第379話 どちらも完遂速度が重要です



 ゴォンッ!



 アイリーンが適度な攻撃をして、地下室の壁が崩れる。地下室全体が崩壊しないよう手加減が必要だから、新たに2mほど床の魔法陣が露出した程度で終わった。


 けどアイリーンはすぐさま地下室から飛び出した。





『フゴー、フゴ……―――グギッ?? な、ナんダァ? いま、ナニか音と振動がシなかっタかァ???』

 ゴブリンが目を覚まし、周囲をキョロキョロと見回す。


『……ぅ、ン……? キッチンの方かラ響いテきたようダ……火の不始末カ?』

 そう言いながらも霊呪の鎧カースド・メイルは慌てない。

 所詮は勝手気ままな他人の家だ、火事になろうが倒壊しようがどうでもいい。それに当然、彼ら以外の魔物たちも音と衝撃に気付いているはずで、そいつらが対処に当たるだろうと、呑気にかまえていた。


 だが、それを許さない閃光のようなスピードが、彼らを襲う。




 ダンッ! バタンッ!


 扉がけたたましく開け放たれる音よりも先んじて、霊呪の鎧カースド・メイルが押し倒された。


『!!??』

「動くな」

 そう静かに告げるアイリーンは、霊呪の鎧カースド・メイルの全身を一瞬で完璧に押さえ、動けなくしていた。


『ンなんダァッ、オメ―――ぇ??』


 ブシュウ!!!


 ゴブリンがアイリーンに叫びながら飛び掛かろうとした瞬間、身体のあちこちが鋭く裂け、血をふいた。


 最高級の瞬発力で室内に突入したアイリーンは、霊呪の鎧カースド・メイルを押さえにいく導線上にて、すでにゴブリンを切り刻んでいた。

 あまりの速さと鋭さゆえに、ゴブリン自身が動くその空気抵抗によって開くまで、傷口が出来るのが遅延していたのだ。


『! く……人間メ、嗅ぎツけテイタのか』

 霊呪の鎧カースド・メイルが動かんとするが、まったくもって身動きが出来ない。

 完璧に関節部分を抑え込まれている上に、頭の兜も飾りの部分に剣を通して床に突き刺し、固定されている。

 これでは首を回転させて呪っている人間を殺すことができない―――人質で脅すことが出来ない。


「一応はプロフェッショナルです、元ですけど。抵抗は無駄です」

 アイリーンの言葉は穏やかだが、静かな殺意が宿っている。霊呪の鎧カースド・メイルは理解した―――この女はやるといったらやるタイプだと。


『(もし呪いを盾に人質を突きツける事のデきル状況になっテも、関係ナくこちらを殺シにクる!!)』

 霊呪の鎧カースド・メイルは動くことを諦めた。ここは状況が好転するのを待つべきだと判断し、余計な抵抗はしない方がいい。むしろそれで相手が緩んでくれたらラッキーだくらいに構えるべきだと考える。



 だが、切り刻まれた相棒は、凶暴性をむき出しにして、冷静さを欠いていた。


『(ばかメ! 剣をソイツに突き立テてリャア、使えナイだロ。傷は深ェが、動けネェほどじゃネェ……ぶチのめしテ、ヒィヒィ言わせテやル!!)』

 身を起こし、すぐさまアイリーンに向けて飛び込もうとするゴブリン。


 だが、両脚がソファーから離れた瞬間……


 ブシュウォッ!!


『ンなッ!??』

 両脚と、ついでに3本目の足・・・・・が綺麗に身体とオサラバした。


『ギャァアアアアアッ!!!』

「お馬鹿ですねー、ただ表面を切り刻んだだけだと思ってたんですか?」

 霊呪の鎧カースド・メイルを押さえることが主目的なのだ。当然、剣もその押さえるために利用するのは事前に考えていたこと。

 なので同室の魔物には初動ですでに、戦闘不能なまでのダメージを与えておくのは当然。

 そしてアイリーンにとっては簡単なことだ。しかも雑魚が相手であれば間違いはない。


『(この女……ツ、強イッ)』

 霊呪の鎧カースド・メイルとて真っ当にやり合ったなら下っ端もいいとこの魔物だが、それでもその特異な能力ゆえ上から用命を受けることは多い。必然、戦いの場数も踏み、経験を重ねている。


 なので余計に、アイリーンの強さが分かってしまった。とてもじゃないが、及ばない―――何がどう転んだところで、決してこの女には勝てはしない、と。





――――――その頃、地下室では……


「……」

 僕は、見えている部分から全体を想像する事に全力を傾けてた。

 魔法陣の削るべき部分が見えてない部分にあったらもうアウトだけど、その可能性は低いと考える。


「(確か、この最外周の線は魔力の巡りと内部の保持、一歩内側の字が呪文式の一部で……)」

 これまで読んだ、魔法や魔術に関する書物の知識の全てを動員して、懸命に紐解く。

 そこから分かるのは、魔法陣の構成そのものはものすごく変わったモノじゃなく、それこそ魔法技術のレベルが貧弱なこの世界の書物で書かれている域を逸脱しない、ものすごくオーソドックスなタイプだということ。


「(このテの魔法陣は、前世でもよく見る感じだしね……各部の意味合いは違うけど)」

 この意味合いの解釈を間違えたらダメだ。

 しかも見えていない部分がある以上、そこの想定もたがえるわけにはいかない。


「(くっ、焦る……魔法陣の様子からして起動は完了済みの、いつでも発動を待つばかりな状態だし、こうしている間にも術者が発動するかもしれない)」

 線と文字、そして記号と図形の組み合わせ。その組み合わせにも意味があって、さらに部分的なところと魔法陣全体でも意味をそれぞれ解いて、全容を解釈しないといけない。


 魔法陣はさながら世界を示す宇宙―――なんて言葉、どこの書物に書いてあったんだったか忘れたけど、まさしくその通りなんだ。ものすごく難しい。


「(アイリーンや兵士さん達が魔物を押さえてくれるとはいえ、ここで僕がミスったら全員死ぬっ)」

 余計なことを考えるな、集中しろ! 僕!!




『………』


 ヒュッ……カッ!


 ボロ……、カランッ、カラカラカラ……




「? ……なんだ、小石が転がって―――」

 アイリーンが崩した壁の一部が崩れて、小石となって落ちてきて止まったその位置。

 魔法陣の一部をピンポイントで遮る様を見た瞬間、僕の脳裏に強く確信めいた答えがよぎった。


「―――そうか、そうだ、この文字はっ」

 僕はすぐに小さな短剣を鞘から取り出し、輝く魔法陣の一部に突き立て、ガリガリと削りだした。



  ・

  ・

  ・


『(フフフ、さすが私の〇〇ちゃん……これ以上のヒントは、不用みたいね~)』


 いつからいたのかも分からないその陰は、スゥと音もなくその場から消え去った。




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