第309話 心折れる私兵、それでも踏ん張ります




――――――少し前、ヴェオスの小城北側。


 ハバーグは北陣の兵より、およそ800を分けて城の北側を回り込み、崩落現場に北側からアプローチを試みようとしていた。




「魔物がいる可能性は十分に高いです。皆さん、ここからは常に気を緩めないよう、注意し続けてください」

「「はっ!」」

 これで崩落現場の周囲を封鎖するように固めれば、城の包囲は完全にメイレー侯爵軍に落ちる。

 それは理解できるのだが、ハバーグの性格上、もっとも強いであろう敵の親玉に近いところへと向かうというのは、胃がキリキリと痛む思いだった。


「(はぁ……何とかなるかなぁ、今度も。いやだなぁ、敵がこっちに攻勢かけてきたらどうしよう……?)」

 ネガティブな考えばかりが浮かぶ。行きたくないなぁという彼の気持ちが伝わったのか、騎乗している馬が少しだけ足を遅くしてくれた。



 それでもたいした距離があるわけでもない。ものの数分で城の北側、崩壊した北西部が見えてくる。

 さらに距離が縮まるにつれ、戦闘音もハッキリと耳に入るようになってきた。


「っ、やはり激しい戦いになっているようだ……ふー。よし、皆さん、十分に警戒を! ゆっくりと近づき、まずは戦況を確認します」

「「了解です」」

 いやだいやだと思いつつも、現場が近づけば仕方なしとはいえハバーグにも気力が灯る。

 四の五の言っていても仕方がない。やるだけやろう、こなせるだけこなそう。



 そうだ、自分だって私兵としてこれまでやってきたんだから大丈夫。なぁに相手が手に負えないくらい強いのなら、尻尾をまいて逃げればいい。無理に気張る必要はないんだ、そうだ大丈夫大丈夫……



 懸命に自分に言い聞かせながら、やがて崩落現場が見えそうな辺りまでハバーグ達は迫る。

 彼は一度、隊を停止させ、馬を降り、ゆっくりとそーっと崩れた壁から顔を出して戦場を覗いた。


「(完全に崩落している……報告通りだ、大型の魔物が2体……地面に伏してるのはあの敵側の魔物達が倒したのかな? ……ええと、それで本命は……―――)」

 敵の首魁であるヴェオスの姿を探し求める。

 しかし、瓦礫の山がそこらかしこにひしめいていて視界はよくない。中々目当ての者の姿が見つけられない。


「(お、あれは……殿下たちだ! あの位置と動き……こっそりとこっちに回り込んでくる感じかな? それならまず殿下たちと合流して―――)」

 そう思った刹那だった。


 瓦礫の山の隙間に、ヴェオスの姿を見たのは。

 ものすごいスピード、一瞬の出来事、ごくごく僅かに遅れて赤い何かが地面を滑るようにその後を追うのが見え、そして―――



 ドッ……ゴバァアアアアンッ!!!!


「ひ、ヒィイイイッ!?」


 ガラガラガラガラガラッァ!!!!!!


「ハバーグ隊長、危険ですっ! 瓦礫が落ちてきますっ」

「た、退避、瓦礫に当たらないところまで下がるんだっ」


 それは1秒にも満たない一瞬の出来事。

 異形と赤のインパクトの瞬間はさらに一瞬のことだ。


 だがハバーグは見た―――その一瞬の、両者の激突の瞬間をしかと。


「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんなんだ今の衝撃は???」

「わ、分からん……隊長、一体何が起こったんです??」


 兵がうろたえるのも無理ない。あの瞬間、壁から覗いていたのはハバーグだけで、彼らはあの激突をその目に捉える事ができていなかった。


「ア、アイリーン様とヴェオスだ……はぁ、はぁはぁ……す、凄まじい一撃だった、すごい衝突が、ここまで……」

 どばっと汗をかき、まるで何十キロと全力疾走した後のように息を切らすハバーグ。ただ覗き見て観察していただけではこうはならない。

 それゆえに、この壁の向こうで起こっている事のすさまじさを兵達はにわかに察し、ゴクリと生唾を飲んだ。


「(むむむ、無理無理、あんな戦い、サポートとかもできないって!! ヤバイヤバイヤバイ!! こ、ここで自分達に出来ることは……な、ないぞ、コレはっ)」

 何せ2者がぶつかった衝撃だけで、あの大きな魔物も、ヴェオスの配下の魔物達も吹っ飛び、倒れ、態勢を大きく崩してしまっているのだ。


 そんなとんでもない戦闘を行える敵と味方に、一体自分達のような金で雇われた私兵風情が、何が出来るというのか?


