第353話 神に挑戦する業深き魔の薬液です




――――――王国東端、国境戦線にほど近い、魔物側の小砦。



『……。……よシ、3分きっカりダ、鎖ヲあゲろ』

 小柄な亜人系の魔物がそう指示すると、彼を一回り大きくしたような別の魔物が釣り下がっている鎖を引く。


 カラカラと乾いた金属音をたてながら、大鍋から巨大な網が上げられた。


『茹で上ガりに問題なシ。じゃア、次はこのマま5分ダ』

 あげられた網の中には、大量の草が入っている。

 根部分だけを取り除いた、1本1m半はある背の高い野草の山は、茹でられてフニャフニャに柔らかくなっていた。


 しかし、時間が経過するにつれて……


『固くナってキた、マダか?』

『もう少シだ、時間は厳守―――ヨシ、5分ダ、鍋に下ろシてクレ』

 大きい方の亜人が頷くと同時に、鎖を引っ張っていたその手の力を抜く。


 巨大な網は、謎の植物の山と共に、鍋の中へと戻された。





『フー……これデ最後カ?』

『そのはずダ。“ あの方 ” の指示書にヨると、時間さえ間違えナけれバ、アとはずっトこのマま煮込んデいてイイらしイ。お疲れサン』


 小さい相棒にそう言われ、大きい方の亜人は完全に鎖から手を放し、その場で両肩を回した。


『……しかシ、しばラく人間どモとの戦いがショボいかと思エば、よくワカらん草を煮込まサれる…… “ あの方 ” は何ヲ考えテイル??』

『ボヤクなボやくナ。楽ナ作業デ、イイじゃあネぇカ』

 相棒を宥めながら、小さい方は巨大鍋にかかるハシゴを登り、鍋の中を見る。


『……オウ、指示書どおリ、薄紫かラ緑色に変ワってキタな。大丈夫そうダ』

 よく分からないが、下っ端な魔物の自分達が直々に “ あの方 ” に申し付けられた仕事だ。別に張り切るようなものでもないが、バシッと成功させて覚えめでたくあるに越した事はない。


『結局、コレは何ナンダろうナ』

 ハシゴから降りて来た相棒の近くに歩み寄り、自分よりも巨大な背丈の鍋を見上げる大きな亜人。


 元より何やら色々と研究や実験をしている事は知っていたが、彼ら魔物には喋るだけの高い知能があっても、理解できない。


『さァナ。たダまァ “ あの方 ” がヤる事ダ、オレたちは言わレた通りにヤるダけサ』






―――同砦の別室。


 岩を連結したような人型の魔物が、その部屋の扉を慎重にノックした。


『失礼イタシマス。タダイマ下ノモノヨリ、作業ガ完了シタトノ報告ガアリマシタ』

『……―――』

 部屋の中から、響くように指示が出される。声を発しているようでいて聞こえない。しかし魔物には確かにその意が伝わってきた。


『カシコマリマシタ。デハ、ソノヨウニイタシマス』

 ガコンガコンと歩くたびにそれなりの大きさの岩が転がるかのような音を立てながら、廊下を歩く岩の魔物。


 部屋の主は、あの動き際の騒々しささえなければ良い奴なのになと、苦笑した。


  ・

  ・

  ・


『オウ、どうダった? “ あの方 ” は何テ?』

『器ニスクイ、倍ノ量ノ水ト混ゼタ後、頭カラカケル……ダソウデス』

 背中にたたんだ翼をつい広げそうになりながら、ほほうと興味を示すのは、岩の魔物の同僚で、この砦の守将を務める黒灰色の肌をした山羊角にサーベルタイガー頭をした混成獣人だ。

 人間の貴族的な装いを愛用する変わり者だが、戦略手腕と忠誠心は確かで、見た目の厳つさからはそうは見えないが、頭脳派である。


『なるほド。では早速ヤって見るトしよウ』

『戦線ノ方ハヨロシイノデ?』

『このトころ小康状態ガ続いテいるカラね、戦略モ必要なイ。“ あの方 ” もしばラくは適当デ良イと……何ヨり、ヴェオス君がヤらレタからカ、王国内部かラノ内通ガ滞っテいル。状況ガ安定スルまデ、遊んデいレばイイ、とイう事ダヨ』

