第290話 主戦場の指揮は気苦労が多いです
アイリーンとシェスクルーナが動きだした頃、中央のメイレー侯爵の主力は順調だった。徐々にだが被害と戦果のバランスが良くなり、確実に魔物達の頭数を減らしていく。
けど、それでも100点満点とは言い難かった。
「申し上げます! ポーブルマンさんがまた横から魔物達の中に飛び込んでしまい―――」
「ぁあ、またか。あれほど
単独遊撃行動を許可した自分にも責任はあるとはいえ、メイレー侯爵は頭を抱える。
ポーブルマンは確かに戦士としては勇猛で有能だ。個としてはメイレー侯爵が雇用している私兵の中では一番の実力者と言っても過言ではない。
だがどうにも自信過剰にして頭が不足している。
率先して魔物の群れに飛び込んでいく恐れ知らずな姿は、兵達の恐怖心や不安感を和らげる効果もあるのだが、同時に戦略面での軍の運用上では、邪魔になってしまっている事が多い。
なので先ごろは指揮官に据え置き、少しは大人しくさせる形で用いていたが、この戦場に合流してからというもの、協調性に欠ける思慮のない働きには眉をひそめさせられる事が多かった。
「仕方あるまい。ポーブルマンに魔物の注意が向くようであれば小隊をその死角側に回り込ませるよう伝えよ」
「よろしいので?」
「当初の予定とは多少変わるが、戦場はそんなものだ。机上の計画通りに事が運ぶものではない……もっとも、味方によって狂わされるというのは稀なのだがな」
「は、ははは……厄介ですね。と、とにかく最前列にはそう伝えます」
伝令を見送ると、メイレー侯爵は深いため息を吐いた。
「戦力になるがゆえに惜しいが、一人のために全体が狂わされては危うい……どうしたものか」
考えたところでこれといった案は浮かばない。
メイレー侯爵もまた、戦闘に関してはどちらかといえばノウキン気味な思考をする類の人間。理路整然とした智謀策謀というのはあまり得意ではなかった。
その数十分後。
「申し上げます、北陣よりシェスクルーナ嬢が参っております」
「? 何事かあったか、すぐにお通しせよ」
通常ならば伝令で事足りるところを、わざわざやってきた。しかもシェスクルーナはその身に流れる血の味を覚えた魔物を引き付けるために、北陣にいた―――それが今、こうしてこちらにやって来たと言う事は……
「お、お忙しいところお邪魔して申し訳ありません、メイレーさん」
「いえいえ、お邪魔などとんでもない。……それで、北で何事か起こりましたか?」
すでにシェスクルーナは例のコートを被っている。その時点でつまり、かねてよりの作戦が始動したということだ。
「え、えっと北の陣から北東に3kmくらいの位置に、
それを聞いて一瞬、メイレー侯爵は頭を抱えたくなった。
こっちにもノウキンがいたかと思いかけたが、2、3秒伝え聞いた文言を頭の中で咀嚼し、理解至る。
「(いや、アイリーン妃様はポーブルマンとは違うか。魔物を絶好のタイミングまで留め置くことはできない……ヴェオス側に気付かれては作戦は遂行しずらくなる。どっちみち、絶好のタイミングを見計らうことはできないと判断された。故にその分、魔物をけしかける場所を変える……裏手……北から大回りでの裏手……。……!)」
メイレー侯爵はピンと閃く。
ノウキンなポーブルマンの使い方を思いついたからだ。
「シェスクルーナ嬢、お伝えいただきありがとうございます。後は我々に任せ、後陣にて御妹と共にくつろいでいてくだされ。……誰ぞあるかっ、ポーブルマンの奴をここへ呼べ!」
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「南より、でございますか?」
ポーブルマンは首をかしげる。目の前の魔物達に攻撃を仕掛けるのではなく、城に突入してこいと命令を受けたからだ。
「そうだ。ヴェオスは魔物を小出しにしている。城の中にはまだ多くの魔物がひしめいているはず……城の南、正確には南東のこの角のあたりより壁をぶち破り、内部へと突入し、城内の魔物を倒して数を減らしてもらいたい」
「ふむふむ……」
「お前の強さはよく分かっている。魔物の群れに飛び込んでも生還できる、そんなお前だからこそ任せられる役目だ、引き受けてくれるな?」
するとポーブルマンは腕を組んで少しだけ考える素振りをする。だがすぐに歯を見せてのいい笑顔を浮かべた。
「そういう事でしたらお任せください! このポーブルマン、侯爵の期待に見事こたえて見せましょう!」
「うむ、頼むぞ。突入に際しては南のオフェナ隊がサポートするゆえ―――」
細かい打ち合わせをしようと詳細を語り出したメイレー侯爵。だがその発言の途中でポーブルマンが割り込む。
「ところで侯爵閣下……」
「む? どうした、何か疑問が?」
「はい。突入後、城内の魔物どもを蹴散らす……ですが」
「ですが?」
「……全てを、そして敵の首魁たるヴェオスをも、自分めが打ち倒しても一向に構わんのでしょう?」
妙に気合いの入った、いい笑顔でそう言ってくるポーブルマン。
一瞬、メイレー侯爵の時が止まった―――何か盛大に
「……あ、ああ……それはまぁ、出来るに越したことはないが……無理はしなくて良いぞ、死に急ぐような局面ではないからな」
念のために釘を刺すが、意味はないだろう。
「はーっはっはっは、何このポーブルマンにご心配は無用ですぞ閣下。見事、ヴェオスの首をあげてまいりましょうぞ、はっはっは!」
高らかに笑う姿に、何となく “ あっ…… ” と彼の先行きが見える気がした侯爵。
これ以上気を回したところで無駄だろうと、メイレー侯爵は諦めの境地で突入作戦の細かな説明を始めた。
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