 ハバーグはもう脱兎のごとくここから逃げ出したい気持ちだった。


 が、呼吸が落ち着いてきて、少しだけ平静さが戻って来ると不意に、殿下たちがいた事を思い出す。


「そ、そうだ、殿下……殿下は??」

 慌てて壁からまた戦場を覗きうかがう。怖い、逃げ出したい、もう嫌だという気持ちが大半を占めているというのに、それでもハバーグは殿下の安否を気遣う。


 それは、嫌な貴族が多い世の中にあって、メイレー侯爵同様に殿下もまた数少ない良い王侯貴族であると、ハバーグが感じていたからこその行動だった。



「い、いた! ……ん? なんで殿下、動かな―――……あ、こっちに来るのは」

 ハバーグは、出来るかぎり驚かせてしまわないよう、こちらに向かって移動してくる殿下と一緒にいた兵達に接触した。


「おおい、こっちだー」

「! あなたはハバーグさん、何故ここに?」

「メイレー侯爵の命令で、万が一にも敵の首魁を逃さないようにと、こっち方面を固めるために来たんだ……けど」

 ハバーグのしおれていく言葉に、駆けよって来た兵が同情を示す。


「固めるにも、難しい……というか無理だよな、アレは」

「つい今ここに到着したばかりで状況がわからないんだが、さっきの凄まじいのは何だったんだ?? どうして殿下はあそこから動かれない??」

「さっきのは、ヴェオスが殿下を狙って攻撃せんと急襲してきたんだ。それをアイリーン様が食い止められた―――凄まじいよな、ただの剣と腕がぶつかり合っただけであんな衝撃……レベルが違うっていうか次元が違い過ぎるよ。……で、そんな次元の違い過ぎる事ができる敵だ、アイリーン様しか対応できないだろう?」

 ハバーグはハッとした。


 今さっき、自分が感じた自分達には敵にも味方にもやれることはないという感覚を思い出し、察する。


「つまり、この世で一番安全なのは―――」

「そう、アイリーン様の御傍。んで、殿下はアイリーン様が位置を把握していられるようじっとしていて、かつアイリーン様が一瞬で守りにいける距離に留まっていらっしゃる、という事だ」

 ハバーグは、改めて戦場を伺う。なんだこれは? なんだこのとんでもない戦場は??


 性格上荒事向きではないとはいえ、それでもこれまで私兵としてやってきた自分だ。少しは戦いにも覚えがあると、そう思っていた。


 ところが、そんなものはまったく役に立たない。


 アイリーンとヴェオスをこの城に例えたなら、自分はこの邪魔でしかない瓦礫の山の数々よりもなお意味のない、足元に落ちてる小石の破片くらいなのだと、思い知らされてしまう。


「……それで、そちらは今、どういう??」

「ああ、我々は連中を逃さないよう密かに、こちら側に魔法で壁代わりのシールドを張るためにきた。まぁ大半は魔術兵の護衛だ……どこまで役に立てるかは分からないがな……」

 目の前の兵も、ハバーグと同じ気持ちらしい。


 まだそこらの魔物相手ならいい。だがもし、ヴェオスがこちらに攻撃をしてきたら、おそらく一瞬でチリになってしまう自信がある。




「わかった、では我らも合流し、護衛に入るよ」

 ハバーグも、多少増員したところでたいして変わらないだろうなと思いつつ、それでも仕事はしようと自分を奮い立たせる。


 その原動力は、あんな小柄で弱々しそうな殿下が、自分達よりもあの恐ろしい戦場の中心により近いところで留まっている姿があるからこそだった。



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