 何より “ あの方 ” が直々に指示し、作らせたモノに興味が尽きない。

 長い牙を揺らしながら興味深そうに獣人は笑った。




 そんな二人が向かったのは―――砦の外、渡り廊下を経由しての別の建物。


「っ……」

「クソが……」

「魔物のクセに、何だあの恰好は?」

「ケッ、ふざけやがって……」

 そこは捕虜用の監獄……すなわち収監されているのは人間であった。


『フフ、活キがイイのガ多くテ結構……』

 混成獣人は、自らに向けられる牢屋の中からの声を楽しむようにゆっくりと歩く。

 その後ろから大小二人の亜人が、台車に例の巨鍋で煮込んだ液体と水のバケツ、それに片手大の器を載せて運びながらついて来ていた。


『キミ達、ご苦労サマですネ。……ほウ、ソレが “ あの方 ” の?』

『はイ、指示通りに作っタ液体でス』

 混成獣人は液体の入ったバケツを覗き込む。綺麗な明るい緑色の水面が揺らいでいた。



『コレを、ドウするンデ?』

『 “ あの方 ” がおっしゃルには、頭からカけル、だソウでス。サテ……何が起こルのカ……』

 言いながら牢屋を一つ一つ見比べ、囚人を吟味してゆく。

 そして、いかにも反抗的でギラついた殺気を放つ人間の前で足を止めた。


「っ……なんだ、あァ!? やろうってのか!?」

『イイですネ、コレにしまショウ。ソの液体ヲ私ニ』

『ヘイ』

 小さい亜人が器に液体をよそい、その倍量の水を加えてかき混ぜる。

 すると、綺麗な明るい緑色だった液体が、薄っすらと黄色味を帯び始めた。


『ホウ……ナかなカ、綺麗なモノだ』

『コレでイいンでスかネ……ドウゾ』

 混成獣人は器を受け取る。

 そして最初に、これが今日の食事だと言わんばかりに囚人の前に差し出した。

 鉄格子越しとはいえ、片手の1本は出せる隙間がある―――馬鹿にされていると思った囚人の男は、これでもかと殺意と怒りを込めた形相で手を伸ばし、その差し出された器を払い除けようとした。


 が、混成獣人はヒョイと器を上に上げ、それをかわす。と同時に、やや前のめりの態勢になっていた囚人の頭の上、逆に鉄格子の隙間から牢屋の中へと器を入れ、そのまま反転させた。




 バシャァアッ


「っ……テメェ、何のつもり―――……ぐっ、がっ……な、ん…っ!?」

 ただ黄緑色の液体が頭からかかっただけ。

 なのにドクンドクンと動悸が激しくなる。それに何だか全身がくまなく痛み出す。


「がっ、は……が、ぐ……ぅうううっぎいいっ!!!?」

 男は鉄格子から離れ、途端に牢屋の床で激しく転げまわり始めた。


 ジュウウウウッ!


 何かを油で揚げるような音がなり、男の身体から湯気が立ち始める。そして、転がるたびに頭から髪の毛が抜け落ち、ものの数分もしない内にすっかりハゲあがった。


「なんだ!?」「なんの騒ぎだ??」「なにやってんだテメぇらぁ!?」


 異様な叫び声や音に、他の囚人たちが騒ぎ始める。


 だがそんな些細な事はお構いなしに、3つの魔物の目は、その男の変化していく様から目を離せない。


『ほぉォぉ、コれはこレは……』





 驚嘆するしかない。


 牢屋の中の人間の捕虜は、身長180cmのいかつい男だった。

 しかし今、同じ牢屋には―――


「……ぐ、うう……な、んだ……? 声が……かわっ、ち……まって………??」

 ブカブカの囚人服に身を包んだ、身長140cmほどの女の子しかいなくなっていた。



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