第354話 生き地獄の中の虜囚者です




『……以上ガ、実験ノ成果デス』

 下っ端の魔物が恭しく報告すると、椅子に座った女性は目の前の研究から目を離すことなく背を向けたまま、クスリと微笑んだ。


『……―――。……―――、―――、……』

『ハッ、デハ、ソノヨウニ牢番ニハ伝エマス』


 その日から、牢獄の囚人たちには、別の地獄が始まる。



  ・

  ・

  ・


「やめ、やめろ! それは―――うぁああーーーっ!!!」

 大の男が怯え、恐怖し、牢屋内を逃げ惑う。


 だが容赦なく振りかけられた液体がその身にかかった途端、悲鳴は別の類のモノへと変わり、なお激しくあげられ続ける。


「がぁあああああーーーーーーっっ……」

 野太い叫び声が、徐々に高く甲高いモノへと変わっていった。



『へぇー、まさカ人間のオスをメスに変えルとはネ』

 その様子を見学し、感嘆したのはカエルのような頭をした小太りな魔物だった。


『捕らエた人間の数は日々目減りシてユク。かトいッテ、捕虜目当テに大規模な戦争ヲ仕掛けルのも、なるホど』

 納得だと言わんばかりにうんうん頷くは、通常よりも身分の高そうな装いをしている豚頭亜人オークだった。


『 “ あの方 ” の話にヨるト、肉の設計そのもの・・・・・・ヲ変えテしマウんダそうダ。なのデ、一度メスにナった人間ハ、一生元には戻ラなイのダと』

 既にこの牢獄の囚人のうち、半数は女性に変えられてしまっている。


 それは、当の男達にとっては恐怖以外の何物でもなかった。


「(ちくしょう、向かい隣のヤツまでやられちまった……)」

 なぜワザワザ、男の囚人を女に変えるなんて面倒な真似をするのか―――それは、人間を増やす・・・ために他ならない。


 魔物達は、捕えた人間を様々な事に利用している。

 

 多くは怪しげな実験に使われるが、最悪なのになると一部の魔物のエサといった具合で、魔物側にとっては手元に人間がいくらいても使えるのだ。


 それはそれで絶望しかない話だが今回、そこに新たな絶望が加わったのだ。


「……ぅ、ぐ……く、そ……苦し、い……」

「はー、はー……こんな、こんな、真似……させられ……」

「た、たすけ―――……はー、はーっ、いっそ、殺し、て……くれ」


 最初期に女に変えられたあたりの牢屋から、苦し気な声が響いてくる。

 彼ら―――いや、彼女らは “ 繁殖 ” させられた囚人だ。

 ところがこれならまだ生きていられるので、マシな方だったりする。



 ヤバいのは……


「―――っ……」

 目の前を魔物たちによって運ばれていく死体―――女に変えられた仲間だったヤツだが、死因と思しきはその腹の異様な傷痕。

 何をされたのか想像にかたくない。


『ヤーレヤレ、やっパ無茶ナンだヨなー』

『人間のメスが、オレら相手にガキ孕むナんてヨー』

 交配実験と称して、魔物に犯される。


 ただでさえ男のプライドをズタズタにされる性別の変態を強制された挙句の死に様としては、戦場で死ぬものと覚悟してきた兵士達にとっては屈辱であり、激しい怒りがこみ上げた。




 そんな中、冷静さを保とうと深呼吸をつきながら、鉄格子の外の様子を伺う者が1人いた。


「(……魔物達の言う " あの方 " っていうのは、一体何を企んでるんだろう?)」

 魔物どもの考えなどくみ取りたくもないが、囚人の一人―――ラインは、何とかこの地獄でも光明を見出そうと考える。


 まだ若い、最前線の一兵卒。


 上の采配に奇妙なものを感じながらも従うしかなく、その結果として敗れ、こうして牢獄に囚われている。

 それならばと最後まであきらめることなく、むしろ敵中にいる事を利用して、少しでも多くの情報を得てやると、若さゆえの諦めの悪さで、今日まで耐えてきた。


「(仮に、女に変えられたって死なないならまだ……いや、見方によっては生き延びられる確率は上がるかもしれない)」

 女に変えられる理由が “ 人間の繁殖 ” ならば、苦しむことにはなっても殺されることはない。

 これまで囚人は皆、魔物の実験や食糧になるだけなので、高確率で死が待っていた。

 今もその危険はあるが、むしろ確率的には生存率は上がったと言える。もっとも、生き地獄であることに変わりはないが。



「(そうなったら、感情を押し殺すしかない……。けどもし、魔物相手にそういう事をさせられたら……)」

 果たして正気は保っていられるだろうか? 否、魔物の交配にそもそも物理的に耐えられずに死ぬ可能性が高い。


「(……魔物達の事情次第だけど、今までに連れていかれた他の兵の皆さんが無事戻って来たケースと人数……単純計算で前の生存率は20%だったけど今は生存率は27.5%……少しは上がった、のかな……)」

 囚われてから得たものを母国のお偉いさんに伝えるためには、まず何としても生き延びなければならない。


 たとえ屈辱に塗れようと耐え抜く覚悟。あとは何とか、人間相手の交配に使われることを祈るしかない。

 ラインは、最後の最後まで希望を捨てないと誓う。しかし……





――――――2ヵ月後。


「……ぁ、あ……あ……」

 女に変えられ、禿げあがった頭を髪が覆った頃、ラインが全裸のまま連れてこられたのは……


『ソイツはマズ、発情サせたゴブリン達1000匹の部屋に放り込ム。孕んダら実験に使ウんデ “ あの方 ” のとコに連れテけ』

『死んダらどースる?』

『ソの時は生ごミだロ。まタ別のヲ使ウだケダ。……あァ、喰えル部分ハ、エサに回シてナ』

 平然と怖ろしいことをのたまっている魔物達。


 重厚な鎖と足枷は、男の時なら逃げ出せるくらい軽い。だが女に変わり、身体が縮んで筋力も失せた今、1歩を歩むのですら重労働。逃げるというあがきすら叶わない。


 ガチャンガチャンッ!


 ラインの束縛が解かれる。と同時に、大柄な亜人に首根っこを掴まれ―――


『待たせたナお前ラ。存分ニ楽シめ、喰っタり殺シたりスるんジャあネぇぞ!』

「う、……ぅ、……―――」

 亜人の手が首から離れる。

 その部屋の、少し高い位置から、ゴブリンひしめく中へと落下していくライン。


『ギャギャギャッ!!』

『メス、キタ、メス、キタ!!』

『人間ノ、メス!! ギャッギャッギャー!!!』


 仮にここで生き延びてもその後に待つのは実験体の運命。


 眼前を乗り越えようとも、幾重にも死が待ち受けているという己の運命を呪いながら、ラインは部屋中にひしめくゴブリン達の中へと飲み込まれていった。



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