第420話 狩人と悲哀の囲まれ領主です




――――――北端3下領の中央、ロイオウ領。


 ただでさえ北の小さな辺境地に加え、西をヘンザック領、東をマンコック領に挟まれた肩身の狭いこの下領を治めるロイオウ家は、近年特に苦々しい思いを重ねていた。



「くそ、西には殿下が訪れ、ヘンザックはヘコヘコしているというのに、東のマンコックのヤツにも、何やら怪しい動きがあるなどと……っ」

 ロイオウ家当代当主であるハルバ=ルトン=ロイオウは、悔し気に膝を叩いた。


「……おそらくだがマンコックは確実にエルフと通じている、取引きのほどは、俺よりも深いかもしれん。加えて何か隠し玉を持っていそうな気配がありそうだ」

 顔面の毛の長いヨークシャーテリアタイプの犬獣人、狩人のコダは、渋い声で静かに、しかしよく聞こえる音量でハルバの耳に情報を届ける。


 ソファーの座り心地は良いが、ロングコートが尻を覆っているので、直でこの座り心地を確かめられないのが残念だ―――なんて事を考えながら、目の前の熱いお茶を持ち、フーフーと息をふきかけて冷ます。


「エルフどもの動きはどうなんだ? 奴らに二重スパイだとはバレていないのだろうな、コダよ?」

「問題ない。エルフはさほど疑り深い連中というわけでもないのでな……おかげで山岳地の地理と位置関係は把握できた、が……それも徒労に終わりそうだ」

 そう言って、少しションボリとした雰囲気をにじませる犬の口が、ティーカップの中身に舌を伸ばす。

 ……が、まだ熱かったらしく、反射的に頭ごと動かして、舌とカップとの距離を離した。



「徒労、とは?」

「エルフも一枚岩ではないらしくてな……先日、どうやらペイリーフという若手が、ホルトラウスを謀殺したらしい」

 それが本当なら一大事件だ。ホルトラウスはこの近辺に潜むエルフ達のまとめ役だった老エルフ。それが亡くなったとなると、エルフ達の動きも大きく変わる。


「しかし、……らしいとは? お前にしては物言いがあいまいだな?」

 コダは一種の仕事人だ。不確定で曖昧、根拠不明瞭な情報などは口に出さない。だからこそ、彼が獲得してくる情報は頼りになる。

 今回はそんな彼には珍しく、ハッキリしない言い回しが多い。


「エルフ側は王国の仕業と見て軽くザワついてはいるが、俺が見た現場の状況は、誰かによって雑に作られていた・・・・・・。そして隠しているつもりだろうが、明らかにエルフ達の中で1人、ペイリーフだけが態度を作っていた……確定とは言い難いが、ほぼ間違いはないだろう」

 コダは困ったように肩をすくめ、ようやく冷めた茶を口に運んだ。


「(コダでも情報獲得に難儀するか……、相変わらずエルフ連中は侮れないな)」

 ヘンザックやマンコック家とは違い、ロイオウ家はエルフとの繋がりや接触はない。

 だが、ユウロス家に頭が上がらず、ただでさえ少ない自領の収益を差し出して、それがどこにどう流れているかくらいは察しがついている。



「まぁそこまで分かっただけでも今は十分だな、ご苦労だった、コダ。これからも頼りにしているぞ」

「すまんな、今回はあまり良い仕事が出来たとは言えん結果で。……加えて、しばらくは俺も動きが取りづらくなりそうだと、先に謝っておく」

 言いながらおもむろに立ち上がり、カーテンの隙間から外を見るコダ。その言ってる意味が最初理解できず、ハルバはつられるようにして立ち上がり、同じくカーテンの隙間から窓の外を覗いた。


「? どういう―――……アレは……追手か? マンコック家、いやバン=ユウロスの手の者か?」

 エルフではないだろう。

 窓の外に見えている、あきらかにこの建物をマークしている雰囲気の数人の人影は、いずれも人間だ。

 なのでハルバは、ユウロス家かマンコック家にコダが追跡されていたのかと思った。しかし当のコダは首を横に振る。


「どちらでもない。おそらくは、王弟殿下の差し金だろう」

「! 殿下の、だと……? 一体なぜ―――」

「殿下は、先のエルフの根城調査に俺がかかわった事を知った……まだ決定的なことは掴んではいないだろうが俺を怪しんでいる、というところだろう」

 もっともコダのような現地を動き回るタイプは、それだけで一気に仕事がやりにくくなる。



 行動を大幅に制限し、表向きの仕事としている狩人働き以外の行動や発言を取ることは、慎まなければならない。


「殿下が、どの立場でどう動くか分からない内は、しばらく大人しくしておく他ない、ということか……クッ」

「状況は悪いが、そういうことだ。すまんな、ハルバ」

「い、いや、追手がついている中よくやってくれたと言うべきだろう。こっちこそお前に苦労をかけてすまん。……そうだな、今はじっと耐えるしかない、か」


 エルフ、ヘンザック家、マンコック家、ユウロス家、そしてルクートヴァーリング地方の領主たる王弟殿下……


 あまりにも入り組んだ様相をていし始めたルクートヴァーリング北端辺境は、何がどう転ぶか分からない、かなり繊細な状況にあると言える。



 不利で弱い立場にあるロイオウ家としては、じっと我慢するのが賢い選択だ。

 そう自分を言い聞かせると、ハルバは悔しさを込めて拳を一握りした後、大きく深呼吸し、完全に頭を切り替えた。



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