第365話 潜みきっていた尾を掴みます



 そんなわけで僕達は、まったく予想していなかった理由で、メイトリムを後にし、王都へと移動した。



「レイアとヘカチェリーナ、それにエイミーをお城に置きます。僕とアイリーン、セレナ、クララは離宮に入ろうかと」

 ちなみにシェスクルーナとリジュムアータはメイトリムでお留守番だ。二人はまだ養生した方がいいだろうし、それなら慣れてない王都よりも、温泉のあるメイトリムに置く方がいいと、僕が判断した。


「うんうん、お嫁さん達と姪っ子の事はこの兄に任せておきなさい。……それにしてもまさか、クルシューマ伯爵家に危急ありとはね」

 兄上様おうさまは、そこに関しては本当に驚いたという様子だ。




「かの伯爵家は安定している家柄だと思っていたが、まさか入り込まれていたとはな……陛下、兵の準備は出来ているぞ」

 宰相の兄上様が、話を受けて既に準備を整えてくれていたらしい。

 だけど僕はちょっとビックリして、そこに待ったをかけた。


「宰相閣下、それはいけません。無理に強行な踏み込みは、逆にクルシューマ伯爵家の方々を危険に晒す事になるかと思われます。加えて伯爵の邸宅は王都の中、住宅の多いエリアにあると聞きます。ただでさえこのところの騒ぎで国民に不安が広がっている中、公に騒がしく動けばさらに煽ってしまいかねません」

 そう述べると宰相の兄上はむっ、と口ごもる。言われてみれば確かにと、僕の指摘に今更気付いたかのような様子だ。


「加えまして、潜入しているという魔物は知能が高いとのこと……物々しく兵を押し立てては、こちらの動きに勘付き、逃がしてしまう恐れもあります」

 僕がしっかりと言い切ると、宰相の兄上様は軽く頭を抱え、王の兄上様が愉快そうに笑みをこぼす。

 最初、何かおかしな事を言ってしまったのかなと思ったけど、どうやらそうではないらしい。



「……いかんな、弟に言われるまでそんな事も失念していたとは、我ながら恥じ入るべきことだ」

「フフッ、このところのあなたは少々空回り気味ですよ? 初めて子宝に恵まれて嬉しいのは理解致しますが、ププッ」

「(あっ、なーるほど。兄上様、浮かれて力んで空回りしちゃってるのか!)」

 しかも男の子だ。現状、もし王の兄上様に跡継ぎが生まれなかった場合、王位継承権で言えばかなり上位になる。

 王室的にも大事な王子様になるから、その父親としても色々とプレッシャーがあって、宰相の兄上様は力んでしまっているのかもしれない。


「兄上様も人の子なのですね、むしろ安心いたしました」

「……弟よ、それは少々ひどくはないか?」

「ははは、言われてしまいましたね、フフッ」

 久々に兄弟そろった事もあって、和やかな笑いが起こる。



 だけど話の脱線はここまでだ。

 実際、クルシューマ伯爵家の件は早急にどうにかしなくちゃいけないのも事実だから。


「……宰相閣下。まず、セレナとアイリーンがかの家を探ります。その上で、突入にしろ、潜入にしろ手立てを決めるべきでしょう。火急の案件とはいえ、現状では力押しで解決するには、まだ情報が不足していると思いますので」

「む、そうか。しかしすまんな、わざわざ出張ってもらって」

 そう、本来なら王都にいる兄上たちに任せてしまえばいい事だ。


 なのに僕は、僕の婚約者であるシャーロットがSOSの手紙を受け取ったからといって、こうしてこの件に直接当たろうとしている。


「(何だろう? 何かがある……僕がこの件に関わらなきゃいけない何かが。それは王都に戻ってきて、より確信的に感じてる……)」

 だけどその奇妙な感覚の正体は分からないままだ。

 だからこそ、より入念にまずは調べるべきとも思った。


 ……実のところ、宰相の兄上様がらしくもなく、掛かり気味に力押しで行こうとしたことは、さほど悪くない。

 突入の仕方さえ間違えなければ、奇襲的に潜伏している魔物を取り押さえやすいやり方であるのも事実だ。


 ただ、潜入しているという魔物がバモンドウのような単騎強者であった場合、取り押さえるどころかこちらに大きな被害が出た上に、逃げられてしまう可能性も出て来る。



「(ううん、それは僕の言い訳だな。ただ直感が告げてるというかなんというか……この件は、慎重に行った方がいい―――そんな気がしてるだけ。そんな曖昧なことで方策を決めるのは、本当はよくないんだけど……)」

 分かりやすく堂々とした強い圧じゃなくって、粘っこく路地裏の汚いところに隠れてへばりついてるような印象なんだ。





――――――クルシューマ伯爵家。


『王弟が王都に戻っタか……忙しい事ダナ、王族は』

 伯爵家に潜むソレは、その報に対して特に思うところはなかった。これまでと対して変わらないからだ。


 元より王弟は、ルクートヴァーリング地方を獲得して以降、何かと忙しく王城と他を行き来することが多い。なので今更、余所から王都に戻って来たからといって、警戒に値するような動きでもなかった。


 何よりソレにとっては、別のところで今、問題を抱えており、王弟などに構っている暇がなかった。



『……ティティスめ。まさか “ アンテナ ” を見抜かれテいタとは……。この場所まデ勘付かれてはいないダろうガ、このままデは “ あの方 ” にこちら王国の情報を送るに支障がデてしマうデはないカ……忌々シイ』

 先日、“ アンテナ ” の役目を担っていた手下の魔物がうっかり見つかり、やられてしまった。

 なのでソレは、辿られないようにと気配を押し殺し、やむなく活動を自重し、ティティスに気取られないようにしなければならなくなっていた。


『 “ あの方 ” がお叱りになる―――いや、このくらいデどうこうはナイだろうガ……ほトぼりが冷めルのを待ち、どうにかせねばナ』

 だが活動を弱めた隙をついて、クルシューマ伯爵がSOSを隠した手紙を発送したことを知らない。




 陰に潜みきれずに僅かに見えてしまった尻尾は、既に掴まれている事を、ソレはいまだ気付かずにいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る