第292話 ハーレムの女の子達も頑張ってます
シェスクルーナの血に惹かれる魔物の誘引作戦が開始されて3時間ほど。
アイリーン率いる精鋭小隊が彼女の血を持って、城の真北3kmほどの地点を西に向けて走る―――そこから200mほど距離をあけて数体の魔物達が追うように移動していた。
「はぁ、はぁはぁ、アイリーン様、この後の進路はどのように??」
精鋭とはいえ、やはり疲労が出始めている騎兵たち。大型の魔物がついてきているというプレッシャーに加えて3時間走りづめだ。
本来ならその程度で音を上げるほど軟弱ではないが、夜の闇に覆われた時間帯の、暗く整備されていない道を駆けるとなれば、その気力と体力は通常の数倍の消耗を強いられていた。
「ちょっと城から距離離そっか。もう少し北に向かって、大回りするよー。んで、ちょっと速度も落とすから」
「それは大丈夫なのですか? 追いつかれては危険では??」
「へーきへーき。むしろ適度に緩急つけた方がいいよ。追っかけてくる魔物にしたって、体力が無尽蔵じゃないし、いくらシェスカちゃんの血が魅力的な匂いに感じたって、いつまでも逃げ続けられてちゃそのうち興味を失っちゃうかもだからね」
ヴェオスの配下と違って、今追いかけてきているのは人間ほどの知能はない。だが魔物とて生物だ、その時々の気分というものもあれば、疲れるということも当然ある。
魅惑のシェスクルーナの血がそこにあると認識してから3時間、魔物達はソレを追い続けてるわけだけど当然、いつまでも追いつけない、手に入らないとなれば、気持ちが削がれてしまったり、疲れて行動を変える可能性は出て来る。
アイリーンはそれを見越して魔物達の動向に注意しながら隊を動かし続けた。
――――――メイレー侯爵軍、後陣。
「現場での戦闘事において、アイリーン様より頼りになる人はいない……ごほっごほ……任せておけば大丈夫」
ベッドの上でせき込むリジュムアータの背を、コートを被ったシェスクルーナが優しく撫でる。
クララがその横で水を用意し、差し出した。
「確かにねー。アイリーン様ってば規格外だし。アタシらみたいな、なんちゃってビキニアーマーとは格が違いすぎるから」
そういってヘカチェリーナはケタケタ笑う。いまだ小康状態と言っていいリジュムアータ―――場が暗い雰囲気にならないようにと、気を遣っていた。
「お姉ちゃん、ごめん。もうちょっとそのコート、被っててもらうことになるかも……」
夜はともかく、昼間はやはりコートに身を包み続けるのはいささか暑いし過ごしにくいもの。
しかし言われた姉は、妹に笑顔で返す。
「ううん、こんな私にもお役に立てるんなら、嬉しいから。大丈夫だよリジュちゃん」
実際、シェスクルーナは嬉しかった。
リジュムアータとは違って、これといって大人顔負けの才能を持ち合わせていない自分。普通に考えれば、足手まといにしかならない人間なのに、そんな自分でもやれることや役にたてることがある―――人間、誰かに必要とされる事はこの上なく嬉しいことだ。
「ホントなら、もう二人とも移送しちゃいたいとこなんだけどねー」
ヘカチェリーナはそう言って肩をすくめる。
彼女はしばらくの間、後陣とさらに後方に間をあけて設置されていた兵站との間を行き来していた。リジュムアータの看病や療養に使う物品を見繕い、準備するためだ。
ところがその道中、ヴェオスの魔物が数体、襲ってくるという出来事があった。
「幸い、護衛の兵だけで追っ払えたけど……」
「今、大きく移動するのは危険、という事ですわね」
クララも少し緊張の面持ちになった。
「戦況が大きく動かなくなってから数日が経過……さすがにヴェオスも戦略を変えてくるだろうね。こっちの糧道を狙うのは理にかなってる」
リジュムアータの言う通り、ヴェオスは空を飛べる魔物数匹を組ませ、メイレー侯爵側の陣の間を行き来する兵を、チマチマと狙わせはじめた。
なので陣を出て移動する場合、伝令ですら護衛兵の随伴必須となってしまっている。
「けど、やっぱり甘い。狙うんならもっと戦力を割いて襲わせないとあまり意味がないことだから、そこまで脅威じゃないんだけど……大きな問題は別にあるね」
「別の問題?」「それは一体なんですの??」
ヘカチェリーナとクララが、思い当たらない様子で、問いかけられたリジュムアータは、自分の長く伸びた顔横の毛をモッフモッフと感触を確かめるように触りながら、軽く両目を伏せた。
「アイリーン妃様たちの奇襲が、バレるのが早くなりかねないってこと。あと、ボクの予想通りなら、そろそろ王子サマが帰って来る頃合だからね、そっちに魔物を差し向けられたらちょっと厄介かな」
空を飛ぶ魔物が小隊を組み、こちらの分断や寸断を狙って攻撃をしかけてくる―――その活動範囲によっては、別働中のアイリーンや王弟殿下の動きや位置に、早々と気付かれることになりかねない。
広く戦場の、敵味方の位置関係や動きを把握するにあたり、高度を取れる飛行者ほど優れた者はいない。
空飛ぶ魔物の脅威とは、空中から戦闘を仕掛けられることではなく、その情報収集力の高さにこそあるのだ。
「んー……ね、アタシ達に何か打てる手立てってある?」
ヘカチェリーナに問われたリジュムアータは、まぶたを幾度か瞬かせると伏せ閉じ、数瞬の間を置いてからゆっくりと開いて、口元に微笑を浮かべた。
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