第339話 向こう側も内情は色々です




 王国の東端のさらに東の向こう側―――長い歴史の中で滅んでいった国々の、残滓たる名残が残る大地が広がっている。


 今や不毛の地獄であり魔物達の世界。西方の、いまだ健在している人間達と争い続ける異形なる者達だが、ここ数十年において大きな変革があった。





『……ふむ』

『? どうした、マイロウマイカ?』

『そろそろ、産み出せるようだわ。“ あの方 ” に連絡を入れておいて、イノシゲン』

『分かった。伝えてこよう』

 かつては人間の城であったと思しき建物の中。


 イノシゲンと呼ばれたのは1mあるかないかの小型のゴリラに似た怪生物が、四肢を上手く用いて、まるで重力などないかのようなスピードと軌道でもって、地面、壁、天井を跳躍移動して離れていく。


 それを見送ると、マイロウマイカは重い身体を引きずるようにしながら反対方向へと歩きだした。



『ふう、卵生なのはいいけれど、大きくなりすぎなのよどいつもこいつも……重いったらないんだから、私の身にもなって欲しいわ』

 マイロウマイカは上半身は見目麗しい、全身灰色にピンクが差す肌の美姫だ。


 しかし下半身は巨大な蜘蛛や女王バチのお腹を思わせるように膨らみ、そこから四本の獣脚と鳥の爪先が伸びている。


 半人半昆獣の魔物―――それがマイロウマイカであった。



 膨らんだ後ろに引きずるようなお腹は、自らの上半身を3体は余裕で飲み込めるほど大きく、いかにも卵を内包していますよと言わんばかりの形。

 それをこれでもかと重そうにしながら、彼女は移動した。


  ・


  ・


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 たっぷり1時間かけて移動したのはわずか300mほど。

 それなりに大きな扉だがやや豪奢さに欠けるのは、この地にかつてあった人間の国が、さほど裕福でなかった事を示していると言えよう。


 扉を押し開き、中に入る―――廃墟と化した玉座の間。


 その中央を、重いお腹をすりながら進み、部屋の中心あたりでマイロウマイカは足を止めた。


『ふー、ぅ……。それじゃあ、少しばかりキバりますか……んんんんっ!』


 巨大なお腹がビクンビクンと痙攣のように蠢きはじめる。


 獣の体毛のようなブラに覆われた大きな乳房が、これでもかと揺れ動く。産卵の感覚に身震いしながら、上半身が思いっきりのけ反った。


『―――――~~~っっ、ハァアッ!!!』


 ドプリュッ! ゴロン、ゴロンッ……ゴロ……


 人間なら、大の男が5人がかりで手を繋いでようやく回り切れるかというような巨大な卵が転がる。


 マイロウマイカは激しい息をつきながらも、1分とかかる事なく落ち着いた。


『……ふ~~~!! あー軽くなったわっ、もー産卵なんてコリゴリッ……て、これもう何百回・・・言ってるかしらねー……』

 ふと見回せば、玉座の間は自分が産んだ卵が大量に、所せましと並んでいる。

 それを見ながら、産んだばかりの卵をよっこらせと言いながら、しかし直接持つではなく、両手から伸びた魔力の帯のような輝きを引っ付けて持ち上げる。


 そして先輩卵たちの列に並べると、ヨシと額の汗を拭いながら、今までとはうってかわっての軽い足取りで、玉座に座った。


『おっきくなったお腹はそのうち縮むとしてー……はー、卵溜まり過ぎよ。なのに生まれる前から次々種付けされるから溜まる一方だし。ホント、 “ あの方 ” は何考えてんのかしら、人間滅ぼすだけなら今の戦力でも十分でしょーに?』

 マイロウマイカは、かなり古参の幹部だが、基本はずっとこの調子で卵を産んでいるだけ。

 そういう事ができる生態であるからこそ、強い魔物を産むという仕事めいた役割を担っているわけだが、自分が産まずとも既に多くの魔物が “ あの方 ” の下で働き、命に従い、活動している。




『(確かに私が産めば、そこらの魔物なんかメじゃない強いのがデキるけど……いくらなんでも過剰じゃない、コレ?)』

 孵化ふか待ちの卵は、この玉座の間だけでなく城の様々な部屋に詰め込んでいて、その数はすでに1万個以上・・・・・に及んでいる。


 マイロウマイカが産んだ卵は、孵化するまでに時間がかかるのだが、その間にもどんどん産まされるものだから、魔物が生まれるペースを、卵を産むペースが完全に上回っていて結果、とにかく増える増える。


『うーん……フルネスト・エンペラー真糸の支配者お父様・・・に頼んで、“ あの方 ” に一言モノ申して貰おうかなぁ……いくら人間みたいに命を賭すほどじゃないったって、卵1個産むのも大変なんだぞー、って』

 マイロウマイカは、多数の親・・・・より生まれた。


 中でも巨大な蜘蛛にして伝説の魔物、フルネスト・エンペラー真糸の支配者は、マイロウマイカの事を小さな頃から気にかけてくれている。

 今でも何かにつけて、自分の糸で編んだドレスなどを送ってきてくれるほどだ。


 しかしマイロウマイカには、そんな父のような糸を生成する力はない。様々な親の因子が混ざり合って生まれた彼女は、どの親の生物的特徴をも受け継ぐことが出来ず、当初は半端者であり、ただ籠の中で可愛がられるだけの無能な令嬢であった。


 だが、多くの親の因子が混ざり合っていたからこそ、獲得し得た能力があった。それこそがこの雑繁殖能力であり、数多の種族の魔物を相手にして強い子が生まれる卵を身籠れる。


 彼女が生まれた当時はライバルであった “ あの方 ” と父親たちだが、その後和解し、後にマイロウマイカはその能力を見込まれて協力者として出向。

 なのでマイロウマイカはバモンドウ達とは違い、 “ あの方 ” の部下ではなく、余所からの出向協力者に過ぎない―――あくまで立場は対等だ。




『(こんなに私に卵を産ませて、“ あの方 ” は何をする気なんだか? 最初は戦力拡充ってそれっぽいこと言ってたけど、絶対違うよね? なーんかもっと深い企みがありそう……お父様たちにも相談しといた方がいいかもしんないなぁ)』

 マイロウマイカの父親たちは、いずれも伝説の魔物達ばかりだ。

 彼女の出向協力にはそんな父親たちと “ あの方 ” の和解・同盟の証の側面もある。


 それは逆に言えば、今後 “ あの方 ” と父親たちが大昔のように敵対関係に戻る可能性もあるということ。


 もしも自分に産ませた卵、そしてそこから生まれる魔物たちが、対人間を見越したものではなく、そんな父親たちに対する戦力として考えているというのなら、娘として見過ごせない話。




 魔物達の間も一枚岩ではない―――様々な思惑が日々、交差していた。




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