第310話 音速の神業です
フォオオンッ……
『! アレハ……フン、我ラヲ逃ガサヌツモリカ? 舐メラレタモノダ』
ヴェオスは、背後に現れたこの崩落現場を囲うように北東に展開されている魔法の壁を見て、くだらんと吐き捨てる。
ダイヤモンド形状の薄ら青い光が並んで、無理矢理壁を成しているという滑稽な光景だ。
下っ端どもやオツムの無い野良の魔物でには多少は効果があるだろうが、ヴェオスには破ることなど造作もない。
何より、自分が尻尾をまいて逃げ出すかもしれないと、敵が思っている事が不愉快だった。
「ハァアッ!!」
『クヌッ、ウットオシイ!!!』
ガッ……ヒュバァアアッ!!
アイリーンの攻撃を受け止める。そのたびに激しい烈風が巻き起こり、周囲を乱す。
まだ山となりて整然たる規則性を見出すこともできた瓦礫が吹き散らかされ、現場はますます混沌とした状態になっていく。
幾度も強烈な衝撃波を浴びたからか、いつしか大型の魔物2体も本能のままに暴れるのをやめ、恐怖に怯えるような雰囲気を醸し出しはじめていた。
それに対峙していたヴェオスの配下達も、ヴェオスとアイリーンの対決の余波を幾度も受け、自分達とはレベルが違い過ぎることに呆気にとられていた。
「(! マズい……他の魔物達が平静になっていってるっ)」
今は凄すぎる二人の戦いに気圧されて茫然となってるけど、このままだと冷静に状況を把握しはじめてしまう。
そうなったら多分、大型の魔物の討伐もおざなりに、違う行動を取りかねないし、シールド魔法で壁を張られていることに気付けば、そっちに向けて行動を取り出すかもしれない。
もっと言えば、僕が彼らに見つかったら、確実に狙われる。そうしたらアイリーンは僕を守りながら戦うのに今よりもっと意識を割かなくちゃいけなくなるから、さすがに不利だ。
「(……どうする、何かしないとこのままじゃこっちが不利になるっ)」
ハバーグ隊が合流してくれたおかげで、北の魔法壁を張る作戦はより固められた。
けど大型の魔物が暴れなくなったら、その対処に敵は力を割かなくて済むようになる。
ハバーグ隊と魔術兵さん達の方をどうにかしようとしてくるか、それともこっちを狙ってくるかされたら、一気に形成が変わってしまうかもしれない。
「(何か、何か……っ……。―――!?)」
何かないかと辺りを見回した僕の視界に、魔術兵さんがシールド魔法を展開するにあたり地面に描いた魔法陣が映った。
・
・
・
ジジッ
< 魔法陣の基本は同じ。使う魔法によってそこにアレンジを加えるのですよ >
ジージッ
・
・
・
何かが、僕の心臓を強く打ち鳴らし始める。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
汗、過呼吸―――何かが一瞬見えた僕は目を見開いて、そしてハッとした。懐に手を入れ、そして……
―― さすがに戦いには邪魔になるので、旦那さまに渡しておきますね ――
アイリーンから受け取った皮袋。僕はそれを持って、注意深く魔術兵さん達の元へと移動を開始した。
「(! 旦那さま?)」
アイリーンは愛する者の気配が動きはじめたのを、そちらを見ることなく察する。
ちょうどヴェオスの蹴りを剣の腹で受け止め、1mほど後ろに下がり、間合いが少し開く。
「(……旦那さまが、何も考えなく動くはずがない。きっと何かある……)」
アイリーンは一度呼吸をする。そして、それまでとは構えを大きく変えた。
『ムッ!?』
それまではシンプルな、両手で持って剣先を敵に向けるもっともベーシックな剣術の構え方を見せていたのに対し、今度は両腕を大きく上に持ち上げ、しかし剣先は真っすぐ下に落とすような構えとなる。
一見すると、剣術で言うところの強い攻撃を繰り出す事を基本とした上段の構えに思えるが、完全なソレではなく、ヴェオスには何やら変則的な構えに見えた。
「ほんのちょっぴり……強めにいきますから」
愛する旦那さまの動きに気付かせない。それはヴェオスだけではなく、その辺にいる雑魚にもだ。
静かにそう宣言したアイリーンの表情は、平坦なれどどこかゾクリとする凄みを感じさせる―――明らかに本気度が上がったとヴェオスは警戒し、無言のまま攻撃も防御も取れるようにと身構えた。
―――次の瞬間
フオ……ォンッ!!!
『!!!?』
辺りの瓦礫が浮かび上がった。そしてヴェオスやその後方にいる魔物達めがけて瓦礫のシャワーが飛ぶ!!
ガガガガガガ!! ドォンッ!
『イデデデッ!!!?』『ナ、んダぁっ!?』『ナにヲシタ、アの女ッ!??』
配下の魔物どもがうろたえる中、ヴェオスは四肢を振るい、襲い来る瓦礫を打ち落とす。
『クッ……コンナ石ツブテ―――ッ!?』
刹那、ヴェオスは理解に至った。
一体何が起こったのか?
そのヒントは、アイリーンが剣を
『(バカナ……イツ、剣ヲ振ルッタ?)』
瓦礫が浮き上がった時、剣はまだアイリーンの頭上にあった。いかに瓦礫のシャワーが襲い掛かって来たからといっても、ヴェオスの視界が隠されたのは0.1秒にも満たない極一瞬だ。
最初、そのわずかな内に超速で振り下ろしたのかと思いかけ、しかし否定する。
離れた場所で、視界が隠れた隙をついて剣を振り下ろす意味がない。
そして振り下ろした瞬間がまったく分からなかったことで、皮肉にも正解を理解した。
『(アリエン!! ヤツハ……コノオンナハ間違イナク人間ダゾ!?)』
瓦礫が浮き上がった時、
余りの速度ゆえに視界で捉えられず、頭が振り下ろしていない像のままで錯覚していたのだ。
そしてその時の踏み込みによる地面への振動で、彼女の周囲にあった瓦礫たちが舞い上がり、振り下ろした超スピードの剣が発した圧で瓦礫は飛ばされた。
何かの魔法? スキル? そうでなければただの人間の女に出来る芸当としては、あまりに説明がつかない領域。
しかしアイリーンは振り下ろしたままの態勢を解除してすっくと立ちあがると、魔物達を睨みつつ、挑発的な微笑みをその口元に浮かべ、一切の苦もないと言わんばかりに余裕の態度を示す。
そんな彼女の姿に、ヴェオスも含めた全ての魔物の視線が再び集中した。
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