんじゃねーよ!」


 過激派エルフの若者たち、その数は総勢700人少々。

 100人ほどは一応あの寒村を保持するために残し、残り600人で出撃。


 しかし今、敵の長距離射撃による一斉射を受けただけでその半数が死傷者となってしまった。


 ―――死亡36人、重傷52人、軽傷205人、無傷307人。


 しかしもっとも最悪なのは、彼らに兵站という概念が欠如していた事だ。


 死亡した者は諦めるしかないにしろ、重傷者と軽傷者を治療する場が整備されていない。

 寒村に運び戻ったとしても、やはりそのための準備などしていないので、山の中のアジトまで大きく戻らなければ、軽傷者はともかく重傷者は満足な手当てもできない状況にあった。


 全員が、なぜか戦闘をして1人の死傷者も出すことなく勝てる気でいた―――あるいは言わなくても誰かがそういう手はずを整えてくれるだろうという甘すぎる考えでいた。



 リーダーなき過激派の若者たちは勢いだけの惰弱な素人集団でしかなかった。




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