第289話 不本意でも臨機応変に始めます




 メイレー侯爵らがヴェオスの魔物達と戦っている最中、アイリーンは北の陣を拠点に、周辺地域の魔物を狩っていた。




「う~ん、今日はこんなところかなー。んじゃ、引き上げるから準備してー」

「はっ、かしこまりましたアイリーン様」

 残念ながら目当ての魔物はまだ見当たらない。


 タイミングも重要なので、近くに来た場合はなるべく早い段階でその動向や位置を把握したいが、いかにアイリーンとてこの周辺一帯という広い範囲を常時警戒するのは難しい。

 念のため小隊をいくつも巡回させてはいる。だが完璧とは言い切れない。


 シェスクルーナが待っている北陣に戻りつつも、アイリーンはもうちょっとどうにかしなきゃと考えながら、馬を走らせた。


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「お、おつかれさまです、アイリーンさん」

 シェスクルーナが到着したアイリーンを出迎える。まだちょっと呼びなれない様子で、おずおずとしていた。


「うん、おつかれー。こっちは何もなかった?」

「はい。南の方はかなり戦闘の音が激しくなっていました。けれど、こちらは特に何もなかったです」

 それはそれでアイリーンとしては物足りないが、シェスクルーナに軍の指揮が取れないのは明白。なので敵が来ないに越したことはない。


「そっかー。うーん、私も最前線に行きたいなぁ……」

 アイリーンが最前線に立てば、それはそれは大きな戦力。あるいは一気に戦況が変わる。

 しかしそれは現時点では憚られた。


 まず1つ目に、優劣や大勢がハッキリと決していない今、メイレー侯爵の本軍以外の場所にいつ敵が差し向けられないとも限らない。

 なので戦力が大きく1か所に集中する事は避けないといけない。これは兵法的な戦略上の基本。


 そして2つ目に、ある程度はこの戦いを長引かせる必要性があるという点から、アイリーンは主戦場に立つことが出来なかった。



「申し訳ありません……私たちのために……」

 マックリンガル子爵は既に故人。そしてヴェオスという魔物によって子爵家は乗っ取られた状態にあった。


 つまり今回の事を解決した後、マックリンガル子爵家は当主・領主不在となる。そしてシェスクルーナとリジュムアータが子爵家の後継資格があるのだが……


「大丈夫っ、旦那さまも言ってたでしょ? 全部私達に任せといてオッケーだから」

 事情をよく知らない貴族諸侯たちは、確実にマックリンガル子爵家の後始末に首を突っ込んでくる。

 あわよくば子爵領の一部なりとも奪い取ろうという政争駆け引きを仕掛けてくるのは明白―――だけど、ヴェオスとの戦闘がそれなりに長引き、この魔物との戦いが広く知られてくれば少し状況は変わってくる。


 シェスカ達姉妹には同情が寄せられるようになり、そんな彼女達の家や領地を害そうとするは風聞が悪くなる事となってしまう。




「―――だからこっちも、魔物誘引策のタイミングは考えないといけないんだけど、お目当てさんがなかなか見つからないんだよ」

 そこは参ったと言わんばかりに、アイリーンは両肩を上下させた。


 シェスクルーナの血に惹かれる魔物。その中にターゲットがいる。

 そこまではいいが、そのターゲットがなかなかやってこない。なのでやきもきしてしまう。

 (※「第218話 誘導の旗にされた少女です」参照)


「あの、アイリーンさん。今日はどのくらいの魔物が?」

「んーとね、それらしいのは7体くらいだったかな。いずれも小粒で大した事ないのばっかりだったよ」

「で、では……今までで合計、40体以上はもう倒されているんですよね?」

 ひーふーみーと指折り数えながら、シェスカは何かを考える。


「うん、そうなるけど……何か心当たりある?」

「えっと、あくまで私の知る限りなんですけど……45体~50体ほどだったんです」

「シェスカちゃんの血を飲んだ魔物の数?」

「はい……で、ですからもしかしたら」

 残ってるのはあとわずか。

 組織ケルウェージが別途、シェスカの知らないところで彼女の血を魔物に飲ませる実験をしていない限りは、当たりまで残りはもう少ない。


「なるほどねー。じゃ、明日あたりどっかで遭遇できるかもしれないかー」

 タイミングでいえば、まだ早い。


 一番いいのは主戦場が醸成してきた頃、つまりヴェオスが戦力を一気に出して、メイレー侯爵の本隊と激突している状態が望ましい。


 策としては、アイリーンがあらかじめ少しずつ抜いて貯めておいたシェスカの血を持って、ヴェオスの小城に大型の魔物を誘導し、城を破壊してもらうというもの。

 それが上手くいったとして、さすがのヴェオスも城が破壊されたとなれば、色々と考えを変えて来る可能性がある。


 なので、大事が起こっても簡単に身動きを変えられない状況にヴェオスがある状態で奇襲し、城を破壊するのが理想の展開なのだ。



 だが相手は魔物。人の都合など考えてくれるはずもなく―――


「も、申し上げます! 出ました、縮む巨人スモールワン玉獅子ダンゴライガです! それぞれ数体がここから北東約3kmの地点にて確認されたとのこと!」

「あちゃー……来ちゃったかー。うーん早すぎる」

「ど、どうしましょう、アイリーンさん」

 タイミングを見計らうために違う方向に誘導し続けるという手もあるが、まごついていると、ヴェオス側も接近する大型の魔物に気付く。


 当初の予定では城の北側、ちょうどアイリーン達がリジュムアータを救出するのに侵入した当たりにぶつける想定だ。


 しかしアイリーンは事態を受けて少し考えると……


「よっし、もうすぐ夜だし視界的にも絶好、仕掛けるしかないかな。ちょっと予定を変えて、大回りでお城の裏手に誘導してくる。んー、たぶんタイミングは日が昇って1~2時間ってとこだと思うから。シェスカちゃん、メイレー侯爵にそう伝えたら例のコートを被ってリジュムちゃんと待ってて。陣の皆はそのまんまね、ついてこれる兵だけ少数連れてくから、ヘンに動かないよーに」


「は、はいっ。お伝えしておきますっ」

「「「ははっ、かしこまりましたアイリーン様!」」」


 ぱぱっと指示を出すと、アイリーンはシェスクルーナの血を持って再び馬へとまたがる。

 シェスクルーナも1人の騎兵の馬に乗せてもらった。

 そして二頭の馬が南北へと走りだすと、少数の騎兵たちもそれぞれに続いて陣を出ていく。



 戦況を動かすことになる一手が今、始動し始めた。



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